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日中国交回復関係資料集
わが国は今国難の真っ只中にあります。 わが国と支那との戦後を検証してみたい。 わが国と支那は、19世紀半ば、西洋列強、白人国家の挑戦を受けました。わが国は明治維新を成し遂げ、明治大帝の下、先人の英知の結果、アジアで初めて近代国家の建設という偉業に成功しました。ところが、支那では、清国が列強に半植民地化されました。わが国と清は激突し、わが国が勝利すると、支那は日本の近代化に学びました。支那では、清を倒した中華民国が誕生し、その後、わが国と中華民国との間では、対立・摩擦が続き、昭和12年7月に支那事変が勃発。わが国の早期解決の努力はむなしく、日支間では泥沼の戦争が続き、わが国は、さらに大東亜戦争に突入しました。
大東亜戦争後、わが国は、連合国軍の占領下に置かれ、「民主化」の美名の下に、日本弱体化の政策が強行された。GHQによって占領憲法が押しつけられ、わが国の国防は制限されました。その憲法が放置されたまま、昭和43年に、わが国は、非核三原則の政策を掲げ、さらに昭和47年には、国防を受動的な防御に徹する専守防衛に限定しました。
一方、戦後、支那では、共産党が勝利し、中华人民共和国が建国された。
共産支那は建国後、朝鮮戦争、インドシナ戦争、大陳諸島解放作戦、金門島砲撃など、繰り返しアメリカから核攻撃の威嚇を受けると、1950年代中半に核を保有する方針を決め、国力を集中して核開発を進めました。昭和39年に最初の核実験に成功し、昭和45年に、日本を射程に収めるIRBMを完成させた。わが国は、この時点から、支那の核ミサイルの射程範囲になっている。
核兵器を保有することによって、中国は国際社会での存在感を強め、昭和46年に、台湾に替わって国連への加盟を果し、安保理の常任理事国となり、拒否権を持つ大国として強い発言力を持つに至ったのです。 戦後日本と共産支那は、まったく対照的な道を進んできた。その結果、わが国は、強大化する支那に併合されるおそれが出てきています。
日中国交回復関係資料集
朝鮮動乱の最中、わが国は、昭和26年9月8日、サンフランシスコ講和条約に調印。この条約に基づき、独立回復後の安全保障のため、日米安全保障条約が締結された。
翌、 昭和27年4月28日、わが国は主権を回復。回復したといっても、憲法によって主権に制約がかけられていたのです。主権の重要要素である国防が制限され、わが国は、米国の軍事的な庇護の下に置かれ、講和条約が発効されると同時に、日米安保体制が開始された。講和条約と安保条約は、セットでした。講和によって独立回復を認めるが、軍事的には保護下に置くという仕組みでした。 この時発効したのが、旧安保条約で、旧安保は、日本は米軍に駐留権を与えるが、駐留軍は日本防衛の義務を負わないという片務的な内容だった。内乱条項といわれる「大規模の内乱及び騒擾を鎮圧」する役割をも米軍が担っていた。実際は、戦勝国の軍事占領の継続を認める不平等条約でした。 主権は回復しましたが、日本人は、憲法改正を成し遂げられませんでした。これは、他国から妨害、指導があったからではなく、実は、連合国の極東委員会は、新憲法が昭和21年11月に公布された後、2年以内に再検討すべしと決めていた。占領基本法のような一時的な性格のものだったからです。マッカーサーも、憲法の押付けは理不尽であることを十分理解し、そこで、彼は極東委員会の決定を受けて、吉田茂首相に、憲法施行後1〜2年の間に改正が必要であるなら、国民の判断に委ねるべきことを伝えたのです。しかし、吉田首相は、これを無視し、この吉田の憲法放置・国防依存の方針が、わが国のあり方を束縛することになったのです。 主権回復後の日本では、国論は分裂し、国民的な団結は生まれず、左翼勢力が成長増大し、彼らは、日本国憲法は自己の活動に有利と判断し、そして、その下で社会主義・共産主義を目指す革命運動を展開し、護憲を唱えてきたのです。 