中国
台湾人医師の直言 林 建良 著
より続きます。
第4章 悪の元凶・中国帝国主義はこう潰せ!
真実を中国人に教えれば中国は内部崩壊する
1.中国への甘い期待を捨てる
投稿文字数制限の為、二分割します。
コメント等は、?(二十二ノ二)にてお願いいたします。
続く・・・・
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台湾人医師の直言 林 建良 著
7.中国人が台湾に押し寄せる日
シナ人は世界各国へ膨張しています。
わが国とて同じような状況を呈しています。
多くの日本国民はこれらの状況を知る由もありません。
報道しない自由を振り翳すマスコミによって、真実を覆い隠されているのです。
日本は日本人の為にあるのです。
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台湾人医師の直言 林 建良 著
6.靖国問題で台湾を反日国家に仕立てる中国の陰謀
靖国神社参拝こそ、日本人の魂に詣でることであり、日本人再生の道であるのです。
日本人皆が参拝する日を願ってやまないのです。
続く・・・
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台湾人医師の直言 林 建良 著
日本よ、こんな中国とつきあえるか?(十八ノ二)靖国を政治ショーの舞台にしたエセ台湾人
より続きます。
5.台湾の大和魂・高砂義勇隊
●歴史の捏造に怒る台湾の老世代
高金素梅は、日本の戦争を「侵略戦争」だと簡単に決めつけるが、その是非を問う前に明らかなことは、台湾の戦後世代はあの戦争の実態をほとんど知らないことである。それは、国民党政権の中国人化教育で、「野蛮な日本人は侵略した」としか教わっていないからだ。
あの戦争を体験している台湾の老世代は、ある意味では日本の老世代以上に、日本の過去に肯定的だ。それは、東京裁判史観の洗礼を受けなかったことや、戦後の中国人支配者への反撥もあったからであろう。だから、彼らの歴史を見る目は比較的冷静なのである。「過去に肯定的」というのは、単に「親日」というだけでなく、「反日」を目的とした歴史捏造にも与しないということでもある。だから、彼女の行動に憤る老世代が多いのだ。
まず最初にいきり立ったのは、原住民の老世代である。とくに高砂義勇隊員だった者の怒りは凄まじかった。元義勇隊員たちが、いかに「過去」を誇りにしているかについては、すでに多くの出版物が明らかにしている通りであり、また直接彼らと出会って、そのような話を聞かされた日本人も大勢いると思う。
四、五年前、反日的な台湾の日刊紙「中国時報」が、日本の被害者としての原住民(高砂義勇隊のこと)をテーマに特集を組んだことがある。しかし、取材に応じた生還者や遺族は、誰一人日本の悪口を言わず、強制ではなく志願しての出征だったと強調した。そのために、日本をおとしめる意図はあったようだが果たせず、それを訝るだけで記事は終っている。
私の知人の数名の原住民老世代は、一様に高金素梅について憤りを隠さない。「日本は山の人間(原住民)に悪いことをしなかった。しかし、原告として二〇〇人が名を列ねた。だから私たち山の者は、それを批判する三〇〇名の署名を集めているところだ」「日本からお金(補償金)をもらったら、あなたたちにあげると言って、(協力者として)名前を書かせている」「あんな若い奴に歴史なんかわかるものか」と、日本語で息巻いていた。
原住民ではないが、ある元日本軍属の台湾人は興奮気味にこう語った。
「日本時代、台湾人は確かに差別を受けた。しかし、従軍してヨーロッパの植民地だったマレー、ベトナム、ビルマの悲惨な状況を目の当たりにして、台湾人がいかに幸福であるかがよくわかった。日本が戦わなかったら、今でもアジアは植民地だ。私たちは日本に感謝しなければならないのに、靖国神社を訴えるとは許せない。必要なら法廷に出て、本当の歴史を話しても構わない」と。
この人たちの実名はあえて明かさないが、原住民を含む老世代(ことに従軍経験者)の多くはこのような気持ちでいる、と私ははっきり断言できる。彼女は日本人だけでなく、大勢の台湾人の感情をも傷つけているのだ。
●「被害者」扱いは高砂義勇隊への許しがたい侮辱
日本統治下で「抑圧」を受け、あるいは「侵略戦争」に駆り出された、と彼らが言う直接の「被害者」である台湾の老世代は、高金素梅の行動をどう見ているのか?
