中国
台湾人医師の直言 林 建良 著
日本よ、こんな中国とつきあえるか?(二十八)中国には人権問題を突きつけろ!
より続きます。
5.日本は核武装を決断すべきだ
●危機は日本の意思に関係なくやって来る
何度でも強調したい。
日本が本気で自国とアジア全体の将来を案じるのなら、中国を崩壊させる以外に道がない。邪悪な中国を今のまま放置することは、人類に大災難をもたらすことになり、中国を牽制できるアジア唯一の国である日本がとるべき態度ではない。
中国の崩壊は周辺の混乱をもたらすから、このまま維持させるべきだという意見が少なからずあるが、それは中国の本質を理解できない浅薄な見方でしかない。なぜなら、このままなにもしなくても中国は崩壊する。もしくは、その崩壊を察知した瞬間、中国自身が本能的に外に向けて混乱状態を作り出すだろう。いずれにしても、世界に災難をもたらすことになる。
安定した情況を長く保たせ、問題をできるだけ先送りしたい気持ちはわからなくもないが、このままでは、いつ崩壊するかわからない隣の老朽化したビルを、ただ手をこまねいてボーと見ているようなものだ。こういう場合は、自他の安全を守るために、このビルを計画的に崩壊させることこそ常識ある判断なのだ。今の日本にはこの常識的な判断が求められている。
中国を安全に崩壊させる近道はない。しかし、今から取りかからなければ間に合わない。その方法は二点に尽きる。一つは日本が強国になること、一つは台湾を法理的に独立させることである。
強国とは、経済力、政治力、軍事力、人口力がともに強いということである。日本は人口からしても、経済からしても、すでに強国の入口に達しているが、政治力と軍事力はアメリカ依存から脱出できないでいる。それゆえ、日本は強国になる条件は備えているものの、現状では強い存在ではない。栄養はたっぷり摂っているものの肥満体であって、精悍さに欠けるのである。日本はまた、金持ちのお坊ちゃまのような存在だ。いくら金を出しても、発言権はない。お金をせびられる存在であって、尊敬される存在ではない。
多くの日本人はこの現状のままでいいと考えているようだが、この現状の行き先は滅亡という終着点以外にない。要は、日本の将来はアジアのリーダーになるか、中華帝国の奴隷になるかのどちらかであって、その中間は存在しない。地政学的には、二つの巨大勢力の存在は、そのような結末でしかないのである。
今までの中国は人口大国ではあっても、経済大国ではなかった。これから名実ともに大国になれば、日本と雌雄を決することになるのは当然の成り行きであろう。その危機は日本の意思に関係なくやってくる。日本人はこの危機への対応を、もっと真剣に考えるべきではないのか。
●アメリカは躊躇せず引き上げる
中国の覇権主義に対抗し、日本がアジアの責任ある大国になる第一歩は、まずお坊ちゃま体質から脱皮することである。それが身の丈にあった責任の取り方だ。
戦後の日本は「平和憲法」を後生大事に抱え、無菌室のなかで成長してきた。そのためか、普通の世界に一歩でも出ると、何もできないひ弱さをすぐに露呈してきた。それなら、永遠に無菌室で生活すればよいという考え方もある。だが、あらゆるバイ菌を排除し、無菌状態を維持してくれているのはアメリカである。一国の将来を完全に他国に委ねることを、属国と言う。いくら居心地がよくても、所詮「属国」は軽蔑される存在でしかない。
永遠に無菌状態を維持してくれれば、それでも構わないと思う日本人も多くいるようだが、その保障はどこにもない。健康を維持するとはどういうことかと言うと、永遠に無菌室にいることではない。体力をつけて、免疫力を高めることを言うのである。戦後六〇年間も無菌室に居つづけられたことは、まさに僥倖だったと言ってよい。しかしそれは、たまたまこの無菌室を維持することがアメリカの国益に合致していたからにすぎない。
たとえば、アメリカがその基地反対運動に嫌気をさし、クラーク空軍基地とスービック海軍基地をフィリピンに返還し、一九九一年に自軍を撤退させたことを想起してみればよい。アメリカ軍が去ったその結果として何が起こったか、フィリピンは自国領だった島を中国に奪われる結果になったのである。
国益とは、その時々の情況によって変わるものだ。日本という無菌室を維持して行くことは国益にならないと判断すれば、アメリカは躊躇なく引き上げていく。フィリピンはそのいい例なのだ。お荷物だと判断されたら、さっさと行ってしまうのがパワー・オブ・バランスに生きる世界の常識であり、現実なのである。日本という無菌室とて例外ではない。
●自衛隊を日本軍と改称せよ
では、日本が体力をつけて、免疫力を高めるためには、なにから手をつければよいのか。まず第一にやらなければならないことは、自衛隊というボーイスカウトのような名前を改めることだろう。自衛隊ではなく「日本軍」にすべきなのである。