この間、共産支那は、核開発を行い、米国を脅かす核大国に成長。わが国は対照的に、対米依存を深め、非核三原則を掲げ、受動的な防御に徹する専守防衛を国防の方針としました。その結果、現在では、わが国と共産支那との戦力の差は、途方もなく広がっているのが実情です。 近年の中国の高圧的な外交姿勢・内政干渉は、軍事的優位の表われです。わが国は、中国に土下座外交を続け、それのみならず北朝鮮、韓国に対しても、屈辱的な弱腰外交を続けてきたのは、国防の欠陥に最大の原因があるからです。 わが国は、独立回復後、最初から対米全面依存・専守防衛・非核三原則の方針を取っていたわけではない。憲法の制約はあったものの、昭和30年代までは、国家指導者が国防に対して、もっと自主的かつ現実的な考えを示していた。 昭和31年2月29日、鳩山一郎首相は、衆院内閣委員会で防衛問題について答弁。当日鳩山は公務で委員会を欠席、船田中(ふなだ・なか)防衛庁長官が首相答弁の要旨を代読しました。内容は、以下のとおり。 「わが国に対して急迫不正の侵害が行われ、その侵害の手段としてわが国土に対し、誘導弾等による攻撃が行われた場合、座して滅亡を待つべしというのが憲法の趣旨とするところだというふうには、どうしても考えられないと思うのです。そういう攻撃を防ぐのに万やむをえない必要最小限度の措置を取ること、たとえば誘導弾等による攻撃を防御するのに、他に手段がないと認められる限り、誘導弾等の基地をたたくことは、法理的には自衛の範囲に含まれ、可能であるというべきものと思います」 当時、米国のほかに核兵器を持っていたのは、日本周辺ではソ連だけでした。鳩山は、ソ連を想定し、場合によって、ソ連の核ミサイル基地を攻撃することは、憲法上可能だという見解を、鳩山は明らかにしたのです。主権回復後、数年のうちの日本の政治家は、こういう気概を持っていたのです。 核兵器についても、非核三原則が提唱される前には、わが国の政治家はそのような硬直した政策を掲げていませんでした。昭和32年2月に首相となった岸信介は、35年3月7日参議院予算委員会にて、次のように答弁しています。 「自衛権を裏づけるに必要最小限度の実力という問題の内容は、これは、言うまでもなく、科学兵器の発達等によりまして、大砲が何門だとか、あるいは小銃がどうだとか、というふうに限るわけには私はいかぬと思います。発達につれて必要な実力というものを持つことは許しておる、こう解釈すべきものだと思う。従って、その意味においていやしくも核兵器という名がついたから全部いかないのだという憲法解釈は、これは憲法の解釈としては、われわれはとらないところだということを申しておる。 しかしながら、いわゆる、現在ありますところの核兵器の大部分というものは、主たるものが相手方の攻撃の内容を持っており、そういうものを主たる内容としておるような実力を持ち得ないことは、自衛力という立場から、本来の解釈から、私は当然だと思います」と。 岸は、必要最小限度の実力は、科学兵器の発達によって変わってくる。だから、核兵器と言えば、憲法上全く駄目という解釈は取らないと。岸発言は、憲法解釈上、将来における核兵器の保有を留保したものといえ、攻撃的ではなく防御的な核兵器が開発された場合には、保有は可能という含意があったのでした。 鳩山首相にしろ岸首相にしても、終戦後10数年の間は、独立主権国家たるべき国防思想を、日本の政治家は持っていました。憲法を改正して、主権を完全に回復するために努力していたのです。 昭和35年、池田隼人が首相になると、憲法改正は棚上げされ、経済官僚出身らしく、所得倍増政策を打ち出した。これが高度経済成長の皮切りとなりました。 前述しましたが、支那共産は、国民生活を省みずに核開発を続け、最初の核実験が行われました昭和39年10月。ソ連に続いて、支那が核を持つに至ったことは、わが国の国防を根本的に見直すべき出来事でした。