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日本よい国、きよい国。 世界に一つの神の国。
降り積もる深雪(みゆき)に耐えて色変えぬ 松ぞ雄々しき人もかくあれ

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天皇陛下の「ご譲位」の準備は、「退位」と「即位」に分断され、
新天皇の御代にて天皇を廃絶する青写真に沿って進んでいます。
この阻止には、悪法「退位特例法」を即時改正する必要があります。

転載・拡散、お願いいたします!


「退位」と「即位」の分断工作が着々と進行中

ご存知ですか?
本来、「譲位 即 践祚(せんそ、即位)」である伝統的な儀式を、
わざと、宮内庁は、古文書をこじつけ解釈し、
  「退位の礼」を行い、
  翌日に「即位の礼」を行うことが、
あたかも伝統にかなうかのような
工作が行われています。

詳しくは、「天皇の祈りはなぜ簡略化されたか」(並木書房)を書かれ、
斎藤吉久さんの記事をご覧ください。

要点は、
  • 宮内庁は、200年前の光格天皇の譲位の儀式仙洞御所(せんとうごしょ・上皇の御所)で行われ、皇太子恵仁親王(あやひと)はお出ましにならなかったと説明していますが、明らかに間違い
  • 宮内庁は、平安時代の儀式書「貞観儀式(じょうがんぎしき)」「譲国儀(じょうこくぎ)」も同様に、仙洞御所が譲位の儀式の儀場となったと断定しているが、これも正確と言えない譲位即践祚であって、譲位の儀が単独で行われるはずもない。
  • 今回の「退位」が、虚構の歴史をつづった信用度の低い官製リポートを根拠とし、あまつさえ「皇室の伝統の尊重」と喧伝され、実現されようとしている。
ということです。

つまり、フェイク情報にもとづく 「フェイク譲位」 が行われようとしています。

この他、
  • 御代替わりの諸行事すべてを「国の行事」とせず、
    「国の行事」と「皇室行事」に分断
  • 歴史的概念、歴史用語を使わず破壊。
    例えば、「践祚(せんそ)」という言葉が消滅
  • 御代替わりに関連する祭祀をまったく検討していない。
    具体的には、賢所の儀を省略
  • 仙洞御所(上皇の御所)となる高輪皇族邸の改装に着手せず
    遷御(パレード)も廃止
  • 即位の礼と大嘗祭(即位にともなう重要祭祀)を分断
  • 大嘗祭国民統合の儀礼ではなく、単なる稲作儀礼に矮小化
などの破壊・矮小化が目白押しです。


さて、この原因は何でしょうか?
憲法でしょうか?
皇室典範(こうしつてんぱん)でしょうか?
いいえ、
例の「退位特例法」そのものです。

間違った法令により、
悪法が暴走しているのが原因です。


問題の解決はどうすればいいか?

個別対処ですか?
精神勝利法でしょうか?

いいえ、問題の根本を断つ=「悪法」の改正こそ、
対処の基本です。

天皇陛下の「ご譲位」が正しく行われるよう、
その時が近づいているからこそ、
悪法「退位特例法」正しく改正することが急務なのです。

正しい譲位特例法「新・皇室典範補遺(こうしつてんぱん・ほい)」とは

法令名
「今上天皇のご譲位に関わる皇室典範補遺

前文
今上天皇陛下に対しまして、第193回国会は、皇室典範補遺奉呈(ほうてい)申し上げます。

第1条
光格天皇の先例にならい、今上天皇陛下がご譲位されるに伴い、皇太子殿下は直ちに受禅(じゅぜん)される。
2 皇太子殿下の即位の大礼は、政令で定める。

第2条
今上天皇陛下のご譲位の日は、政令で定める。

第3条
ご譲位後の今上天皇は、上皇となられる。
2 上皇の敬称は、陛下である。
3 上皇の身分に関する事項の登録、喪儀及び陵墓については、天皇の例による。
4 上皇に関しては、前二項に規定する事項を除き、皇室典範(第二条、第二十八条第二項及び第三項並び
に第三十条第二項を除く。)に定める事項については、皇族の例による。

第4条
上皇の后は、上皇后となられる。
2 上皇后の敬称は、陛下である。
3 上皇后に関しては、皇室典範に定める事項については、皇太后の例による。

第5条
第1条が定める、皇太子殿下の受禅によってあらたに皇位継承順位第1位となられる皇嗣は、皇室典範第8条が定める皇太子と同じ皇太弟の位を継がれ、東宮となる。
2 皇太子に係る皇室典範の規定すべては、新しい東宮である皇太弟と置き換える。
3 皇太弟立太子の礼は、政令で定める。

以上


天皇陛下の「ご譲位」が正しく行われるよう、
その時が近づいているからこそ、
悪法「退位特例法」を正しく改正することが急務です。

新年度予算の概算要求が固まる前に行動を


尊皇のこころをもった国会議員は、
悪法の制定を主導した安倍内閣過ちを正すべく
行動をお願いいたします。

転載・拡散、お願いいたします!

