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天皇彌榮(すめらぎいやさか)
拙ブログにご来訪くださり感謝を申し上げます。
日本よい国、きよい国。 世界に一つの神の国。
わが国は春夏秋冬の眺めの”美しい国”です。
山や川や海のきれいな国です。このよい国に私たちは生まれました。
戦前まで我々の先人はわが国をこのように形容しました。
四季の移りかわりに敏感に反応しながら生活のいとなみを続けてきた私たちの祖先は、農耕民族として太陽や雨などをはじめ、自然の恵みは、何よりも大切にしました。 自然界に起こる様々な現象、天変地異、それを神さまの仕業として畏(おそ)れ敬(うやま)ったことに信仰の始まりがあります。そして自然をつかさどる神々は、私たちの生活のすべてに関わる神として、人々に崇(あが)められるようになったのです。 神社こそがわが国柄を表し、我々の祖先の生き様を今日に伝えるものと筆者は確信します。
幾十代もの我々の祖先と同じ神を祀り、神事を継承し、変わることのない鎮守の森は祖先と同じ景色を見ているのです。 我々の祖先の「清明心」は神社に詣で、そのこころを子孫にもうしおくってきた精華といっても過言ではないでしょう。 今回ご紹介させていただく高峰神社は兵庫県のほぼ中央、兵庫県加西市畑(はた)町に鎮まります。 式内社、村社
祭神 国常立神 (配祀)伊邪那岐神、伊邪那美神、天照大神、月讀神、稚産靈神 祭日 十月十六日、十七日
昭和四年発行の加西郡志によると、高峰神社はかって延喜式にも記載された「崇健神社」であると言われています。
かっての鎮座地は同じ畑町神路山山頂に祀られていました。
その当時は淡路や飾磨郡の漁業者が崇拝し、山陸部にある当社への参拝が絶えなかったそうです。山頂より現在地へ遷座されたのは天文年間、四百六十年以上前です。
遷座後に「崇健神社」より、現在の「高峰神社」と社名を改めたとあります。延喜式(平安時代中期に編纂された格式(律令の施行細則)で、三代格式の一つ)に載せられた社名を改めたのは社格を損ねるものであると記載されています。 我々の祖先は皇室を中心として実に素晴らしい国づくり、地域づくりをしてこられました。現在の日本人には考えも及ばないものです。
祖先が残してきたすべてのもの、文化、慣習を時代につなぐことが不遜になってしまった現代日本人に一番求められています。
神道にはキリスト教、イスラム教などのように教典や、教義、絶対神はありません。しかし、日本全国津々浦々に神社があり、異なる神を崇め、祀っています。他の地域の神を貶(けな)したり、除外することなく日本人は共存共栄をはかり「和」を尊んできました。
穢れを嫌い、寛大、正直、なこころは連綿と受け継がれてきたものです。
穢れなきこころ、清きこころ、明るいこころは、過去、現在、未来、清明心は継承されていきます。
何も足さず、何も変えず、ありのままを後世に伝えて行く、民族の魂を・・
日本のこころが神社にあります。
天皇彌榮(すめらぎいやさか)
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2015年10月17日
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