そもそも、野球で「巨人軍」と呼んでいながら、国を守る軍人を「隊員」と呼ぶのはおかしいではないか。それはまるで、いじめられっ子が戦闘ゲームにふけるような自慰的行動でしかなく、滑稽としか言いようがない。
日本の空軍と海軍の戦力は中国に勝っている。ここで名実ともに自衛隊を「日本軍」と改称することで内外に日本の気概を示すことになり、それが中国への抑止力になるだけでなく、日本人の自信を取り戻すことにもなるのだ。
●日本が核武装に踏み切るとき
つぎに重要なことは、日本が核武装に踏み切ることだ。
日本の核に対するアレルギーの強さは世界でも有名であるが、台湾の呂秀蓮副総統によれば、中国はすでに核搭載が可能なミサイル一三〇基を日本に向けて照準を合わせているという。石原慎太郎東京都知事も、中国はイザというとき、在日米軍基地をはじめ、東京という大都会にも容赦なく核ミサイルを飛ばすだろうと指摘している。
多くの日本人はまさかと思うかもしれないが、私は、これはきわめて現実的な指摘であり、憂慮の念の表明だと思う。なぜなら、先にも述べたように、中国の熊光楷副参謀総長も朱成虎少将も公開の場で、アメリカに対する核ミサイル攻撃の可能性について明言しているからだ。これは一軍人の意思ではなく、中国政府そのものの意思と見たほうが正しい。アメリカに使えて、日本に使えないはずがない。アメリカと核戦争も辞さないとする中国の意思表明は、全世界のどこにでも核兵器を使うと宣言したに等しい。日本は心して中国のこの発言を噛みしめるべきであろう。
核に対抗できるのは核しかない。拳銃を排除できるのは、拳銃を持った警察力以外にないのと同じ理屈である。丸腰の警察官に、拳銃を持った暴力団を退治させることは自殺行為である。日本は「非核三原則」を即刻廃止して、核武装に踏み切ることこそ、中国の核兵器に対する最大の抑止力になるのである。
その点で、インドとパキスタンの核保有は一つのいい例になる。片方だけ核を保有すれば、報復される心配がないから、核戦争の可能性は一気に高まる。しかし、両方が保有するから抑止力が働き、今の両国間の平和が保たれているのである。アメリカもこの情況を認めざるをえなくなり、二〇〇六年三月に両国を訪問した米国ブッシュ大統領も、核に関する最新技術を提供すると申し出たほどだった。
日本国内では、今でも核廃絶運動が盛んである。世界唯一の被爆国として、この運動に取り組んでいることは尊敬に値する。しかし、核を持っていない日本国内のみでこのような運動を展開することは非現実的だ。現実の世界は、日本も核なしで自国を守ることはできなくなっている。現に日本は今、アメリカの核の傘に守られているではないか。
核は拳銃と同じ凶器である。盗賊に拳銃を持たせて、警察官に拳銃を持たせないなどということは、正常な社会ではまずあり得ない。だから、東アジア侵略の野心を持つ覇権国家である中国に核を持たせて、日本が持ってはいけないなど、道理に合わないことなのだ。
日本が真の独立国家になるためには、他国の手を借りることのない完全な防衛体制が必要なのだ。そのためには、核武装が絶対不可欠の条件だと言っても過言ではない。当然、この国家防衛政策を打ち出したとたん、世界を巻き込むほどの大論争になり、日本国内も大騒ぎになるだろう。しかし、国家の存亡にかかわる大転換なのだから、それくらいの試練は当たり前のことで、日本はそこで耐えなければならないのだ。
支那国内でも反日デモ、尖閣諸島、領海への侵犯、恫喝、弱腰の政府は支那の要求に対し、譲歩してしうでしょう。しかもこのような状況下で「属国・降伏してしまえばいい」と言う人間が必ず出てきます。共産支那あたりに降伏するとどうなるでしょうか?。文革支那時代のように共産主義恐怖政治下で戦争など比較にならない数の犠牲者が生まれる国土となり、核実験場となり、書籍手紙通信は検閲盗聴され、弾圧され、子供が親を当局に売り渡し、共産党政府への反対者は即日裁判で公開処刑、共産党幹部の経営する企業で劣悪な環境で低賃金奴隷労働に従事させられ、大規模な政府批判の集会を開けば戦車にひき殺され、共産主義国家を守る軍事体制下で徴兵され政府批判の集会を開いた日本人を戦車で踏み潰す仕事をさせられ、台湾やチベットなどの現地人を殺す戦場に送られることにもなるのです。
戦争は、軍事力のバランスが崩れた時に必ずおこります。
わが国はターニングポイントの最中にあるのです。
続く・・・・
台湾人医師の直言 林 建良 著
日本よ、こんな中国とつきあえるか?(二十七)反日日派を助け、親日派を挫く日本
より続きます。
6.中国には人権問題を突きつけろ!