それを語る前に、まず史実を確認してみたい。
高金素梅が非難する「日本軍による一九一〇年?一九一五年の原住民大量虐殺」とは、日本の台湾総督府による原住民の平定を指しているようだ。外来政権への帰順を拒み、徹底抗戦に出た勇猛な原住民は、清国時代以来、統治当局や平地住民にとっては治安、開発における大脅威だった。
山は彼らの天下である。清国軍は歯が立たず、討伐を諦めたが、日本軍は五年にわたる戦闘の末、ようやく彼らを平定した。もちろん原住民にとって外来政権に帰順する筋合いはまったくなかったが、日本の台湾近代化政策の流れのなかで、起こるべくして起きた悲劇であった。
大東亜戦争勃発の翌一九四二(昭和一七)年一月、まだ台湾では徴兵制度はおろか志願兵制度すらなかったが、フィリピンでの密林戦で苦戦していた日本軍は、山岳民族である台湾の原住民に着目し、台湾総督府を通じて従軍志願者を募った。すると五〇〇〇人もの原住民(当時の原住民人口は約一五万人)が志願に殺到したのである。そこから五〇〇人が選抜され、高砂義勇隊(この第一回に限り「高砂挺身報国隊」と命名された)が編成された。
このとき選抜されなかった者の多くは怒り、悔しがり、涙を流し、血判を捺した嘆願書を提出するなど、大騒ぎをしたことが語り草になっている。この時代、「兵隊になってこその一人前の国民」「戦に行けないようでは男でない」というのが原住民の一般的意識であったことは、当時を知る人に聞けばすぐわかる。高砂義勇隊は軍属ではあったものの、その戦闘ぶりは特筆に値する。
「人間業とは思えない敏捷さ、獣のような視聴覚と方向感覚、……軍紀の厳正さは正規軍を凌ぐとまでいわれ、しかも純真無垢な心と自己犠牲の精神は、戦友の胸を強く打った。……かくして、瞬く間に信頼と友情、そして尊敬の念をかちえてしまった」(許國雄監修、名越二荒之助・草開省三編『台湾と日本・交流秘話』)
よく取り上げられるのが、米五〇キロを背負ったまま餓死した義勇隊員の感動的なエピソードだ。彼は前線で飢餓に苦しむ日本人の戦友のため、山を越えて米を取りに行った。そして、前線に戻る途上で力尽きたのである。自らは一粒も手をつけることなく……。
義勇隊の記録は少なく、その実態はあまりわかっていない。ただし、フィリピン、ニューギニア、モロタイなどの激戦地で過酷な戦いを強いられたことは確かである。林えいだい氏が戦後に調査してまとめた『台湾の大和魂』によると、義勇隊の派遣は七回あり、総員四〇〇〇人以上にのぼったらしい。
ある遺族は「三〇〇〇人が帰国していない」と言っていたから、悲惨な限りだ。だが、私は台湾人として、このような義勇隊を心から誇りに思う。これを「抑圧」された結果と言うなら、これほど彼らに対する侮辱はないだろう。なぜなら、当時の台湾人は日本国民だったのである。その彼らが国民としての義務と使命を、命を顧みずにここまで立派に遂行していたことは称賛に値する。それを戦後の後知恵で「被害者」と見なしたら、勇者たちの魂は「犬死扱いされた」と怒り、悔しがるに違いない。自己の利益の追求を至上とする中国人的思考からは、国に殉ずる戦士の心など理解できないのであろう。
もちろん私は、台湾人は日本国民であるべきだと言っているのではない。当時の時代的環境から見れば、台湾人は外来政権に支配される存在であったということだ。それでも、この歴史過程で台湾人は、日本の統治を通じて今日につながる近代的国民の資質を体得したのである。それを「植民地下の抑圧」と恨むだけでどうするのだ。台湾人は、その歴史経験をバネにして、未来の台湾人の国造りに邁進すればよいのである。それを考えることなく、台湾は中国の一部との観点から、日本への復仇心に燃える中国人的な発想を、台湾人である私は断じてとるわけにはいかない。
●「靖国神社は台湾人に代わって慰霊してくれている」
しかし、戦後の台湾では長い間、高砂義勇隊の戦歿者に対する慰霊すら許されなかった。そのため、次のように話してくれた原住民の遺族もいた。
「日本人は私たちに代わって(台湾人も祀られている)靖国神社にお参りしてくれている。日本人には感謝しなければいけないのだ」
台湾では李登輝時代以前の白色テロ(恐怖政治)時代、日本軍に従軍した台湾人は、中国の敵国に協力したとされ、みな迫害を恐れて過去については口を閉ざすようになった。そのために、高砂義勇隊のことも忘却の彼方に追いやられた。
しかし、日本人はそれを忘れなかった。その戦死者を慰霊しているのも、日本の靖国神社だけだった。だから、この遺族は「日本に感謝しろ」と言っているのだ。なぜ原住民たちがはるばる日本へ渡り、靖国神社を参拝するのか、今の私にはよくわかる。靖国神社のように、感謝と尊敬の真心を込めて彼らの魂を慰めてくれる施設は、台湾には今のところ存在しない。「魂を異郷で放浪させたくない」と語る高金素梅は、台湾で、一体、どのような慰霊計画を持っているのだろうか?
