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「日本の建国を祝う会」が開催したパレード=東京都渋谷区
すめらぎいやさか。
拙ブログへお越しくださり感謝もうしあげます。
最近のマスコミは異国の大統領の選挙公約の実施、施政について猛烈な批判をしている。
世界規模のマスコミによるものです。
“アメリカ合衆国大統領トランプ氏”への端的な批判は「建国の精神を忘れたのか」という指摘が多く見られます。しかし日本のマスコミはわが国の建国の理念を忘れてはいまいか?否、語れるのか?
戦後の史観に洗脳された戦後世代はGHQによって制定された「平和憲法」に国の理念を見いだそうとする方もいますが、日本の建国とは無関係極まりない。
占領下で制定された憲法前文「平和を愛する諸国民の公正と信義」を信頼して、国民の生命と安全を他人任せ、他国任せにするものを、日本国民が本気で心の支えにできるか?この憲法の前文によって戦前に日本人にあった独立心、愛国心を奪われ、他国に阿る「曲学阿世の徒」が闊歩する国になってしまいました。
筆者は2月11日を紀元節と呼んでいます。筆者の子供の頃の祖父母は明治生まれが大半であり、祖父母たちは建国の日を紀元節と呼んでいました。
紀元節とは2月11日、いまの建国記念の日に当たりますが、明治6年に定められ戦後、連合国軍総司令部(GHQ)はこれを祝日とすることを認めず、昭和23(1948)年の祝日法からはずされた。建国記念の日が祝日となるのは、昭和41(1966)年実に18年の年月を要したのです。
紀元節とは、初代天皇である神武天皇が大和の国において即位された日であり、国の成り立ちに思いをはせ祝う日である。戦後、昭和23年に当時の総理庁(後の総理府=現・内閣府)が行った世論調査では、国民の8割はこの日を祝日とすることを望んでいました。そのくらい人口に膾炙(かいしゃ)した日であり、国民の背骨たる日でありました。いろいろと形は違っても、どの国家にも建国の理念、建国の日はあってしかるべきものであり、大切にされるべきものですが、GHQは日本の復讐を恐れ、「精神的武装解除」を占領方針のひとつとし、神道や神話を敵視し多くの施策を行いました。日本が独立を果たしたあとも昭和41年まで、建国記念の日が18年もの間、祝日とならなかったのはなぜでしょうか?この日を祝日とする議論は主権回復後、国会でもなされた。しかし形として実を結ばなかった。
ここに戦後日本の左傾が顕著に見られます。GHQが定めた方針を拡大再生産し、日本という国を批判してやまない勢力が、日本のなかで猛威をふるってきたのです。日本国民でありながら、建国記念の日の制定に反対する集会が開かれ、各団体から反対声明が出されたのです。しかもそれらの勢力は今日も祖国を売り、祖国を貶めているのです。
国民が神話を持てるということが大切であり、重要です。
国民を統合する物語が、神話であり、国民統合の要が起て一系皇室であります。
そのような神話、建国の理念、建国の日を持っているということは、国民の幸福であるのです。
アメリカ合衆国大統領トランプ氏の政策を日本国や国民が評価するにあたり、自らも自国の建国の理念を知り、物差しを用意しておくことは必要であると筆者は思うのです。
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