●中国の人権問題を見て見ぬふりをする日本
戦後の日本は「人権」と「平和」を最高の価値としていて、それは教育界や労働界をはじめあらゆる分野に反映されるようになっている。たとえば教科書では、女性の人権に配慮するあまり「主人」や「奥さん」「家内」といった言葉を使わないように勧める記述や、在日外国人に参政権が与えられないことを差別問題にからめて記述しているなど、あたかも先鋭的人権団体のパンフレットかと見紛うばかりの内容になっている。
日本には人権団体がたくさんあって、北朝鮮による拉致問題の解決に熱心な団体もあれば、ジェンダーフリーのように、私から見れば行きすぎた概念をかかげている団体も少なくない。とくにリベラル団体は「人権」に対して非常に厳しく、うるさいほどだ。
しかし、これほど人権に敏感な日本人なのに、なぜ隣の中国の人権問題については発言しないのか、以前から不思議に思っていた。まず日本政府が中国の人権問題について何か提議したとは寡聞にして知らない。そこには何らかの中国に対する遠慮があるようだ。
しかし、政府もさることながら民間団体においても、中国の人権問題については寛容であるというか、批判的な言動はほとんど見られない。「人権」と「平和」は国によって差があってはいけないのであれば、中国が侵している多くの人権侵害の事例に口をつぐんでいるのは、日本のダブルスタンダードと批判されても致し方あるまい。
中国の人権侵害の事例は山ほどある。多すぎて何から取り上げるべきか迷うほどである。中国国内における人権侵害に関する信頼度の高い報告は、まず毎年出されている国連人権委員会によるレポートであり、アムネスティ・インターナショナルのレポートだ。アメリカの国務省も毎年、各国の人権侵害の状況についてレポートしている。また、イギリスの外務省も詳しい報告書を出している。
●中国には人権侵害という観念がない
これらの報告書のなかから事例を紹介する前に、中国の人権侵害の程度を紹介してみたい。
日本でも犯罪の摘発や捜査に関するドキュメンタリー番組がテレビ放映されているが、中国にも中国の公安がいかにして犯罪捜査にあたっているかを描いた番組がある。もちろん、この番組は中国の公安当局が意図して制作したもので、中国政府の宣伝活動の一環として作られたものである。
番組の内容を再現すると、スリや万引きのような軽犯罪者を捕まえる場面では、犯人を路上でめった打ちにしてうつ伏せにさせ、足錠をかけ、後ろ手にして手錠をかける。その次は連行して、足錠と手錠をかけたまま取り調べをするシーンだ。
この番組は中国当局が意図して制作したことは先に述べたが、犯罪者を逮捕するシーンとはいえ、犯人を路上でめった打ちにする場面は残酷だ。日本人にかぎらず、誰が見ても行きすぎと思うだろう。これは完全な人権侵害だ。これがアメリカであれば、間違いなく人権侵害で訴えられる。
実際アメリカでは、犯人と警察官がカーチェイスする場面をヘリコプターから撮影した映像のあと、犯人を捕まえてめった打ちにするシーンが放映されて、のちにその警察官が人権侵害で訴えられるということがあり、それが全米のニュースとなった。
しかし、中国では人権侵害で訴えられるどころか、これが日常的なことなのだろう。中国公安当局が意図して制作した番組で放映されるのであるから、そう受け取るのが妥当だ。これが武装警察なら抵抗しない人間でも平気で射殺する国である。おそらくこの場面はまだまだ穏当な方だったのかもしれない。いかに中国には人権という意識が希薄なのか、この一事をもってもわかろうというものだ。
●なぜ日本の人権団体は中国を批判しないのか?
中国の人権侵害がどこまでひどいのかという事例は、国連人権委員会が出した特別報告書のなかに、不法な殺害、拷問や残虐な刑罰、不当な拘束、言論抑圧、女性への暴力などに分けられて報告されている。とくに、ここ数年間における法輪功のメンバーに対する残酷な拷問と刑罰に関しては詳しく報告されている。
たとえば、労働教養所や拘置所において、死に至るまで殴打する、真冬に服を脱がせて氷水をかける、常に針で刺す、電撃警棒で電気ショックを与える、焼けた鉄を体に押しあてる、長椅子状の電気椅子に寝かせて肛門に電気ショックを与える、タバコの火を押しつける、法輪功の女性メンバーを男性刑務所に放り込んで強姦させる等々、見るに耐えない聞くにも耐えない残酷な拷問の事例が数多く報告されている。
法輪功と関係が深い「大紀元」という新聞がある。この新聞が中国国内に潜入し、刑罰を受けた人間の写真を掲載しているが、中国では日常的にこのような拷問がおこなわれている。人権を大切にする日本が中国のこのような実態を正視せず、何もしないというのは道徳的におかしいのではないか?