しかし、支那の核が、どれほど潜在的な成長力を持っているか、ほとんど意識されなかったのが実情です。 専守防衛という政策は、よほど国防をしっかりしないと、国を危うくする。相手が攻めてくるのを防ぐのみでは、相手はこちらが防ぎきれなくなるまで攻め続けるでしょう。よほど守備がしっかりしていないと、執拗な攻撃を防ぎきれません。 専守防衛という絵に描いた餅を追求するならば、国民の国防意識を高め、共同防衛の義務を徹底し、防備と訓練を怠らないようにしなければ不可能です。拙稿、永世中立国・スイスに学ぶ平和国家のあり方 でも述べていますが、筆者は、永世中立国スイスに学ぶべきものが、非常に多いと考えます。わが国は、スイスに比べ、国民の国防意識が著しく低く、防衛の装備も訓練もされていません。非常事態のマニュアルもなく、核シェルターも普及されていません。受身一方の専守防衛政策を取りながら、国民をこのような状態に置いてきた政治家の怠慢は、許しがたい。しかし、これもまた、そうした政治家を選び、国政をゆだねてきた国民の責任でもあるのです。 政治に無関心は、何れわが身に返ってきます。 たった今、支那・北朝鮮が日本に向けて核ミサイルを発射したら、わずかな時間で日本のどこかに着弾します。わが国は必ず被害がでます。核でなく、生物化学兵器を搭載する可能性もあり、わが国には、有効な抑止力がありません。 いずれにせよ、現状では、ミサイルが発射される前に、敵のミサイル基地を攻撃する以外に、日本を守る方法はない。ところが、わが国の航空自衛隊の戦闘機は、航続距離が不足しており、ミサイル基地を攻撃できる兵器も、巡航ミサイルもありません。海上自衛隊もまた敵地を攻撃できる巡航ミサイルがなく、洋上を機動的に動いて艦載機を飛ばせる小型空母もありません。 慌てて九条を破棄しても、戦力を整備しなければ意味がなく、整備には、総合的な計画が要る。予算が要る。何より、時間がかかる。平成19年1月から防衛庁が防衛省に昇格するなど、国防の重要性が徐々に認識されつつあるが、対支那防衛に即応できるだけの予算は、組まれていない。 支那を相手に想定した場合、彼我の差は非常に大きい。支那は核大国です。移動式・多弾頭の精密誘導弾道ミサイルを多数配備し、潜水艦から撃つ核弾頭ミサイルも保持しています。今後、通常兵器をいくら整備したとしても、それのみで支那の侵攻を抑止することはほとんど不可能です。支那は、台湾侵攻または尖閣諸島略取の際、日本を核攻撃するぞ、と必ず恫喝するでしょう。現状では、その対応は、米国に依存するしかありませんが、米国が、必ず日本を守るという保証はありません。 対米依存・専守・非核では、わが国の将来は、まことに危ういと言わねばならない。
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政治
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大東亜戦争終戦後、「交戦権を放棄」をし、「占領憲法」を持つ我が国にとって、永世中立国・スイスは一つの理想のように言われます。事実、スイスは、戦乱の多いヨーロッパで160年以上もの間、平和を保持しています。そのスイスにおける国のあり方に、わが国が学ぶことは多いのではないでしょうか?。
平和愛好国・スイスは、皆さんご存知のように国民皆兵であることで知られています。国防は、国民の義務となっています。老若男女すべて、侵略や災害などに対し、不断の備えを怠りません。平時から有事に備えて2年分位の食糧・燃料等の必要物資を備蓄し、国民の95%を収容できる核シェルターを作り、国土を要塞化し、常に体制を整えているのが、スイスなのです。同じように「平和を愛好する」といっても、わが国とは、基本的な考え方に大きな相違があります。
スイス政府が、全国の家庭に1冊づつ配布している『民間防衛』という本があります。戦争のみならず自然災害などあらゆる有事に備えるためのサバイバル教本です。日本語版が原書房から出ており、わが国でもベストセラーとなりました。
