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日本よい国、きよい国。 世界に一つの神の国。
降り積もる深雪(みゆき)に耐えて色変えぬ 松ぞ雄々しき人もかくあれ

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学徒出陣 昭和18年 文部省映画


天皇彌榮(すめらぎいやさか)
拙ブログへお越しくださり感謝を申しあげます。

10月21日(水)、兵庫県南あわじ市阿万の大見山の山頂、この春に念願の改修工事が完成した若人の広場で全国戦没学徒追悼祭が挙行されました。
出陣学徒壮行会が明治神宮にて行われたのが、昭和18年10月21日です。72年の月日は巡り、その10月21日に戦没学徒の追悼式典が行われました。学徒動員で出陣し、出撃の機会がなかった裏千家千玄室大宗匠もご参列になり、亡くなられた戦友に献茶され、お言葉を述べられました。それは心に迫るもので、列席された人達は、涙したそうです。

筆者は最近思うのです。「繁栄を極めている今日よりも、日本人が貧しくても必死だった頃」のほうが、日本は一番、日本らしく美しかったのではないかと・・・
少なくとも、平成27年の現在、親が子を殺し、子が親を殺し、自分の興味本位で友人を解剖したい、かって愛した妻を危めたいなどと言う、荒廃した時代よりも、強く美しかった。

筆者が尊敬してやまない、さくらの花びら大兄の秀逸記事、特攻隊出撃から70年 彼らが私たちに託したものは 」 にもありますが、彼らは決して今のような時代を夢見て、戦い、散華されたわけではありません。筆者は思うのです。御霊や先人になんとお詫びするのか?、御霊や先人は『後は頼むと逝かれた、強く逞しく、美しい日本を護る』といって出撃された。
50年後100年後の日本、現在の日本が。「誇り高き日本」であることを、最後の希望にして出撃されたのです。

動画にある板津忠正さんは今年の四月九日に永眠されました。
皆さんご存じのように、戦後日本各地の特攻で散られた御霊のご遺族のもとを尋ねられ、遺影、遺品、遺書などをご遺族の協力のもと知覧特攻平和会館初代館長を昭和61年から昭和63年まで務められ、その後も「特攻の真実と平和」と題してご高齢にも関わらず、講演活動をされました。





故人となられた板津忠正さんも動画の中で述べられていますが、戦後戦勝国である連合国の報復を怖れ、特攻の遺族であることを隠されたり、知らされなかったご遺族も多かったと述べられています。
戦後、大東亜戦争を戦った方々に感謝することなく、裏切った多くの国民が存在しました。
そしてそれらは今日も存在しているのです。

名越二荒之助先生は生前、次のように述べられています。
先生のHPより引用します。


戦後日本は次第に中・韓両国から内政干渉をされてきました。
教科書問題から最近は靖国神社まで。
私は特に韓国には度々行きますので、親しい人が多いのです。
自宅を訪問した時などには、本音を聞かせてくれます。
彼らは日本が恐ろしいのです。

彼らは言います。
「今はおとなしく、呆けた格好してお詫びばかりしているが、
『世をしのぶ仮の姿』で、日本人が本当に目を覚ましたら恐ろしい。
あれだけの大戦争をやって最後まで戦った。
太平洋からインド洋にかけて、あんなスケールの大きい機動作戦を
敢行した民族はこれまでいなかった。
日本人が目を覚まして本気になったら何をするか判らない。
靖国神社は日本人に内輪ゲンカさせるのに格好の材料だ。
日本人が一つに団結したら何をするか判らない。
内輪ゲンカさせておかねば、枕を高くして眠れない」と。

私が、
「毛沢東は朝鮮戦争の時、韓国を侵略したではないか。
なぜ中国に抗議しないか」
と言うと、

「中国は強いし怒るからできない。
しかし日本人はすぐお詫びする。
いつまでも頭を押さえておかねば危ない国だ。
日本人の魂を眠らせておく必要がある。
日本人に教えてあげよう。
中韓両国に文句を言わせない方法がある。
それは日本がもっと強くなることだ。
日本人が強くなったら韓国はみんな親日に変わるよ。
かっての日韓がそうであったように」と。

引用ここまで

人の寿命は永遠ではありません。時を刻む毎に大東亜戦争を戦い、銃後を支えた世代も少なくなり、やがてこの世から亡くなります。
私たち後世の日本人は、常に先人に思いを馳せ、大東亜戦争を風化させないことが大切です。
出陣学徒壮行会より72年、先人の思いを後世へ語り継ぎ、強く逞しく、美しい日本を護持していくことではないでしょうか?

