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日本よい国、きよい国。 世界に一つの神の国。
降り積もる深雪(みゆき)に耐えて色変えぬ 松ぞ雄々しき人もかくあれ

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天皇彌榮(すめらぎいやさか)
拙ブログへお越しくださり感謝をもうしあげます。

本年は大政奉還より百五十年、明年は王政復古の大号令より百五十年の秋を迎えます。何ら意味を為さない11月3日という大切な日を、祝日法を改正して「文化の日」を「明治の日」に改めようとする動きが、保守系の市民団体や国会議員を中心に本格化しています。当然ながら戦前の「明治節」の復活を意図しております。
筆者が子供の頃、11月3日は明治節、23日を新嘗祭として祝う家庭がまだまだ多かったです。祝日には国旗が各家庭に掲げられ祝日を国民あげて祝ったものでした。筆者の子供の頃は明治生まれの方々が必ず身近にいて、そのお年寄りから多くを学んだものでした。

勿論今日11月3日は、明治天皇陛下の生誕の日、戦前は四大節の一つとして新年と紀元節、天長節とともに盛大に祝われていました。
明治天皇陛下の偉業は、多くの文献、史書にとりあげられています。
では、明治日本では天長節をいかに祝っていたのでしょうか?
田山花袋の『田舎教師』は病死した青年教師の日記などをもとに明治の末、書かれたものですが、その中に11月3日の天長節、つまり明治天皇陛下誕生日のことが記述されています。
先生や生徒、父兄、それに村の有力者らが晴れ着姿で集まり「君が代」などを歌い、子供たちはお菓子をもらって帰る。
先生や村長たちは茶話会に移り、さらに田んぼの中の料理屋での「2次会」に繰り出す。そこで校長と村長は今年の豊作について話しこむ。
地方の隅々に至るまで、天長節が楽しい行事として国民の生活に溶け込んでいたことが偲ばれます。
明治時代は古きよき習俗も近代化にともない捨ててしまった残念な時代でもあります。しかし、その一方で明治とは古きよき時代の息吹を残そうと我々の先祖が必死だった時代でもあります。
平成日本は昭和の息吹すら簡単に捨ててしまう軽薄な時代です。
とても残念でなりません。
明治という文字は失ってしまった日本人のこころを、明治という時代の日本人の一体感のようなものをも感じさせます。
明治日本を訪れた諸外国の識者、文化人はこの頃の日本を絶賛しています。
家に鍵をしなくとも生活できるくらい安全だ った治安、貴重品を公共の場に忘れても、財布の中身も無事に届けられた節度が この頃の日本にはありました…

台湾の国策顧問を成し、日本人に帰化された金美齢女史は、2010年1月の「正論」で次のように述べられていますので抜粋します。


一国のパスポートは身分証明書であり、外国に出たら「最後の頼みの綱」である。その頼みの綱を失ったとき、私は個人にとっての国家がいかに大切であるか、個人は国に守られて生きているということを肌で感じた。台湾(中華民国)のパスポートではどこへ行くのにもビザ(査証)が必要になるが、パスポートがなければビザの申請自体を受け付けない国がたくさんある。 

日本のパスポートは世界のほとんどの国にビザなしで入れる。この凄さを認識している日本人(国民)はいったいどれほどいるだろうか。パスポートはその国の国際社会におけるポジションを示す。日本人はミシュランガイドの星を有り難がるよりも前に、日本のパスポートが三つ星どころか五つ星と言えるほどの実力を持っていることを、つまりそういう国に生まれたことを感謝すべきなのである。 

ところが、そんなパスポートを持っている日本人の多くが、いま享受している諸々は先人たちが営々と築いてくれた遺産の上に成り立っていることを認識できず、国の恩恵、保護を忘れて、自分の国を蔑み、距めようとしている。私に言わせれば、そんな日本人は日本のパスポートを持つ資格はない。即刻返上すべきである。 

たしかに人間はいつの時代の、どんな国の、どんな両親のもとに生まれてくるかは決められない。それは運命である。その運命の中で、自らの生をすべて受け入れたところから人生は出発するしかない。日本人に生まれたということは、日本という国の歴史を背負っていくということである。 



先人の偉業、戦禍に倒れた英霊に感謝のこころさえ忘れてしまった日本人。
金美齢女史が述べられているように、今の日本の信用は今の日本人が築きあげたものではありません。
建国以来、道義を大切にし、それを行なってきた先人の遺産なのです。
これを、現世の日本人の都合で変えてはならないのです。
明治日本は僅か半世紀足らずで、極東の小国「日本」を世界に知らしめました。
明治節の日にあたり、明治大帝の御遺徳をしのび、明治大帝の下、道義国家日本を世界に知らしめた先人に感謝し、失ってしまった「日本人の誇り」「日本人としての矜持」を取戻して欲しいと願うばかりです。

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明治大帝が人の心のあり方について詠まれた大御歌(おおみうた)に、次のようなものがあります。

久かたの 空に晴れたる 富士の根の
 高き人の こころともが

(大意:晴れた大空にそびえる富士山の高根のように、気高い心を自分の心としたいものだ)

あさみどり すみわたりたる 大空の
 ひろきをおのが 心ともが
  
(大意:浅緑色に澄みわたった大空のように、広々とした心を自分の心
としたいものだ)


目の見えぬ 神に向ひて 耻(はじ)ざるは
 人のこころの まことなりけり
  
(大意:目に見えぬ神に向って恥じないのは、人の誠の心であるよ)

 人は親に育てられ、やがて自らの人生を歩みだします。誰にとっても親は、人生について教えてくれた最高の恩人です。明治大帝は親について次のように詠まれています。

たらちねの おやのをしへ 新玉の
 年ふるままに 身にしみける
  
(大意:年々、新しい年を重ねるにしたがって、身に染みわたるのは、
自分を育ててくれた親の有り難い教えである)

 人には誰しも友だちが必要です。真の友情は、人を磨き、人を成長させます。明治大帝は、そのことを次のように詠まれています。

あやまちを 諌(いさ)めかはして 親しむが
まことの友の 心なるらむ


(大意:過ちがあれば互に注意しあって、親しんでゆくが、本当の友だちの心である)

 明治大帝は、一人一人の自分の努力の大切さを、わかりやすく歌に詠まれています。

つもりては 払ふがかたく なりぬべ
 ちりばかりなる こととおもへ
  
(大意:心の汚れというものは、僅かなる塵ほどのことと思っても、
そのままにしておくと積もり積もって、払うことができなくなって
しまう。だから、自分の心を常に清めなければならない)

思ふこと おもふがままに なれとも
 身をつつしまん ことを忘るな
  
(大意:なんでも自分の思うようになるようになったとしても、人は
わが身を慎むことを忘れてはならないぞ)


中村草田男は、昭和初年に「降る雪や明治は遠くなりにけり」と詠みました。しかし、「明治」はわが国、日本人にとって遠くなってはならず、「明治」がありありと近づいてくるのを感じなければならない。
他国の習俗であるクリスマスや、商業イベントである、バレンタイン、ハロウィーンに踊らされることなく、日本人本来のお祭り、祝い事を大切にしたいものです。
11月3日が「明治の日」になり、菊花の香りの中に、日本人が「気宇壮大」な「明治」を振り返る日が実現することを強く望んでやみません。
誇りある「日本人」として、「日本人は日本人らしく」・・・・

今日は、国旗を掲げましょう・・・・・・


天皇彌榮(すめらぎいやさか)
聖寿万歳(せいじゅばんざい)

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