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小津監督の「麦秋」に出てくる家族の記念写真のひとコマ、戦前の家族は皆こうでした。筆者の子供の頃もわずかながら、残っていました。
日本の家族は多くの危機を抱えています。この危機は、戦後のわが国の歩みの結果です。
戦後日本は、敗戦から経済復興を進め、次に高度経済成長を成し遂げ世界第2位の経済大国になりました。
日本国憲法のもとでの近代化・産業化・都市化の過程を図り、その過程で、多くの国民は個人主義的となり、人々は個人の自由を追い求め、またその一方、国民は経済中心の考え方となり、人々はお金や物を中心とする価値観を持つにいたったのです。
この風潮が家庭の中にも深く浸透しており、家庭においても、家族全体のことより個人個人の自由が、いのちや心よりお金や物が、重んじられ、家族を大切にする価値観が見失われ、家族が家庭外の論理に押しまくられまさに、崩壊寸前なのが平成日本の家族なのです。
この現象は「家族の社会化」と呼ばれ、生産は企業に、教育は学校に、健康は病院に委ねられ、出産や死の見取りも、病院に場所を移し、元来生まれ育った家から出していた葬儀さえも葬儀場に委ねる有様です。
これらの急激な進行により、家庭の空洞化が起こり、家族はしだいにバラバラになりつつあります。それは、家庭のもつ様々な役割が、家庭から産業に奪われていることによります資本家・経済界は、経済の論理によって、これを一層推し進めようとし、女性の社会進出を進め、女性を労働力として活用しようとしています。従来、家庭にあって、育児や養育に専念していた女性を、出産直後から労働させ、生命と愛育の論理から、生産と消費の論理の下に支配しようとしているのです。
生産と消費の論理の推進者には、家族の孤族化、離婚の増加、児童虐待や家族間殺人の多発、家庭の教育力の低下、少子化、高齢化などへの考慮はなく、利潤と効率が目的としているからです。
こうした傾向から家族を守ろうとするのではなく、民主党政権が唱える、夫婦別姓、子供手当など、さらに家族を解体しようという動きが急加速しています。
日本人は、いまこそ家族のあり方を真剣に考えなければならないところに立っており、重大な事態となっているのです。
こうしたわが国の家族解体運動の背後には、歴史的な問題が存在する。それは、敗戦後、米国がわが国を占領した期間に行った日本弱体化政策の影響に起因しています。
かつて家族は日本の固有の文化・伝統・精神の基盤であり、民族的団結、国力の源泉でした。GHQはこの日本の持つ家族的団結を弱めるために、日本の家族制度を破壊しようとしました。家族を含め日本の弱体化のために強行されたのが、GHQ製の憲法の押し付けと民法の改正です。ここにこそ、今日の我が国の家族の危機の根本原因があるのです。
具体的に挙げれば、第24条です。この条項には婚姻に関する規定がある。第1項に「婚姻は、両性の合意のみによって成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない」とある。また第2項に「配偶者の選択、財産権、相続、住居の選定、離婚並びに婚姻及び家族に関するその他の事項に関しては、法律は、個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して、制定されなければならない」と記されている。
このように憲法に婚姻に関する規定が設けられているのは、世界的に見ても異例なのです。男女が恋愛をし、性的に結びつくことには、法律は不要です。私的な事柄であり、国家が介入すべきことではありません。しかし、結婚した男女は、単なる同棲者ではなく、親や家族や親族・友人などの認知を得た関係となります。私的な男女関係が、ここで公認による公の関係となるのである。それは、結婚は夫婦の性的関係を維持する手段ではなく、家族を形成することが目的だからです。結婚とは、社会の基本単位である家族を形成するという公共性のある行為なのです。そこに、結婚を法律に定める必要があるわけです。そして家族の安定のために、婚姻の安定性を求める法律も定められる。だから、憲法に規定する必要があるのは、婚姻よりも家族に関する規定なのです。
