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台湾人医師の直言  林 建良 著



日本よ、こんな中国とつきあえるか?(十ノ二)孫文と辛亥革命に対する日本人の大いなる誤解
より続きます。


第2章 台湾から見た日本および日本人

争いを避けたがる日本人に平和は守れない



4.木を植える日本人と木を伐る中国人


●阿里山鉄道は掠奪資源の運搬用だったと教える国民党教育

台湾の中央に、二〇〇〇メートルを超える山々からなる中央山脈と呼ばれる山岳地帯がある。そのなかに阿里山という山があり、この阿里山には、台湾人が「神木」と呼ぶ樹齢何千年という檜や杉の巨木がたくさんそびえていて、日本でもよく知られている。


この阿里山でもう一つ有名なのは、台湾で唯一の高山鉄道「阿里山森林鉄道」である。阿里山森林鉄道は日本時代の一九一二(明治四五)年に敷設された鉄道で、当時、日本初の山岳鉄道だった。


われわれ戦後世代の台湾人はこの阿里山森林鉄道について、学校では「日本が台湾の貴重な檜や杉を伐採するために敷いた鉄道だ」と教えられた。国民党教育では、日本は台湾の資源を掠奪するために作った鉄道だと教えていた。当時の私はこの教えを信じて疑わなかった。日本が台湾を領土としたのは、台湾の資源を持ち出すためだったと思っていた。


しかし、日本に来て、日本人の自然に対する対応を見ていて、日本人は植物を大切にする民族であることを強く感じた。日本人は猫の額ほどの小さな庭でも、木や草花を植えている。土地さえあれば植えているという印象だった。しかも、無造作に植えているのではなく計画的であり、また非常にていねいに手入れをする。あたかも家族に接するように大切にしているのである。


このような日本人を見ていて、果たして私が受けた教育は本当だったのだろうかと疑いはじめた。われわれ戦後世代の台湾人は、恥ずかしいことだが、台湾の歴史についてはほとんど無知に近いといってよい。私は日本に来てはじめて台湾に関する歴史資料などを読み漁った。そこでわかったことは、清朝が台湾を統治していた約二〇〇年間、木を伐採することはあっても、植林はいっさいやらなかったという事実だ。入りにくい高山は除いて、平野の森林をことごとく伐採してしまったのである。


逆に、清朝のあと一八九五(明治二八)年に台湾を統治した日本は、日露戦争に勝った一九〇六(明治三九)年から造林事業を奨励していたのだ。台湾総督府では毎年、一〇〇万本余の苗木を無償で配布し、補償金まで交付して造林事業に力を入れていたのである。


このように、日本が統治する以前の台湾では樹木がほとんど伐採されてしまったため、山の保水力が極端に落ち、ちょっとした雨でも大水が出たり山崩れが起こったりしていた。「イラ・フォルモサ」(麗しの島)と呼ばれた台湾の面影は消えてしまっていた。ところが、日本はどんどん造林し、たとえば一九四三(昭和一八)年には五〇七カ所で植林していて、阿里山鉄道にしても、伐採した檜を運搬する役目も果たしたが、それは決して掠奪するためではなかった。また植林・造林事業に果たした役割も大きかったのである。


今の日本でも自然を維持しながら伐採し植林しているが、当時もほぼ同じ姿勢で臨んでいたのである。


●美しい並木を伐ってしまった蒋介石軍


歴史から見ても、たとえば鎮守の森に見られるように、日本人は木を植え、木を育てることを大切にしてきた民族である。


台湾に関して言えば、台湾総督府の都市計画に基づいて作られた台湾の都会の道路という道路は美しい並木道だったという。ところが、一九五〇年代、私が小さいころにはそのような並木道はほとんどなくなっていた。戦後、中国から蒋介石の軍隊が台湾に入ってきたとき、この並木を伐ってしまったのである。


蒋介石軍がまず最初に取りかかったのが並木の伐採だった。木の陰に誰が隠れているかわからないから危険だ、という訳だ。伐った並木は薪にもできるから一石二鳥、という理由だった。これが中国人の考え方なのである。こうやって中国人は資源を破壊してきたのである。


中国には人を励ますときによく使う「人定勝天」(ズンディンスンテン)ということわざがある。人間は天に勝つように定まっている、すなわち「難題は必ず克服できるから頑張れ」と言って励ますのである。だが、この言葉の原義は、人間は「天」すなわち自然を征服できるという意味であり、中国人は、自然は人間に利用されるためにある、征服されるためにあると考えるのである。


先にも触れたように、生き物はすべて食べ物とするのが中国人である。植物にしても、いかに利用するか、それ以外なにも考えていない。自然を尊重し、自然と共生するなどという概念はなく、そういう発想もしないのが中国人なのである。