一般の台湾人が高砂義勇隊のことを知ったのは、二〇〇一年、小林よしのり氏の『台湾論』が台湾で翻訳出版されたことがきっかけだった。親台湾の『台湾論』に、反台湾の外省人(戦後、中国からやってきた新住民)が危機感を抱き、『台湾論』排斥運動を起こしたのである。
彼らは同書にある「高砂義勇隊は志願だった」という箇所に難クセをつけ、「志願ではない。強制だった」と大騒ぎした。それまで原住民には何の関心も持っていなかった連中が、今になって何を言っているのか、と思わせる一幕だった。
日本人は高砂義勇隊に感謝をし、慰霊もおこなっているが、外省人のやることと言えば、せいぜい戦歿者を政治的に利用するだけである。彼らは戦後、台湾人を弾圧、迫害しつづけてきたが、今度は台湾人の魂まで弄んでいるのだ。
では、戦後世代の台湾人は、日本の「過去」をどう考えているのかと言えば、すでに述べたように一般的には何も知らない。なぜなら近年に至るまで、日本時代のことは学校教育ではほとんど触れられておらず、総統府をはじめとする官公庁や各種の学校など、古いが立派な建物や、鉄道、道路、上下水道などのインフラも、それどころか木造の日本式家屋さえも、日本人が建てたことを知らない人が大勢いる。
それでも、一般的に台湾人は日本に好意的で、中国や韓国の対日感情とはまったく異なる。それは、親日的な親や祖父母の世代の影響、台湾人の大らかな性格、実際に接触した日本人への親近感などによるものであろう。
さらに近年、台湾の歴史への関心の高まりや、若い世代による日本時代の研究が盛んになるにつれ、政治的な反日歴史教育への反撥も相俟って、日本統治に対する再評価が進行している。そのようななかでの高金素梅の反日行動を、大多数の台湾人は異様に感じているのが現実である。
日本國、日本人は本当に台湾に感謝しなければならない。
感謝を忘れた日本人は日本人に非ず。
我々日本人の先人が行なったことが如何に正しかったか、台湾はじめ、極東の親日国の日本贔屓の国々を見ればお分かりいただけるでしょう。
戦後日本の政治がいかに誤りであったか・・・・
悔やまれてなりません。
続く・・・
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台湾人医師の直言 林 建良 著
投稿文字数制限の為、記事を二分割しています。
日本よ、こんな中国とつきあえるか?(十八ノ一)靖国を政治ショーの舞台にしたエセ台湾人
よりつづきます。
4.靖国を政治ショーの舞台にしたエセ台湾人
●親中反日派の手引きで反靖国活動に乗り出した高金素梅
高金素梅は、いつの時点から、あるいはどのような動機、目的から、今回の行動に出たのであろうか?
