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台湾人医師の直言  林 建良 著
 
 
 
より続きます。
 
 
 
第4章 悪の元凶・中国帝国主義はこう潰せ!

   真実を中国人に教えれば中国は内部崩壊する
 
1.中国への甘い期待を捨てる
 
 

●中国に対する日本人の特別な思い込み


 日本は一九七二(昭和四七)年に中国と国交を回復して以来、あらゆる面で中国を援助しつづけてきた。政府ベースだけでも、一九七九年からはじまったODA(政府開発援助)は二〇〇五年までの二七年間に、有償資金協力(円借款)を約三兆一三三一億円、無償資金協力を一四五七億円、技術協力を一四四六億円、総額約三兆五〇〇〇億円というとてつもない支援額になっている。


 民間でも、約二〇〇〇社が年間約五〇億ドルもの莫大な投資をくり返して資金や技術を提供してきた。ある有名企業の社長が中国進出に際して、「儲からなくてもいいから、中国を助けたい」と述べていたことが印象的だった。


 このように、日本人には中国に対する特別な期待感や贖罪意識が働いているように見える。そこで、日本人の中国に対する期待は、次の三つがあげられるようだ。


(1)中国が豊かになれば、おのずと政治的な要求も強まり、いずれは民主と自由を謳歌する国になる。


(2)中国全体が豊かになれば、一三億人の巨大なマーケットが誕生し、都市部だけでなく貧しい農村部にも恩恵を与えることができる。


(3)日本が援助しつづければ、日本の誠意が通じて中国に感謝され、過去の戦争のことも水に流してくれる。


 しかし、台湾人の私から見れば、なんとも「甘い期待」としか言いようがない。これらの願望はあまりにもナイーブで、感傷的ともいえる。まさに日本人らしい発想で、中国および中国人の本質について理解していないばかりか、まったく逆の結果になることは確実に予想できる。


●貧しい者はいつまでも貧しい中国の実態


 まず一番目の期待だが、中国は豊かになっても、民主と自由を謳歌するような国になることはほぼ百パーセント期待できないだろう。


 中国では一部の人間が豊かになることはあっても、日本のような中産階級や中流階級が豊かになることはない。そもそも、中国にそのような階層は存在しない。中国の市場経済は、権力による富の再配分にすぎない。豊かになる階級は官僚などほんの一握りの人間であり、権力側についている。


 つまり、中国共産党に有利になるような政治的見解を表明できる立場にいなければ、中国では豊かになれないのである。豊かになってから政治的権力を要求することはあり得ない。もし要求できたとしても、それは権力者どうし間の話でしかない。豊かになった人間はすでに権力側についているのであり、貧しい人間はいつまで経っても貧しいままで、権力側にはつけないのが中国なのである。


 たとえば、最近の農民暴動がなぜ頻繁に起こっているかというと、経済的にも豊かな権力側が農民の土地を強制的に収奪して、同じ権力者側に立つ企業に差し出すからだ。貧しい人間から富を奪い、豊かな人間に再配分するのである。


 だから、中産階級はすでに権力側についている豊かな人間であって、いつまで経っても、その差は広がることはあっても縮まることはない。それゆえ、中国がどれほど豊かになろうとも、それは一握りの権力者が豊かになるだけであって、貧しい者は貧しいままで、政治的要求もままならず、いつまで経っても自由と民主を謳歌できるような状態にはならないのである。


 ましてや、中国が今のままの共産党一党支配がつづく限り、国家武力、すなわち軍事力、警察力、情報力はすべて少数の権力者によって握られていて、この形態は変わらない。したがって、いくら経済的に豊かになろうとも民主的になることはないのである。


 それに、中国の豊かな人間たちは民主、自由、奉仕といった自由主義国の概念などは持ち合わせていない。もし持っていたとしても、それは自分の首を絞めることになることがわかっているから、決して自らは言い出さない。欧米や日本などの豊かになってきた過程をイメージしても、中国には当てはまらないのである。


●一三億人の巨大マーケットという大いなる幻想


 二番目の「中国全体が豊かになれば、一三億人の巨大なマーケットが誕生する」という期待についてだが、先にも述べたように、中国では豊かな人間とはほんの一握りの権力者であり、一三億人がすべて豊かになることはあり得ず、したがって、一三億人がすべてマーケットになるというのは大いなる幻想でしかない。


 また、中国の国内総生産(GDP)の七〇パーセントは輸出によるものであって、内需によって支えられているわけではない。


 たとえば、アメリカのGDPに占める輸出の割合は一五パーセントにすぎず、貿易立国といわれる日本にしても、その割合は三〇パーセントしかないのである。アメリカにしても日本にしても経済の繁栄は内需によるものであって、中国とは内容が異なる。中国は「世界の工場」と呼ばれていて、本来なら内需はもっと伸びていいはずだが、実際はたかだか三〇パーセントしかないのである。その原因の多くは、一握りの権力者が豊かになる中国の権力システムにあると言ってよい。


 二〇〇六(平成一八)年二月一五日付の産経新聞に、アメリカの公聴会証言から作成した「数字で見る中国の現状」と題した表が掲載された。


 これは、二〇〇六年二月上旬、二日間にわたって開かれたアメリカ議会の超党派政策諮問機関「米中経済安保調査委員会」のなかの「中国指導部が直面する国内のチャレンジ」というテーマの公聴会で、一二人の委員と一〇人の専門家が出席して討議されたという。


 この公聴会で、次のような数字が明らかにされた。


●毎年、二億人以上が休職
●二〇〇四年の経済成長率は一〇・一パーセント、二〇〇五年は九・九パーセント
●国内総生産(GDP)は二兆二四〇〇億ドル
●一人当たりの国民所得は一七〇〇ドル(米国は四万一〇〇ドル)
●五億人以上が一日の収入一ドル、貧困ライン以下の生活
●二〇〇四年は七万四〇〇〇件、二〇〇五年は八万七〇〇〇件の抗議行動