●まったく正反対の日本人と中国人の生命観


今は便利なことに、インターネットで衛星写真を自由に見ることができる時代になった。これで、中国と日本を比較してみれば一目瞭然だ。日本はきれいな緑色に映し出され、中国はほぼ全土が茶色っぽく映し出される。中国から緑、すなわち森林や植物が消失していることを如実に示している。


中国人は自分さえよければいいと考える民族だ。自分の短い人生のなかですべての自然を使い尽くしてしまったとして、なんの痛痒も感じないはずだ。自分の目を楽しませる樹木や草花なら植える。それも、食糧や薪にしてしまうことを考えながら植える。後世に豊かな自然を残すなどということはほとんど考えていない。また仮にあったとしても、自然と共生するなどという考えは皆無といってよい。


私が台湾で教えられた日本人像をひと言で言えば、「残虐かつ残忍な日本人」であり、逆に「平和を愛し、寛容な中国人」という比較だった。日本に来て初めて、それがまったく逆だったことを知った次第だ。


日本人は、たとえば国の特別史跡・特別天然記念物となっている日光の杉並木や、世界遺産に登録された屋久島の縄文杉などへの接し方にもよく現れているが、木の一本一本に対して慈愛の念をもって接し、畏敬の念を示している。


これは、日本人に生命に対する畏敬の念があるからにほかならない。虫の音を楽しみ、樹木や草花にも命を感ずる、日本人ならではの生命観であるといえよう。


その点で、中国人は日本人とまったく正反対の生命観を持っていることは第1章でも縷々述べたところである。親族以外の人間はすべて利用の対象であり、自然も例外ではない。中国人の目には、虫や草花は食べ物や薬材としか映らない。まさに日本人の生命観とは対極にあるといってよい。


樹木の生命は人間より長い。植林したところで、自分が生きている間に利用できるとは限らない。それでも日本人は百年後、千年後のために黙々と木を植える。ところが、中国人は樹齢何千年の巨木であろうと、美しい並木であろうと、自分が薪として使いたいとなれば平気で伐ってしまうのである。


われわれ台湾人は、そのような日本人と運良く五〇年間暮らし、そのような中国人と不幸にして六〇年間付き合わされ、併呑の危機にもさらされているのである。







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衛星から捉えた中国の姿に市民から驚きの声が上がっている。 写真に映し出された中国は緑の部分が少なく、大半が土に覆われている。 当局の資料によると、国土面積の18.2%に当たる174万平方キロメートルは すでに砂漠化し、毎年3436平方キロメートルの国土が砂漠になっている。







本当に日本の素晴らしさを理解していないのは、そこに住む日本人ではないでしょうか。

先人の知恵、文化、伝統までも破壊しつづける現世の日本人。

国土を持たない民族、言語さえも奪われてからでは遅いのです。

目を見開き、現在起こっている、国際、国内問題に注意喚起するべきです。




続く・・・・

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台湾人医師の直言  林 建良 著



日本よ、こんな中国とつきあえるか?(十ノ一)孫文と辛亥革命に対する日本人の大いなる誤解より続きます。



●辛亥革命を成功させたのは日本および日本人だった

ところで、台湾の教科書のみならず、日本でも中国でも、孫文はマカオで興中会という革命団体を創設したといわれている。しかし、実際の興中会とは一つの幇であり、幇とはヤクザのような組織をいう。あえて意味づけすれば、同業者・同郷者などの相互扶助を目的とした団結力の強い組織ということになる。孫文はこの興中会の創設者ではなく、もともとあった興中会という幇に加盟したことが明らかになっている。


実際、彼が創設したのは東京でつくった中国同盟会だけで、それも留学生や日本人を取り込んでいて、このなかには宮崎滔天も入っていた。当時の東京には中国人留学生の団体が二〇も三〇もあり、国を思うという大義名分はあっても、実際はお互いに足を引っ張ったり誹謗したり対立をくり返していた。とくに、立憲君主制を主張する梁啓超の団体と共和制を主張する孫文を中心とする団体は絶えず対立していた。その点では、孫文は有力なリーダーの一人であり、革命派のシンボルとしてもてはやされていたことは事実である。


しかし、孫文はほとんど革命に参加したことはなく、実際は日本人が計画して自ら参加し、資金まで調達していたのである。つまり、孫文は資金もなく、行動力もさほどではなく、日本からの物資や人的な支援なくして孫文の革命運動は成り立たなかったのである。この日本人のサムライ精神があったからこそ清朝を倒すことができたのである。孫文が果たした役割は、せいぜい宣伝に携わった程度というのが公平な見方であろう。