台湾の週刊誌「新新聞」の記事(二〇〇三年六月、八五一号)によると、彼女は、「二〇〇二年、台湾を訪れた日本人に、日本に虐殺された原住民の子孫がなぜ靖国神社に参拝するのかと聞かれてから、関心を持ちはじめた」「台湾大学教授の許介麟とその日本人妻藤井志津枝や、尹章義、夏鋳九と彼らの日本の友人の協力でやっと事件の経緯を理解した」と語っているが、その「台湾を訪れた日本人」とは誰なのか? 雑誌に名前が上がっている許介麟、藤井志津枝、尹章義、夏鋳九はすべて親中反日派である。靖国問題に関心も知識もなかった彼女が、反日派の手引きでこの訴訟にからんできた構図が浮かび上がってくる。
こうした反日左派の誘導によって高金素梅が日本で反靖国活動を開始したのは、二〇〇二年八月からである。同月一二日、彼女と戦歿原住民の遺族と自称する張雲琴華は、民族衣装に身を包んで靖国神社におもむき、原住民の合祀取り下げを要求した。この張雲琴華は、高金素梅の側近である張俊傑の妻である。高金素梅らは原住民の踊りと歌で、「罰当たり」なパフォーマンスを神前でおこなった。
そして彼女は、「私たちの先祖が高砂義勇隊に参加したのは志願によるものではない」「台湾人は死んだあとも日本人に抑圧されなくてはならないのか」とメディアに語っている。彼女が用意した声明には、「戦争を起こした者と戦争の被害者が一緒に祀られることで、歴史が歪められている」「日本軍は一九一〇年から一九一五年までのあいだ、原住民を大量に虐殺したうえに、生き残りや子孫たちを高砂義勇隊として強制的に徴兵し、南洋に送って弾丸の的にさせ、灰塵に帰させた。二代滅族の重罪だ」とあった。
その後、彼女は終戦記念日の八月一五日に、大阪でおこなわれた「第一七回アジア・太平洋地域の戦争犠牲者に思いを馳せ、心に刻む集会」(佐治孝典委員長)に参加している。この左翼の集会のテーマは「戦争と靖国」である。この「心に刻む会」とは、「靖国神社を支えてきた日本の民族的エゴイズムを内部から打ち破る」ことを目的とする会で、毎年、終戦記念日前後に日本の「侵略の犠牲者、加害者」を証言者として招いて集会をおこなっている。
この会は一九八五(昭和六〇)年の中曽根康弘首相の靖国神社参拝をきっかけに発足したものだが、中国政府がそれまでおこなわなかった首相の靖国参拝批判を突然開始したのがこの年だから、中国の反日戦略に相呼応するかたちで組織されたのだろう。この会が「南京大虐殺」や「三光作戦」などをテーマとする中国の反日宣伝や、中国人による戦後補償要求など、中国政府の戦略と軌を一にしていることは確かである。このような会と高金素梅は、いかなる接点があったのだろうか?
それからもう一つ触れなくてはならないのは、彼女の靖国訴訟を支援する「小泉首相靖国参拝違憲アジア訴訟団」である。彼女の起こした裁判の原告には一〇〇人以上の日本人も含まれているが、そのなかには中核派、日本労働党、革命的共産主義者同盟のメンバーや、これら極左グループと提携する左翼知識人らが名を列ねている。高金素梅と彼らは、なぜ手を携えるようになったのか?
「小泉首相靖国参拝違憲アジア訴訟団 大阪訴訟ホームページ」に掲載された「ニュース第七号」(二〇〇二年一〇月一五日)は、高金素梅が反靖国活動に乗り出した経緯を次のように伝えている。
「心に刻む会」が毎年開催している「8・15」のつどいが、今年は「靖国」特集ということで、われわれ訴訟事務局に声がかかったのが、さる五月末ごろだったと思う。打ち合わせに行ってみると、靖国に合祀されている韓国や沖縄の遺族は招くことになっているが、台湾からもぜひ呼びたい、ついては知り合いとかルートはないだろうかという話になった。六月にたまたま別件で台湾に行く機会ができた。(中略)一度「原住民部落工作隊」に行って聞いてみたらと勧められ、一緒に訪問することになった。それから約一カ月が経過した。台湾から電話である。遺族に会えそうだという。(中略)少数民族出身の立法委員(国会議員)も会いたいという連絡もあった。
この「少数民族出身の立法委員」が高金素梅である。また、「原住民部落工作隊」とは、表向きは原住民の権利の向上を目指すグループだが、高金素梅の背後で動いている組織でもあり、最近では日本の左翼グループとの交流もあるようだ。つづけて訴訟団事務局は、こう語っている。