中国はよく、これは中国の特別な国情だから、一概にアメリカの基準を押しつけてはいけないと言う。同じような言い方をしている日本のマスコミも少なくない。しかし、人権の基準が国によって違うというのは妙な話だ。また、拷問に、この国の拷問はよくて、あの国の拷問は悪いという分け方は成り立たない。拷問は国家的な犯罪である。国によって基準が違うという主張は説得力に欠け、政治臭がつきまとっている。
この国連人権委員会は人権侵害の深刻な国がメンバー国になるなど、さまざまな問題があって、二〇〇六年三月二七日の第六二回をもって六〇年の歴史に幕を下ろし、人権理事会に改組されるという。この背景には、中国が開発途上国などへの多数派工作により、何度も中国の人権問題を提起するアメリカ案を葬り去ってきたことへの批判もあると言われている。今後の人権理事会の行方が気になるが、国連人権委員会がこれまでに発表したレポートを見れば、中国の拷問がいかに残虐なものかよくわかる。つぎの人権理事会ではアメリカ案が成立することを祈りたい。
●劉少奇を死に至らしめた残虐な殺し方
中国共産党の人民を統治する手法は、毛沢東時代からなにも変わっていない。中国共産党総書記で首相経験者だった胡耀邦は、中国は建国以来、非自然的に亡くなった人間は数千万人にのぼると発言したことがある。非自然的とは、寿命や病死などの自然死以外の死に方であり、端的に言えば強制的な死であり、暴力団の抗争による死などはあるものの、権力によって殺害されたことを指しているものと思われる。
中国共産党は、統治とは名ばかりで、利益と恐怖で人民を支配してきた。利益を享受できるのは共産党幹部や官僚などの一握りの人間であり、それ以外の九割以上の人間は恐怖政治によって統治されている。恐怖政治とは、政治的な迫害、言論の弾圧、拷問などだ。政治的に残虐な方法で敵をつぶしてしまうのが共産党の手法であり、その象徴的な事例が国家主席をつとめた劉少奇迫害であろう。
一九五九年に国家主席となった劉少奇だったが、文化大革命で走資派の頭目と見なされて毛沢東によって徹底的に批判され、一九六八年には共産党を除名されて失脚する。一九六七年には河南省開封市にあったその自宅は牢屋に改装され、治療という口実で医者や看護婦、看護士などが彼を針であらゆるところを乱暴に突き刺して苦しめ、さらに数カ月間、彼の両手両足をベッドに縛りつけて動けない状態にし、最後は全身腐った状態で死に至らしめた。一九六九年一一月のことである。
これが中国の言うところの「特別な国情」を反映しているのかもしれないが、何ともひどい殺し方である。このように「恐怖」で人権を抑圧することが中国共産党の伝統的な統治手法になっている。
だから、中国に人権問題を突きつければ、「利益」と「恐怖」という統治手法の一角が崩れる可能性は高い。それゆえ、国連人権委員会でアメリカが中国の人権抑圧を非難する決議案を提出しても、中国は多数派工作をおこなうなどして必死に抵抗しているのである。
しかし、中国を崩壊させる方法として、中国がいかに人権を踏みにじっているか、具体的な人権蹂躙状況を常に突きつけていくことは有効な手段である。
●中国共産党を崩壊に導くことこそ日本の国益
中国を崩壊させてはいけないという見解を日本の外務省などは持っているようだが、それは単に人は裕福になれば礼節を知り、穏やかな人格に生まれ変わるという幻想を中国に当てはめようとしているにすぎない。あるいは、中国を国際孤児にすると何をしでかすかわからないので、常に国際舞台の一員にとどめておこうという官僚的発想の為せるところなのかもしれないが、あまりにも中国の覇権主義を知らなさすぎる、危険で幼稚な考え方と言ってよい。
中国は世界の中心となるまでその覇権主義を捨て去ることはない。それが中華思想なのだ。今や日本にも迫ろうという経済力をつけてきた中国が、尖閣列島近辺で何をやっているか知らないわけではあるまい。中国が日本を上回る経済力をつけたら、呑み込まれるのは日本なのだ。今、中国が虎視眈々と狙っているのは日本なのである。台湾併呑はそのステップにすぎない。その次は、世界一の大国アメリカだ。これで中華帝国は完成する。
だから、中国を崩壊させるしか台湾も日本も生き延びる道はない。アメリカも同様である。しかも中国の実態は老朽化したビルだ。いずれ確実に倒れる。だから活力ある日本や台湾を一日も早く呑み込もうと焦っている。
大胆な予測と思われるかもしれないが、おそらく中国は近い将来、内なる矛盾から瓦解するだろう。ただ成り行きにまかせていては、どこに、どのような形で倒れるか予測できない。中国が分裂して崩壊したとき、難民が外にあふれ出ないようにするなど、うまく誘導していかなければならないのだ。そのときのために周辺の国々は、中国をどのような方向に、どのような形で崩壊させるかを真剣に考えておかなければいけない。それができるのは、今のところアメリカと日本しかない。
