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天皇彌榮(すめらぎいやさか)
拙ブログにご来訪くださり感謝申し上げます。
畏くも天皇、皇后両陛下におかせられましては22日,東京都台東区の日本芸術院会館におかれまして、芸術の分野で大きな業績を残した人に贈られる「日本芸術院賞」の授賞式に行幸啓あそばされた。
71回目となる今回は、詩人の吉増剛造さん(76)や能囃子方大鼓の柿原崇志さん(74)、洋画家の馬越陽子さん(81)ら8人が受賞。吉増さんと柿原さんは特に顕著な功績があったとして、恩賜賞も授与された。
両陛下は受章者から活動内容や作品について説明を受けた後に授賞式に出御あそばされ、賞が授与されるたびに拍手を送られた。
日本芸術院賞(旧字体:藝術院)は、日本芸術院がその会員以外の者に授与する賞のひとつ。卓越した芸術作品を作成した者または芸術の進歩に貢献した者に対して授与される。戦前は帝國藝術院賞(ていこく げいじゅついん しょう)といい、昭和16年度にあたる昭和17年の第1回から、大東亜戦争末期と直後(昭和20年 - 昭和22年)を除いて毎年授与されています。昭和24年度にあたる昭和25年からは受賞者が増えたことから、以後は毎年の受賞者の中でも特に選ばれた者に対して「恩賜賞」を授与するようになりました。
恩賜賞と共に皇室の下賜金で賄われており、受賞者には賞状・賞牌・賞金が贈呈される。 授賞式は、天皇・皇后両陛下の行幸啓を仰ぎます。
日本芸術院賞を受けると、その多くの者は後日、日本芸術院会員に推されますが、日本芸術院会員は終身制で定員120人と定められているため、日本芸術院賞受賞者全員が会員になれるとは限りません。
受賞された皆様、おめでとうございます。
御国の誉れです。
天皇彌榮(すめらぎいやさか)
参考文献、産経ニュース、wikipedia(恩賜賞)他 |
皇室
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コメント(6)
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天皇彌榮(すめらぎいやさか)
謹んでお伝えいたします。
畏くも天皇、皇后両陛下におかせられましては17日1泊2日の日程で宮城、山形両県を行幸啓あそばされるため、季節の自然などを楽しむ「私的旅行」ですが、同県蔵王町で、先の大戦中に日本の委任統治領だったパラオ共和国から戦後に引き揚げた人々と懇談あそばされた。
畏くも両陛下におかせられましては、パラオ行幸啓の前から「北原尾」に入植した人々に心を寄せられていました。今回、山形への旅行が決まった際に、「北原尾に寄れないだろうか」と、お気持ちを示され、今回の行幸啓が実現しました。
パラオ生まれの北原尾農事組合長の工藤静雄さんはじめ、北原尾の多くの方々が陛下の大御心に涙されました。
畏くも天皇陛下におかせられましては、ご高齢であられますが、大東亜戦争の激戦地に行幸啓あそばされ、慰霊の旅を巡っておられます。大東亜戦争において斃れた戦没者の慰霊、鎮魂、世界万民の幸せと、安寧、彌榮を願われる両陛下の御意そのままと拝し、大御心に、拙き両目にも、心の汗溢れ来る思いを禁じえません。
今日のわが国は、先達の努力と多くの犠牲のうえに繁栄を享受しております。しかし、その先達を忘却の彼方にあるか如しが今日のわが国の状況ではありませんか?
事あるごとに陛下は我々国民に「慰霊」の大切さ、「歴史」を知ることの大切さを我々国民に示しておられるのです。
すべての日本人が、天皇陛下の大御心の下(もと)に結集する時、敷島の國は息を吹き返し、世界に冠たる道義国家として復活すると願ってやまないのです。
ご公務ご多忙の天皇・皇后両陛下・ご皇族の皆様がお健やかであられることを臣民のひとりとしてお祈りします。
天皇彌榮(すめらぎいやさか) |
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天皇彌榮(すめらぎいやさか)
謹んでお伝えいたします。 畏くも天皇、皇后両陛下におかせられましては17日から2日間の日程で宮城、山形両県を行幸啓あそばされる。17日は大東亜戦争の激戦地となったパラオから引き揚げ、入植された方々が住む蔵王連峰の麓、宮城県蔵王町北原尾(きたはらお)地区に出御され、住民らと懇談あそばされる。4月に戦没者慰霊でパラオを行幸啓あそばされた両陛下は、かねて北原尾に関心を寄せておられた。 北原尾の冬は雪で覆われる。パラオからの引き揚げ者第1陣38人が到着したのは終戦翌年の昭和21年3月でした。「パラオを忘れない」との思いから「北のパラオ」の意味で名付けられた地区は、当時はクリの大木や雑木林が密生する荒野。赤道に近い熱帯の島から移ってきた人たちにとって、寒冷地で開拓していく生活はつらいものだったそうです。
北原尾の名前が縁でパラオの大統領が平成13年に、駐日大使が昨春に、北原尾に足を運んだ。親日国はかっての縁(えにし)を忘れてはいません。
「両陛下がいらっしゃるなど、これまで考えたこともなかった。こんなにうれしいことはない」。パラオ生まれの北原尾農事組合長の工藤静雄さん(73)は感慨を込めて話しています。
畏くも天皇陛下におかせられましては、ご高齢であられ、玉体が思わしくない状況であられますが、慰霊の旅を巡っておられます。大東亜戦争において斃れた戦没者の慰霊、鎮魂、世界万民の幸せと、安寧、彌榮を願われる両陛下の御意そのままと拝し、大御心に、拙き両目にも、心の汗溢れ来る思いを禁じえません。
今日のわが国は、先達の努力と多くの犠牲のうえに繁栄を享受しております。しかし、その先達を忘却の彼方にあるか如しが今日のわが国の状況ではありませんか?