事実、一九一一年一〇月一〇日に一一回目の革命である武昌蜂起による辛亥革命が成功したとき、孫文は参加していなかった。アメリカにいて革命の成功を知らなかったのである。そこで、日本人同志が彼に早く帰れと連絡したにもかかわらず、孫文はそれから一カ月も腰を上げず、一二月の末になってようやく上海に到着するという体たらくだった。このような孫文の当事者意識に欠けた責任感のない行動については、台湾でも中国でもまったく触れられていない。


また、孫文自ら述べているように「中国人は砂のような民族」である。つまり、団結力、結束力がない民族なのである。とすれば、この「砂のような民族」だけで果たして革命は成功していただろうか? 私から見れば、この「砂のような民族」のなかに、日本人という道義心に厚く国家観のしっかりした支援者がいたから、成功したのではないかと思われるのである。日本人の存在はまさにセメントのような役割を果たしたと言ってよい。中国の砂と日本のセメントをかきまぜてはじめて建国できたのではないか、と私には思われるのである。中国革命は決して中国人だけでできたのではない。


もちろん、中国人になりきって革命に挺身した日本人も少なくなかったが、日本は自国の国益のために中国革命を支援したという面も見逃すべきではない。当時、日本には「北の脅威」があった。日本はロシアの南下をいかに食い止めるかについて腐心していた。そこで、ロシアの防波堤とならない清朝を倒し、共和制国家を造ってロシアの南下を食い止めるという防衛構想があったのである。しかし、だからと言って日本人志士たちが存在していた意義は決してなくなるものでも、薄まるものでもないのである。


しかし残念なのは、先述したように、このように日本人の力なくして成功しなかった中国革命を、孫文が成功させた革命だと思い込み、日本人が大きく関与していたことを大方の日本人が忘れてしまっていることである。


日本人は、外国の革命に参加して政府を倒し、命を懸けて新しい国造りに貢献したという晴れやかな歴史を持っている。誇るべき歴史といってもよい。


実は、日本の生命線である現在の台湾の独立建国運動にも日本人が参加している。時代背景は異なるものの、道義心に厚く国家観のしっかりした日本人はやはりセメントの役割を果たし、台湾人を束ねて団結させている。


日本人参加者のほとんどは中国革命の歴史を知っている。しかし、だから台湾の独立建国運動に参画しているわけではない。大方の日本人が孫文も辛亥革命も知らなくなっているにもかかわらず、彼らが日本の歴史と日本の道義を忘れていないということを伝えたいのである。


また、台湾の独立建国運動に参加している日本人有志は、中国(中華人民共和国)が台湾を併呑しようとしていることをよく知っており、台湾が併呑されたら日本の安全が脅かされることもよくよく理解している。当時のロシアと現在の中国は、日本にとってはまさに同じ脅威なのである。しかし、この脅威を脅威として感じているのはまだ台湾独立を支援する日本人有志くらいで、悲しいかな、日本政府も大方の日本人も気づいていないのが現状なのである。


中国革命に寄与した日本人を忘れる日本人であれば、これも致し方ないのかもしれないが、台湾人にとっては命に代えても守らなければならない祖国台湾なのである。

いまだ目覚めぬ日本人には、誇るべき歴史を思い出して欲しいと願うのみである。



>中国革命に寄与した日本人を忘れる日本人であれば、これも致し方ないのかもしれないが、台湾人にとっては命に代えても守らなければならない祖国台湾なのである。
いまだ目覚めぬ日本人には、誇るべき歴史を思い出して欲しいと願うのみである。


ヤクザ国家、シナ中共と常に対峙している祖国台湾を思う著者の切実たる思いが込められています。
日本人も友好などと言う文字に惑わされず、邪悪な国家が隣国に存在するということを認識し、国防という国家にとって、一番大事なことに、目覚めて欲しいと願うばかりです。

続く・・・・
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台湾人医師の直言  林 建良 著



日本よ、こんな中国とつきあえるか?(九)台湾で教 えられた正反対の日本像
より続きます。



第2章 台湾から見た日本および日本人

    争いを避けたがる日本人に平和は守れない


3.孫文と辛亥革命に対する日本人の大いなる誤解

●台湾と中国がともに評価する孫文

中国の歴史教科書には一つの大きな特色がある。学生に中国史を教える側面はあるものの、必ず時の政権の宣伝媒体として使われ、時の権力者にとって都合の悪い歴史はすべて排除され、政治的理念に違いがある人物は徹底的に悪者にされる。


日本の教科書でも、残念なことにマルクス主義に基づく歴史観による記述は少なくないが、中国の教科書は日本の比ではない。中国の教科書に歴史の真実を見出すことはほとんど不可能と言ってよく、時の権力者が自国民を洗脳するためのツールと成り果てている。それは歴史に限らず、国語や算数などの教科書にも及んでいる。