 中国は一〇パーセント前後の非常に高い経済成長率を示している。これは、日本が一九六〇年代に「世界の奇跡」と言われた高度経済成長時代に達成した数字と並ぶ、驚異的な成長率である。


 しかし、このような経済成長率を誇り、世界第四位の経済大国でありながら、二億人以上が休職、つまり二〇パーセントに近い失業率なのだ。また、これほどの経済大国でありながら、五億人、つまり国民の四〇パーセント以上は一日の収入が一ドル(約一一〇円)以下だというのである。一カ月(二五日稼動)に換算しても、三〇〇〇円に満たないのである。これをもってしても、いかに富が権力者に偏重しているかがわかろうというものだ。


 この公聴会において、ブッシュ政権を代表する形で証言した国務省上級顧問のジェームズ・キース氏は、中国経済の現状について、次の四点を指摘したという。


(1)大国中国の陰には、貧しい中国が存在する。全人口一三億人のうち八億人が貧しく、五億人が一日一ドル以下の貧困層だ。


(2)内陸部は都市部に比べて、保険、教育、社会福祉、土地の侵食、水質の悪化、森林破壊などの各方面では劣等条件にある。


(3)地方の住民も法律で保障された権利に目覚め、当局による一方的な土地の収奪、違法徴税、賃金の不払いなどへ頻繁に抗議するようになっている。当局が治安を乱したとする抗議行動は二〇〇四年には七万四〇〇〇件、二〇〇五年には八万七〇〇〇件に達した。


(4)四五歳から六五歳までの中国国民の八〇パーセントは、保険や年金などの社会福祉の受益がなく、地方の当局者の腐敗の広がりは社会全体の倫理的価値観を侵食している。


 さらに、ジョーンズ・ホプキンス大学の元教授で、中国社会問題研究学者のアン・サーストン氏は、中国には貧しい「もう一つの国家」があると、次のように指摘したことも産経新聞は伝えている。


 中国の北京、上海、広東などの都市部の沿海部だけを見て中国を国家とみなすのは間違い。中国には一日一ドル以下の地方住民は五億四〇〇〇万人もいる。「もう一つの中国の存在」と彼は言っている。さらに彼は、主要都市にも合計二億人くらいの出稼ぎ労働者が流入している。貧困は地方から都市部にも拡大している。


 このような現実を見ればわかるように、中国のマーケットは決して大きくない。したがって都市部に住む一握りの権力者は豊かになっても、貧しい農村部に恩恵が与えられることはないのである。

 
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続く・・・・
 
 
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台湾人医師の直言  林 建良 著
 
 
 
 
 
7.中国人が台湾に押し寄せる日
 
 

●逃げ込む先は台湾


 中国は膨張主義の国である。膨張主義とは人口格差による外国侵略の手段であり、中国のもっとも恐ろしいところは一三億の人口による膨張主義である。


 中国四千年の歴史のなかにはこの膨張主義の例がたくさん出てくる。近現代について見ても、チベット、東トルキスタン(新疆)、内モンゴルなどに人間を意図的に移住させ、侵略の既成事実化を図っている。中国はこの膨張主義を国策としているが、自然発生的にも人口が移動しているのが中国の特徴と言ってよい。


 中国の一三億の人口のなかには「盲流」と言われる人々がいる。つまり戸籍も住所も、ましてや仕事もない人間が一億人もいるという。この盲流は内陸部から沿海部へと流れ、沿海部から国外に流れていく。あるいは、農村部から都会へ流れ、都会から国外に流れていく。


 これは中国国内では頻繁に起きている現象で、このうちの二、三パーセント、三〇〇万人ほどが海外へ流出している。欧米諸国だけでも年間、一五〇万人から二〇〇万人くらいの中国人が密入国していると言われている。


 彼ら盲流は、生活しやすいところや稼ぎやすいところへ行きたいと願っている。彼らにとっては、言葉が通じて、顔つきや姿格好もそれほど変わらず、稼げるところに逃げ込むのが最上の願いであるのは言うまでもない。つまり、行くなら台湾ということになる。


●増えつづける中国からの密入国者と花嫁


 では、台湾には現在、中国人はどれくらいいるか? 当然、密入国者を正確にカウントすることはできないが、台湾政府の統計によれば、一九八七年から二〇〇四年までの一八年間に摘発して収容した中国人の密入国者は五万五四人にのぼる。しかし、犯罪学によれば、摘発して収容できるのは全体の一割程度であるから、中国からの不法入国者は五〇万人を越えていることになる。


 また、台湾には中国からの花嫁がどんどん増えていて、二〇〇四年の統計では約一六万人にのぼっている。年間平均で三六〇〇人ずつ増えている。なぜ三六〇〇人かというと、これが政府の認可した上限だからだ。しかし、この規制枠も人権という観点から年々ゆるくなっていて、最終的には撤廃される可能性も出てきている。


 中国人の花嫁は確かに一六万人かもしれないが、その一六万人には家族がいる。また、八年経つと居住権と身分証明書を得ることができる。つまり、台湾の国民になる。そうなると選挙権はもちろん、中国から家族を呼び寄せることもできるようになる。もし一六万人の中国人花嫁が五人の家族を呼び寄せたとすれば、八〇万人の中国人が合法的に台湾にやってくることになる。そのうえに不法入国者がいるのである。


 中国とは現在、飛行機の直行便はなく、香港や第三国経由でしか台湾に入れない。船便の直行便もない。それでも合法・非合法を問わず台湾にはすでに数十万の中国人が住んでいるのである。


 さらに親中国的勢力の野党側は、中国からの個人観光客を開放せよと政府に迫っている。すでに台湾では中国からの団体観光客は開放している。開放して一年余りであるが、中国人の観光客のなかには空港に着いたとたんに逃亡してしまうケースがあとを絶たない。それでも野党は団体だけではなく個人にも開放せよと迫り、政府もそれを受け入れようとしている。そのうえ三通(通航、通商、通信)が実現するようになると、合法的に中国から台湾に入ってくるわけであるから、不法滞留する中国人が増えることは目に見えている。