しかし、第24条は、個人の尊厳と両性の権利の平等を強調する一方、家族の大切さを規定していません。そこに大きな欠陥があります。条文には、夫婦と並んで家族を構成するもう一本の柱である、親子への言及がありません。これは、生命と文化が、世代から世代へと継承されていくことを軽視し、憲法の全体に、世代間の縦のつながり、民族の歴史が断ち切られていることを表しています。
先進国の中ではイタリア憲法やドイツ基本法などには、家族に関する規定があり、それらの国法には、家族の権利、子供の教育の義務と権利、国家による家族・母性・子供の保護などを規定した例がああります。それらには、家族は特別な社会であるから、特に保護されなければならないという考えが示されているのです。
家族は、生命・種族の維持・繁栄のための基本単位となる社会であるとともに、文化の継承と創造の基礎となる社会でもある。単なる生物的経済的共同体ではなく、文化の継承の主体、文化の創造の主体でもあるのが、家族である。具体的には、生命と文化を親が子供に継承するわけだが、それは単に私的な行為ではなく、社会全体においては、大人が次の世代を生み育て、生命と文化を継承するという公共性をもった行為でもある。それゆえ、家族は生命と文化を継承する場所として、国家によって保護されなくてはならないのである。子供の教育に関しても、親は子供を教育する権利を有し、また子供を教育する義務を負う。それは、自分の子供を通じて、次世代に文化を継承発展させていくという公的な義務なのです。家族というものを通じて、国民は、生命と文化の継承という公的義務を負うのです。
しかし、日本国憲法の規定には家族という概念がなく、婚姻が両性の努力で維持されるべきことしか規定されていません。「両性の合意のみによって成立する」という単純な発想は、日本の伝統とは正反対のものです。家族より個人を重んじる西洋近代個人主義の考えです。しかも、「両性の合意のみ」というのは、ヨーロッパの伝統とも言えず、キリスト教の伝統でもない。日本国憲法が制定された当時、キリスト教では、結婚は神の意思であり祝福であって両性の恣意ではなく、離婚は神の意志に反するものとして厳しい制約があったからです。
一体どこから、家族を無視した両性の合意なる考えが持ち込まれたのでしょうか?
実は、第24条の規定が盛り込まれたのは、GHQ製憲法案の作成メンバーの一人だった米国人女性の考えが大きく影響しているといわれています。彼女は、ベアテ・シロタ・ゴードン。当時22歳でした。シロタと言っても日系人ではありません。彼女は、戦前、5歳から15歳の時まで日本に居住し、アメリカの価値観と異なる日本の男女観、特に見合い結婚に強い嫌悪感を持っており、日本文化への無理解と偏見による彼女の考えが、第24条の条文の起源となったのです。こうしたアメリカ人の一女性の主張で憲法に条文が加えられ、日本という社会の基礎となる婚姻制度・家族制度が変えられていったのです。
しかし、GHQ案の冒頭には「家族は人間社会の基盤」という規定があったのですが、日本側の方で、その規定を削除してしまったのです。日本国憲法が、婚姻を定めながら家族についての規定を全く欠くのは、わが国にも責任があるのです。
本来、憲法には、各世代には世代としての責任があり、健常な大人の男女は、子孫を生み育て、教育を施し、生命と文化の継承に努める義務があると明記すべきであろう。
特に、今日、家庭道徳の低下と離婚率の上昇など、日本の家族は崩壊の危機にある昨今、女性・子供・高齢者を守るためにも、憲法において家族の概念を明確化することが必要です。
投稿文字数に制限がありますので続きは次回に述べさせていただきます。
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【Free Uyghur】世界ウイグル会議 第4回代表大会開会式&懇親会[桜H24/5/15]
世界ウイグル会議 第4回代表大会記念デモ ノーカット ウイグルのラビア議長が尖閣寄付http://sankei.jp.msn.com/images/news/120518/stt12051821080006-n1.jpg 中国政府の弾圧に抗議してシュプレヒコールを上げる「世界ウイグル会議」のラビア・カーディル議長(中央)ら =17日午後、東京都港区 中国から亡命したウイグル人の組織を束ねる「世界ウイグル会議」のラビア・カーディル議長は18日、都内で開かれた「世界ウイグル会議を支援し中 国の覇権と闘うシンポジウム」(大会会長・平沼赳夫たちあがれ日本代表)に出席し、沖縄・尖閣諸島を買い取るための東京都への寄付金として、平沼氏に現金 10万円を手渡した。