|
天皇彌榮(すめらぎいやさか)
拙ブログへお越しくださり感謝もうしあげます。
謹んでお伝えいたします。
畏くも天皇、皇后両陛下におかせられましては28日、国体総合開会式へのご親覧や東日本大震災の復興状況視察のため、岩手県入りあそばされた。国体開催県への訪問は例年2泊3日ですが、式典会場から遠い沿岸部の被災地に赴くかれるために、異例の4泊5日の長旅となられる。岩手県知事が花巻空港で両陛下を出迎えた際、陛下から真っ先に「台風の被害はどうですか」とのお気遣いがあったそうです。犠牲者や被害家屋などの具体的な数字を伝えると、深刻な表情で耳を傾けられた。
日々、私たち国民の安寧、平和を祈って下さる天皇陛下。 一天万乗の天皇陛下に感謝しながら、ともに歩み生きていく国民。 往古の昔から自然に感謝しながら、共生してきた歴史や文化を継承し、不器用だけどまじめで言挙げせず、裕福でないかもしれないけど、楽しく生きてきた国民。 日本人に生まれてよかった。 |
皇室
-
詳細
コメント(7)
|
国のまほろば大和の国、奈良へ行幸啓あそばされるため、JR東京駅を出発される天皇、皇后両陛下 ご尊影=2日午前、JR東京駅
天皇彌榮(すめらぎいやさか)
謹んでお伝えいたします。
畏くも天皇、皇后両陛下におかせられましては二日、皇祖神武天皇二千六百年式年祭に臨みあそばされるため、国のまほろば大和に入られた。二日は橿原市の県立橿原考古学研究所で遺跡から出土した土器の破片の整理・修復作業を視察され、三日は皇祖の命日とされ神武天皇畝傍山東北陵(うねびのやまのうしとらのみささぎ)で行われる親謁の儀には秋篠宮両殿下も同行される。宮城・皇霊殿の儀には皇太子両殿下が臨まれる予定。両陛下はその後、神武天皇をまつる橿原神宮にも親謁あそばされる。
古来より、わが国の美称として、「豊葦原瑞穂国」と言ってきましたが、正式には、「豊葦原之千秋長五百秋之水穂国」(とよあしはらの ちあきのながいほあきの みずほのくに)と言い、千年も五百年も悠久に続く、 稲穂の実る美(うま)し国という意味でもあります。
建国以来、我国は皇尊(すめらみこと・天皇陛下)による慈愛と和の国でした。
紀元前660年2月11日(皇紀元年)初代神武天皇が畝傍山の東南、現在の橿原神宮に都を開かれるにあたり、詔を発せられた。この「即位建都の詔」に、以来連綿として継承される日本国の理念と天皇の御心を伺う事ができます。
即位建都の詔
「夫(それ)大人(ひじり)の制(のり)を立て、義(ことわり)必ず時に従う。苟(いや)しくも民(おおみたから)に利(くぼさ)有らば何んぞ聖造(ひじりのわざ)に妨(たが)わん。且た当(まさ)に山林を披(ひ)き払い宮室(おおみさ)を経営(おさめつく)りて恭みて宝位(たかみくら)にのぞみ、以って元元(おおみたから)を慎むべし。」 「大人(ひじり)の制(のり)を立て」とは、正に天照大神から連綿とつづく「神の子」の自覚と、謙遜の徳を表わし、「苟(いや)しくも民(おおみたから)に利(くぼさ)有らば」とは、国民の利益になることが大前提とお考えであり、「民の為の政治」の原則を謳う詔です。
天皇政治下の民主政治であり、神武天皇の大御心は歴代の天皇に受け継がれ天壌無窮にわが国は弥栄ております。
|
|
天皇彌榮(すめらぎいやさか)
拙ブログへお越しくださり感謝をもうしあげます。
謹んでお伝えいたします。
畏くも天皇、皇后両陛下におかせられましては4日、大分県別府市に行幸啓あそばされ、日本の障害者スポーツとゆかりが深い社会福祉法人「太陽の家」の創立50周年記念式典に出御あそばされた。 両陛下が出御あそばされた太陽の家は、東京パラリンピックの開催に尽力し、日本選手団長も務めた医師の故中村裕さんが東京パラリンピックの翌年の昭和40年に創設。敷地内には工場などの施設があり、障害者に働く機会を提供し、自立した生活ができるよう支援している。