そのために有効な手段が人権問題なのである。中国が崩壊したとき、国内にとどまっても迫害されないような環境を今から作っておくこと、それが大切である。
くり返すが、「人権」と「平和」を最高の価値と見なしている戦後の日本が、中国の人権問題で積極的に発言しないのは偽善である。日本政府は、アメリカ国務省やイギリス外務省を見習って、中国の人権問題に関する報告書を毎年出すべきではないだろうか。ぜひ出してもらいたい。
中国に莫大な経済支援をしている日本だからこそ、中国の人権問題について発言する権利がある。日本はアジアの国々の安全のためにも、この権利を行使すべきなのである。
将来、中国が崩壊したときに発生する難民問題に対応する困難に比べたら、今の苦労はたいしたことではないはずだ。今からでも遅くはない。日本が規範とする人権問題を中国に突きつけ、中国の人権意識を改善させ、民主的な手法で共産党独裁政権を崩壊させることが、長い目で見て、日本の国益につながるのである。日本人の覚醒を期待したい。
性善説の上に成り立つ日本人の精神と、シナ人はどこまでも相容れない異質なものです。
わが国は、こんなシナとは付き合えないのです。
続く・・・・
台湾人医師の直言 林 建良 著
日本よ、こんな中国とつきあえるか?(二十六ノ二)真実を中国人に知らせれば中国は崩壊する より続きます。
第5章 台湾の独立は日本の国益につながる
国民党政権の誕生は日本の悪夢の始まり
1.反日派を助け、親日派を挫く日本
●台湾を侮辱して中国の歓心を買う日本外務省
二〇〇四(平成一六)年三月二〇日の台湾総統選挙は、台湾のみならず、東アジアにも地政学的変化をもたらす運命の一刻であった。なぜなら、親日独立派の陳水扁が再選されるか、反日親中派の連戦・宋楚瑜コンビが当選するかによって、日本を含む東アジアの将来が大きく変わるからである。
日本政府はこの選挙の重要性をある程度は認識していたようだが、自国の国益に反する行動をとってしまった。つまり二〇〇三年一二月二九日、台湾の総統に対し、総統選挙と同時におこなわれる国民投票の実施と台湾憲法の制定に関する発言について「慎重に対処せよ」と申し入れたのである。
平成一五(二〇〇三)年一二月二六日付で外務省が作成した「台湾当局に対する申入れについて」という公文書がある。ここには次のように書いてある。
今夏以来、台湾の陳水扁「総統」は、公民投票の実施や新憲法の制定等の発言をくり返しており、中台関係は緊張の度合いを高めています。このような緊張の悪化に対しては、米国からも明確な形で懸念が示されていますが、陳水扁「総統」は、公民投票を「総統」選挙日当日に実施するとの方針に変更がない旨を対外的に明らかにしています。(略)
このように、総統に対して陳水扁「総統」とカギカッコをつけている。これはどういう意味かというと「陳水扁『いわゆる総統』」ということである。さらに有り体に言うなら、日本は認めていないが、台湾が「総統」と自称している陳水扁「総統」、という意味なのである。
台湾に対してこのような侮辱的な表現を使っているのは世界でたった二カ国、日本と中国だけだ。日本はかつて自国として統治してきた台湾に対して何の配慮もなく、台湾を呑み込もうとしている中国に倣っているのである。こんなことで中国の歓心を買おうとしているのだろう。ここには道義も正義もなく、これこそ事大主義以外のなにものでもない。
この異例の申し入れは陳水扁総統に対し「慎重さに欠ける」と批判しているに等しく、明らかに親日的な陳水扁陣営の足を引っ張り、反日的な連戦陣営を益するあからさまな選挙介入と内政干渉である。実際、連戦陣営はすかさずこの日本政府の申し入れを利用し、陳水扁を激しく攻撃した。
●独断で台湾に内政干渉した外務省官僚
のちに、この日本政府の申し入れは、当時の外務省中国課の堀之内秀久課長による独断であったことが、二〇〇四年一月六日付の台湾最大紙「自由時報」の報道によって明らかにされた。それによると、その前年の一二月二三日、田中均・外務審議官が李肇星・中国外交部長との会談で、「日本は『一つの中国』の立場を堅持し、『二つの中国』や『一中一台』に反対する」と発言したことを受け、堀之内課長は中国の意を酌んで、この「申し入れ」をおこなうよう日本の対台湾外交の窓口である交流協会の台北事務所に指令を出したという。
堀之内秀久氏は、二〇〇二年五月に発生した瀋陽事件に関し、報告書のなかから中国に不利な事実を独断で削除し、総理官邸から厳重注意された前科を持つ人物である。二〇〇三年一二月二九日におこなわれた国際常識に欠ける台湾への露骨な内政干渉も、おそらく中国に阿るための確信犯的な仕業であろう。実際、中国政府は翌三〇日、日本外務省のとった行動を持ち上げ、称賛したのである。
しかし、年明けの一月五日、台湾の駐日大使館に相当する台北経済文化代表処でおこなわれた新年会の席上、台湾との窓口である「交流協会」の高橋雅二理事長は、「国民投票は台湾国民の決定事項であり、日本は介入するつもりはない」と発言した。これは外務省中国課が交流協会の内田勝久・台北事務所所長(当時)を通じて、台湾政府に伝えた「申し入れ」とはまったく異なるスタンスである。