その点で、台湾の歴史教科書のあり方も中国とよく似ている。戦後、蒋介石が台湾を占領して以来、教科書は中華民国政府による政治宣伝のツールとして使われてきた。面白いのはとくに近代史において、台湾と中国の歴史教科書はまるで正反対のことを教えていることだ。そのいい例が蒋介石についてである。台湾では蒋介石は「民族救星」すなわち中華民族の救世主と謳われ、毛沢東、周恩来、朱徳といった中国の指導者は悪魔のように描写されている。人物評価はまったく一八〇度違うのである。


ところが、台湾と中国でたった一人、評価がほぼ一致している人物がいる。それが孫文である。台湾において孫文は「国父」として崇められている。中国もまた孫文を高く評価しているのである。そのせいだけでもないようだが、日本でも孫文は、清朝を倒した革命家で、「大アジア主義」を唱えた人物とされ、その評価は決して低くないようだ。

孫文は、台湾では中華民国のシンボルとして神話的人物となっている。その誕生日である一一月一二日は「国父誕辰記念日」として、また、亡くなった三月一二日は「植樹節」と命名され、孫文の遺志を継ぐという意味で記念の植樹をする日となっていて、それぞれ祝日とされている。

実は、蒋介石が孫文をこのような地位に置いたのには理由があった。それは、蒋介石政権にとって、孫文の正統な後継者は袁世凱でも毛沢東でもなく、蒋介石であるという主張を貫く必要があったからである。革命であれ世襲であれ、どのような政権であっても大義名分、すなわち正統性の根拠を必要とし、それがなければ民衆の支持は得られないのである。


しかし、このような事象に目を奪われていては歴史の真実は見えてこない。日本はまだ客観性を保っているところもあるが、先にも述べたように台湾や中国における歴史とは時の権力者が自国民を洗脳するために作る歴史なのである。


たとえば、孔子の評価である。毛沢東は一九七〇年の文化大革命で「批林批孔」を打ち出し、林彪と並んで孔子批判を大々的に展開した。ところが、それからまだ五〇年も経っていない一九九〇年代後半には恐竜と鳥をつなぐとされる化石を「孔子鳥」と名づけたり、二〇〇四年には政府主催で孔子生誕二五五五年をお祝いしているのである。それゆえ、孫文や辛亥革命にしても、時の権力者による恣意的評価は免れず、そのまま歴史事実として信じることはできないのである。


●日本に来て初めて知った孫文の実像


では、まず台湾ではどのように孫文を描写してきたかというと、小学校の教科書に登場する孫文の物語は一つの神話から始まる。


一八八六(明治一九)年、広東省の農家に生まれた孫文は小さいころ、村の廟に祀ってある仏像の腕を折って、村人に「このように、この仏像は自分の身さえ守れないのに、どうして村人を守れるのか。迷信を打破しよう」と呼びかけたというのである。


その後、香港で医師の資格を取った孫文は、マカオで開業する一方、興中会という清朝打倒をめざす革命団体を設立し、この興中会メンバーを中心として一八九五年に広州で蜂起した。この日は三月二九日だったので、現在の台湾の「青年節」はこの広州蜂起を記念して制定された国家の祝日とされている。


この広州蜂起に失敗した孫文は、革命分子として海外に逃亡する。ロンドンで清朝政府に誘拐されて公使館に拘留されるが、香港時代の恩師であったイギリス人に助けられる。彼がこの体験を『倫敦被難記』として発表するや一躍有名になる。孫文はこの後、一九〇五年に東京で中国同盟会を設立、最終的には一九一一年一〇月一〇日の辛亥革命によって清朝政府を倒して革命が成功し、新中国・中華民国の設立にいたった。そこで台湾の教科書は、孫文は中華民国という国を造った父「国父」であると書いているのである。


もちろん、このなかには歴史的事実もあればウソも含まれている。日本との関わりは東京で中国同盟会を設立した程度に抑えられ、中国でも似たような記述となっている。


ところが、孫文に対する日本の関与は政府筋や頭山満などの民間人を含め、大きな比重を占めていた。しかし、台湾では孫文と日本との関わりは完全に伏せられていて、私も日本に来て初めて知った次第である。その幅広い交友関係や、中国同盟会そのものが日本人の全面的な支援の下に設立し、宮崎滔天など日本人もメンバーだったことなど、あるいは神戸における「大アジア主義」と題した講演のことなど、みな初めて知ることばかりだった。


