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天皇彌榮(すめらぎいやさか)
筆者が京都に在住していた頃は、叡山電鉄ではなく、京福電鉄という社名で、嵐山本線・北野線、叡山本線・鞍馬線を運営していました。
京福という社名は京都府と福井県に路線を有することに由来しました。
動画の叡山本線・鞍馬線のトロリーポール集電は昭和53年まで続けられましたが、筆者がちょうどこの切替前によく鞍馬線を利用していました。
冷暖房はなく、2両までしかないのに隣りの車両には移れず。そして何と言っても乗務員が手で、行く先の表示板とポールを自らの手で巻き上げ、巻き降ろす操作が記憶に残っています。
次は宝ヶ池、宝ヶ池 八瀬方面はお乗り換えです〜の男性アナウンスが今も脳裏に焼き付いています。比叡山の人工スキー場、八瀬遊園も閉鎖になり、昭和を彩った娯楽施設がなくなったことは京都人でもない筆者でも残念に思います。
しかし、貴船、鞍馬界隈の静寂な美しさは往古の昔より変わらず、今も京都の奥座敷たる美しさを誇っています。
標高約600m(芹生峠680m)冬は雪が深く無人の村となり、夏でも三軒ほど住んでいるだけです。しかしこの集落には十数年前まで は学校が存続していました。等しく教育を受けれる環境だったのです。
ここを流れる灰屋川は、大堰川の源流に近い支流で京北周山から亀岡、保津峡を経て馴染みの深い嵐山から淀川へとつながっているます。悠久の秋を経て、この地を守ってきた地元の方々に思いをはせ 北山登山をしていた京都時代の忘れられぬ土地です。
勢 竜 天 満 宮
浄瑠璃や歌舞伎の『菅原伝授手習鑑寺小屋の段』の舞台となったという寺小屋跡であり、菅原道真(すがわらみちざね)の配流とゆかりの人達の悲劇を主に描かれたこの物語は、「義経千本桜」「仮名手本忠臣蔵」とともに、日本の三大名作と呼ばれる戯曲のひとつのゆかりの地です。 京都は洛中のみならず、洛外にも歴史を散策できます。
筆者おすすめのスポットです。
時期を逸しましたが、鞍馬の火祭の様子です。
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2015年11月14日
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