なぜ一介の課長にすぎない堀之内氏が、外交のタブーである他国への内政干渉を独断でやれるのか。これはまさにチャイナスクール特有の思考様式によるものである。中国に迎合しなければ出世できないチャイナスクールの構造的問題でもあるが、簡単に言えば、国益は眼中にない彼らの個人的堕落によるものなのだ。
二〇〇一年四月に森首相の命令に抵抗して、独断で李登輝前総統のビザ発給を拒否した槙田邦彦アジア大洋州局長の例を見てもわかるように、国益よりも個人の出世を優先させる外務省官僚は日本の進路を誤らせる最大の危険要素であろう。
当時、日本はアメリカの意を受けて陳水扁総統に圧力をかけたとの憶測も流れていたが、これはアメリカの戦略にうとい、うわべの観測にすぎない。確かにブッシュ大統領は、二〇〇三年一一月九日に訪米した中国の温家宝首相に向かって、「台湾の現状を変える国民投票に反対する」と発言した。しかし、同時にブッシュ氏は、もし中国が台湾を武力で侵攻すれば、「We will be there」(われわれが相手をしよう)とも牽制している。日本のように一方的に中国に迎合することなく、アメリカは慎重に台中双方を牽制しながらバランスをとっているのである。実際、高橋雅二・交流協会理事長は、アメリカからの圧力説に対し、「まったく考えられないことだ」と一蹴している(二〇〇四年一月六日付「自由時報」)。
先に述べたように、堀之内中国課長による台湾の選挙介入と内政干渉は、明らかに連戦陣営に利用され、それが当時の情勢に対して影響を及ぼした。結果として、陳水扁陣営は僅差で再選されたが、堀之内氏の危なっかしい行動が日本の国益に害をもたらしたことは、疑いようのない事実である。つまり、一つは台湾人の日本への信頼を損なったこと、一つは日本を親中派である連戦陣営に加担させてしまったことである。
昨年、3月にわが国を襲った、東日本大震災においても台湾は、即座に支援を表し、多大な浄財の支援をしていただいたにも関わらず、感謝の意をなかなか表さず、一周年にあたる追悼式典でも、台湾に無礼を行なった政府外務省。
春の園遊会で今上陛下が台湾に対し、感謝のお言葉を述べられた。
自国の国益を考えない、官僚、経済人、マスコミが招いた国難とも言えましょう・・・
続く・・・
台湾人医師の直言 林 建良 著
投稿文字数制限の為、二分割しています。
日本よ、こんな中国とつきあえるか?(二十六ノ一)真実を中国人に知らせれば中国は崩壊する より続きます。
5.真実を中国人に知らせれば中国は崩壊する
●暴動で中国は崩壊するか?
中国では農民暴動が毎日のように起こっている。二〇〇四年に中国公安当局が発表した数字では││もちろんマイナス状況の数字は低く抑えられていると見た方がよい││一〇〇人以上の暴動は約七万四〇〇〇件で、二〇〇五年になると八万七〇〇〇件にさらに増えている。
そこで、日本人のなかには、このような暴動で中国は放っておいても崩壊するのではないかという楽天的な見方があるのも当然かもしれない。
しかし、中国には「天高皇帝遠」ということわざがある。「天は高く、皇帝は遠い」、つまり、自分の生活は良くても悪くても政権とは関係ないという意味で、先にも述べたように、暴動などのニュースが報道されないという実態と併せて、たとえ伝わったとしても、自分たちの生活とは関係ないと受け止めてしまうのが中国人なのである。
●情報開示を要求し、中国人に中国の真実を伝える
では、中国がなぜ分裂してきたのか? 実は中国人は非常に妬みやすい民族だからである。他民族とは比較にならないほど嫉妬心が強い民族なのである。
中国という国は村単位で治められていて、公務員である官僚が村を治めている。中国の官僚は七〇〇〇万人いる。一三億人もの人口がいるのだから、七〇〇〇万人くらい官僚がいてもおかしくないように思われるかもしれない。七〇〇〇万と一三億、一対一八ほどの比率になる。つまり、一八人の国民が一人の官僚を養う計算だ。では、アメリカはどうかというと、一対九四だ。いかに中国では官僚の数が多いかがわかる。
この官僚が村の行政を一手に握っている。それゆえに腐敗の温床となりやすいし、実際なっている。どこの官僚でも裕福なのが中国では当たり前となっている。しかし、中国人の嫉妬心の強さをうまく利用すれば暴動は今よりも連鎖的に大規模かつ全国的になり、それが中国の崩壊に結びつく可能性は高くなる。
中国人の大半は、実は裕福で豪華な生活を送る官僚の実態を知らない。ある程度知っていたとしても、遠い世界の出来事として捉えている。そこで、先ほどの広東省の例や台湾の中歴事件の例のように、まず外部から知らしめていく必要がある。そして、内部にいる民主化運動家や迫害されている約八〇〇〇万人の会員を擁する気功集団「法輪功」などのメンバーと協力体制を築くことである。