台湾で「国父」と崇められている孫文は、今でもすべての学校の教室にその肖像画が掲げられていて、学生は授業が始まる前に必ずこの肖像画に一礼しなければならない。また、政府関係の建物にも必ずその肖像画が掲げられている。陳水扁氏が二度目の総統に就任したその式典では、会場正面に掲げられた中華民国旗(青天白日満地紅旗)の上にも大きな孫文の肖像画が貼り付けて掲げられていた。


ところが、実は台湾と孫文との接点はない。厳密に言えば、孫文は一九〇〇年と一九一三年の二度、台湾に立ち寄って宿泊したことがある。しかし、それ以上の関係はない。なぜ孫文が台湾で崇められているのかといえば、それはまさに国民党がその支配を徹底するため、国民党の創始者、中華民国の創始者として、ありとあらゆるところに孫文の肖像画を掲示して権威づけを謀り、神様のように扱ったからにほかならない。中国において毛沢東の肖像画がありとあらゆるところに掲示されたことと同じである。


●日本人が応援した孫文と中国革命


日本には孫文に関する文献がたくさんある。刊行されている文献の内容をすべて信じるわけにはいかないが、関係文献を読んでいくうちに、孫文の実像や辛亥革命の真実が浮かび上がってきた。


一方、日本人の孫文像は、その資料や文献の多さに関係なく「辛亥革命を起こした中国の革命家」として位置づけられている。もちろん、孫文は一外国人でしかなく、日本人がその人物像や辛亥革命に詳しくなくても驚くことではない。しかし、孫文という一外国人に、外国の革命である辛亥革命に、日本人が命を懸けて参加してきたという歴史事実に関して、日本人がまったくといっていいほど無関心だったことには驚かされた。


日本で孫文に関する文献を読めば読むほど、日本人は自らの命を惜しまず、名声も富もなげうって、厚い道義心と日本の国家戦略に立って中国の革命に参加し、孫文を応援してきたという事実が鮮明に見えてくる。しかし、日本にはこの事実を記したたくさんの資料や文献があるにもかかわらず、ほとんどの人は無視するか、無関心なのである。あるいは、参加した日本人に対する評価は低いのである。


孫文は日本に住み、それなりに有名だったようだ。孫文は広州蜂起に失敗し、清国が下関条約で台湾を日本に割譲した一八九五(明治二八)年に初めて日本へ立ち寄る。その後、亡命生活を含めて十数回も来日しており、その滞在は十数年にも及び、生涯のほぼ三分の一を日本で過ごしたことになる。


この孫文に資金を援助し、いろいろ影響力のある人物を紹介し、辛亥革命を支援した宮崎滔天、あるいは、孫文とともに恵州蜂起に身を投じるも捕まって処刑された山田良政、その弟の純三郎。それ以外にも、玄洋社の頭山満、黒龍会の内田良平、それに連なる萱野長知、のちに首相となる犬養毅、大隈重信、そして最初から最後まで資金援助を惜しまなかった映画草創期に活躍した実業家の梅屋庄吉など、孫文と交友した日本人は少なくない。一説には三〇〇人ともいわれている。






投稿文字数に制限がありますので、二分割いたします。

続く・・・・


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台湾人医師の直言  林 建良 著



日本よ、こんな中国とつきあえるか?(八)日本人は 中国のペットになりたいのか?
より続きます。



第2章 台湾から見た日本および日本人

    争いを避けたがる日本人に平和は守れない


2.台湾で教えられた正反対の日本像



●反日的学校教育と親日的家庭教育

ところで、台湾人の戦前世代と戦後世代の日本を見る目は違っている。


戦前世代の台湾人である「日本語世代」は日本統治時代をよく知っていて、実際、日本人として教育された世代だ。その代表的な人物が李登輝前総統である。彼らは日本に文化的な郷愁を抱いている世代で、日本文化にノスタルジアを感じている「文化的日本人」と称してもいい存在である。


ところが、戦後世代のわれわれ台湾人、とくに四〇代から六〇代は、蒋介石政権による反日教育のせいで日本に対するイメージは決してよくない。しかし、家庭では親はいたって親日的なのである。つまり、反日的学校教育と親日的家庭教育により、日本観が混乱している世代といえる。


私個人は、一九八七(昭和六二)年四月一日、二八歳のとき初めて日本に来た。桜が満開のころで、羽田空港を出たとき、なんと美しい国だろうと感動した。それが日本の第一印象だった。また翌日、新宿の高層ビル街で、着物姿の美しい日本人女性が歩いているのを見て、現代と伝統の調和に感動した。それ以来、私は台湾の教育で教えられてきた邪悪な民族が果たしてこのような美しい文化を持つことができるのだろうか、と反日教育に疑問を抱くようになった。それと同時に、自分の親がいつまで経っても日本を懐かしんでいる気持ちがわかったような気がしたのである。


