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すめらぎいやさか。
拙ブログへお越しくださり感謝もうしあげます。
昨日は「昭和の日」でした。先帝陛下のご遺徳、事跡を偲び、先帝陛下とともにあった昭和という時代に思いを寄せ、感謝しました。
冒頭の画像は、町ぐるみで祝日には国旗を掲げ祝う、岐阜県中津川市商店街の画像を「恵那山ねっと」さまよりお借りしました。
昭和の時代には当たり前だったこの光景、平成日本では珍しい光景となってしまいました。それどころか国旗に敬意を表さないない教職者、「日章旗」、「君が代」に訴訟まで起こす輩さえでてきた有様です。
自分は何者なのか、どこの国家に帰属し、その人権を国家に護られているのかさえ、理解できないようです。筆者は人様に語れるような学歴はありません。しかし、自分は日本人であり、皇室を慕い、「日章旗」、「君が代」を愛しています。何よりも日本が好きです。前述した「日章旗」、「君が代」を愛せない方々は、おのが住む日本の国さえも嫌いなようです。しかも一定の年齢を召された方、高学歴の方に多いようですね、とても残念です。
筆者は産経新聞を購読し、毎週月曜日に談話室「ひこばえ倶楽部」という若い世代の読者投稿欄を楽しみに読ませていただいております。今年4月24日の記載の記事に筆者と同じ兵庫県姫路市に在住する18歳の大学生が素晴らしい内容の記事を投稿していたのでご紹介したい。
「文化を学び自国への誇りを」 いかがでしたでしょうか?若い世代にも日本の文化を欲している方がいる。うれしいことです。自国への「誇り」を持つことは素晴らしいことです。
かって極度な偏向教育によって日本の子供たちが日本の文化を、歴史を嫌い、先人を蔑む風潮がありました。今も一部の教職者によってそれらは続いていますが、若い世代から「文化を学び自国への誇りを」という声が聞こえてくることはうれしいことです。
この画像は「この国の心をうつす、日本人になろう。」と題し、國學院大學が産経新聞 に掲載されていた、國學院大學の全面広告です。
古来より皇室のみ用いることを許された色、優雅で繊細な雰囲気をもつ日本の伝統色「麹塵(きくじん)」の前に、美しい所作でお辞儀をする清楚な女性の所作(しょさ)は忘れられつつある日本人の高貴さを現した画像です。 日本独自のお辞儀は高貴で美しい。
日本のお辞儀は歴史が古く、三世紀には行われていたと言われます。
敬意や感謝の気持ちを表すとされ、場面によって会釈、敬礼、最敬礼の三つのカタチが使い分けられています。 お辞儀の美しさは日本人の心そのものです。・・・・ 日本人が日本人の「こころ」を忘れかけているのです。
日本人は「和」を大切にしてきた民族です。
「和」という言葉はわが国固有の言葉で外国語には存在しません。
「和」を大切にする日本人は世界に比類なき心の民であり、何よりも心を大切にしてきた国です。
日本語には、心が付く言葉が数多くあります。「心構え」「心遣い」、「心尽くし」、「心相」、「心配り」、「心意気」、「心がけ」、「心根」、「心残り」「心有」、「心得」「心外」、「心根」など400近い言葉があると言われています。それに対し、英語では十分の一にも満たない言葉しかないようです。
我々の祖先がいかに「こころ」を大切にしてきたかの証(あかし)と言えましょう。古来から、わが国では言挙(ことあげ)することを嫌いました。言挙とは声を張りあげて強調していうことをいいます。
日本人は外国人に比べ寡黙だと言われます。論理や理屈を嫌い、疎んじてきました。清明心を尺度とし、規範としてきた民族です。
四季に恵まれ、自然に対し畏怖の念を抱くなかで育まれてきた、日本人独特の感性が「こころ」の原点、根幹をなしてきました。
しかし、欧米化が進むにつれ、これら日本人の美徳が失われつつあることを筆者は危惧します。
こころの民族「日本人」を取り戻そうではありませんか?
難しい試みでも新しい試みでもありません。
「日本人が日本人に戻る」ただそれだけのことです。 「文化を学び自国への誇りをもとう」
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2017年04月30日
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