中国は国内総生産(GDP)の七〇パーセントを貿易に頼り、国内総生産の四〇パーセントは外国企業の投資によって成り立っているので、前述したように、投資している外国企業は情報開示を要求していくべきなのである。日本もODA(政府援助)を提供しているのだから、情報開示を要求して当然である。
ところが、情報開示を要求していくべき大企業が逆に中国の情報統制、すなわち検閲に協力しているケースがある。最近の例ではアメリカのマイクロソフト社やグーグル社が中国のインターネット検閲に協力している。それ以外にも、中国には金盾(Golden Shield)というインターネット検閲プロジェクトがあるが、それに協力しているのはカナダのサンという企業であり、アメリカのシスコという企業である。
また、情報統制とは異なるが、二〇〇六年一月には、日本のヤマハ発動機が軍事転用できる産業用無人ヘリコプターを輸出していたことが発覚している。
このような企業活動は利益に目が眩んだモラルを欠く行為であり、不買運動などを通じて批判されても致し方あるまい。さらにこのような行為はモラルのレベルを超えて、日本やアジア、引いては世界の安全と平和の問題に直結しているだけに、厳しく対処されてしかるべきだ。とくに、中国の情報統制に協力しているマイクロソフト社やグーグル社は、結果として自分の首を自分で締めることになるだろう。
やはり、中国に対しては、政府からでも企業からでも大学からでも、あらゆるケースを通じて情報開示を強く求めるとともに、中国の真実を中国人に伝えていくことが重要なのである。
もちろん、情報開示によって内部崩壊していくことを恐れる中国政府は必死に抵抗するだろう。しかし、中国の独裁政権がこのまま膨張しつづけることは全世界の生存にも関わる問題だ。これはまさしく目に見えない戦争である。
中国人がいかに「天高皇帝遠」の心情でいようと、自分以外のことになかなか関心を示さない民族であろうと、分裂あるいは崩壊が中国人にとっての幸福であることを踏まえ、真実を伝えていかなければならないのである。
拙者如きが、付け足す言葉もありません。
続く・・・・
台湾人医師の直言 林 建良 著
5.真実を中国人に知らせれば中国は崩壊する
●分裂と統合をくり返す中国の歴史
「中国を崩壊させる」というテーマは、日本人にはあまりふさわしくないテーマかもしれない。平和を愛する日本人には、他国を崩壊させるという気持ちはあまり起きないかもしれないからだ。しかし、あえてこのテーマを選んだのには二つの理由がある。
一つは、軍事面、環境問題、犯罪の増加など、どこから検証してみても、このまま中国が膨張してゆけば、アジアのみならず世界の危機となることはほぼ確実であり、隣国の日本が無関係でいることはあり得ないからだ。
もう一つは、中国が大国であれば中国人は幸せかというと、そうではないからだ。紀元前の殷、周時代を経て紀元前二二一年に秦の始皇帝によって統一されて以来、中国は分裂と統合をくり返してきた。漢、隋、唐、宋、元、明、清、そして中華人民共和国などは統一王朝だが、それ以外の三国から五代、南北朝、そして一九一二年から一九四九年までの間も分裂している状態だった。
しかし、分裂していたときの方が中国人にとっては幸せな時代だったと言える。というのは、常に中央集権体制をとってきた中国なので、分裂しているときには中央の権力が弱まり、地方は経済的に裕福になるからだ。統一のメリットは外敵を防いでくれる軍事力だけだった。
この「砂のような中国人」をまとめてきたのは、ひと言で言えば利益と恐怖である。利益を得るのは統治者である一握りの官僚だ。李登輝前総統が二〇〇三年六月に出版した『二十一世紀台湾国家総目標』のなかで「中国は四パーセントの貴族と九六パーセントの奴隷によって構成されている」と指摘しているが、ごく少数の人間に利益を与えて共犯構造をつくり、大多数を恐怖政治によって奴隷として統治しているのが中国という国なのである。このような国家が永遠につづかないのは当たり前のことで、だから中国は始皇帝以来、分裂と統一をくり返してきたのである。
日本人にもなじみが深いのは『三国志』で、私も子供のころから『三国志』や『三国演義』を読んで育った。この『三国演義』の冒頭に「話説天下大勢、分久必合、合久必分」とある。天下は「分久必合」、分裂している状態が長くつづくと統合され、「合久必分」、統合された状態が長くつづくと分裂するという意味だ。まさに中国の統治を象徴した言葉だ。
『三国演義』は千年以上も前の歴史を描写した物語だが、今の中国にも十分通じる物語である。周知のように、中華人民共和国は中国共産党による一党独裁国家であり、民主主義国家ではない。ましてや国民国家でもない。まさに中国共産党による帝国主義的支配なのである。だが、中国人は決しておとなしい民族ではない。だから、中国帝国主義がいずれ破綻を来たすことは必定と言ってよい。
●インターネットや携帯電話の普及は崩壊を促すか?