 しかも、住みついてしまう中国人がおとなしく善良な台湾人になるかといえば、それはほとんど期待できない。なぜなら、今でも中国人は麻薬、拳銃、強盗、殺人と、あらゆる犯罪の請負人になっており、売春婦にいたってはほぼ中国人に独占されているのが現状だからだ。


 二〇〇三年、中国人花嫁が立法院(国会に相当)前でデモ行進をしたことがあった。身分証明書を発行するまでの期間を八年から四年に半減せよと要求するデモ行進だった。日本ではこのような内容のデモを見かけたことはないが、中国人は定住してしまうといろいろな権利を臆面もなく要求してくるといういい見本である。


●平和裡に台湾を呑み込む中国の人口輸出計画


 それにしても、中国出身の花嫁は、八年経過すると台湾の国籍を取得することができるのであるから、台湾における中国人の伸び率を考えると、短期間で一大勢力を築くことも十分に可能であり、そうなれば堂々と台湾の政治を動かすことができるのである。これは、中国政府が採っている外国に対する侵略政策でもある。


 実は中国政府が発行している海外中国人向けの二〇〇四年一〇月二日付「環球日報」の社説に、ある呼びかけが掲載されていた。この当時、スペインにはダンピングした安い中国製の靴が多量に入り込み、スペインの靴製造業界では大きな問題となっていた。反中国デモも起こっていた。スペイン以外にも、ヨーロッパでは反中国的動きが起こっていた。


 このようなとき、「環球日報」が、中国人はできるだけ外国に行ってその国籍を取得し、国籍を取ったあとはできるだけその国の政治に参加しよう、と呼びかけたのである。この中国政府の呼びかけはヨーロッパばかりでなく、全世界の中国人に対するものだ。ましてや台湾を併呑することを世界に宣言している中国が、この手を台湾に使わないはずがない。


 台湾の人口は現在二三〇〇万人。与党である民進党の党員は約二三万人、野党第一党の国民党でさえ一〇三万人ほどだ。ここにこれまで以上に多くの中国人が入ってくれば、彼らだけでも一大勢力となる。しかも、輸出されてくるのは人間なので、人権意識が高い台湾では中国人だからといって取締りの対象とすることは困難だ。


 中国政府とすれば、このような台湾の弱みを利用すれば、自然に台湾内の中国人数を増やすことで中国人勢力を拡大し、政治的な地歩を固めて政治の中枢に入り込み、平和裡に台湾を占領してしまうことだって夢ではない。


 中国から台湾への密入国を仲介しているのは、蛇頭という組織だ。蛇頭に支払う費用は、日本円で一人二五万円から六〇万円が相場だと言われている。中国人にとっては大金だ。農村部の月収はよくて五〇〇〜六〇〇人民元(七五〇〇〜九〇〇〇円)だから、三年から六年分の年収に相当する。


 蛇頭は漁船に五、六〇人ほどをぎゅうぎゅう詰めにして運んでくる。一隻の船で数千万の利益をあげ、それは当然、中国の官僚や警察にワイロとして山分けされている。しかも、この密入国は毎日おこなわれているので、膨大な利益を生む。九〇年代の資料によれば、福建省のあるマフィアの年間収入は三〇億ドルもあったという。


 これくらいうまい汁を吸える商売が密入国の斡旋だ。だから、中国の警察、公安、官僚、マフィアなどが連携してやっている巨大ビジネスなのである。これだけ利益があがる商売であり、公的機関が裏でからんでいるのだから、簡単に終息するとは考えられない。


 さらに犯罪者を密入国させて台湾の治安を悪化させることだってできる。これは鉄砲を使わない戦争である。人口という武器に台湾が呑み込まれることも十分に考えられる。これでは、アメリカも手の出しようがない。


 また、中国にとっては一億人といわれる「盲流」をどんどん国外に送り出すことができれば、中国自身が人口増大の不安や、それに伴う社会不安などをある程度は解消できるので、中国側のメリットは大きい。したがって、この流れは加速されこそすれ止むことはない。


 ましてや台湾を自国の一部だと主張している中国である。すでにこの人口輸出計画は実行に移され、台湾がこのまま中国人の受け入れ政策を進めていくと、台湾内の中国人比率が一気に高まることは目に見えている。


 台湾は自らの国家主権をあいまいにしている。それゆえに、この中国の人口輸出に有効な手を打てないでいる。その点で、台湾の法的独立を確立して中国人取締りを強化しないかぎり、台湾の中国人人口は数百万人規模になる可能性が高い。そうなれば、台湾人の人口を超える日もそう遠くないと、私は危惧している。


●中国人が台湾を席捲するXデー


 実際、最近の台湾では中国人をよく見かけるようになった。中国人は顔つきも姿格好も台湾人とよく似ている。言葉も同じだし、姓も同じ人が少なくない。おそらく日本人には見分けがつかないかもしれない。


 しかし、われわれ台湾人にはすぐわかる。まず言葉だ。中国人の北京語は、発音が明らかに台湾の北京語とは違う。次は態度だ。中国人の態度はまさに傍若無人といってよい。たとえば、あちこちに平気で啖を吐く。この不衛生きわまりない態度は、台湾人として我慢ならないことの一つだ。


 一九五〇年代なら、このような中国人をよく見かけた。蒋 介石と一緒に台湾に渡ってきた中国人がいたからだ。だが、それらの中国人たちもその後だんだんと文明の恩恵に浴したようで、いつの間にか見かけなくなった。ところが最近は、正真正銘の中国人がやはりそうした横柄な態度で大手を振って歩いているのである。


 台湾統一は何も軍事力に頼る必要はないのである。「戦わずして勝つ」という、まさに孫子の国の考えそうなことである。台湾の中国化はすでに目に見える形で進んでおり、台湾政府の無策や日米の無関心によってそのスピードがさらに加速している。


 今のままで行けば、中国人が台湾を席捲するXデーはさほど遠い日ではない。それを考えるだけで憂鬱になるのは果たして私だけだろうか?