●現実と理想を混同する日本人


私が来日したとき、日本はバブル経済の真っただ中にあった。そのせいだったのかもしれないが、アジア系の学生に対する日本の傲慢な一面もたっぷり味わった。


留学生はまず部屋探しから日本の生活がはじまるが、私は三〇軒以上の不動産屋を回った。足が棒になった。私が外国人であるとわかると断わられつづけたからだ。日本はアジア系の外国人には差別意識と優越感を持っている、というのが当時の偽らざる心境である。しかし、その後の経験で、これは単に外国人や外国文化に対する知識のなさに起因する拒絶反応だったことがわかった。


それから私は研究生活に入り、医学活動にいそしみ、たくさんの日本人の友人ができた。また、その過程で日本文化や日本人の考えを観察してきたつもりである。そこで理解したのは、戦前世代も戦後世代も、どちらの日本人像も間違っているということだった。戦前世代には日本統治時代の懐かしい記憶というフィルターがかかり、戦後世代には反日教育というフィルターがかかっているからだ。


もう一つ驚かされたのは、日本では大人がマンガを読むことだった。最初は新宿に住んでいたので、本郷の東大まで丸ノ内線で通っていた。通勤電車のなかでコミック誌を読んでいるサラリーマンが実に多いことに驚かされた。マンガの主人公の多くは、正義感にあふれ、冒険心に富み、勇敢にも権力と戦う人物であった。私はあまり熱心な読者ではなかったが、たとえば『課長島耕作』の主人公はそのような人間的魅力あふれる人物に描かれていたように覚えている。


このように日本人は、正義感にあふれ、冒険心に富み、勇敢にも権力と戦う人物を虚像の世界に求め、現実の世界では「友好」を最高の価値としていた。これは私から見れば滑稽としか言いようがなかった。日本人はやはり、ライオンとシマウマが仲良く暮らせるような社会を求めているような気がする。そうすると、日本全体がディズニーランドのようになっていく。これは、現実と理想を混同しているからだが、以前はモラトリアム、今はニートと呼ばれる若者が多く発生しているのも、これと無関係ではないようだ。


●台湾で教わった日本人像は間違いだった


われわれ戦後世代の台湾人は学校で、非常に残酷で、狡猾、狭量というような日本人像を学んだ。「狡猾・狭量」に関して言えば、日本人は世界中あちこち進出して工場を建てているが、技術の核心的な部分は絶対に教えないで隠すと教えられた。


しかし、日本に来てこのような日本人像が誤っていることにすぐに気がつき、学校で教えられた日本人像とまったく正反対であることに思い至った。


たとえば、最近でも、台湾版新幹線の開通が遅れている問題で、台湾の交通部(国土交通省に相当)の高官が、遅延の原因は日本側が技術を教えないからだと非難していたが、これも台湾の学校教育の影響が強いように思われる。聞くところによれば、決して日本側だけに原因があるわけではなく、逆に技術供与を受けていた台湾高鉄側の対応のつたなさに原因があるようだ。


日本人は核心を教えないどころか、私が会ったほぼすべての日本人は教え魔だった。道案内から学問に関してまで、手取り足取り、細かいところまで教えてくれた。


私が研究していた分野は非常に競争が激しかったにもかかわらず、同じグループの先輩に聞いても、別のグループの先輩に聞いても、同じように、しかも詳しく教えてくれた。それも、私がまだ理解していないのではないかと心配して見に来てくれたこともあったほどである。まるで私が競争相手であることを忘れたかのように親切に教えてくれた。


日本人は、相手に学ぶ意欲と能力があるとわかれば、競争相手であっても、ほぼ例外なく熱心に教えてくれた。日本人は狭量であるどころか、きわめて寛大だった。聞いてくれるだけで自分の価値は認められているという満足感も手伝ってか、目一杯、自分の知っていることを相手に教えるのである。


なにもこれは学問の世界に限らなかった。生活の面においても、アパートの隣の奥さんに聞けば、細かく何でも教えてくれた。一を聞けば十を教えてくれた。下宿の大家さんも同じだった。日本人は、相手に学ぶ意欲さえあれば誰でも教えようとすることを、私は体験から学び、台湾で教わったことはウソだったとはっきりわかったのである。


●争いを避けたがる日本人


台湾の学校では、日本人が残酷で残忍であるとも教えられてきた。台湾のビデオショップで借りたヤクザ映画を見て、指を詰めるシーンや喧嘩の場面が出てくると、日本人はやはり残忍なのだと自分なりに納得していた。


しかし、先ほど述べたように、日本に来て二日目に新宿で現代と伝統の調和の美しさに感動し、その美しい文化に気づいたとき、残酷な国民性からはこのような美しい国は生まれないのではないかと思いはじめた。


