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日本よい国、きよい国。 世界に一つの神の国。
降り積もる深雪(みゆき)に耐えて色変えぬ 松ぞ雄々しき人もかくあれ

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出典:http://kokugakuin-univ.jp/brand/ojigi/ 國學院大學


天皇彌榮(すめらぎいやさか)
拙ブログにお越しくださり感謝を申し上げます。

冒頭の画像は「この国の心をうつす、日本人になろう。」と題し、國學院大學が産経新聞 に掲載された、國學院大學の全面広告です。
國學院の建学の精神は、初代総裁の有栖川宮幟仁親王殿下の「凡學問ノ道ハ本ヲ立ツルヨリ大ナルハ莫シ故ニ國體ヲ講明シテ以テ立國ノ基礎ヲ鞏クシ徳性ヲ涵養シテ以テ人生ノ本分ヲ盡スハ百世易フベカラザル典則ナリ而シテ世或ハ此ニ暗シ是レ本黌ノ設立ヲ要スル所以ナリ」にあります

かって明治維新の際、わが国の急務は、まず、世界の先進国に追いつくことでした。欧米諸国の思想、文化、体制の導入が急ぐあまり、欧化万能の風潮が日本全土を覆い、日本古来の思想・文物が顧みられない状態となった。
 しかし一方、わが国が独立を全うし、国家の発展を将来に期するためには、思想も文化も体制も、単に欧風の模倣でなく、わが国の歴史・民族性に基づくものでなければならないという気運が興り、國學院大學の母体である皇典講究所は、このような反省の気運を背景として、明治15年に創立された。(國學院建学の精神より引用)冒頭の画像は気品溢れています。
古来より皇室のみ用いることを許された色、優雅で繊細な雰囲気をもつ日本の伝統色「麹塵(きくじん)」の前に、美しい所作でお辞儀をする清楚な女性の所作(しょさ)は忘れられつつある日本人の高貴さを現した画像です。
そして、國學院HPには、「姿勢と所作」、「お辞儀」について述べられています。
日本のお辞儀は歴史が古く、三世紀には行われていたと言われます。
敬意や感謝の気持ちを表すとされ、場面によって会釈、敬礼、最敬礼の三つのカタチが使い分けられています。
お辞儀の美しさは日本人の心そのものです。・・・・
今一度、お辞儀から、自分のルーツを学んでください。
日本人のアイデンティティについて、じっくり考えてみませんか?

と問いかけています。
かってのわが国では学校や会社、おおよそ日本人が暮らしているいたるところで、お辞儀をしている人を見かけたました。 わが国では「お辞儀」は最も一般的な挨拶のひとつであり、欧米人からしてみれば相手に対しへりくだったように見える不思議な光景かもしれない。しかし、わが国においてお辞儀は「挨拶」「感謝」「敬意」の意味合いが込められています。
わが国において、お辞儀をすることは相手に対して自分が敵で無いこと、敵意がないことを示し、相手に首を出し、頭を下げるのは、自分の身体の中で一番弱いところを相手に見せる動作です。その部位を殴られてしまえば死に至る可能性もあります。余談ですが、わが国頭部切断にも文化的理由が在るはずです。魂・人格が宿る依代として、人物の標識として、頭部というのは今も昔も重要な部位でした。その人物の象徴言うべき身体部位です。それを奪う意味合いは大きいのです。かって武士の時代の事例から想像がつきます。例えば、敵に首が渡る事を恐れて自決した武士が首を切り落として隠させたり、討ち取られた主人の首を守ろうとしたり、取られた首を取り返しに行く、といった行為が歴史上多々見られました。「首級(しるし)」ともいわれました。そして晒されるのはもちろん首でした。また敵を確実に討ち取った証拠として、どの敵を討ち取ったかという確認として、切断した頭部という物は最も確実でした。そしてそれは主君に対しての、最も確実な手柄の証でもあり、確認の方法として首実検が行われました。
こういった意味で首を差し出すことは相手に対しての最大の「敬意」でした。

