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日本よい国、きよい国。 世界に一つの神の国。
降り積もる深雪(みゆき)に耐えて色変えぬ 松ぞ雄々しき人もかくあれ

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茶会の席で乾杯あそばされる天皇、皇后両陛下 御尊影=30日午後3時44分、皇居・宮殿「春秋の間」、(代表撮影)産経ニュースより






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古式馬術の観覧会で「打毬」に使う竹の棒を手にされる天皇、皇后両陛下 御尊影。左は安倍首相=30日午後、皇居・東御苑の馬場 産経ニュースより



君が代









天皇彌榮(すめらぎいやさか)


謹んでお伝えいたします。


畏くも天皇、皇后両陛下におかせられましては30日、安倍晋三首相ら現職と歴代の三権の長、閣僚約160人を宮城(皇居)に招かれ、埒(らち)馬場で古式馬術をご覧になられた。両陛下の傘寿記念で行われ、「打毬(だきゅう)」と呼ばれる競技などが披露されました。
打毬は西洋のポロと同じ中央アジアに起源を持ち、支那で完成し、8〜9世紀頃にわが国に伝わったと言われています。宮内庁で馬車などを管理する車馬課主馬(しゅめ)班が、伝統文化の保存のため江戸期の様式を現在も継承しています。
この日は同課職員8人が赤と白に分かれて2試合が行われ、球が入るたびに両陛下に拍手を賜りました。
 観覧後に宮殿で開かれた茶会で、安倍晋三首相ら現職と歴代の三権の長、閣僚を前に畏くも陛下は「国民の幸せを願い、国と国民のために力を尽くしていきたい」と大御心を賜りました。
公職にある皆様はどうか陛下の大御心を努々(ゆめゆめ)忘れるべからずです。そして國民みなが陛下の大御心、思し召しを自分の問題としてとらえ、陛下の公正無私の大御心をみならおうと努めるとき、現今の様々な危機的状況は次第に消えてゆくと筆者は思うのです。
わが國の本当の姿である『明き清き誠の心』が国民みなにあらわれ、わが國は新しくよみがえりましょう。

天皇彌榮(すめらぎいやさか)





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こどもの国開園50周年記念式典でご親覧あそばされる天皇陛下 御尊影




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「こどもの国」開園50周年記念式典に向かわれる天皇、皇后両陛下 御尊影=28日午後、横浜市


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こどもの国開園50周年記念式典にご親覧あそばされた後、雪印こどもの国牧場の牛舎をご覧あそばされる天皇、皇后両陛下 御尊影=28日午後3時25分、横浜市青葉区(代表撮影) 産経ニュースより





君が代




天皇彌榮(すめらぎいやさか)


謹んでお伝えいたします。


畏くも天皇、皇后両陛下におかせられましては28日、横浜市青葉区の「こどもの国」に出御あそばされ、開園50周年記念式典にご親覧あそばされた。畏くも陛下はあいさつで「これからも、この『こどもの国』が自然に恵まれた遊びの広場として、多くの子供たちに愛され、ここで育まれた経験が、子供たちの人生を豊かにしていくことを願います」と述べられた。
 こどもの国は、両陛下のご成婚を記念して国民から寄せられたお祝い金の使途について、両陛下が「子供のための施設に」と提案されたことで建設された。
畏くも両陛下におかせられましては、昭和60年5月の開園20周年記念式典、ご結婚50周年となった平成21年12月には、皇太子両殿下、秋篠宮両殿下、臣籍に降嫁された黒田清子さん夫妻とともに訪れられ、ミニSLに乗られるなどした。
以下は平成21年12月に出御あそばされた時の画像です。

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「こどもの国」でミニSLに乗り、笑顔の天皇、皇后両陛下、皇太子両殿下、秋篠宮両殿下、黒田慶樹さんと清子さん夫妻 御尊影=平成21年12月19日午後、横浜市青葉区(代表撮影)



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「こどもの国」に出御され、越冬する昆虫を悠仁親王殿下と一緒に観察あそばされる天皇、皇后両陛下、皇太子両殿下、秋篠宮両殿下 御尊影=平成21年12月19日午後、横浜市青葉区(代表撮影)


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「こどもの国」に到着あそばされた天皇、皇后両陛下 御尊影=平成21年12月19日午前、横浜市青葉区(代表撮影)


