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天皇彌榮(すめらぎいやさか)
拙ブログへお越しくださり感謝をもうしあげます。
日本よい国、きよい国。 世界に一つの神の国。
わが国は春夏秋冬の眺めの”美しい国”です。
山や川や海のきれいな国です。このよい国に私たちは生まれました。
戦前まで我々の先人はわが国をこのように形容しました。
四季の移りかわりに敏感に反応しながら生活のいとなみを続けてきた私たちの祖先は、農耕民族として太陽や雨などをはじめ、自然の恵みは、何よりも大切にしました。 自然界に起こる様々な現象、天変地異、それを神さまの仕業として畏(おそ)れ敬(うやま)ったことに信仰の始まりがあります。そして自然をつかさどる神々は、私たちの生活のすべてに関わる神として、人々に崇(あが)められるようになったのです。 所在地 姫路市豊富町神谷2012
主祭神 応神天皇 由 緒 当社は古の「陰山の里」豊富町東部に位置し、岩屋地区の氏宮、主祭神は誉田別命、脇神に大年神、 建御雷之男神が祀られている。当神社についての古文書(由緒)は、見当たらないが、古老の説として伝えられている内容は、古くから豊富町神谷字五明山側の丘陵地に鎮座されていたが、天保中期、降り続く大雨により山の地肌が崩落し、本殿は倒壊した。当時、村民は打ち続く天災で、神社の再建もおぼつかなく放置せざるを得なきころ、見かねて加西郡中野村三宅忠蔵氏が大工民部大夫藤原治兵衛家基氏の協力を得て、私財を投じて現在地に移設建立。天保15年(1844)甲辰9月吉日。三宅忠蔵氏は加西郡中野村の住人であったが、現在その土地には生家がなく、浄土宗南帝山清慶寺住職は、忠蔵なる人物を評して曰く、「当人は大地主で、生来慈悲心篤く又、神仙に対する信仰心も深く、生前残した功績は目覚しいものがある。当山もその一つで、特に岩屋付近にも私有地が多くあったと記録されている」と。 崇敬心篤い人々によって維持されてきました。築後103年、老朽化に伴い、昭和22年(1947)丁亥5月3日神域を拡張して改築、平成18年新築。付近に姫路セントラルパーク(娯楽施設)があります。 我々の祖先は皇室を中心として実に素晴らしい国づくり、地域づくりをしてこられました。現在の日本人には考えも及ばないものです。
祖先が残してきたすべてのもの、文化、慣習を時代につなぐことが不遜になってしまった現代日本人に一番求められています。
神道にはキリスト教、イスラム教などのように教典や、教義、絶対神はありません。しかし、日本全国津々浦々に神社があり、異なる神を崇め、祀っています。他の地域の神を貶(けな)したり、除外することなく日本人は共存共栄をはかり「和」を尊んできました。
穢れを嫌い、寛大、正直、なこころは連綿と受け継がれてきたものです。
穢れなきこころ、清きこころ、明るいこころは、過去、現在、未来、清明心は継承されていきます。
何も足さず、何も変えず、ありのままを後世に伝えて行く、民族の魂を・・
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2015年11月11日
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