産経ニュースより引用 ラビア・カーディル議長の御厚情に感謝いたします。 本ブログの5月15日の拙稿「中日関係の妨げになっています」とシナより抗議・... でも記事としましたが、かって我国は道義国家でした。 ウィグル、チベットとシナの侵略に苦しんでいる民族との連携をしてこそ、先人たちの精神を受け継ぐことになるのです。日本を愛さず先人達が築き上げた精神を受け継げない者たちは政治・マスコミから去るべきです。 また日頃、人権、平和、平等、博愛を高らかに叫ぶ市民活動家と言われる、平和主義者諸氏、今活動しなければ諸君の唱える、人権、平和運動は「嘘っぱち・似非」であることになります。 ウィグル、チベット民族との連携を・・ |

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16日、ワシントンでの講演で、東京都の尖閣諸島購入について語る石原慎太郎都知事
筆者は、今回の石原都知事と地権者の英断に敬意を表し、如何なる支援も惜しまぬ覚悟もできております。 筆者が尊敬してやまぬ、さくらの花びら大兄さまの秀逸記事、「石原発言は無責任だ 新党構想の為に税金を使って選選挙向けのパフォーマンスをしているのではないか、という朝日新聞の考えでは我が国の領土は守れません。」 でも述べられていますが、4月18日付の新聞は、朝日新聞はじめ、「中日新聞」と「沖縄タイムス」の3紙が、尖閣諸島購入に批判を、4月19日付では、北海道から沖縄まで全国の地方紙、、「北海道新聞」、「信濃毎日新聞」、「福井新聞」、「中国新聞」、「宮崎日日新聞」、「琉球新報」が一斉に石原都知事批判を展開しています。 それに呼応したように、系列テレビ、ネットでのツイッターでも批判が起こっています。しかし、どれもが判で押したような論調であり、オウム返しのように述べているに過ぎず、オリジナリティに欠けています。 一例を紹介しますと、「東京都が都民の税金を使って遠く離れた島を買わなければならないのか。」「知事の個人的信条というのでは理由にはならない。」「中国を刺激するだけで、無責任ではないか。」「金額は・・」 などといったものばかりで、建設的な意見、論説は一向に見当たりません。 筆者は関西の片田舎の一企業の経営者にしかすぎませんが、これでは、居酒屋での政治批判、政治談義にしか捉えられません。 早く言えば、出来の悪い社員が、自らの能力のなさを棚にあげ、「会社が悪い、得意先が悪い」と批判しているのと大差はありません。 いや、情報弱者を洗脳している罪を思えば、まさに罪深き者たちです。 十人いれば十の考え方があります。これらは当然のことでありますが、今回の石原都知事批判には、発信元が同じなのでしょう・・まったく異論が見られません。 しかも、彼らに共通することは「対案」も「提案」も存在しないことです。 それよりも、石原都知事の英断に賛同し、一早く「浄財」を支援したいと表明される方々の志、「奉公」の精神こそ立派であります。 結局は、「対案」「提案」の考えをもたぬ輩たちの意見は「反対の為の反対」にしかすぎない思考停止した「戯言」にしかすぎないのです。 祖国に誇りをもたず、祖国を貶める日本人が存在します。 世界のどこの国を見ても、祖国を愛さない国民は存在しません。 我国だけと言っても過言ではありません。 エリートぶった発言、国際人ぶった発言をしているつもりでしょうが、真の「エリート、国際人」は祖国に誇りを持ち、愛せる人でしかなれません。 これは、万国共通のものです。 自立、独立の精神を養えなかった者は外国人を応接しても独立心に基づいての行動は出来ず、自立、独立の気力がなき者は、常に他人に寄りかかり、他人に寄りかかる者は、必ず他人の態度を気にかける。そして他人を気にする者は必ず他人におべっかをつかう。こうしていつかそれが習性となり、面の皮が厚くなり、恥知らずの人間になる。いうべきこともいえず、人に会えばただ腰を曲げて下手に出るだけで、この習性はやがて性格のようになり、気力なき者は人に依頼して悪事を為すようになります。 我国はかって世界から賞賛された民族です。 たった一度の敗戦を境に、自立、独立の精神を失いました。 心あるものは、自国の歴史を学び、歴史を取戻し、日本人として誇りを持ち、輝いています。次の世代へよい日本を伝えようと・・・・ しかし、残念ながら、権力の中枢にいる日本人、メディアに存在する日本人にそれは感じられません。 日本人を捨てたがっているように見受けられます。 それらの人間は、何れ誰にも相手にされなくなるのです・・・ 「最低の日本人、最低の人間として・・」 |
