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天皇彌榮(すめらぎいやさか)
拙ブログにお越しくださり感謝もうしあげます。
五輪の話題に日本中が盛り上がっています。
彼ら彼女らは美しい・・・
日本の誇りです。
彼ら彼女らが背負っているのは、民族の誇りであり、五輪に出場できなかった方々の無念であり、日本人の矜持です。
そして、冒頭の画像にあるようにその輝きを次世代へと継承していくことです。
感動をありがとう。五輪に参加しているすべてのアスリートたち。
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2016年08月21日
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大東亜戦争で日本はミッドウェー作戦と同時に米国の領土であったアリューシャン列島のアッツ島とキスカ島に上陸して無血占領しました。目的は米軍の日本本土空襲を北から阻止し、米ソを遮断するためでした。
しかし、昭和18年5月、アッツ島は玉砕。
同じ年の7月25日、隣のキスカ島に米軍が押し寄せた時、米軍の戦闘機1機が突入してきて自爆した。
敵兵といえども国のために命を捧げた米兵の精神力に感動した日本軍は、そこに十字架を建て、板で墓碑銘を書いて敵兵を慰霊しました。
abrave hero
wholost youth and
happinessfor his
motherland
july 25,1943
NipponGarrison
進んで捧げた英雄、ここに眠る。
1943年7月25日
日本守備隊」
その4日後、キスカ日本守備隊5600人は、濃霧を利用して全員キスカ島から撤退しました。
米軍はこの撤収に気付かずにキスカ島を猛爆し、8月15日に3万4千の兵力で上陸すると、日本兵は一人もおらず、そこには十字架と英文の慰霊板が立っていた。
これを見たアメリカの将兵は敵兵を慰霊する日本軍に感激して写真を撮った(下画像)。
日本軍守備隊が島にいた時、鳥居を建立して社を祀っていましたが、米軍はこの鳥居を破壊することはしなかった。今もキスカ島に残っています。
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