天皇彌榮(すめらぎいやさか)



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鳥居




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鳥居



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鳥居




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参道(鳥居より拝殿方向)




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参道(拝殿方向より鳥居)



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拝殿




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天皇彌榮(すめらぎいやさか)
拙ブログにご来訪くださり感謝を申し上げます。

日本よい国、きよい国。 世界に一つの神の国。
わが国は春夏秋冬の眺めの”美しい国”です。
山や川や海のきれいな国です。このよい国に私たちは生まれました。
戦前まで我々の先人はわが国をこのように形容しました。
四季の移りかわりに敏感に反応しながら生活のいとなみを続けてきた私たちの祖先は、農耕民族として太陽や雨などをはじめ、自然の恵みは、何よりも大切にしました。
自然界に起こる様々な現象、天変地異、それを神さまの仕業として畏(おそ)れ敬(うやま)ったことに信仰の始まりがあります。そして自然をつかさどる神々は、私たちの生活のすべてに関わる神として、人々に崇(あが)められるようになったのです。
神社こそがわが国柄を表し、我々の祖先の生き様を今日に伝えるものと筆者は確信します。
幾十代もの我々の祖先と同じ神を祀り、神事を継承し、変わることのない鎮守の森は祖先と同じ景色を見ているのです。
我々の祖先の「清明心」は神社に詣で、そのこころを子孫にもうしおくってきた精華といっても過言ではないでしょう。

今回ご紹介させていただく乎疑原神社は兵庫県のほぼ中央、兵庫県加西市繁昌町鎮まります。


【延喜式神名帳】乎疑原神社 播磨国 賀茂郡鎮座 

 明治7年2月郷社

祭神は

大国主命(おおくにぬしのみこと)

小彦名命(すくなひこなのみこと)

菅原道真命(すがはらのみちざねのみこと)

【境内社】八幡神社・稲荷神社・新宮社・三輪社・若宮八幡社
        秋葉神社・大年神社・柿本社 

由緒

乎疑原(おぎはら)神社の創始は奈良時代にさかのぼる。
平安時代の醍醐天皇の御代に、延喜式の国幣の官社に指定された。
加東、加西三十五箇村の総社として例祭には国家より幣帛(へいはく)が供進された格式高い神社です。
ご祭神の大国主命、小彦名命は記・紀によれば協力して国土を拓き農・工・商すべての産業開発、方除・持病・縁結び等、世の中の幸福を増進された人間生活の守護神である。
ご祭神の菅原道真命は学者であり、政治家であり、至誠の人であった。
天神信仰によって、道真公は学神として庶民に奉斎されていった。また芸能の神としても崇拝される。

乎疑原神社由緒より




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拝殿及び本殿



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本殿



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本殿





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我々の祖先は皇室を中心として実に素晴らしい国づくり、地域づくりをしてこられました。現在の日本人には考えも及ばないものです。
祖先が残してきたすべてのもの、文化、慣習を時代につなぐことが不遜になってしまった現代日本人に一番求められています。
神道にはキリスト教、イスラム教などのように教典や、教義、絶対神はありません。しかし、日本全国津々浦々に神社があり、異なる神を崇め、祀っています。他の地域の神を貶(けな)したり、除外することなく日本人は共存共栄をはかり「和」を尊んできました。
穢れを嫌い、寛大、正直、なこころは連綿と受け継がれてきたものです。
穢れなきこころ、清きこころ、明るいこころは、過去、現在、未来、清明心は継承されていきます。
何も足さず、何も変えず、ありのままを後世に伝えて行く、民族の魂を・・
日本のこころが神社にあります。

天皇彌榮(すめらぎいやさか)



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