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核実験
わが国は、世界で唯一、核攻撃を体験した被爆国であることは周知のことです。そのわが国は、わが国に原爆を落としたアメリカと安全保障条約を結び、アメリカに国防の大部分を委ねてきました。現在、わが国は「非核三原則」を「国是」としています。これは佐藤栄作首相が、昭和43年に核を「持たず、作らず、持ち込ませず」という政策を唱え、衆議院で決議したものである。
その後、あたかも憲法の規定に並ぶ大原則であるかのように愚かな政治家は声高らかに唱えています。しかし、この三原則は法制化されたものでなく、また国際条約でも非ず、単なる政策に過ぎないのです。 佐藤が非核三原則を唱えた時、核保有国は、国連安保理の常任理事国5カ国だけでした。注目すべきは、この時点で既に中国は核を保有していたことである。しかも、非核三原則が出されたわずか2年後に、シナはわが国を射程に入れた核ミサイルを開発した。佐藤の政策は、東アジア情勢に逆行し、わが国の国防を危うくするものでした。 佐藤が非核三原則を提唱する前、わが国は、そのような原則を立ててはいなかった。岸信介首相は、昭和35年3月7日参議院予算委員会にて、次のように答弁している。 「憲法は、言うまでもなく、憲法で持ち得ることは自衛権を持っており、これを裏づけるため必要な最小限度の実力を持つということを申しております。(略)いやしくも核兵器という名がついたから全部いかないのだという憲法解釈は、これは憲法の解釈としては、われわれとらないところだということを申しておる」と。 岸発言は、憲法解釈上、将来における核兵器の保有を留保したものと言える。現行憲法は自衛権を認めていると解釈するのであれば、最小限度の自主的な核抑止力は自衛力の一部と考えることができる。あとは核の開発・保有がわが国の国益という観点からプラスかマイナスかの判断であり、これは政策上の問題である。そして、科学兵器の発達の度合いや国際環境の変化におうじて、政策の見直しは必要である。 核の時代において、この約60年の国際社会の歴史が示しているのは、核攻撃を抑止できるものは、核兵器しかないという現実です。また、現代の国際社会で発言力を持つのは、核兵器を保有している国だけということです。北朝鮮のような経済的に非力、同胞を拉致した非道な国家でさえ手出しできないのは核の力です。 自力で国を守るという国防の基本に立ち返るなら、自衛の手段としての核抑止力についての検討がされねばならないと思う。 核兵器は、人類を自滅に招きかねない兵器である。核廃絶は、人類の悲願である。唯一の被爆国である日本は、世界的な核廃絶の先頭に立って行動すべきである。しかし、その前にわが国が、シナや北朝鮮の核で壊滅してしまっては、本(もと)も子もない。日本人の多数が核攻撃で死亡し、生存者の大半が放射線障害に苦しみ、再起不能なほどに生産力を喪失したならば、世界平和への貢献どころではないでしょう。 大東亜戦争後、わが国は、連合国軍の占領下に置かれ、「民主化」の名の下に、日本弱体化の政策が強行されました。GHQによって憲法が押しつけられ、わが国の国防は制限され、その憲法が放置されたまま、昭和43年にわが国は、非核三原則の政策を掲げ、さらに昭和47年には、国防を受動的な防御に徹する専守防衛に限定。 一方、戦後、シナでは、共産主義が勝利し、中華人民共和国が建国された。共産中国は建国後、繰り返しアメリカから核攻撃の威嚇を受けると、1950年代中半に核を保有する方針を決め、国力を集中して核開発を進めました。昭和39年に最初の核実験に成功し、昭和45年日本を射程に収めるIRBMを完成させ、わが国は、この時点から、シナの核ミサイルの標的になっているのです。 昭和31年4月、毛沢東は中共中央政治局会議で、「今日の世界で、他人の侮りをうけたくなければ、原爆を持たないわけにはいかない」と演説し、国際社会で政治的発言力を持つためには核兵器が必要であり、核兵器は中国を米ソが無視できない地位に引き上げる政治的な兵器であると認識したのです。