いろいろな問題を抱えるこの中国帝国主義が内部問題の爆発によって自然に崩壊するのだが、当然のことながら、独裁国家中国は、あらゆる手段を駆使してそれを防ごうとする。
たとえば、中国ではインターネットが普及しているから、インターネットで情報が出回れば崩壊するのではないかという見方がある。しかし、私は疑問だ。確かに中国のインターネット使用人口は一億台を突破してアメリカに次いで多いものの、まだまだ一部にすぎない。いささか古い統計だが、二〇〇二年末の人口一〇〇〇人当たりに占めるインターネット使用人口は、台湾の三八一人に対し、中国はたったの二六人でしかない。
また、中国共産党による検閲も厳しい。経済的に余裕のない中国人が唯一インターネットを使用できる場所がネットカフェだが、反体制言論を規制するため、中国政府は二〇〇五年に一〇〇〇カ所以上のネットカフェを閉鎖している。さらに上海などのネットカフェには監視カメラが設置され、インターネット使用者は必ず身分登録を強制されているのが現状なのだ。
では、携帯電話の普及が崩壊のきっかけになるのではないかという見方もあるが、これも疑問だ。二〇〇五年九月末現在、中国の携帯電話契約件数は約三億八〇〇〇万件にものぼっていて、世界一の利用状況だが、携帯が普及しているのは都市部だけであって、農村部にはほとんど普及していないからだ。また、携帯電話は情報統制下にあり、日本では考えられないことだが、中国当局からいっせいに情報が流されることもしばしばある。
●徹底した中国の情報封鎖
中国の情報封鎖がどれほどのものかと言うと、たとえば二〇〇五年四月に反日デモが起こり、世界各国で報道された。日本人は、このような状況は中国全土に広まっているかのようなイメージを持っているようだが、中国国内紙ではほんの片隅に取り上げられた程度で、ほとんどの中国人は反日デモが起こっていることさえ知らなかったというのが実情なのである。
また、二〇〇五年一二月六日、広東省汕尾市の東洲村で農民暴動が起こった。これは、住民を武力で弾圧した事件としては一九八九(平成元年)年の天安門事件以来、最大の事件である。射殺された犠牲者は七〇名以上になったと報道されている。
この事件は、風力発電所を設置するという理由で農民の土地を不当に安い価格で強制的に買収したうえ、その補償金を十分に支払わなかったため、生活手段を奪われた農民らが二〇〇四年一〇月から建設現場へ通じる道路に座り込んで抗議していた。ところが、汕尾市当局はこの道路を封鎖し、二〇〇五年一二月六日にまず公安当局が麻薬捜査と称して村に入り、次に装甲車や戦車、武装警察を動員して鎮圧しはじめたのだった。最初は催涙弾だったが、そのうちに実弾を使って抵抗する村民を次々と射殺するという、なんとも酷い事件だった。
この事件については中国当局がいつものように情報を封鎖したため、日本でも報道されなかった。しかし、一二月一〇日付のニューヨーク・タイムズが一面でこの事件について報道すると、日本のメディアも追随して報道しはじめ、共同通信は次のように報道していた。
【ニューヨーク十日共同】中国広東省汕尾市東洲村で発電所建設に抗議していた住民が当局と衝突した事件で、十日付の米紙ニューヨーク・タイムズは複数の住民の話として、武装警察による銃撃などで二十人が死亡、五十人が行方不明になっていると一面で伝えた。
同紙は、武力を伴う当局の住民弾圧としては「一九八九年の天安門事件以来最大」と指摘。今後、国際的な対中批判が広がる可能性が出てきた。同紙が伝えた住民の証言によると、六日午後七時ごろ、武装警察が抗議行動鎮圧のため催涙ガスを使用したが、収まらなかったため威嚇射撃へとエスカレート。同十時ごろに住民を狙った銃撃が始まった。衝突を受けて数千人規模の治安部隊が村を封鎖。脱出を試みた住民の逮捕情報もあるという。
ところが、一一日付の国営新華社による報道では、死亡したのはたった三人で、負傷者も八人という内容だった。汕尾市当局がそのように発表したのだという。
これでも明らかなように、天安門事件でもそうだったが、中国というのは、自国にマイナスだと思われる事件はどれほど大きな事件であろうと、外国のメディアが取り上げないかぎり事件の存在を認めないし、認めたところで死亡者数などを過小発表するのである。
つまり、隠蔽できるものならどこまでも隠蔽するのが中国であり、中国にとってマイナスになるような数字や内容はまず発表されないのである。
●台湾でもある国民党系メディアの情報操作
このような体質は国民党独裁下にあった台湾も同じで、蒋介石が死んで二年後の一九七七(昭和五二)年一一月一九日に起こった「中歴事件」でもまったく同じような対応が見られた。当時の総統は蒋介石から蒋経国へのつなぎ役を務めた巌家淦で、蒋経国が国民党主席だった。
当時、のちに民進党の主席になった許信良が国民党を離党して桃園県の知事選挙に立候補した。ところが、国民党が票集めのため金をばらまいたことや投票箱に事前に投票用紙を入れておくなどの不正操作が発覚した。これに怒った住民が国民党の選挙事務所を破壊し、中歴警察署に押しかけてパトカーに放火し、一万人を超える群集が警察署を取り囲んだ事件である。
戒厳令が布かれていた当時の台湾では集会の自由が認められていなかったため、住民が集まってこのような事件を起こすのは異例中の異例であった。蒋経国はすぐに軍隊を派遣して鎮圧に乗り出し、現場では発砲命令も出されたという。しかし、派遣された若い兵隊はほとんどが台湾人だったため誰も発砲しなかった。この事件をきっかけに蒋経国は台湾の民主化を進めるようになったと言われている。
当時、学生だった私を含め台湾の住民は、新聞やテレビがこの事件についていっさい報道しなかったため何も知らなかった。しかし、あとでアメリカのメディアが写真付きで報道したことで、国民党政権も事件を認めざるを得なかった。これによって、許信良が県知事に当選した。
このように、中国人の手法は隠蔽したり小出しにしたり、あるいはまったくのニセ情報を流したりして情報をコントロールするのが常道なのである。
日本では言論の自由や報道の自由が認められているため、このような中国人の手法はなかなか理解しがたいことかもしれない。台湾は民主化の過程でこのような手法から抜け出しつつあるが、いまだにメディアの大半を国民党系が握っているため、抜け切れていないのが実情なのだ。
投稿文字数制限の為、二分割、日本よ、こんな中国とつきあえるか?(二十六ノ二)に続きます。
続く・・・・