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日本よい国、きよい国。 世界に一つの神の国。
降り積もる深雪(みゆき)に耐えて色変えぬ 松ぞ雄々しき人もかくあれ

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桜の木の下で制服姿の横田めぐみさんを父、滋さんが撮影した写真=昭和52年4月、新潟市内(提供写真



http://www.sankeibiz.jp/macro/photos/170409/mca1704091029001-p1.htm

 めぐみちゃん、こんにちは。今年も春がめぐってきました。卒業式、そして入学式の季節です。お父さんは40年前の春、中学校の学生服を着ためぐみちゃんを桜の木の下で撮りました。特別にきれいな桜。体調を崩して入学式を欠席した後でした。ようやく治りかけのめぐみちゃんが「こんな顔じゃ嫌だよ。恥ずかしい」と嫌がるのを連れ出しましたね。私たちにとって大切な写真です。その年の冬、めぐみちゃんはいなくなりました。
 お母さんは寂しさが募り、それを振り払いながら一生懸命、救出運動を頑張っていますよ。めぐみちゃんが拉致され、どれだけ季節がめぐっても、姿がない40年が過ぎようとしています。どうにか希望を持って、闘っています。
 何の前触れもなく姿を消しためぐみちゃんが北朝鮮にいることを知ったのは、20年もたった平成9年でした。「生きていたんだ!」と信じられない気持ちで、皆で大喜びしました。そして同じ年、他の拉致被害者の家族とともに家族会を結成しました。
 「横田めぐみの父、滋」「母、早紀江」というたすきをかけて、新潟で初めて街頭に立って、めぐみちゃん達、拉致被害者の救出を呼びかけました。最初は事実を信じてもらえず「拉致疑惑」という言葉でしか報道されませんでした。
 それでも、国家犯罪によって大切な子供たちが拉致されている事実があることを、皆で必死に訴えました。その思いが伝わり、全国の方が応援してくださるようになりました。
 家族会の呼びかけに1千万人以上が署名をしてくださいました。日本だけでなく、アメリカの大統領や議員にお会いしたり、国連で訴えたり。とてつもない日々でした。「私たちの人生は一体何なのだろう」。そう思うこともあります。めぐみちゃんを取り戻すことだけが願いでした。
 最初は国がすぐにでも立ち上がり、解決してくれると信じていました。でも、これだけの年月を要してなお、めぐみちゃんの姿が見えません。一生懸命やってくださる方たちは確かにいて、色々なことがわかりました。国民の皆さんが怒り、報道も取り上げてくださいます。
 でも結局、私たちは親であり庶民です。普通の日本の父親と母親。それが家族会なんです。日本中、本当に色々なところへ行き、思いを訴えました。多くの国民の皆様の後押しがなければ何もできませんでした。どの方も皆、純粋で有り難い方たちばかりです。
 救出活動を始めてから総理大臣は十数人も変わりました。拉致問題担当大臣も数年ごとに変わります。難しい政治や国際関係はよく分かりません。だから、そのたびに「どうにか解決してください」と必死にお願いしてきました。
 ひとたび、北朝鮮で事が起こり、暴走が始まればすべての日本人が一瞬で消えてしまうかもしれません。
 そのとき、国民を守れるのか。拉致被害者を救えるのか。国家の危機がすぐそこにあるのに、政治は真剣に考えているでしょうか。本当に国を思い、国民を思い、北朝鮮に拉致された子供たちを思っているのでしょうか。
 国会を見ていても、「もっと重要な問題があるのに…」とひどく悲しくなることがあります。重要な問題をあえて議論しないような動きがあるようにも感じます。今、日本にとって本当に大切な事柄を議論してほしいと心から願います。
 最近、政治家の皆さんにこう話します。「拉致された人たちは親兄弟に見捨てられたと思っているかもしれません。日本国にも見捨てられたと思っているのではありませんか」と。
 一つ間違えば殺されてしまう国で「助けて」と声をあげることもできず、黙って救いを待つ子供たちがいる。お父さんとお母さんは、日本の国として一刻も早く、救いの手を差し伸べてほしいと強く思っています。
 悲しい出来事はたくさんありました。めぐみちゃんの事件が初めて実名で報じられたとき。平成14年に北朝鮮が「死亡」と伝えてきたとき。めぐみちゃんの偽の遺骨が来たときもありました。すべて「命」の問題です。北朝鮮は恐ろしい国です。何があってもおかしくない。恐怖で何日も眠れないことが続きました。
 毎日、めぐみちゃんを思い、祈ります。どれだけ離れていても私たちは青い空で繋(つな)がっています。夜、お月様や星を眺めながら、めぐみちゃんも見ているかな、と思います。文字通り、祈るような思いなのですが。家の中を見回しても、道を歩いていても、あちらこちらにめぐみちゃんの足跡を感じます。お花をたくさん摘んできてくれたり、お気に入りの本のことを話してくれたりしました。小さな出来事の一つ一つが思い出され、辛(つら)くなります。
 お母さんはこの間、めぐみちゃんがよくいたずらしていたおひな様を出して、お花と一緒に飾りました。とてもすてきで、全てが懐かしく思い出されます。
 お父さんは84歳。お母さんは81歳になってしまいました。よく今日まで生きてこれたと思います。どうか諦めないで。元気で頑張って。めぐみちゃん、必ず日本に帰って、新しい写真をたくさん撮ろうね。
 国民の皆様、横田めぐみの父、滋と母、早紀江です。いつもご支援ありがとうございます。私たち拉致被害者の家族はだんだん年を取り、体力も弱りました。講演など救出活動の最前線に立つのは難しくなりました。それでもあらゆる方法で被害者救出を訴えたいと願っています。今回、私たちは娘への思いを手紙にしたためることにしました。すべての拉致被害者が家族の元へ帰ることを信じて最後まで闘って参ります。今後も応援していただけますようお願いします。