日本滞在二〇年目に入った台湾人の私には、これほど自然を愛し、生命を愛する民族は日本人以外、世の中にいないのではないかと思うほどだ。


たとえば、私は実験材料としてしばしばマウスやラットを使うことがあった。ときには殺したりしなければならないこともある。その最初のときに先生から教わったのは、いかに苦しまずにラットやマウスを処置するかということだった。また日本では、年に一回、必ず実験動物の慰霊祭を営むが、台湾の大学ではやらないことだった。私は、日本人の命に対する畏敬の念がこのような実験動物までにも及んでいることを知って感銘を受けた。


日本人は木や花をはじめとした自然をこよなく愛している。このような日本人が残酷な民族性を持っているとは考えにくかった。あらゆるところに神が宿っていると素朴に信じている日本人が残酷であるとは、とても思えないのである。実際、日本で生活していると、日本人は涙もろくて、純情で、悪口をできるだけ慎み、人のよいところを評価する傾向が強いことを実感することが多々あった。


日本人は、会った瞬間から、私は友好的ですよ、私は無害ですよと、一所懸命に善意を示そうとする。それゆえ、日本人が「平和」と「友好」を最高の価値としてきたのか、なんとなくわかるのである。おそらく、相手と争いを避けたい一心なのだろう。和を重んじることが日本の大事な文化である。


しかし、現実の社会では、正義感や冒険心、あるいは国を守る勇気を失ったところでの平和や友好であれば、それはペットの平和であり、奴隷の平和でしかない。残念ながら、私の目にはこのことに気づいている日本人はまだまだ少ないように見えるのである。



筆者も日本は世界一の国であると思います。
和を尊び、義を重んじ、惻隠の情を持つ、素晴らしい民族です。
しかし、国家間においては、民族性のもつ素晴らしさは却って仇となっています。
シナ、朝鮮半島の国々との問題はその証しです。

最後の一節、「国を守る勇気を失ったところでの平和や友好であれば、それはペットの平和であり、奴隷の平和でしかない。残念ながら、私の目にはこのことに気づいている日本人はまだまだ少ないように見えるのである。」

他国の方々にはそれが一目瞭然と見えるのです。

続く・・・・



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台湾人医師の直言  林 建良 著




第2章 台湾から見た日本および日本人

    争いを避けたがる日本人に平和は守れない


1.日本人は中国のペットになりたいのか?


●ライオンとシマウマが抱き合うコマーシャルを見て感動?

二〇〇五(平成一七)年八月ころから、あるテレビコマーシャルが放映された。確かパチンコメーカーの広告だったと思うが、まさにアフリカの大地に夕日が沈んでいこうとするとき、今まで食うか食われるかという立場にあったライオンとシマウマが、友情を確かめ合いながら抱き合っているシーンが登場し、BGMにはエディット・ピアフの「愛の賛歌」が流れ、二頭のまわりを象やダチョウ、アフリカ人が涙を流しながら取り囲んでいるというコマーシャルだ。


想像力を駆使しながらこのようなシーン作るのがコマーシャルかもしれないし、背景のシーンも美しく、作品としてはなかなかいい線をいっているのではないかと思った。多くの日本人がこのコマーシャルを見て感動したということで話題になった。今まで敵対関係にあったライオンとシマウマが恩讐を超えて友だちになったことに感動したのだという。


もしそれが本当であれば、まさに滑稽としか言いようがない。なぜなら、ライオンとシマウマがこれから長く平和共存していくなら、ライオンの結末は想像するまでもない。飢えて死ぬ以外にない。ライオンとシマウマが抱き合って友だちになるなどということはあり得ないように神様は作っている。ライオンが草食動物にならない限り、この平和共存はあり得ないのである。


もちろん、コマーシャルだから荒唐無稽であってもいいのだが、このようなコマーシャルが発想され、それを見て感動した日本人が少なくないと知り、ここにまさに戦後の日本人の国民性が現れているのではないかと思わされた。


戦後の日本は「平和」と「友好」を最高の価値としてきていて、たとえ宿敵であっても天敵であっても、平和でなければいけない、友好でなければいけないと考えているようで、このコマーシャルへの反応が戦後日本の歪んだ思想や精神を反映していると思われたのである。


日本人の中国に対する考え方は、まさに「平和」と「友好」が原則となっている。それは、台湾人の私からすれば、このコマーシャルと同様、まさに滑稽としか言いようがない。


●日本人はペットになりたいのか?