 シナ人は世界各国へ膨張しています。
わが国とて同じような状況を呈しています。
多くの日本国民はこれらの状況を知る由もありません。
報道しない自由を振り翳すマスコミによって、真実を覆い隠されているのです。
日本は日本人の為にあるのです。
 
 
 
続く・・・
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台湾人医師の直言  林 建良 著
 
 
 
 
 
6.靖国問題で台湾を反日国家に仕立てる中国の陰謀
 
 

●親中国勢力に支えられる高金素梅


 無所属の高金素梅を支えている主な政治団体は、前述した「原住民部落工作隊」である。この組織は原住民の権益を守ることが目的だと称しているが、その主要メンバーはきわめて中国に近い。「部落工作隊」の中心人物である陳明忠と張俊傑は、今回の靖国訴訟の原告にもなっている。陳明忠は過激派親中国左翼組織「夏潮」(China Tide)の前会長であり、現在も積極的に「夏潮」に関わっている。


 張俊傑は、今回の靖国訴訟で高砂義勇隊遺族代表と称している張雲琴華の夫で、台湾を中国に併合させることを目的とする組織「中国統一聯盟」の前幹事長でもある。彼は以前から、原住民の自治運動に関わってきたが、実際は、原住民を中国に送り込んで中国の政治イベントに参加させたり、台湾原住民に「統一思想」と「中国人意識」を植え付けるなど、中国の協力者である。


 高金素梅をバックアップしている「部落工作隊」「中国統一聯盟」「夏潮」などすべての親中左翼団体は、中国とのつながりが深いことから、彼女の行動に中国の意図が隠されていることも推測できる。実際、彼女が扇動している原住民自治運動は、民族間の矛盾を利用して台湾を攪乱する中国の対台湾工作のやり方と一致している。


 原住民組織である「タイヤル族民族会議」のウデュフ・ラバカ幹事長は、「彼女は原住民出身であることを隠していたくせに、今は個人的な利益のために純朴なタイヤル族同胞を利用している」「タイヤル族として、彼女のやっていることは認められない」と厳しく批判した。


 タイヤル族原住民の身分を利用して、彼女が起こした靖国訴訟は、タイヤル族のためではなく、ましてや台湾のためでもない。台湾人で初めてとされる今回の靖国訴訟は、彼女を利用した親中反日左翼の新たな手口と考える方が妥当であろう。
靖国問題を巧妙に操る中国・胡錦濤政権


 中国の胡錦濤は国家主席に就任直後、歴史問題への言及を控えるなど対日接近政策をとり、小泉首相との初対面のときにも靖国問題に言及しなかった。これを中国の「新思考外交」として、多くの日本のマスコミは好意的に取り上げていた。


 当時、胡錦濤に強い影響力を持つとされた時殷弘・中国人民大学国際関係学院教授は、日中国民間の嫌悪感の増長は危険との理由で、「対日接近は最も必要であり、中国の安保、外交環境の改善に価値ある『迂回戦略だ』」(「戦略と管理」二〇〇三年二月号)と述べた。


 しかし、のちに胡錦濤が執拗なほど小泉首相の靖国神社参拝を止めるように迫った態度からでもわかるように、日本国内世論が二分化しているかぎり、中国は靖国カードを簡単に放棄することはない。そもそも時殷弘氏が対日接近を「迂回戦略」と考えているのは、反日の基本路線に変更なしということだ。


 これがいかにも中国人的発想であることは、台湾の「中国化」社会で育った私にはよくわかる。二〇〇五年の反日デモでも見られたように、日本糾弾と表裏一体の中華愛国主義でかろうじて国家の体をなしている中国が「反日」を止めることは絶対にあり得ない。


 一連の歴史問題をめぐる中国の対日抗議、内政干渉には、絶えず日本国内の左翼グループが援護射撃をおこなってきた。中国政府は日本を攻撃しながら、彼らへの支援、教唆、懐柔にも余念がない。だから、台湾原住民を新たに加えた反日ネットワークで靖国に代理戦争を仕掛けることは、台湾と日本を離間させる一石二鳥の戦術にもなるのだ。


 中国は、周辺諸民族を支配下に置かなければ、満足する国ではない。東アジアの民族心理の歴史からひもとくと、中華世界秩序は古来、国家意識を持たず勢力の大きなものになびく事大主義、屈服主義に毒された周辺諸民族の存在を前提として成り立っている。近代に入ってからも、中国に媚びる人間は常に反日だった。これらはすべて、現在の東アジアの反日勢力にも当てはまるのではないか? 靖国問題も、戦争賠償請求も巨視的に見れば、歴史問題というより、日本打倒を通じてアジアの秩序を改編する動きとして捉えることもできそうだ。


 もともと戦後日本の左翼運動は、本質的には中国に対する事大主義の革命運動であった。「親中反日」然り、「親中反台」然りだ。彼らは東アジアにおける「新中華世界秩序」の建設にいそしんでいるわけである。元来、左翼は国家権力に対抗する反体制派のはずであるが、国家権力に対抗することと、国家を売り飛ばすことは次元が異なる。事大主義に走ること自体、すでに彼らが権力志向になっていることを意味しよう。日本人は平和、人権の美名に惑わされ、自国を他国に売り飛ばそうとする勢力に寛大すぎる。


 私はクリスチャンだが、現在の国家、社会が先人の努力と犠牲の上に成り立っていることを考えれば、先人への感謝を捧げる施設として、日本人は靖国神社を断固守るべきだと思う。外国人でありながら、しかも自分の政治的な野心から、平然と靖国神社を冒Bする立法委員は台湾の恥である。私は台湾人として、高金素梅の行動を許すことはできない。彼女は台湾人としてではなく、中国人としてこの訴訟を起こしたのである。この訴訟は、中国の代理である左翼勢力と、日本民族の魂の戦いであると言ってよい。


