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天皇彌榮(すめらぎいやさか)
拙ブログへお越しくださり感謝もうしあげます。
森友騒動で多くの審議しなければならないことを逸しました。しかも、「教育勅語」「五箇条のご誓文」を、さも過去の遺物のごとくマスコミは報道しました。残念でなりません。
教育勅語は日本人の背骨たる骨子が謳われているからです。
明治23年(1890年)10月30日127年前の今日、明治大帝より「教育ニ関スル勅語」が渙発されました。
GHQの四大指令の4 番項目により廃止してしまったことにより荒廃した今日の日本社会、國を顧みない政治家の横暴、すべて戦後教育の歪みであります。
明治大帝渙発による「教育ニ関スル勅語」は戦前まで日本国民の精神を培った教育基本法です。これは明治大帝が新たに決めたものでもなく日本古来からの伝統であり教訓をこれを普遍的に続く道徳であるとして、明治大帝みずからも努力して実践しようではないかと国民に呼びかけているものであり、陛下が一方的に国民に押し付けたものではありません。
戦後敗戦国となった日本は連合国に「教育勅語」を廃棄・失効させられ、これに代わって日本人の魂を狂わせ、戦後の教育や社会が悪化・堕落するように周到に仕掛けてあった社会科教育などの占領政策である。
現在の70歳以下の国民は戦後の教育で育ち現在の教育に何ら矛盾を感じないのです。
戦前は社会科という教科はなく、「修身・地理・歴史」という教科で学びました。
連合国は日本の精神の強さ、気品ある国柄を恐れ、再軍備し再び米国に立向かわないよう教育の場から「骨抜き」にしてしまったのです。
占領期間はわずかな期間で終わりましたが、占領政策に関しては倍の年数をかけています。
なぜなら、占領政策は「魂の原爆」となって、二度と米国に刃向かわないよう属国とし、日本の戦後70年の間、社会や教育悪化に深刻な影響を及ぼす骨抜き政策だったのです。
教育勅語こそ、先祖代々・明治以来百年の父祖の精神、品格ある国家と品格ある日本国民を生んだ大本だったのです。 連合国は、日本人を恐れ「教育ニ関スル勅語」を恐れたのです。
現在連合国の罠にまんまと嵌り、もがき苦しんでいます。
今日、世界で賞賛される日本人の礼節、謙譲、博愛のこころ、道徳が決して戦後教育によってのみ培われたものではなく,戦前からの継続性に基づいていることが明らかです。我々の先祖が教育勅語、修身教育によって身につけた内容は子供や孫に伝えられ,それが知らず知らずのうちに日本人の心に刷り込まれて今日に至っているという道徳の歴史的継続性を認識することも学校教育において重要なことではないでしょうか?
これらに気がつかず、国会にて「教育勅語」「修身教育」の復活すら議論されないことが異常であり、日本人が日本人であるために、百年後、千年後の日本に日本人らしさを継承するためには「教育勅語」は必須です。
教育勅語を否定することこそ尋常ならざることです。
朕(ちん)惟(おも)ふに 我が皇祖皇宗(こうそこうそう) 国を肇(はじ)むること宏遠(こうえん)に 徳を樹(た)つること深厚(しんこう)なり 我が臣民(しんみん) 克(よ)く忠に克く孝に 億兆(おくちょう)心を一(いつ)にして 世々(よよ)厥(そ)の美を濟(な)せるは 此(こ)れ我が国体(こくたい)の精華(せいか)にして 教育の淵源(えんげん)亦(また)実に此(ここ)に存す
爾(なんじ)臣民(しんみん) 父母に孝に 兄弟に友に 夫婦相(あい)和し 朋友(ほうゆう)相信じ 恭儉(きょうけん)己れを持し 博愛衆に及ぼし 學を修め業(ぎょう)を習ひ 以(も)って智能を啓発し 徳器(とくき)を成就(じょうじゅ)し、進んで公益を広(ひろ)め 世務(せいむ)を開き 常に国憲を重んじ国法に遵(したが)ひ 一旦緩急あれば義勇公に奉じ 以って天壌無窮(てんじょうむきゅう)の皇運(こううん)を扶翼(ふよく)すべし 是(かく)の如(ごと)きは 独(ひと)り朕が忠良の臣民たるのみならず 又以って爾祖先の遺風を顕彰(けんしょう)するに足らん
斯(こ)の道は 実に我が皇祖皇宗の遺訓にして 子孫臣民の倶(とも)に遵守すべき所 之(これ)を古今に通じて謬(あやま)らず 之を中外(ちゅうがい)に施(ほどこ)して悖(もと)らず 朕爾臣民と倶(とも)に挙々服膺(けんけんふくよう)して咸(みな)其(そ)の徳を一(いつ)にせんことを庶(こ)ひ幾(ねが)う
明治二十三年十月三十日
御 名 御 璽
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