二〇〇五年一二月八日、民主党の前原誠司代表(当時)はワシントンの戦略国際問題研究所で講演し、中国の軍備増強は日本にとっても脅威だと述べた。その後、一二月一二日に北京で講演したときも、講演後の質問に「(中国軍の)能力が飛躍的に向上していることに、私は率直に脅威を感じている」と答えた。その結果、予定されていた胡錦濤国家主席との会談がキャンセルされた。その中国の動きに合わせたかのように、身内である民主党内部から前原批判が浴びせられた。


中国の軍備増強が脅威であると言及すること自体が日中友好を損なうことであって、言ってはいけないという調子で、中国も民主党も前原氏を攻撃した。前原氏は中国の軍備増強の脅威を指摘しただけであったが、まるで傷口に塩でもすり込まれたかのような大袈裟な反応だった。


テレビコマーシャルへの反応と、この前原氏への反応を合わせて考えてみると、どれほど強大な相手でも、たとえ自分を呑みこもうとしている相手であっても友好でなければならない、仲良くしなければならないという理屈になる。これだと、警察は強盗とも仲良くしなければならないという理屈も成り立つ。ここには正義も大義も道徳もない。最高の価値は「友好」だけということになる。


国を守ろうとする人間が評価されず、評価されないどころか、厳しく批判される今の日本では、体を張ってでも国を守ろうとする考えを持つ者は「右翼」のレッテルを貼られる。逆に、日本を弱体化させようと考えている者は評価され、良心的だとされている。


一台湾人から見れば、日本人はペットになりたいと思っているのではないかと、疑わざるを得ない。ペットは、安全に暮らせて食うに困らず、ご主人様に喜んでもらうことを最高の価値としているからである。


●日本の国防力を低下させている最大の要因とは


現実に、少なくない日本人が「今の日本の平和があるのは、平和憲法によって守られているからだ」という錯覚をしている。しかし、これはまったくナンセンスなことで、日本の平和は日米安全保障条約によって守られているのである。アメリカの軍事力、軍隊、そして核兵器によって守られているのが実相だ。しかし、本当に日本を守っている力に対して、マスコミは歓迎していないようだ。在日米軍の存在に対して、日本のマスコミはきわめて冷たい。冷たいどころか、敵愾心さえ抱いているように私には見える。


最近、在日米軍の再編成、トランスフォメーションの一環として、ワシントン州にある陸軍第1軍団司令部を、神奈川県の座間と相模原にまたがる米軍基地の「キャンプ座間」に移転する計画がある。二〇〇六年二月中旬、この計画の中間発表が伝えられると、市民派といわれる人々は早速、「キャンプ座間」を取り囲んで、「侵略戦争の司令部なんていらない! 米第1軍団の座間移転反対!」というスローガンを掲げてデモをおこなった。マスコミはこのデモを大々的に報道して、司令部移転に反対する彼らこそ良心的日本人であるかのように取り上げるのである。


自衛隊についても、日本のマスコミの報道には否定的ニュアンスが必ず伴う。ある自衛隊員から「今でも制服を着て町へ出ると、白い眼で見られる。そのとき、ある種のコンプレックスさえ感じてしまう」と、直接聞いたことがある。


命を懸けて国を守ろうとする軍人に対するこのような冷たい視線がどうして生まれるのかというと、国を守ろうとする姿勢と、仲良くしようとする姿勢は相反すると少なくない日本人が考えているからである。


実は、自国の軍事力を軽視し、自国を命懸けで守ろうとする軍人を軽視することが、日本の国防力を低下させている最大の要因だと言って過言ではないのである。


●「無防備地域宣言」という名の奴隷化宣言


日本人の「善意をもって付き合えば、相手も善意でもって応えてくれる」という錯覚の極めつけがある。それが「無防備地域宣言」である。いったいどういう宣言かというと、いざ戦争となった場合、自治体がすぐに手を上げ、抵抗しないという宣言をしようというものである。


それどころか、自国の防衛施設や軍隊、軍人の存在もいっさい排除して、敵の占領に加担しようとする宣言である。


これは、どこからどう考えても、売国行為としか考えられない。もし日本に反乱罪があれば、それで罰してもいい活動である。すでに二〇〇四年三月から関西を中心に、マスコミでは朝日新聞と毎日新聞を中心に推し進めてきた運動で、自治体に「無防備条例」を制定させ、この宣言をさせるための署名運動を展開している。


しかし、これは自分さえ無抵抗であれば命を保障されるという考えを基にしたエゴイスティックな運動であり、また、日本という国家が発動する戦争にはいっさい協力しないが、敵の占領には協力するという反国家運動である。その点では、個を国家から切り離そうとする国家解体運動と言った方が正確かもしれない。


これでは、日本人はペットどころか、奴隷になろうとしているとしか、台湾人の私には考えられないのである。まさに「無防備地域宣言」とは奴隷化宣言の別名でしかない。




病めるわが国を的確に述べておられます。
筆者が付け足す言葉もありません。


続く・・・





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