 この日の式典で、陛下は「親子孫三世代にわたり、幼少期をこの『こどもの国』で遊んだという人も多くあると聞き、うれしく思っています」とも話された。

以下に陛下お言葉全文

「こどもの国」開園五十周年記念式典を、ここに集まられた多くの参加者と共に祝うことは誠に喜ばしく、また感慨深いことであります。

 五十余年の昔、私どもの結婚に当たり、多くの人々から寄せられたお祝いの気持ちを二人して大切に考え、何か社会のためになるものとして使っていただければと、子供の施設を提案しました。実現に当たっては、厚生省始め多くの人々の協力があり、今日の場所に「こどもの国」がつくられることになりました。当時この場所は、私が見に行った時の記憶では、雑木林とささやぶに覆われていたように思います。したがって、そのような場所を切り開き、土地を整備し、今日の「こどもの国」がつくられるまでには大変な苦労があったことと察せられます。ここに改めて当時建設に携わった多くの人々の努力に、深く感謝の意を表します。

この地は自然が豊かに保たれていましたから、ここを訪れることは、都市化した地域に住む子供たちに、四季様々に変化する自然に接する良い機会をもたらしたことと思います。

 「こどもの国」には、これまでに延べ四千万人を超える人々が来園したとのことであります。その中には、親子孫三世代にわたり、幼少期をこの「こどもの国」で遊んだという人も多くあると聞き、うれしく思っています。

 これからも、この「こどもの国」が自然に恵まれた遊びの広場として、多くの子供たちに愛され、ここで育まれた経験が、子供たちの人生を豊かにしていくことを願い、お祝いの言葉といたします。



天皇彌榮(すめらぎいやさか)


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東京都慰霊堂に出御あそばされ、霊殿に花を手向けられる天皇、皇后両陛下 御尊影=26日午前、東京都墨田区(代表撮影)



君が代









天皇彌榮(すめらぎいやさか)


謹んでお伝えいたします。


畏くも天皇、皇后両陛下におかせられましては、26日、戦後70年の節目に戦没者を慰霊あそばされるため、昭和20年3月の東京大空襲の犠牲者ら約10万5000人の遺骨を納める東京都慰霊堂(墨田区)に出御あそいばされ、霊殿に供花して拝礼あそばされた。
 大東亜戦争では、全国各地で空襲による甚大な被害を受けており、宮内庁によると、両陛下はこの日の慰霊堂への拝礼を通じ、全ての空襲犠牲者を追悼する思いを込められたということです。
 慰霊堂には、戦後50年の節目だった平成7年の「慰霊の旅」でも出御されておられる。
聖上とは、畏くも天皇陛下敬う語であります。最近ではあまり最高敬語を使わなくなり、残念に思います。言葉の乱れは世相の乱れと比例します。
最近は綺麗な日本語を使われる人が減りました。今一度品ある日本語に回帰すべき秋がきていると筆者は思います。
わが国の聖上は、常に国民と共にあり、国民の幸福と安寧を願っておられます。
わが国は皇室を中心とした国柄であり、聖上と国民は苦楽を共にしてきました。長い歴史の中で日本人が一致して、強い団結力を発揮するのは、聖上を中心として、心を一つにした時でした。そこに、いま見失われている「やまとごころ」があります。やまとごころを取り戻しましょう。そして、国民が一致団結して国難を乗り超えましょう。


畏くも、両陛下におかれましては、いつまでもお健やかであられることを衷心より祈り奉ります。



天皇彌榮(すめらぎいやさか)
聖寿万歳 (せいじゅばんざい)

春の園遊会

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春の園遊会に出御あそばされる天皇、皇后両陛下 御尊影=21日午後、東京・元赤坂の赤坂御苑(蔵賢斗撮影)





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春の園遊会で赤崎勇名城大終身教授(右から3番目)らに玉音賜る、。天皇、皇后両陛下 御尊影=21日午後、東京・元赤坂の赤坂御苑(蔵賢斗撮影)










天皇彌榮(すめらぎいやさか)


謹んでお伝えいたします。


畏くも天皇、皇后両陛下が主催される「春の園遊会」が21日、東京・元赤坂の赤坂御苑で開かれ、青色発光ダイオード(LED)の開発でノーベル物理学賞を受賞した名城大の赤崎勇終身教授(86)ら約1800人の招待客が出席し、陛下より玉音を賜りました。
園遊会に招かれた皆様、御国に対する貢献ありがとうございます。
日本人として、末代までの「誉(ほまれ)」であります。