余り知られてはいませんが、パラリンピックがオリンピックに併せて開催されたのは、昭和39年、東京オリンピックでした。
東京パラリンピックの名誉総裁をなされたのが、畏くも今上陛下(当時、皇太子殿下)でした。
貴賓席にお立ちになり、選手の入場行進にお手をふられる両陛下(皇太子殿下当時)
両陛下(皇太子殿下ご夫妻)は、当時の葛西大会々長の先導でフィールドに降りられ、各国選手をそれぞれ激励された。
両陛下のご尽力により、障害者福祉が大きく前進したのです。
天皇陛下御即位二十年奉祝中央式典 において、日本身体障害者団体連合会会長、小川 榮一氏は当時を次のように述べられています。
小川栄一氏
ただ今ご紹介に預かりました日本身体障害者団体連合会会長の小川榮一でございます。一言、天皇皇后両陛下に対し感謝の言葉を申し述べたく存じます。 筆者ごときが論評・補足する言葉がありません。
ハンディーがあっても国民の一人として尊重して下さり、障害者とその家族・関係者に、勇気と自信を与えて下さっている皇室こそ、日本の素晴らしい国柄を代表されていると思っております。
これらの言葉に皇室の素晴らしさがすべて込められています。
日本人は素晴らしい君主を戴いており、稀に見る幸せな民族であると言えましょう。
畏くも、天皇陛下、皇后陛下、皇族方におかせられましては、いつまでもお健やかであられるよう祈念いたします。
君が代が千代に八千代に続くことを願ってやみません。 天皇彌榮(すめらぎいやさか)
|
|
関東・東北水害の避難所「水海道あすなろの里」の訪問を終え、被災者らの見送りを受けられる天皇、皇后両陛下=1日午後5時9分、茨城県常総市(代表撮影)
産経新聞より引用
天皇彌榮(すめらぎいやさか)
拙ブログへお越しくださり感謝をもうしあげます。
謹んでお伝えいたします。
畏くも天皇、皇后両陛下におかせられましては1日、東日本豪雨で鬼怒川の堤防が決壊し、2人の同胞が亡くなられた茨城県常総市に行幸啓あそばされ、被災者らを見舞われた。両陛下におかれましては、発災当初から甚大な浸水被害を気にかけられ、早期の行幸啓を希望されておられた。
畏くも両陛下におかせられましては、被災状況の説明を受けられた後、三坂町地区の堤防の決壊現場をご覧あそばされ、雨が降る中、同地区で濁流にのまれ、犠牲になった男性が発見された場所に向かわれ、傘を差さずに黙礼あそばされた。
また約180人が避難生活を送る施設において、被災者6人とご懇談あそばされ、畏くも陛下は「復興に向かって進んで行かれるよう願っています」といたわられ、救助活動に尽力した自衛隊、警察、消防の関係者ら労を労われた。
日々、私たち国民の安寧、平和を祈って下さる天皇陛下。 一天万乗の天皇陛下に感謝しながら、ともに歩み生きていく国民。 往古の昔から自然に感謝しながら、共生してきた歴史や文化を継承し、不器用だけどまじめで言挙げせず、裕福でないかもしれないけど、楽しく生きてきた国民。 日本人に生まれてよかった。
天皇彌榮(すめらぎいやさか)
|
|
全国戦没者追悼式にご親覧あそばされた天皇陛下、皇后陛下 御尊影=15日、東京都千代田区の日本武道館 産経新聞より引用
謹んでお伝えいたします。
畏くも天皇、皇后両陛下におかせられましては、全国戦没者追悼式典におかれまして、次のように叡慮を賜りました。
天皇彌榮(すめらぎいやさか)
|