転載元転載元: レックの色々日記

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桜の木の下でのめぐみさん、父横田滋さんが昭和五十二年四月に撮影


今日四月九日、産経新聞一面に「めぐみへの手紙」と題してご両親の悲痛な叫び、政府への不信、めぐみさんへの痛々しいまでの呼びかけが綴られています。そしてこころある人々へのお願いと謝辞が記されています。
同じ子供をもつ一人の親として、同じ日本人として胸がいたみました。
こころある方々は読んでいただきたい。

また、三月三十日の産経ニュースにも

家族会結成から20年、拉致から40年… 家族、日本の「これから」としてコラムが記載されています。

「宿命は変わらない。宿業と感じるときさえある」

 家族会代表で、田口八重子(61)=拉致当時(22)=の兄、飯塚繁雄(78)は自らの人生をこう語る。平成19年に横田めぐみ(52)=同(13)=の父、滋(84)から代表を引き継ぎ、数年のつもりが10年たつ。

 飯塚は拉致問題の風化を心配しつつ被害者の心身にも思いをはせる。「限界はとっくに超えた。家族にとって節目などない。毎日が節目なんです」。滋と同様に高齢を押し、全国で壇上に立ち、世論に訴える。

 めぐみの母、早紀江(81)は最近こう問いかける。「日本には北朝鮮に共鳴する人が今も存在するのではないか。拉致の解決が進まないよう、押さえつけているのではないか」

 本質を射貫くような声は次の世代まで問題を背負わせたくない信念がにじむ。

 多くの家族が再会を果たせず亡くなった。未帰国被害者の親は横田夫妻と有本恵子(57)=同(23)=の両親、明弘(88)と嘉代子(91)、増元るみ子(63)=同(24)=の母、信子(88)だけになった。

 松本京子(68)=同(29)=の兄、孟(70)は「後何年続けられるか」と漏らす。消息情報が浮かんでは消え、すべての拉致被害者の再調査を北朝鮮が約束した平成26年の「ストックホルム合意」への期待は霧散した。

かつて京子は拉致の可能性が排除できない「特定失踪者」だった。政府が被害者認定したのは、拉致から30年後。「奪還のためにあらゆる手を尽くしているのか」。疑問は尽きない。

■  ■  ■

 八重子の兄、本間勝(72)は今年、元旦から寒風吹きすさぶ埼玉県川口市の街頭で、被害者救出を求める署名を呼びかけた。

 「年くった上に持病もある。いつ倒れてもおかしくないけど、大丈夫」。悲しげにおどけるが、全国で積み上がった署名は1171万筆を超えた。「世論が拉致を動かした。国民を信じて妹のために何でもやる」

