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「1・17希望の灯(あか)り」
「1・17希望の灯(あか)り」碑文
【1・17希望の灯り 碑文】
1995年1月17日午前5時46分 阪神淡路大震災 震災が奪ったもの 命 仕事 団欒 町並み 思い出 …たった1秒先が予知できない人間の限界… 震災が残してくれたもの やさしさ 思いやり 絆 仲間 この灯りは 奪われた すべてのいのちと 生き残った わたしたちの思いを むすびつなぐ 平成7年、1月17日午前5時46分。
「阪神、淡路大震災」。 筆者が誇りとし、大好きな街、美しい港町・神戸は、一瞬にして崩壊し、そして、多くの尊い人命が失われた・・・。 その震災から、21年が経つ。
先日兵庫県各地で成人式が行われました。今年の新成人は震災後に生まれた方々です。あらためて刻の流れの速さを感じます。
神戸の町は完全に復興した。だが、人々の命は返らない。
21年経ってもこころの傷は癒えることはありません。
その御霊を祀るため、各地に慰霊碑が建立されています。 「震災モニュメントマップ」には、震災関連のモニュメントの位置が、細かく記されています。 学校ごとや自治会・地域など、様々な形で建立されたモニュメント。 「震災モニュメントマップ」
陸前高田市 「希望の灯り」 東日本を襲った大震災の発生から四年10ヶ月が過ぎました。
国難ともいえる大災害でした。
自衛隊、各国の救助隊はじめ、関係者一同の皆様の懸命の努力は記憶に新しいです。
豪雨による土砂災害、火山の噴火など後を絶たない天災・・・ 畏くも天皇陛下は各々の被災地に叡慮を寄せられ、寄り添われておられます。
東日本大震災は、阪神淡路の震災よりも被害が甚大であり、被災された同胞の方々の苦難を思う時、胸がしめつけられる思いです。
私の兄一家が、阪神・淡路大震災で被災いたしましたが、当時も安否の確認がなかなかとれなかったことを記憶しており、建設業を営んでいる関係から、被災地「神戸」の復旧にも従事させていただきました。
多くの尊い人命の犠牲をはらいながらも、神戸は復興を成し得ました。
今も尚、こころに傷を背負いながらも、懸命に生きておられます。
阪神・淡路大震災で被災された方々に、生きる希望、前向きに生きる力を与えていただいたのは、政治家でも、宗教でもありません。
畏くも天皇陛下、皇后陛下はじめ皇族の方々なのです。
我々の祖先は、太古の昔より、天皇陛下の下、幾多の国難を乗り越えてきました。
戦後の復興も、先帝陛下の全国ご巡幸により、臣民に生きる希望、心の拠り所を与えていただいたお陰です。
我々兵庫県民は、まだ危険な状況にある被災地に入られ、被災者を励まされた天皇陛下、皇后陛下の大きなご慈愛を忘れていません。
東日本大震災で被災された、被災者の皆様、いつでも天皇陛下、皇后陛下はそばにおられます。
一日も早く、こころの復興をされんことを、願ってやみません。
東北の復興もまだまだ道半ばの状態です。
被災地に本当に必要なのは、有事の迅速な対応、強靭な国土を構築することでないでしょうか? 多くの同胞が犠牲にならないためにも、悲劇を繰り返さないためにも・・
最後に、阪神淡路、東日本大震災はじめ、多くの災害で犠牲となられた御霊の安らかなることをお祈りします。 天皇彌榮(すめらぎいやさか) |
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2016年01月17日
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