この本では、戦争について、核兵器、毒ガス、細菌兵器が使用された場合、占領下のレジスタンスの場合など、さまざまな状況を想定し、国民は何をなすべきかを具体的に説き、示しています。また、現代は「全面戦争」の時代ととらえ、国防は軍事的防衛だけでなく、政治的防衛、経済的防衛など「全面防衛」が必要だと説いています。
注目したいのは、「心理的防衛」がいかに重要かが、強調されていることです。筆者は、わが国の国防を考える際、この点が今日最も重要と考えます。
スイス政府による『民間防衛』の序文には、次のように示されています。
「…戦争は武器だけで行われるものではなくなりました。戦争は心理的なものになりました。作戦実施のずっと以前から行われる陰険で周到な宣伝は、国民の抵抗意志をくじくことができます。精神ー心がくじけたときに、腕力があったとて何の役に立つでしょうか…」
同書は「心理的な国土防衛」という項目でも、繰り返し次のように示されています。
「軍事作戦を開始するずっと前の平和な時代から、敵は、あらゆる手段を使ってわれわれの抵抗力を弱める努力をするであろう。敵の使う手段としては、陰険巧妙な宣伝でわれわれの心の中に疑惑を植え付ける、われわれの分裂を図る、彼等のイデオロギーでわれわれの心をとらえようとする、などがある…」
『民間防衛』は端的に、「国防とはまず精神の問題である」と示しています。自ら国を守ろうという気概が、国防の根本です。そしてその気概のあるところ、外国のさまざまな働きかけに対する「心理的防衛」が必要とされます。
しかし、我が国では、戦後、「占領憲法」と日米安保の下で、自ら国を守るという気概が薄れ、「心理的防衛」という意識が低下しています。徴兵が無くなり、政府も国民も、国防という観点から外国の宣伝に防備・対抗するという意識を、忘れてしまったかのようです。結果、今日では外交・報道・教育などあらゆる面で、外国の対日宣伝に対し、ほとんど無防備に近い状態となっています。
占領憲法の前文には、「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」とあります。しかし、現実には、国際社会で紛争や侵略が繰り返されています。最近繰り返されるシナの反日デモ、筆者がこの記事を書いているこの瞬間にもシナの1000隻の漁船団が尖閣を目指しています。そして、我が国の周辺には、我が国に不信と敵意を表す南北朝鮮、火事場泥棒ロシアも存在しています。我が国に照準を合わせたミサイルが配備されています。
『民間防衛』が教えるように、侵略国はある日突然、侵攻してくるのではありません。武力による直接侵略を行う前に、その攻撃を容易にまた効果的に行うため、長期的に、宣伝・諜報や反政府勢力の育成などを行っているのです。日中友好、日韓友好の美名に踊らされ、靖国問題、歴史教科書問題など、様々な内政干渉を受け、わが国、わが国民の反応を見ているのです。筆者はまず「心理的防衛」の意識を回復することが重要であると、考えるのです。言い換えると、精神の防衛です。
スイスの『民間防衛』は「外国の宣伝の力」という項目で次のように示しています。
「国民をして戦うことをあきらめさせれば、その抵抗を打ち破ることができる。…敗北主義ーーそれは猫なで声で最も崇高な感情に訴える。−−諸民族の間の協力、世界平和への献身、愛のある秩序の確立、相互扶助ーー戦争、破壊、殺戮の恐怖…。そしてその結論は、時代遅れの軍事防衛は放棄しよう、ということになる。新聞は、崇高な人道的感情によって勇気付けられた記事を書き立てる。学校は、諸民族との間の友情の重んずべきことを教える。…この宣伝は、最も尊ぶべき心の動きをも利用して、最も陰険な意図のために役立たせる」
宣伝は、相手国の国民に、自信や誇りを失わせ、その国民であることを自ら嫌悪するまでにすれば、抵抗意志をくじき、失わせてしまうことができるのです。近年、特亜三国が力を入れているのが、日本の歴史を断罪する教育内容と、「戦争の謝罪と賠償」の要求などだと見ることができるでしょう。この活動は今や、国際的な反日運動にまで拡大しています。