事あるごとに陛下は我々国民に「慰霊」の大切さ、「歴史」を知ることの大切さを我々国民に示しておられるのです。
すべての日本人が、天皇陛下の大御心の下(もと)に結集する時、敷島の國は息を吹き返し、世界に冠たる道義国家として復活すると願ってやまないのです。
ご公務ご多忙の天皇・皇后両陛下・ご皇族の皆様がお健やかであられることを臣民のひとりとしてお祈りします。
天皇彌榮(すめらぎいやさか)
聖寿万歳(せいじゅばんざい) |
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君が代
天皇彌榮(すめらぎいやさか)
謹んでお伝えいたします。 畏くも天皇、皇后両陛下におかせられましては10日、神奈川県横須賀市の観音崎公園で開かれた「第45回戦没・殉職船員追悼式」に行幸啓あそばされた。戦後70年の「慰霊の旅」の一環で、先の大戦で海上輸送中に米軍の爆撃で犠牲になるなどした民間の船員ら約6万3千人を祀る「戦没船員の碑」に供花あそばされた。 安倍首相らの追悼の辞が読み上げられた後、両陛下が碑文石の前に進まれ、献花台に白菊の花束を手向けて拝礼あそばされた。遺族らも続けて献花。
追悼式を主催した日本殉職船員顕彰会によると、国力を尽くした大東亜戦争で軍に徴用され、武器輸送や洋上監視などの任務中に被害を受けた商船や漁船などは2千隻超。約6万600人が犠牲になり、うち約3割が未成年でした。
戦没船員の碑には、戦後の海難事故などで死亡した船員約2900人もまつられている。大東亜戦争で戦った戦士、徴用に応じ御国に殉じた方々の多くは大正世代の方々が主力でした。
両陛下の慰霊によって、海で亡くなった御霊にとって無念は和らいだことと筆者は思います。
その遺骨は未だ祖国の土に還ることなく、戦地で、海の底で迎えを待ちわびておられることでしょう。一日千秋の思いで・・・・
筆者は思うのです、偉大なる大正世代の方々が、戦争に敗れた後もひたすら働き続け、20世紀の奇跡といわれる高度経済成長を成し遂げ大国となった。そして今、静かにその役目を終えられ、辞世されようとしている。彼らの生き様、こころを継承すれば、日本はいつでも復活できると信じています。
大正世代の方々がどんな思いで戦地に赴き戦ったか、彼らは何を後世に遺そうとしたのか。日本人は昔も今も、他人のために尽くすことを厭わない民族は何ら変わっていません。我々後世の「やまとなでしこ」は、世代を超えて語り継ぎ、顕彰せねばならない「歴史」があります。
大東亜戦争を生きた大正世代の矜持を継承せねばなりません。
人間だから忘れることもあります。忘れたものは思い出せばすみますが、捨ててしまったものは二度と取り戻せません。取り返しがつかなくなる前に、忘れかけているものをもう一度、引っ張り出してみることが必要ではないかと思います。陛下はそれを我々に示し、諭されておられます。
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宮中晩餐会でフィリピンのアキノ大統領と乾杯あそばされる天皇、皇后両陛下 御尊影=3日午後7時46分、宮城(皇居)宮殿「豊明殿」(松本健吾撮影)
君が代
天皇彌榮(すめらぎいやさか)
謹んでお伝えいたします。 畏くも天皇、皇后両陛下におかせられましては3日、宮城(皇居)宮殿におかれまして、国賓として来日されているフィリピンのアキノ大統領を歓迎する宮中晩餐(ばんさん)会を催された。畏くも陛下は乾杯に先立ち、両国間の歴史を振り返り玉音賜りました。
陛下のお言葉の全文は以下の通り。
天皇彌榮(すめらぎいやさか)
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