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画像は産経新聞より
すめらぎいやさか。 畏くも天皇、皇后両陛下におかせられましては9日、全国植樹祭の式典ご親覧などのため、2泊3日の日程で福島県入りあそばされた。東日本大震災後の同県ご訪問は6回目。日々、私たち国民の安寧、平和を祈って下さる天皇陛下。 一天万乗の天皇陛下に感謝しながら、ともに歩み生きていく国民。 往古の昔から自然に感謝しながら、共生してきた歴史や文化を継承し、不器用だけどまじめで言挙げせず、裕福でないかもしれないけど、楽しく生きてきた国民。
そして「ありがとう」の言葉で成り立っている国。
日本人に生まれてよかった。
筆者はいつも思うのです。ご歴代の天皇陛下はお姿は人間でも、お心はまさに神の領域、高天原にお住みのお方と思います。私心なく国家国民の安寧、人類の幸せ、世界の平和のみ願われておられます。
「先帝陛下ありがとう。今上陛下を見習おう」の大合唱が津々浦々からわき上がってくるとき、日本国民は本来の清さ明るさを取り戻し、ぬくもりのある「こころ」、芯(しん)の強い日本は必ずよみがえると思います。 天皇彌榮(すめらぎいやさか) |
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2018年06月10日
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コメント(2)
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「お辞儀は日本人のこころの表現なのです」だと筆者は思うのです。昨今はお辞儀をする方々が減りました。お辞儀をしない、しかたをを知らない、お辞儀と謝罪を混同する方々によって人間関係が複雑になり、社会が歪んできているのではと筆者は思うのです。心ひかれる記事がありました。産経新聞、夜明けのエッセー「母の一礼」から引用します。
85歳になる母は、少々ピントがずれたところはあるが、足腰は丈夫なので、思い立ったが吉日、1人でバスに乗って出かけて行く。 何気ない日常の中で投稿者の方はお母さんのお辞儀に感銘を受けられました。素晴らしいことです。
日本のお辞儀は歴史が古く、三世紀には行われていたと言われます。
敬意や感謝の気持ちを表すとされ、場面によって会釈、敬礼、最敬礼の三つのカタチが使い分けられています。 お辞儀の美しさは日本人の心そのものです。・・・・ かってのわが国では学校や会社、おおよそ日本人が暮らしているいたるところで、お辞儀をしている人を見かけたました。 わが国では「お辞儀」は最も一般的な挨拶のひとつであり、欧米人からしてみれば相手に対しへりくだったように見える不思議な光景かもしれない。しかし、わが国においてお辞儀は「挨拶」「感謝」「敬意」の意味合いが込められています。最近はわが国のお辞儀と似ても似つかぬお辞儀が巷に氾濫しています。これではわが国の文化、習俗の継承もあったものではありません。所作の美しさもさることながら、いかに感情の篭もったお辞儀ができるかではないかと筆者は思うのです。 |
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