転載元転載元: オノコロ こころ定めて

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美しい沖縄


天皇彌榮(すめらぎいやさか)
拙ブログへお越しくださり感謝もうしあげます。

風光明媚、訪れる人々を魅了してやまない我邦最南端の県「沖縄」。
大東亜戦争末期、沖縄は県土が戦場となりました。
組織的戦闘の終わりが73年前の6月23日でした。
多くの御霊の慰霊の日であってほしい沖縄の6月23日は静かな祈りと、怒号が飛び交う日でもあります。亡くなった御霊の多くは国を護らんと、郷土沖縄を護らんと戦われた。
日本側の兵力は、116,400人。沖縄戦では、この兵員のうち 94,136人が、戦死、または行方不明となりました。
沖縄戦で忘れてはならないのは、沖縄の民間人死者 94,000人です。当時の沖縄県民の人口は、約59万人ですが、実に人口の2割が戦禍の犠牲となりました。
では沖縄では、そこまで莫大な民間人の被害者がでたのか?
沖縄は我邦の領土であり、侵略者は米国です。
昭和19年7月、わが邦の委任統治領サイパン島が陥落。東条内閣は、緊急閣議を開いて「沖縄に戦火が及ぶ公算大」であるとして、沖縄本島、宮古、石垣、奄美、徳之島の五島から60歳以上と15歳未満の老幼婦女子と学童の、本土及び台湾へ疎開を決定しました。
軍隊は今も昔も、国土と国民を護るために存在します。
もし沖縄が戦場と化したら、軍隊は民間人を護るために人員を割けなければならず疎開は急を要しました。軍は疎開に関して行政機関である県庁にたよらなければならず、県は速やかにこれを行わなければなりませんでした。
しかし、当時の沖縄県知事、泉守紀は、沖縄本島の老人婦女子の疎開について、「沖縄県が戦場とならないために努力するのが軍の仕事である」などと、言い出して、県が疎開行動に協力するのを拒み、待ったをかけました。
戦争とは我邦の都合で行われるものではありません。県民の疎開がまだだから米軍よ来ないでくれの理屈は通じません。疎開を拒んだ挙げ句、泉知事は任務を放棄し逃げてしまいました。当時の県知事というのは、いまのような公選制ではなく、中央の内務省からの辞令を受けて赴任したものでした。


島田知事


泉知事の失態で、疎開が大幅に遅れた沖縄では、事態の打開のため、泉知事解任後、海軍陸戦部隊の大田実少将が、「肝胆相照らす」仲であり、尊敬するしている島田叡(しまだあきら)を沖縄県知事にと要請しました。昭和20年1月末に島田知事は赴任しましたが、赴任に先立ち、受諾した心境を家族に次のように語っています。

「俺が行かなんだら、誰かが行かなならんやないか」
「俺は死にとうないから、誰か行って死ねとはよう言わん」
「断るわけにはいかん。断ったらおれは卑怯(ひきょう)者や」
「沖縄軍司令官の牛島さんから赴任を望まれたんや。男として名指しされて、断ることなどできやへん」

実に立派な覚悟、決断であり、日本人の矜持です。着任するや職員を励まし、職員や県民は「この長官は自分たちを捨てていかない。この人なら最後までついていける」と。
島田知事は軍に全面協力するとともに犠牲を最小限にするために、県民の疎開、避難に傾注し、22万人の人々を疎開させました。
島田知事でなかったらもっと多くの犠牲がでたと言われています。しかし、多くの沖縄県民の犠牲者をだしたことを知事の責任であると自決を遂げられました。島田知事が沖縄県知事を務めたのは、沖縄戦の直前からのわずか五カ月にすぎません。しかし、戦後も長らく「島守の神」として沖縄県民の多くから敬慕されました。
島田知事が戦後も存命であり、政治の道を志されたならば戦後の日本はまた違う展開であったと思うと残念でなりません。

「島守之塔」にある慰霊碑




島田知事夫人






今尚、高校野球の夏の沖縄県大会を制した高校には、「島田杯」が授与されています。また、沖縄・兵庫高校テニス選抜大会にも、「島田杯」の名が冠され島田知事を顕彰しています。
また

島田知事の母校、兵庫高校で島田氏顕彰碑を囲む

前述していますが、最後まで沖縄県民を救おうとした功績から沖縄では今も「島守」として慕われ、また母校の兵庫高(兵庫県)でも語り継がれてきた。
同校では過去40年、北海道、東北などでスキーを体験する修学旅行が定着してきた。しかし「せっかく兵庫高校に入学した生徒に、偉大な先輩のことをもっと知ってほしい」と沖縄行きを提案。石井稔校長(60)も「リーダーとしての島田さんの魅力を学ぶ機会」と賛同し、平成27年沖縄への修学旅行実現した。現地では県職員を追悼する「島守の塔」などを見学。壕(ごう)で島田知事と身近に接していた元少年警察官の上原徹さん(86)からは、当時の過酷な状況や島田氏の人となりを聞く機会を得た。島田知事の遺骨は今尚、遺族のもとへ還っていません。現在、兵庫高OBらが現地で遺骨の捜索を続けている。(兵庫高校記事:参考文献 神戸新聞より出典)
島田知事の座右の銘は「死後慕われる人になれ」でした。今も島田知事は沖縄県民、出身であるこころある兵庫県民からも敬慕されています。

拙記事は平成28年10月に投稿した記事に加筆したものです。

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