聖上とは、畏くも天皇陛下敬う語であります。
わが国の聖上は、常に国民と共にあり、国民の幸福と安寧を願っておられます。
わが国は皇室を中心とした国柄であり、聖上と国民は苦楽を共にしてきました。長い歴史の中で日本人が一致して、強い団結力を発揮するのは、聖上を中心として、心を一つにした時でした。そこに、いま見失われている[
やまとごころ」があります。やまとごころを取り戻しましょう。そして、国民が一致団結して国難を乗り超えましょう。


畏くも、両陛下におかれましては、いつまでもお健やかであられることを衷心より祈り奉ります。



天皇彌榮(すめらぎいやさか)
聖寿万歳 (せいじゅばんざい)


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天皇彌榮(すめらぎいやさか)


謹んでお伝えいたします。
畏くも天皇、皇后両陛下におかせられましては16日午前、東京都八王子市の武蔵陵墓地にある昭和天皇の武蔵野陵(むさしののみささぎ)と香淳皇后の武蔵野東陵(むさしののひがしのみささぎ)に御親謁あそばされ、パラオ共和国への慰霊行幸啓終えたことを報告あそばされた。
先帝陛下にご報告されるあたり、単にご今上陛下の意思というだけでく、先帝陛下ご遺志も受け継いでおられるのです。






畏くも天皇陛下におかせられましては15日、宮城(皇居)で稲の種もみをまく「播種」をあそばされた。


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お田植えをされた先帝陛下 御尊影


先帝陛下は昭和2年、御自身で稲作を始められました。今上陛下には大御心(おおみこころ)をお継ぎになり、御代替わり(みよがわり)の年からお田植えとお稲刈りをなされ、翌平成2年からは御播種(おんはしゅ)をなさる新例を開かれました。
国家の統治者が水田に足を踏み入れ、米作りをされる例は他国にはありません。なぜそうされるのでしょうか。そこにどのような精神的、文明論的意味があるのでしょうか。
我國は太古の昔より、豊葦原瑞穂國、豊葦原之千秋長五百秋之水穂國と呼ばれてきました。豊かな葦原と瑞々しく美しい稲穂が実る国、という意味です。

皇祖天照大御神は天孫降臨の際、

一、天壌無窮の神勅  『豊かな葦原の水(瑞)穂の國は皇孫のしらしめす國です。天つ神の日嗣(ひつぎ)である皇孫と御國は天壌無窮に榮ます。』

二、宝鏡奉斎(ほうきょうほうさい)の神勅  鏡をお授けになり、『この鏡を私とおもって、常に側において斎祭(いつきまつり)なさい』

三、斎庭(ゆにわ)の稲穂の神勅  皇孫に稲穂をお授けになり、『大切に育て継承しなさい』

と、三大神勅を下されました。
 
皇孫であられる、畏くも天皇陛下所知めす皇國は、水穂の瑞々しい穂の國であり、稲穂を神鏡と同じく、天照大御神からの授かりとして大切にし、稲作を継承していけば、いつまでも豊かな稲穂の実りのある國なのです。
日本書紀では天照大御神が自ら神田を営み、機を織られ、新嘗の祭りを行ったとあります。
これこそが我國のお国柄を現しています。
世界には君主制の国が少なくとも20カ国以上あるようですが、長靴をはいて水田に足を踏み入れ、田植えをし、鎌を手に稲刈りをなさるのは、日本の天皇陛下以外には聞きません。


昭和天皇の大御歌(おおみうた)に、

わが庭の宮居に祭る神々に世の平らぎをいのる朝々

畏くも天皇陛下は臣人が見ないところで日々、祭りを行い、「国平らかに、民安かれ」とひたすら公正無私の祈りを 捧げておられるのです。
そして、皇祖以来の伝統を継承されておられるのです。
戦後、権利、人権などを誇張し、日本人としての自覚を忘れ、皇祖、先祖、先人よりの御教えを忘れ、豊葦原の瑞穂の国を汚し、変わってしまったのは我々臣民なのです。
畏くも、天皇陛下にあらせられましては、皇祖以来の伝統を護り、臣民を護るお姿は神代の昔から普遍なのです。
 畏くも、  天皇陛下は、皇居の神田で、稲種まき、お田植え、御収穫をされています。  誠に神勅の隨々(まにまに)です。  天皇陛下のお田植えは誠に尊いお姿です・・・


降り積もる深雪(みゆき)に耐えて色変えぬ 松ぞ雄々しき人もかくあれ


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聖寿万歳(せいじゅばんざい)
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