 この裁判は、提訴から一年後の二〇〇四年五月一三日に下された大阪地裁の判決では高金素梅ら原告の請求が棄却されたため、これを不服とした原告は大阪高裁に控訴し、その判決は二〇〇五年九月三〇日に出されている。この高裁判決では、小泉首相の靖国神社参拝は憲法の禁じる宗教的活動に当たると認める一方、信教の自由などの権利が侵害されたとは言えないとして控訴を棄却し、一審につづけて損害賠償請求を退けている。つまり、首相の靖国参拝は違憲だが、原告らが主張するような参拝による苦痛などは与えていないという判断を示したのだった。


 後段はよしとしても、国のために亡くなった方々を弔いにお参りする首相の参拝が憲法に違反するとは、台湾人の私から見ても納得しかねる判決だ。これは憲法がおかしいか、裁判長の憲法解釈がおかしいかのいずれかである。


●酷似する台湾と日本の戦後思想状況


 実を言えば、国の裏切者や、それを放置する国民と後押しするマスコミの存在については、日台両国の社会状況はきわめてよく似ている。日本の「反日」と台湾の「反台」の両勢力も、思考、行動パターンはほぼ同じだ。どちらも、よく似た戦後思想状況の落とし子なのだ。


 戦後、日本では祖国否定の思想によって学界、教育界、マスコミが支配され、日本肯定思想は異端視され、疎外されてきた。台湾では「台湾」を軽視する大中国思想によって人々は統制され、それに異論をはさむ者は、直ちに投獄された。


 ところが近年、日本では戦後思想の見直しがはじまり、台湾では台湾人意識が高揚しつつある。そこで肩身が狭くなった「反日」左翼勢力と「反台」の外省人(および戦後教育にどっぷり浸かった台湾人)勢力は、左翼思想や中華思想特有の憎悪心、復仇心、エゴイズムをフルに発揮して、恥も外聞もなく大暴れしている。日本の左翼が戦歿者遺族の感情を平然と踏みにじり、靖国神社を訴えたのも、その一例と言えるだろう。


 両国とも、旧思想に染まったマスコミは、権威を維持するために彼らを応援している。長年の洗脳教育に染まった多くの国民も、彼らの行動にはあまり疑問を持たず、それを支持する者も少なくない。


 両勢力の共通点をもう一つあげると、それは「親中国・反日本」であることだ。左翼は共産主義だから中国への幻想が抜きがたい。外省人は戦後に中国からきた中国人だから、親中国は当然である。左翼はもともと反日だし、外省人は中華思想や「抗日情結」(対日コンプレックス)で支えられているから、彼らの「反日」も当然と言える。


●「靖国神社参拝国民運動」のすすめ


 高金素梅が起こした靖国訴訟は、台湾人を靖国問題に関与させた。しかし、この反靖国行為の批判に終始するだけでは、今までのパターンと大差ない。議論や裁判で彼らを打ち負かすことができても、状況はマイナスからゼロに戻るだけである。一連の靖国裁判を見ると、左翼があちこちで被害者と称する連中を引っ張り出して、日本国民を惑わせている。保守派は彼らの遊撃戦に振り回され、防衛するだけで精いっぱいなのだ。これでは、日本の魂を取り戻して国を再生することはできない。本気で国を再生しようとするなら、愛国者たちは議論や裁判の域から抜け出し、守りから攻めに戦略を転換すべきだ。


 それには、「靖国神社参拝国民運動」を起こしたらどうであろうか? やることは至って簡単。すべての政治家に靖国神社参拝を要求すればよい。それぞれの選挙区で、市区町村議員から国会議員まで、靖国神社参拝を要求し、彼らに確約書を書かせ、毎年参拝を実行してもらう。参拝しない政治家に対しては選挙区で有権者の署名を集めて落選運動を起こし、二度と政治家になれないようにする。こうして良識あるサイレント・マジョリティを掘り起こし、今まで傍観していた国民に当事者意識を持たせることができれば、国の再生も可能になろう。

 
靖国神社参拝こそ、日本人の魂に詣でることであり、日本人再生の道であるのです。
日本人皆が参拝する日を願ってやまないのです。
 
続く・・・
 
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日本よ、こんな中国とつきあえるか?(十八ノ二)靖国を政治ショーの舞台にしたエセ台湾人
より続きます。


5.台湾の大和魂・高砂義勇隊


●歴史の捏造に怒る台湾の老世代

高金素梅は、日本の戦争を「侵略戦争」だと簡単に決めつけるが、その是非を問う前に明らかなことは、台湾の戦後世代はあの戦争の実態をほとんど知らないことである。それは、国民党政権の中国人化教育で、「野蛮な日本人は侵略した」としか教わっていないからだ。


あの戦争を体験している台湾の老世代は、ある意味では日本の老世代以上に、日本の過去に肯定的だ。それは、東京裁判史観の洗礼を受けなかったことや、戦後の中国人支配者への反撥もあったからであろう。だから、彼らの歴史を見る目は比較的冷静なのである。「過去に肯定的」というのは、単に「親日」というだけでなく、「反日」を目的とした歴史捏造にも与しないということでもある。だから、彼女の行動に憤る老世代が多いのだ。


まず最初にいきり立ったのは、原住民の老世代である。とくに高砂義勇隊員だった者の怒りは凄まじかった。元義勇隊員たちが、いかに「過去」を誇りにしているかについては、すでに多くの出版物が明らかにしている通りであり、また直接彼らと出会って、そのような話を聞かされた日本人も大勢いると思う。


四、五年前、反日的な台湾の日刊紙「中国時報」が、日本の被害者としての原住民(高砂義勇隊のこと)をテーマに特集を組んだことがある。しかし、取材に応じた生還者や遺族は、誰一人日本の悪口を言わず、強制ではなく志願しての出征だったと強調した。そのために、日本をおとしめる意図はあったようだが果たせず、それを訝るだけで記事は終っている。


私の知人の数名の原住民老世代は、一様に高金素梅について憤りを隠さない。「日本は山の人間(原住民)に悪いことをしなかった。しかし、原告として二〇〇人が名を列ねた。だから私たち山の者は、それを批判する三〇〇名の署名を集めているところだ」「日本からお金(補償金)をもらったら、あなたたちにあげると言って、(協力者として)名前を書かせている」「あんな若い奴に歴史なんかわかるものか」と、日本語で息巻いていた。