独裁的な指導者・毛沢東の決断によって、シナは1950年代中半から、核開発を進めました。開発は、ソ連の援助と協力を受けて進められ、以来、シナは、国民生活の向上や通常戦力の近代化を後回しにして、核兵器の開発・保有を遂行した。その半世紀の過程は、戦力不保持・専守防衛・非核三原則を国是としてきたわが国とは、まさに正反対の歩みでだったのです。 当時、毛は、ソ連が大陸間弾道ミサイルの発射実験に成功したことをもって、「東風は西風を圧倒している」と認識し、東側の諸国が西側の諸国に対して力の優位に立ったと強調したのです。毛は、ソ連を中心とする社会主義陣営が団結して、アメリカの核を恐れず、「原爆は張子の虎」であることを暴露すれば、世界戦争は起こらない、そればかりか帝国主義を絶えず弱体化させ、究極的には圧倒することができると主張した。 「中国は人口が6億人いるから、仮に原水爆によって半数が死んでも、3億人が生き残り、何年がたてばまた6億人になり、もっと多くなるだろう」と、毛は語りました。 このように、自国民の人命さえ軽く考えるお国柄のシナが覇権に突き進んだ時、世界に殺戮の嵐が吹き荒れます、しかも、今日がその時なのです。 日中国交回復後、わが国は、シナに対して賠償金を支払うのではなく、経済援助を行うことにした。昭和53年、中国と日中平和条約を結び、翌54年から、本格的にシナへの政府開発援助(ODA)の供与を始めた。 日本のODAは、シナの経済成長に大きな助力となった。ODAは総計3兆円支出された。民間からの援助金を含めると、6兆円にもなると推計されている。こうした日本の金は、シナの経済発展にのみ使用されたのではなく、日本の金は、シナの核ミサイルの開発・製造にも使われたのです。わが国は、中国に金を出して、わが国に向けた核ミサイルを作らせ、シナに従属させられるために、せっせと金を貢いだようなものです。 しかも、シナからは、一切感謝ず、シナの一般国民は、日本からの経済援助の事実を知らされていない。そのうえ、シナ指導部は、わが国からもっとむしり取ろうと新手の恫喝材料に躍起です。 昭和56年に、核ミサイルの多弾頭化をめざす実験に成功し、63年には、原子力潜水艦からの弾道ミサイルの水中実験に成功させました。 こうしてシナは、1980年代には、第1世代の核兵器を完成、最小限核抑止力、すなわちアメリカの本土を攻撃できる「対米第二撃能力」を保有したのです。シナは、米国本土を核攻撃するとアメリカを威嚇できるところにまでいたったのです。 これによって、アメリカが同盟国を保護する「核の傘」は、事実上無効になった。同盟国が核攻撃を受ける脅威にさらされても、本土を核攻撃するぞと脅されたら、アメリカは自国の国民の生命を犠牲にしてまでも、他国を守るはずがないのが道理です。日本は、シナの核から国民を守れない状態になっているのです。国民に「核の傘」が機能していると思わせてきた愚かな政治家の行いは、犯罪的です。 近年の中国の高圧的な外交姿勢・内政干渉は、軍事的優位の表われであり、わが国は、シナに土下座外交を続けてきました。それのみならず北朝鮮に対しても、屈辱的な弱腰外交を続けてきたのは、国防の欠陥に最大の原因があるからです。 核爆弾により大村海軍病院に収容された14歳の少女全身熱傷
世界の歴史から得られる教訓の一つは、国と国の間で、軍事力に大きな差が生じると、強いほうが弱いほうに攻め入るということです。豊かだが力の弱い国は、その豊かさと弱さが、侵入者を刺激し、また別の教訓は、相手に脅威を与えない程度の力では、戦争の抑止力にならないことです。攻めても相手にやり返す力がないことがわかれば、侵攻を誘発する。 戦争を防ぐには、当方が独自の反撃力を持ち、攻められれば必ず反撃すると公言し、相手に当方の反撃の能力と意思を確信させねばならない。当方を攻撃すれば反撃を受け、利益よりも損害がはるかに大きくなることを、相手にはっきりと認識させねばならない。核の時代においても、この国防の基本は、そのまま当てはまる。受動的防御に徹する専守防衛という戦略思想は、歴史の教訓に反し、国防の基本に外れた愚かな愚策にしかすぎません。 最後に、筆者は核を持つこと自体が課題ではなく、日本人が日本の精神を取り戻し、国民が団結し、「国を護る気概、靖国の護国の神々に続くという気概をもつ」ことが最も重要だと思っています。いかに進んだ科学兵器を持とうとも、国民の精神が腐敗しているのでは、調和と繁栄の道を進むことは、できません。 シナによる併合、侵略という迫り来る危機に対処するためにも、改めて日本の精神の復興を呼びかけたい。 |






