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天皇彌榮(すめらぎいやさか)
拙ブログへお越しくださり感謝もうしあげます。
戦後70年、戦後生まれの我々はいかに祖国の歴史に盲目であったか?
いかに敗戦利得者によって祖国の歴史を歪められたか?それらを訴えている動画です。ぜひ、ご視聴いただきたい。
以下に動画の概要を述べた文章をそのまま引用します。
氷点下20度の極寒の地、ナチスの迫害から逃れてきた多くのユダヤ人難民は満州とソビエトの国境オトポールで立ち往生していました。
満州国外交部はドイツの目を気にして入国を拒否するなか、 当時、ハルビン特務機関長であった、樋口季一郎少将は、 二万人ともいわれる凍死寸前のユダヤ人難民の命を救ったのです。 「日本はナチス・ドイツの属国ではありません。ヒトラーのお先棒を担いで弱い者いじめすることが、正しいことですか」 当時、関東軍の東条英機参謀長に、樋口季一郎少将は正論をぶつけました。 リトアニア領事館で杉原千畝が「命のビザ」を発給する2年前のことでした。 樋口季一郎は、また、米(あめりか)艦隊に包囲され、玉砕必至のキスカ島守備隊5200人の無血脱出を成功させ、 さらに終戦後に北方に侵攻するソ連軍への「断乎反撃」を命じ、ソ連の北海道占領の野望を砕いて、占守(しゅむしゅ)島での日本軍最後の勝利をもたらしています。 これら三つの「奇跡」をもたらしたのは、常に人道に立脚した樋口の決断でした。 現在の日本がおかれている安全保障における危機的状況を打開するためにも 人として正しい道を貫いた樋口季一郎の「志」を学ぶことはとても大切なことだと思います。 樋口季一郎元陸軍中将のお孫さんで、明治学院大学の樋口隆一名誉教授に24歳まで同居していた祖父から学んだことや秘話、思い出を語っていただきながら、決断の人、樋口季一郎元陸軍中将の歴史的偉業に迫っていきます。 引用ここまで
現世の我々は安全と人権は当然のように捉えていますが、わが国も朝鮮半島、かっての東西ドイツのように分断される危機がありました。
しかし、祖国を護る一心で戦ってくれた先人、英霊のおかげで今日の日本があり、平和があることを忘れないでいただきたい。
天皇彌榮(すめらぎいやさか)
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2015年10月12日
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