これらは単なる「謝罪と賠償」の人道問題ではなく、また単なる外交と経済のゲームにも非ず。総合的な安全保障という観点から、とらえてみることも必要でしょう。つまり、軍事的侵略の前段としての間接侵略、心理戦の一環としてとらえてみる見方です。
それでは日本人は、どのように「心理的防衛」、精神の防衛を行うべきでしょうか。『民間防衛』は次のように示しています。
「国民の義務とは、武器を用いることが第一なのではなく、まずその精神が問題である。外敵から国を守るため、および国内の秩序を保つため、岩のように固い意志を持つ必要があり、その意志が強固であるときのみ、われわれは持ちこたえることができるのである」と。
堅固な意志を持つとき、平時における「心理的防衛」は真に有効なものとなるのでしょう。それではそうした強い意志は、何によって可能となるのでしょうか。
『民間防衛』は、自国のスイス国民に問いかけています。
「われわれは生き抜くことを望むのかどうか。われわれの財産の基本たる自由と独立を守ることを望むのかどうか」と・・・
「生き抜くことを望むのかどうか」という問いは、重要です。たとえ、核兵器や毒ガスなどが使用された場合、首都や政府の機能が麻痺した場合、外国軍に占領される結果となった場合など、どのような状況となっても、どこまでも生き抜こうという意志。それが、全国民に求められています。
さて、「何を守るのか」という問いです。スイスでは、それは「自由と独立」とされています。これが国民の末端にまで、徹底されています。スイス国民は、命をかけて、「自由と独立」を護るのです。そのために老若男女みな、日々、国防の備えを怠らないのです。
では、私たち日本人は、「何を」守ると言うべきでしょうか。自分の生命でしょうか? 現在の生活でしょうか? 民主主義でしょうか? 主権と独立? 国益? 国柄?……日本国民は、皆で何を守るのか、そのコンセンスさえ皆無なのです。
日本国民は、何を護るべきなのか。「守る対象」を明確にしたうえで、それをいかに護るのか、が問われます。筆者は最も護るべきものとは、日本人が保ち続けてきた精神的価値であると考えます。言い換えると、「日本の心」なのです。
陽明学者で現在の元号である、「平成」を考案されたと言われる安岡 正篤(やすおか まさひろ)氏は次のように述べています。
【 民族の第−義は精神である 】 筆者は国難である現在、日本人が日本人の精神に立返ることを願ってやまないのです。国の存続の為にも・・・
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国のかたちを決める民主党代表選・自民党総裁選の概ねの顔ぶれが出揃いました。
沈みゆく民主党の代表選など論外ですが、自民党総裁選は麻生元首相、高村元外相が派閥として、安倍氏支持を明確にしました。
平成18年9月、安倍晋三元首相は、「活力とチャンスと優しさに満ちあふれ、自律の精神を大事にする、世界に開かれた、『美しい国、日本』」を目指すと所信を述べた。首相は、その「美しい国」の姿の第一に、「文化、伝統、自然、歴史を大切にする国」を、日本のよき伝統を取戻すことを目指されました。
しかし、反日勢力・反日マスコミによるネガキャンによって志半ばにして、体を壊され、首相の座を去られました。
短期間の首相在任期間ではありましたが、国家の根幹を為す「教育改革」や重要な法案を成立させるなどされましたが、功績は評価されていません。
かつて日本人は、外国人から、正直、勤勉、誠実、信義・約束を守る、親切、清潔、礼儀正しさ等、その道徳性の高さを賞賛されました。こうした特徴は、日本人の美徳ということができましょう。しかし、現代の日本人は、その美徳を失いつつある。