 若い世代は思いを引き継ぐ。めぐみの拉致当時、8歳だった双子の弟、哲也と拓也は48歳になった。15年に東京国際フォーラムの国民大集会は会場から人があふれた。16年に会った米国のブッシュ元大統領は「皆さんを誇りに思う」とねぎらってくれた。一番の味方は、被害者を思い涙してくれる国民と確信している。

 「金正男暗殺をめぐりマレーシアは北朝鮮に主権をきぜんたる態度で示した。これが国家だ」と拓也は語る。哲也も「最後に正義は勝つと信じる。拉致問題の行く末は、国のありようを左右する」と力を込める。

松木薫(63)=同(26)=の弟、信宏(44)は、次世代に伝える大切さを感じている。最近は各地の集会で空席が目立つ。だが、拉致が忘れ去られているとは受け止めない。「拉致は国民に広く認識された。次の重要な局面で若い世代に声をあげてほしい。もし拉致が風化すれば、日本が終わるときだ」

■  ■  ■

 家族会結成に尽力した元共産党議員秘書の兵本達吉(79)、元産経新聞社の阿部雅美(68)、ジャーナリストの石高健次(66)は何を思うのか。

 「日本人を朝鮮に連れてくるのは裏庭からニワトリを連れてくるより簡単」。兵本は朝鮮総連関係者が言い放った言葉が忘れられない。阿部は言う。「報道は自らの大きな力を改めて自覚すべきだ」。石高はこう話した。「今の尺度で当時を測ったら絶対だめだ。拉致は日本の想像をはるかに超えていた。それを忘れたら、本質を見誤る」

 長年、被害者奪還に取り組んできた特定失踪者問題調査会の代表、荒木和博は自問自答する。「高度成長の明るい雰囲気に戦後、日本はとことん平和ボケしていた。私も含め拉致から目をそらしていなかったか」

拉致被害者、曽我ひとみ(57)の存在は平成14年の日朝交渉まで把握されていなかった。共に拉致された母、ミヨシ(85)=同(46)=は消息不明。被害者であり、被害者家族でもあるひとみは拉致の非道さを痛感している。

 家族会結成20年を前に調査会のラジオ番組に寄せたメッセージで、いまだ存在が知れない被害者に思いを寄せた。「拉致被害者も特定失踪者も家族を思う心はひとつ。日本で再び、幸せな生活が送れると信じている。私もあきらめない」

 その異形さからメディアは拉致を見逃し、国民も気付けなかった。同じような国家の危機が埋もれ、黙殺されることはないか。家族会結成から20年。拉致発生から40年。いまだ深い闇と格闘する家族の姿は今に警鐘を鳴らしているようだ。

(敬称略)=おわり
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米国がシリアへ行った制裁措置でもある爆撃によって中東はじめ極東アジアへも緊張が一気に広がった。北朝鮮によるわが国への脅しともいえるミサイル発射も頻繁に行われるようになったが、国会やマスコミはこれらに対して論ずることなく、この二ヶ月議論されてきたのは「森友騒動」、新聞各紙、テレビ各局がその件に関して占有してきた時間、紙面の無駄は膨大なものといえる。残念ながら国家の主権、拉致問題に真摯に取り組んでいるのは産経だけでした。
上記引用文にもある、横田めぐみさんの母、早紀江さんが「日本には北朝鮮に共鳴する人が今も存在するのではないか。拉致の解決が進まないよう、押さえつけているのではないか」とさえ述べられている。今も北朝鮮に忠誠を誓い、祖国と仰ぎ、革命なるたわごとを夢見ている大馬鹿者が筆者も存在しているように筆者も確信します。わが国にテロや拉致が二度と起こらぬように審議する重要法案さえも野党各党はこぞって反対している。ならばどうやって国民を他国の侵略、武力、テロから護るつもりなのか?
具体的な対案さえも出さず、法案採決において「審議を尽くしていない」などと叫び、プラカードを掲げ、委員長席に詰め寄りおよそ日本人らしくない光景が再現される。これらいつもの風景に新聞、メデイアは馬鹿野党の立場に立って貴重な紙面、テレビは時間を費やしていくのです。国民の生命と財産を護る使命をよそに・・・彼らに国の為に、国民の為にという意識の欠片もありません。ただただ権力闘争だけです。
国がやらねばならぬ第一は「国民の生命と財産を護る」「拉致された日本人を取り返すこと」ではないか?

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