原住民ではないが、ある元日本軍属の台湾人は興奮気味にこう語った。

「日本時代、台湾人は確かに差別を受けた。しかし、従軍してヨーロッパの植民地だったマレー、ベトナム、ビルマの悲惨な状況を目の当たりにして、台湾人がいかに幸福であるかがよくわかった。日本が戦わなかったら、今でもアジアは植民地だ。私たちは日本に感謝しなければならないのに、靖国神社を訴えるとは許せない。必要なら法廷に出て、本当の歴史を話しても構わない」と。

この人たちの実名はあえて明かさないが、原住民を含む老世代(ことに従軍経験者)の多くはこのような気持ちでいる、と私ははっきり断言できる。彼女は日本人だけでなく、大勢の台湾人の感情をも傷つけているのだ。


●「被害者」扱いは高砂義勇隊への許しがたい侮辱


日本統治下で「抑圧」を受け、あるいは「侵略戦争」に駆り出された、と彼らが言う直接の「被害者」である台湾の老世代は、高金素梅の行動をどう見ているのか?


それを語る前に、まず史実を確認してみたい。

高金素梅が非難する「日本軍による一九一〇年?一九一五年の原住民大量虐殺」とは、日本の台湾総督府による原住民の平定を指しているようだ。外来政権への帰順を拒み、徹底抗戦に出た勇猛な原住民は、清国時代以来、統治当局や平地住民にとっては治安、開発における大脅威だった。

山は彼らの天下である。清国軍は歯が立たず、討伐を諦めたが、日本軍は五年にわたる戦闘の末、ようやく彼らを平定した。もちろん原住民にとって外来政権に帰順する筋合いはまったくなかったが、日本の台湾近代化政策の流れのなかで、起こるべくして起きた悲劇であった。


大東亜戦争勃発の翌一九四二(昭和一七)年一月、まだ台湾では徴兵制度はおろか志願兵制度すらなかったが、フィリピンでの密林戦で苦戦していた日本軍は、山岳民族である台湾の原住民に着目し、台湾総督府を通じて従軍志願者を募った。すると五〇〇〇人もの原住民(当時の原住民人口は約一五万人)が志願に殺到したのである。そこから五〇〇人が選抜され、高砂義勇隊(この第一回に限り「高砂挺身報国隊」と命名された)が編成された。


このとき選抜されなかった者の多くは怒り、悔しがり、涙を流し、血判を捺した嘆願書を提出するなど、大騒ぎをしたことが語り草になっている。この時代、「兵隊になってこその一人前の国民」「戦に行けないようでは男でない」というのが原住民の一般的意識であったことは、当時を知る人に聞けばすぐわかる。高砂義勇隊は軍属ではあったものの、その戦闘ぶりは特筆に値する。


「人間業とは思えない敏捷さ、獣のような視聴覚と方向感覚、……軍紀の厳正さは正規軍を凌ぐとまでいわれ、しかも純真無垢な心と自己犠牲の精神は、戦友の胸を強く打った。……かくして、瞬く間に信頼と友情、そして尊敬の念をかちえてしまった」(許國雄監修、名越二荒之助・草開省三編『台湾と日本・交流秘話』)


よく取り上げられるのが、米五〇キロを背負ったまま餓死した義勇隊員の感動的なエピソードだ。彼は前線で飢餓に苦しむ日本人の戦友のため、山を越えて米を取りに行った。そして、前線に戻る途上で力尽きたのである。自らは一粒も手をつけることなく……。


義勇隊の記録は少なく、その実態はあまりわかっていない。ただし、フィリピン、ニューギニア、モロタイなどの激戦地で過酷な戦いを強いられたことは確かである。林えいだい氏が戦後に調査してまとめた『台湾の大和魂』によると、義勇隊の派遣は七回あり、総員四〇〇〇人以上にのぼったらしい。


ある遺族は「三〇〇〇人が帰国していない」と言っていたから、悲惨な限りだ。だが、私は台湾人として、このような義勇隊を心から誇りに思う。これを「抑圧」された結果と言うなら、これほど彼らに対する侮辱はないだろう。なぜなら、当時の台湾人は日本国民だったのである。その彼らが国民としての義務と使命を、命を顧みずにここまで立派に遂行していたことは称賛に値する。それを戦後の後知恵で「被害者」と見なしたら、勇者たちの魂は「犬死扱いされた」と怒り、悔しがるに違いない。自己の利益の追求を至上とする中国人的思考からは、国に殉ずる戦士の心など理解できないのであろう。


もちろん私は、台湾人は日本国民であるべきだと言っているのではない。当時の時代的環境から見れば、台湾人は外来政権に支配される存在であったということだ。それでも、この歴史過程で台湾人は、日本の統治を通じて今日につながる近代的国民の資質を体得したのである。それを「植民地下の抑圧」と恨むだけでどうするのだ。台湾人は、その歴史経験をバネにして、未来の台湾人の国造りに邁進すればよいのである。それを考えることなく、台湾は中国の一部との観点から、日本への復仇心に燃える中国人的な発想を、台湾人である私は断じてとるわけにはいかない。


●「靖国神社は台湾人に代わって慰霊してくれている」


しかし、戦後の台湾では長い間、高砂義勇隊の戦歿者に対する慰霊すら許されなかった。そのため、次のように話してくれた原住民の遺族もいた。

「日本人は私たちに代わって(台湾人も祀られている)靖国神社にお参りしてくれている。日本人には感謝しなければいけないのだ」

台湾では李登輝時代以前の白色テロ(恐怖政治)時代、日本軍に従軍した台湾人は、中国の敵国に協力したとされ、みな迫害を恐れて過去については口を閉ざすようになった。そのために、高砂義勇隊のことも忘却の彼方に追いやられた。


しかし、日本人はそれを忘れなかった。その戦死者を慰霊しているのも、日本の靖国神社だけだった。だから、この遺族は「日本に感謝しろ」と言っているのだ。なぜ原住民たちがはるばる日本へ渡り、靖国神社を参拝するのか、今の私にはよくわかる。靖国神社のように、感謝と尊敬の真心を込めて彼らの魂を慰めてくれる施設は、台湾には今のところ存在しない。「魂を異郷で放浪させたくない」と語る高金素梅は、台湾で、一体、どのような慰霊計画を持っているのだろうか?