「美しい国・日本」は、国民が、かつて日本人が持っていた徳を取り戻し、徳を身につけてこそ実現できるものでしょう。 徳とは、「善い行いをする性格、身についた品性、人を感化する人格の力」をいい、さらに「美しい徳、ほめるべき立派な徳」を、美徳という。(『広辞苑』より)
徳は、道と対になっている概念である。シナの儒教の五経の一つである『礼記(らいき)』に、「徳は得なり、身に得るなり」とあります。すなわち、徳とは、何かを行うことにとって得られるものである。何かとは、道である。道を踏み行なうことによって、身につくものが徳である。それゆえ、道と徳は対のものとして説かれてきた。 日本人の美徳は、何が源になっていたのか。今日の私たちは、どうすればその美徳を取り戻すことが出来るのか。 反日勢力は、「美しい国・日本」を否定しました。かっての素晴らしい日本人が復活しては困るのでしょう。
安倍氏は、死(し)して後(のち)已(や)・む の決意を胸に総裁選に立たれました。
死して後已む とは、死ぬまで努力しつづけることを意味します。
筆者は安倍氏の再登板を願ってやまないのです。御国の為に・・・
また日本人は、日本人が古来踏み行ってきた道を思い起こし、日本人の徳の由来・内容を知り、先祖・先人の美徳に学ぶことが必要ではないでしょうか?
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昨今の政治家・国民はよく「国益」を口にします。 国益を考えない国家・国民は、衰退する。戦後日本人は、大東亜戦争後、日本弱体化政策の結果、国家観念を喪失し、国益を考えない人が増えています。国益を考えない国家・国民は、衰退する。
では、国益とは何か。「国家の利益」であり、「国民の利益」である。ここにおける国家及び国民とはいかなるものでしょうか?。 国家と国民について以上のように考えるとき、「国益」とは、共同体としての国家の利益であり、そこに所属する国民の利益であることが明らかになるのです。前述していますが、国民が国益を考えない国家は衰退していくのです。
国家は、一つの共同体として意思決定をしなければなりません。そのために必要なのが政府です。政府は、この共同体が占有する領土や、帰属する国民を統治するための機構を言います。それが、政府としての国家です。 政府は指導者と、その指導者を支え、意思決定したこと(政策)を実行する組織によって構成され、国民には多数の構成員が存在します。理想的には、その構成員の意思が一致していることが望ましいが、現実には、さまざまな意見や利害の相違がある。それゆえ、指導者は、国民の多数にとって利益にかなうように、意思を決定また実行しなければならない。指導者は、国家と国民の利益を常に考えて、政治を行わねばならないのです。
主権という概念は「最高の力」という概念を核とし、自己の意思を自由意志に基づいて決定し、その意思を心理的・物理的に強制することのできる、国内的・対外的に最高の「力」である。このような「力」の裏づけのないものを、主権というのは、概念の自己矛盾になるのです。
また、力の担保なしには、国内的にも対外的にも、国益は追及できず、法という言葉による取り決めは、力の裏づけを要し、外交という言葉のやり取りも、力の裏づけを要します。いざというときには、力で意思を強制できるという担保を持ちつつ、いかに対話によって、相互の意思の合成を行うかが、政治であり外交です。また、その「力」の担い手は、ほかの誰でもなく、国民自身であり、それが近代国民国家の基本原理であるのです。この原理を実現していない国は、主権を持たないか制限されている国家であり、事実上の属国と言うのです。 わが国は、占領憲法に国防の義務、国家忠誠の義務を定めていないことにより、近代国民国家に不可欠の「力」の裏づけに欠陥を持ち、その結果、竹島、北方領土などに見る、対外的な国益(領土・歴史・慰霊等)を守ることができないのです。 互いの利益の折り合うところ、共存共栄を追及することが必要になる。場合によっては、国際社会全体または人類全体の利益を追求する中で、自国の利益を追求する必要が出てくる。