座礼
激動の明治を生き、戊辰戦争で賊軍の汚名をきせられた長岡藩の筆頭家老の娘、杉本鉞子(えつこ)が表した著書「武士の娘」を著者と同じく新潟長岡出身の櫻井よしこ氏が読み解かれた「明治人の姿」でもお辞儀について述べられています。
「お辞儀は。唯、体を曲げる動作ではありません」「お辞儀は日本人のこころの表現なのです」外国の方々のように多くの言葉を交わさなくても、お辞儀に深い愛情を込め、お互いを理解し合える。日本人にとってのお辞儀の本来の意味を櫻井よしこ氏は鉞子から教わったと述べられています。筆者は「明治人の姿」で「武士の娘」に感銘をうけた場面は多々ありましたが、印象深いのは官軍による長岡城攻撃が迫るなかで杉本鉞子の父母が見せた武家夫婦の深い絆でした。原文をそのまま引用します。
鉞子の父は母に<大事の数々>を聞かせたうえ、役目を帯びて家をでました。稲垣家の命運は母に託されたのです。
<母はまだ二十歳を越したばかりの若さでありましたが、武士の妻としての務めはよく心得ておりました。女の人格に目醒めるた母は父に万一のことがあれば、嗣子の生命は一家存亡に関わることに思い至り、譜代の家来である忠義な蓑田殿に託して、菩提寺にかくれさせました>
そして雨の夜、一人の若侍が家を訪ねてきます。父が捕らわれの身となって江戸に送られることになり、今夜、真夜中に城外を通りかかる折に、母に会見が許されるというのです。
何かの計略かと疑うのが当然ですが、母は一つだけ問いました。
<御身(おんみ)は武士か>
その男が刀の柄に手を置いて<仰せのとおり武士でござる>と答えると、母はこう言いました。
<見方にせよ、敵にせよ、御身が武士ならばその言葉を信じましょう>
「武士である」という言葉を信じ、真夜中に一人でその若侍について行くのです。もちろん、万が一の時は覚悟の上のことで、着物の下に白装束を着込み、胸には懐剣(かいけん)を秘めていました。月も星もない雨の夜、現在と違い、灯りはありません。まさに漆黒の闇のなか、街を抜け、寂しい畦道をすぎ、城下から離れた場所で、夫の行列を待つのです。
やがて駕籠が近づき、母の前で止まりました。地上に網乗物が下ろされると、両側に武士が付き添い、駕籠かきは退きました。母が目を上げると、駕籠についた小さな角窓から父の顔が見えます。父と母の間には、武士が差し立てる二本の槍が交叉していました。しばらく沈黙の」後、父が口を開きました。
<奥か、刀を預けるぞ>
ただそれだけでした。「刀」は武士の魂を表します。武士の妻としての母に、以降、すべてを任せると、父は言っているわけです。死に行く自分が妻にに任せる大事の最重要事が、忠義の家来に託して、菩提寺に隠されている幼い息子、つまり鉞子の兄の身の上であることは明らかです。しかし、二人は会見に立ち会っている他藩の武士の耳を意識し、具体的には何も触れないのでした。
<母は唯お辞儀をしただけでしたが、気持ちが母に通じたことが父にはよく判ったのでありました>と鉞子は書いています。
「刀を預けるぞ」のひと言と、深いお辞儀ですべてを理解しあえたのです。夫婦の信頼のなんという深さでしょう。武士とその妻の、自覚と覚悟の何と見事なことでしょう。
ここで私たちは、鉞子の母のお辞儀の意味に想いを致したいと思います。当時の日本人はお辞儀に万感の思いを込めました。(引用ここまで)
「お辞儀は日本人のこころの表現なのです」だと筆者は思うのです。昨今はお辞儀をする方々が減りました。お辞儀をしない、しかたをを知らない、お辞儀と謝罪を混同する方々によって人間関係が複雑になり、社会が歪んできているのではと筆者は思うのです。最近はわが国のお辞儀と似ても似つかぬお辞儀が巷に氾濫しています。これではわが国の文化、習俗の継承もあったものではありません。所作の美しさもさることながら、いかに感情の篭もったお辞儀ができるかではないかと筆者は思うのです。

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