一般の台湾人が高砂義勇隊のことを知ったのは、二〇〇一年、小林よしのり氏の『台湾論』が台湾で翻訳出版されたことがきっかけだった。親台湾の『台湾論』に、反台湾の外省人(戦後、中国からやってきた新住民)が危機感を抱き、『台湾論』排斥運動を起こしたのである。


彼らは同書にある「高砂義勇隊は志願だった」という箇所に難クセをつけ、「志願ではない。強制だった」と大騒ぎした。それまで原住民には何の関心も持っていなかった連中が、今になって何を言っているのか、と思わせる一幕だった。


日本人は高砂義勇隊に感謝をし、慰霊もおこなっているが、外省人のやることと言えば、せいぜい戦歿者を政治的に利用するだけである。彼らは戦後、台湾人を弾圧、迫害しつづけてきたが、今度は台湾人の魂まで弄んでいるのだ。

では、戦後世代の台湾人は、日本の「過去」をどう考えているのかと言えば、すでに述べたように一般的には何も知らない。なぜなら近年に至るまで、日本時代のことは学校教育ではほとんど触れられておらず、総統府をはじめとする官公庁や各種の学校など、古いが立派な建物や、鉄道、道路、上下水道などのインフラも、それどころか木造の日本式家屋さえも、日本人が建てたことを知らない人が大勢いる。

それでも、一般的に台湾人は日本に好意的で、中国や韓国の対日感情とはまったく異なる。それは、親日的な親や祖父母の世代の影響、台湾人の大らかな性格、実際に接触した日本人への親近感などによるものであろう。

さらに近年、台湾の歴史への関心の高まりや、若い世代による日本時代の研究が盛んになるにつれ、政治的な反日歴史教育への反撥も相俟って、日本統治に対する再評価が進行している。そのようななかでの高金素梅の反日行動を、大多数の台湾人は異様に感じているのが現実である。


日本國、日本人は本当に台湾に感謝しなければならない。
感謝を忘れた日本人は日本人に非ず。
我々日本人の先人が行なったことが如何に正しかったか、台湾はじめ、極東の親日国の日本贔屓の国々を見ればお分かりいただけるでしょう。
戦後日本の政治がいかに誤りであったか・・・・
悔やまれてなりません。


続く・・・



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台湾人医師の直言  林 建良 著



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日本よ、こんな中国とつきあえるか?(十八ノ一)靖国を政治ショーの舞台にしたエセ台湾人
よりつづきます。


4.靖国を政治ショーの舞台にしたエセ台湾人


●親中反日派の手引きで反靖国活動に乗り出した高金素梅

高金素梅は、いつの時点から、あるいはどのような動機、目的から、今回の行動に出たのであろうか?


台湾の週刊誌「新新聞」の記事(二〇〇三年六月、八五一号)によると、彼女は、「二〇〇二年、台湾を訪れた日本人に、日本に虐殺された原住民の子孫がなぜ靖国神社に参拝するのかと聞かれてから、関心を持ちはじめた」「台湾大学教授の許介麟とその日本人妻藤井志津枝や、尹章義、夏鋳九と彼らの日本の友人の協力でやっと事件の経緯を理解した」と語っているが、その「台湾を訪れた日本人」とは誰なのか? 雑誌に名前が上がっている許介麟、藤井志津枝、尹章義、夏鋳九はすべて親中反日派である。靖国問題に関心も知識もなかった彼女が、反日派の手引きでこの訴訟にからんできた構図が浮かび上がってくる。


こうした反日左派の誘導によって高金素梅が日本で反靖国活動を開始したのは、二〇〇二年八月からである。同月一二日、彼女と戦歿原住民の遺族と自称する張雲琴華は、民族衣装に身を包んで靖国神社におもむき、原住民の合祀取り下げを要求した。この張雲琴華は、高金素梅の側近である張俊傑の妻である。高金素梅らは原住民の踊りと歌で、「罰当たり」なパフォーマンスを神前でおこなった。


そして彼女は、「私たちの先祖が高砂義勇隊に参加したのは志願によるものではない」「台湾人は死んだあとも日本人に抑圧されなくてはならないのか」とメディアに語っている。彼女が用意した声明には、「戦争を起こした者と戦争の被害者が一緒に祀られることで、歴史が歪められている」「日本軍は一九一〇年から一九一五年までのあいだ、原住民を大量に虐殺したうえに、生き残りや子孫たちを高砂義勇隊として強制的に徴兵し、南洋に送って弾丸の的にさせ、灰塵に帰させた。二代滅族の重罪だ」とあった。


その後、彼女は終戦記念日の八月一五日に、大阪でおこなわれた「第一七回アジア・太平洋地域の戦争犠牲者に思いを馳せ、心に刻む集会」(佐治孝典委員長)に参加している。この左翼の集会のテーマは「戦争と靖国」である。この「心に刻む会」とは、「靖国神社を支えてきた日本の民族的エゴイズムを内部から打ち破る」ことを目的とする会で、毎年、終戦記念日前後に日本の「侵略の犠牲者、加害者」を証言者として招いて集会をおこなっている。


この会は一九八五(昭和六〇)年の中曽根康弘首相の靖国神社参拝をきっかけに発足したものだが、中国政府がそれまでおこなわなかった首相の靖国参拝批判を突然開始したのがこの年だから、中国の反日戦略に相呼応するかたちで組織されたのだろう。この会が「南京大虐殺」や「三光作戦」などをテーマとする中国の反日宣伝や、中国人による戦後補償要求など、中国政府の戦略と軌を一にしていることは確かである。このような会と高金素梅は、いかなる接点があったのだろうか?


