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原爆投下
昭和20年7月16日、アメリカの重巡洋艦インディアナポリスは日本に原爆を投下するために原子爆弾を積んでサンフランシスコを出港しました。
7月26日にテニアン島に到着して原子爆弾を降ろした。
広島と長崎の原爆投下は、このテニアン島から出撃しました。
7月29日、インディアナポリスはレイテに戻る途中、回天特別攻撃隊(多聞隊)を乗せていた橋本以行(もちつら)艦長の潜水艦・伊58の魚雷に撃沈されました。
この時、海へ投げ出された米兵が救助されるのに5日近くかかりました。その間、サメだらけの海に漂いながら、海水を飲み、脱水症や低体温で、多くの者が命を落とした。乗組員1196人のうち、生き残ったのは317人でした。
これは原爆投下が極秘任務のため正確な艦位置を司令部が特定出来ずに救助が遅れたためでした。
しかし、国際法違反の原爆投下のために何十万もの日本人が亡くなった。
日本人として一矢報いた思いはある。
戦後、インディアナポリスの艦長マックベイ大佐は軍法会議にかけられて有罪になった。証人として来ていた橋本以行は憎き敵艦長であっても戦い終われば、そこは武士道であるのか。
橋本は敵艦長の名誉のために「たとえジグザグ運動をしていても撃沈できた」と証言したが、米海軍は責任の全てをマックベイ大佐に押し付けた。
その後、インディアナポリスの遺族から責め立てられたマックベイ大佐は1968年に自ら命を絶ちました。
一方、戦後、橋本は京都の梅宮大社の神職となりました。回天搭乗員を出撃させて戦死させた事や、もっと早く哨戒海域に着いていれば広島・長崎への原爆投下を防げたと自らを責めて、戦争で亡くなった全ての御霊の鎮魂を祈る日々を送りました。
また橋本は命を絶ったマクベイの名誉回復にも熱心に取り組んだ。
その後、アメリカで検証された結果、多くの犠牲者を出したのは米軍の救助が遅れたためだとわかりマクベイの名誉が回復された。
この名誉回復を知ることなく、橋本元艦長は、その5日前の平成12年10月25日に亡くなりました。享年91歳でした。
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