早速二名行った。立法委員の事務所でお互いに挨拶し打合せ後、遺族の待つ新竹県の山中に行く。(中略)こうして「8・15」集会に遺族や立法委員の招待が現実のものとなると同時に、遺族が靖国神社を合祀取り下げに訪問するということが実現したのである。
この「ニュース」を読むかぎり、高金素梅の来日のきっかけは、「心に刻む会」から、第一七回集会に韓国人だけでなく台湾人も参加させて、内容により説得力を持たせたいとの希望を受けた訴訟団事務局が、台湾の「原住民部落工作隊」に話を持ちかけたことだったようだ。この話に乗った彼女は、この集会に参加して合祀取り下げ要求もおこなうことになった。靖国神社社頭での「合祀取り下げ要求パフォーマンス」も、日本人に入れ知恵されたと思われる節がある。高砂義勇隊にも靖国神社にも無知だった彼女が、日本の左翼の誘いに飛びついて反靖国活動を開始したことは、疑いないようだ。
スキャンダルまみれの国会議員
高金素梅の母親は台湾原住民のタイヤル族だが、父親は戦後、台湾に渡ってきた中国人軍人(外省人)である。中国人軍人は台湾人を大量に虐殺した「二・二八事件」の加害者としてのイメージが強いため、台湾人に敬遠された。B介石政権に厳しく抑圧されていた当時の台湾人は、陰で中国人を「阿山仔」(唐山=中国からきた奴)や「猪仔」(豚のように食い散らす奴)と呼んで鬱憤を晴らしていた。
あの時代は、無実の台湾人が刑務所に入れられ、処刑される例が山ほどあった。憲兵は白いヘルメットをかぶっていたから、この恐怖政治は「白色テロ」と呼ばれた。B介石独裁政権の恐怖政治に加担した中国人軍人は、台湾人に嫌われて台湾社会では浮いた存在となった。その分、彼らは中国人意識が強く、人生の大半を台湾で過ごしながら、台湾人ではなく中国人であると強く主張している。そのために台湾で生まれ育った彼らの子供たちも、台湾人としての意識は薄い。だから、彼女が強い中国人意識を持っていたとしてもなんら不思議ではない。
芸能人を目指していた彼女は、台湾中部の「青年高校」(演劇科)卒業後、すぐ芸能界に入り、映画やテレビドラマに出演し、歌手としても活躍した。しかし、芸能活動よりもスキャンダルが彼女を有名にした。数々の不倫騒動から「誹聞天后」(スキャンダル・クイーン)という不名誉なあだ名をマスコミに付けられ、しばしばワイドショーや週刊誌のネタにされた。
こうして有名になった彼女は芸能界にとどまらず、ビジネスにも精を出したが、トラブルの連続だった。一九九六年に彼女が所有するウェディングドレス店「梅林新娘会館」で火災が起こり、何人かの死傷者を出した。不審な点が多かったため、犯罪がからんでいるのではないかと台湾の司法当局が調査に乗り出したほどである。
タレント時代の彼女は、「金素梅」の名前で芸能活動をおこない、原住民の身分を隠していた。比較的当選しやすい原住民枠で立候補するため、彼女はタイヤル族である母親の苗字を加えて、高金素梅と名乗ったのである。選挙キャンペーン中、彼女は台湾原住民の民族衣裳をまとい、顔に刺青模様のペインティングを施し、派手なパフォーマンスで話題を呼んだ。素朴な原住民には決して真似のできない振る舞いと得意の演技で、高金素梅は国会議員の座を手に入れたのだった。しかし、彼女のスキャンダルは、国会議員になってからもやむことなく、相次ぐ不倫の噂にマスコミは彼女を「情欲立委」(欲望に溺れる国会議員)と呼んだほどだ。
このような人間が台湾人を代表しているかのように振る舞って靖国訴訟を起こしたことは断じて許してはいけないのだ。
高金素梅(こうきん そばい)は台湾の歌手・女優・政治家ですが、現在は中華民国立法委員で、所属政党は無党団結聯盟。中国北京市中央民族大学に留学。台中県和平郷谷関在住。芸能人時代から現在の立法委員に至るまで、数々の不倫騒動から「誹聞天后」(スキャンダル・クイーン)のあだ名をマスコミに付けられたいわば、札付きの人間です。
筆者は高金素梅を許しません。護国の神を侮辱する最低の人間です。
続く・・・
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