その場合も、まず自国が存立することが先決である。そのうえでの国際協調となる。この価値基準が逆になった国家は、衰退していくのです。 国家は、政治的・文化的・歴史的な共同体です。わが国に比べ、世界には多言語、多人種、多文化、多宗教等の国が多く、国家の構成は一様ではない。そうした多様な要素を持つ国民を、一つの国民へと形成するのは、国民の意識である。 その共同体に所属する人々が、「われわれは日本人である、日本国民である」という意識を持つことによって、国家は形成・存続され、国民意識があって、国家という共同体は成り立つのです。国民的なアイデンティティが、国家を成り立たせているのである。 国民意識を生み出す源泉は、一つの集団に帰属し、歴史と文化・運命を共有しているという意識です。その意識の中核を為すのは、歴史の共有です。同じ歴史を生きてきたという記憶と自覚が、国民意識の根幹を為しているのです。すなわち、国の起源、苦難と栄光の歩み、喜びと悲しみの感情。これらをともにしているという意識です。 そして、歴史に基づく国民意識を喚起するものとして、神話または建国の物語、偉人、理想、象徴が必要になる。こういうものをしっかり創造し、国民に共有している国家は強いのです。明治日本がまさに「強い国家」だったのす。 それのできていない国家、それを失った国家は弱い。日韓併合前の大韓帝国がこれにあたるでしょう。また、新たに国民になった者(青少年と移民)に対して、国民的アイデンティティの教育を徹底している国は強く、それの出来ていない国は弱い。前者はまさに米国であり、後者は現代日本と言えましょう。 戦後日本人は、GHQの日本弱体化政策により、国民意識を破壊されました。固有の歴史を否定された。神話(建国の神話・記紀)・英雄(神武天皇)・理想(八紘一宇の精神)・象徴(天皇陛下・日の丸)文化・伝統を奪われ、おとしめられ、教育からも抜き去さられ、神道指令によって君臣の紐帯をも弱めてしまった。代わりに、米国製の歴史観(太平洋戦争史観)が与えられ、アメリカ人の理想(自由・民主・人権)が植え付けられ、その結果、日本人の国民意識は低下させられた。 国民に国民としての意識が低くなると、国益を考える力が低くなる。戦後世代が成長するにしたがって、また特にその世代が組織の意思決定をするようになるに従って、ますます国益を考える力が低下している。 日本人に国益を考える力が低下した要因には、共産主義の影響も大です。マルクス=レーニン主義は、国家(政府)は、階級支配のための暴力装置だとする。近代国家では、政府が国内の武力を独占し、階級支配を行うと考えます。 しかし、文明論的には階級間より民族間の支配のほうが顕著です。征服した民族が支配集団となり、それが支配階級となる事例は、世界の文明史を覆っています。共産主義は、生産力の向上と私有財産制の発達による階級分化という経済的内発的な要因を重視するが、文明論は侵略・政府による軍事的外発的な要因を指摘する。前者を否定するのではなく、単純すぎると言えましょう。 旧ソ連・シナでは革命後、権力を掌中にした共産党が特権をほしいままにし、「新しい貴族階級」となった。また、階級論をもって東欧に勢力を広げ、大国が小国を支配する覇権体制を築いた。 都合の良い下剋上のようなものです。 ソ連・東欧圏の共産党支配体制の崩壊後も、階級論を強調し続けている団体は、共産主義による支配をねらっているのです。階級支配の強調は、国民を思想的に分裂させ、共産主義者が権力を奪取するための手段となっている。国民が思想的に分裂すれば、国民意識は低下する。当然、国益を考える力も低下する。日本国民がそのような状態にあることは、シナや韓国・北朝鮮の反日国家には有利と言えましょう。 国家が確かな意思決定をするためには、国民一人一人が国益を考え、国民全体の幸福を考えて行動しなければならなりません。 日本人がそうなれるかどうかに、皇国の荒廃がかかっているのです。 |


