|
天皇彌榮(すめらぎいやさか)
拙ブログへお越しくださり感謝もうしあげます。
和歌山県広川町で15日、江戸時代の安政南海地震(1854年)で、津波から逃れる避難路を示そうと、闇の中で稲わらに火を付けて村人を高台に導き救った浜口梧陵の故事を再現する「稲むらの火祭り」があり、町民ら約700人が防災の重要性を再確認した。 出典:産経新聞より引用
浜口梧陵翁
「稲むらの火」は防災に関わる史実として多くの文献等で描かれ、顕彰されていますが、梧陵翁の偉業は災害に際して迅速な避難に貢献したことばかりではなく、被災後も将来再び同様の災害が起こることを慮り、私財を投じて防潮堤を築造し、災害に備えた高い志です。私財を投じた防潮堤は広川町の昭和の東南海地震・南海地震による津波に際して被害を免れた。
梧陵は優れた政治家でもありました。勝海舟などの知識人と交流を持ち、黒船来航の外圧により多くの人が混乱に陥った当時、開国を唱え、身分を問わず武術や算術を教える塾、耐久舎(たいきゅうしゃ)(現・耐久中学校・高等学校)を設立し、欧米大国に対抗しうる人材育成に尽力しました。明治の御一新を迎え、梧陵は初代逓信(ていしん)大臣に任命される。民間の飛脚を採用した制度化を唱え、前島密が創設した郵便制度の礎をつくりました。その後和歌山県知事、県議会議長を経て、隠居後は念願の海外渡航を実現させた。途中体調を崩しニューヨークで客死した梧陵翁は、いま海を望むように広川町に眠っている。我々日本、日本人が百年、千年後も日本、日本人であるためには、多くの偉人を顕彰し、学校で教え、国と先人に誇りをもつこと以外にありません。今、この世に存在するものすべてが先人、先祖からの賜り物であり、次世代へと紡いでいかなければならないものであることを、現世の我々は努々(ゆめゆめ)忘れてはなりません。 |
過去の投稿日別表示
-
詳細
2016年10月16日
全1ページ
[1]
コメント(4)
|
今年も三年に一度の中央観閲式が開催されました〜(*^^*)
日頃からお世話になっている方々のご協力で予行に行けました☆ ![]() こういった機会でないと朝霞訓練場に入れる事もないので嬉しいです(≧∇≦)/ ![]() 一番手前に見えた車両は国際活動に大きく貢献されている方々の車両だと思います☆ 観閲式の準備の為に統制のとれた徒歩が見れます これは予行ならではの儀仗隊がみられたと思います☆ レア感が伝わりますでしょうか〜?? ![]() これで違いが分かったかも知れないですね〜(^_-)-☆ ![]() 国旗掲揚 予行といえ本番さながらです 観閲官と書かれています 予行は代理の方が立てられます 少しユニークにも感じますね〜(^_^;) これから徒歩行進、車両行進が行われます(*^^*) 今年は見ていたら、「私も自衛官になりたい〜!!」と思いましたよ〜☆ ![]() ![]() 条件が既に遅くなってしまいました(;´д`)トホホ… ![]() 皆さんも、まだ資格があるうちにトライされてみては如何でしょうか?? ![]() と言っても試験を受けても誰でもが自衛隊に入隊出来る訳ではありませんね〜 チャンスは逃さない事が一番です〜(^_-) という事で、こちらの話題は続きます(^_-)-☆ 20610 中央観閲式 方面隊統一訓練予行 |
全1ページ
[1]