それからもう一つ触れなくてはならないのは、彼女の靖国訴訟を支援する「小泉首相靖国参拝違憲アジア訴訟団」である。彼女の起こした裁判の原告には一〇〇人以上の日本人も含まれているが、そのなかには中核派、日本労働党、革命的共産主義者同盟のメンバーや、これら極左グループと提携する左翼知識人らが名を列ねている。高金素梅と彼らは、なぜ手を携えるようになったのか?


「小泉首相靖国参拝違憲アジア訴訟団 大阪訴訟ホームページ」に掲載された「ニュース第七号」(二〇〇二年一〇月一五日)は、高金素梅が反靖国活動に乗り出した経緯を次のように伝えている。


「心に刻む会」が毎年開催している「8・15」のつどいが、今年は「靖国」特集ということで、われわれ訴訟事務局に声がかかったのが、さる五月末ごろだったと思う。打ち合わせに行ってみると、靖国に合祀されている韓国や沖縄の遺族は招くことになっているが、台湾からもぜひ呼びたい、ついては知り合いとかルートはないだろうかという話になった。六月にたまたま別件で台湾に行く機会ができた。(中略)一度「原住民部落工作隊」に行って聞いてみたらと勧められ、一緒に訪問することになった。それから約一カ月が経過した。台湾から電話である。遺族に会えそうだという。(中略)少数民族出身の立法委員(国会議員)も会いたいという連絡もあった。


この「少数民族出身の立法委員」が高金素梅である。また、「原住民部落工作隊」とは、表向きは原住民の権利の向上を目指すグループだが、高金素梅の背後で動いている組織でもあり、最近では日本の左翼グループとの交流もあるようだ。つづけて訴訟団事務局は、こう語っている。


早速二名行った。立法委員の事務所でお互いに挨拶し打合せ後、遺族の待つ新竹県の山中に行く。(中略)こうして「8・15」集会に遺族や立法委員の招待が現実のものとなると同時に、遺族が靖国神社を合祀取り下げに訪問するということが実現したのである。


この「ニュース」を読むかぎり、高金素梅の来日のきっかけは、「心に刻む会」から、第一七回集会に韓国人だけでなく台湾人も参加させて、内容により説得力を持たせたいとの希望を受けた訴訟団事務局が、台湾の「原住民部落工作隊」に話を持ちかけたことだったようだ。この話に乗った彼女は、この集会に参加して合祀取り下げ要求もおこなうことになった。靖国神社社頭での「合祀取り下げ要求パフォーマンス」も、日本人に入れ知恵されたと思われる節がある。高砂義勇隊にも靖国神社にも無知だった彼女が、日本の左翼の誘いに飛びついて反靖国活動を開始したことは、疑いないようだ。

スキャンダルまみれの国会議員

高金素梅の母親は台湾原住民のタイヤル族だが、父親は戦後、台湾に渡ってきた中国人軍人(外省人)である。中国人軍人は台湾人を大量に虐殺した「二・二八事件」の加害者としてのイメージが強いため、台湾人に敬遠された。B介石政権に厳しく抑圧されていた当時の台湾人は、陰で中国人を「阿山仔」(唐山=中国からきた奴)や「猪仔」(豚のように食い散らす奴)と呼んで鬱憤を晴らしていた。


あの時代は、無実の台湾人が刑務所に入れられ、処刑される例が山ほどあった。憲兵は白いヘルメットをかぶっていたから、この恐怖政治は「白色テロ」と呼ばれた。B介石独裁政権の恐怖政治に加担した中国人軍人は、台湾人に嫌われて台湾社会では浮いた存在となった。その分、彼らは中国人意識が強く、人生の大半を台湾で過ごしながら、台湾人ではなく中国人であると強く主張している。そのために台湾で生まれ育った彼らの子供たちも、台湾人としての意識は薄い。だから、彼女が強い中国人意識を持っていたとしてもなんら不思議ではない。


芸能人を目指していた彼女は、台湾中部の「青年高校」(演劇科)卒業後、すぐ芸能界に入り、映画やテレビドラマに出演し、歌手としても活躍した。しかし、芸能活動よりもスキャンダルが彼女を有名にした。数々の不倫騒動から「誹聞天后」(スキャンダル・クイーン)という不名誉なあだ名をマスコミに付けられ、しばしばワイドショーや週刊誌のネタにされた。


こうして有名になった彼女は芸能界にとどまらず、ビジネスにも精を出したが、トラブルの連続だった。一九九六年に彼女が所有するウェディングドレス店「梅林新娘会館」で火災が起こり、何人かの死傷者を出した。不審な点が多かったため、犯罪がからんでいるのではないかと台湾の司法当局が調査に乗り出したほどである。


タレント時代の彼女は、「金素梅」の名前で芸能活動をおこない、原住民の身分を隠していた。比較的当選しやすい原住民枠で立候補するため、彼女はタイヤル族である母親の苗字を加えて、高金素梅と名乗ったのである。選挙キャンペーン中、彼女は台湾原住民の民族衣裳をまとい、顔に刺青模様のペインティングを施し、派手なパフォーマンスで話題を呼んだ。素朴な原住民には決して真似のできない振る舞いと得意の演技で、高金素梅は国会議員の座を手に入れたのだった。しかし、彼女のスキャンダルは、国会議員になってからもやむことなく、相次ぐ不倫の噂にマスコミは彼女を「情欲立委」(欲望に溺れる国会議員)と呼んだほどだ。


このような人間が台湾人を代表しているかのように振る舞って靖国訴訟を起こしたことは断じて許してはいけないのだ。





高金素梅(こうきん そばい)は台湾の歌手・女優・政治家ですが、現在は中華民国立法委員で、所属政党は無党団結聯盟。中国北京市中央民族大学に留学。台中県和平郷谷関在住。芸能人時代から現在の立法委員に至るまで、数々の不倫騒動から「誹聞天后」(スキャンダル・クイーン)のあだ名をマスコミに付けられたいわば、札付きの人間です。

筆者は高金素梅を許しません。護国の神を侮辱する最低の人間です。


続く・・・

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