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日本よい国、きよい国。 世界に一つの神の国。
降り積もる深雪(みゆき)に耐えて色変えぬ 松ぞ雄々しき人もかくあれ

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「八十八夜」




立春から数えて88日目の、5月1日〜3日頃を八十八夜〔はちじゅうはちや〕と言います。冒頭の動画の歌詞にもあるように「夏も近づく八十八夜〜」とあるように、春から夏に移る節目の日です。霜もなく安定した気候で、農作物の種まきに最良の時期でもあります。
春から夏への季節の境目で、農村では苗代作りや畑作物の種まき、茶摘みを始める重要な日とされてきました。
「八十八夜の別れ霜」といわれるように、この頃になると降霜がなくなり安定した気候になりますが、遅霜で作物が台無しになることもあります。八十八夜は、霜に注意するため、特別に作られた雑節(日本の暦で、二十四節気以外の季節の移り変わりの目安となる日)でした。
八十八夜は日本独自の雑節であり、この日に摘んだは上等なものとされ、この日にお茶を飲むと長生きするともいわれています。
八は末広がりで、八十八は「米」という漢字にも通じることから、縁起のいい日としても親しまれてきたようです。
お茶の歴史は1200年にもなりますが、昔はお茶は高級品とされており、庶民が飲めるようになったのは大正時代からだといわれています。私たちが普段お茶を飲めることは、生活が豊かになったことを象徴しているのかもしれません。
生活が豊かになるにつれ自然やそれらを司る神々、生産する人々に対する恩恵や感謝をわすれがちですが、往古の昔より文化を伝承し、今日に伝えてきた先人、皇恩を忘れることなく次代へ伝えて行きたいものです。

天皇彌榮(すめらぎいやさか)
聖寿万歳
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打瀬船









四季の移りかわりに敏感に反応しながら生活のいとなみを続けてきた私たちの祖先は、農耕民族、海洋民族として太陽や雨、豊穣の海をはじめ、自然の恵みは、何よりも大切にしました。
自然界に起こる様々な現象、天変地異、それを神さまの仕業として畏(おそ)れ敬(うやま)ったことに信仰の始まりがあります。そして自然をつかさどる神々は、私たちの生活のすべてに関わる神として、人々に崇(あが)められるようになったのです。

不知火海には、風の力で網を引き、海底の獲物を引き揚げる漁法「打瀬網漁(うたせあみりょう)」が伝わります。漁で用いられる「うたせ船」は、白い帆に潮風を受け、大海原を滑るように進みます。
紺碧の不知火海に、真白い帆をいっぱいにふくらませて滑っていくうたせ船。白い帆に風をいっぱい受け止めながら、海の上をのんびりと流れて行く昔ながらの独特のスタイルをもつ流れ船。
その優雅な姿は、現在不知火海のシンボル
”白いドレスの海の貴婦人 ”として知られています。

エンジンの力を使わないので、日々漁はできません。その分、毎日、魚を取り上げる事も無く魚に優しいのです。
また、打瀬網は底引き網なので、海底のゴミも一緒に上がってきます。
小さなものは釣り針・ジュースの缶、タイヤや流木等々、打瀬船が通った後は海底が綺麗になるので自然の海にも優しく、打瀬船は”地球に優しいエコ船”でもあるのです。

命を大切にする自然から分けてもらう漁。
400年の歴史があり、豊穣の海で受け継がれる伝統漁法は、自然に逆らわず、海と風に寄り添う暮らしを今に伝えています。
もうすぐ大型連休になります。
海外へ渡航される方々も多いでしょう。
しかし、わが国にはまだまだ知られていない名所、名勝、風光明媚なところは無数に存在します。
東北の観光地、韓国と国境を接する対馬、列挙すればきりがありません。
拙稿でご紹介させていただいた「打瀬船」もその一つです。
全国に数多く存在していた打瀬船は、時代の進化・打瀬漁師の高齢化・後継ぎがいない等の理由から徐々に減少しています。
しかし、歴史的にも地球の環境の為にもこの貴重な船を残して行かなければなりません。

「明日への遺産」を我々は背負っているのです。
日本人として・・・・


天皇彌榮(すめらぎいやさか)



[京都二十四節気] 穀雨





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美し国「日本」は春爛漫、筆者の住む関西地方では櫻も名残惜しむかのように櫻の花びらは宙に舞い散っていきます
美し国、四季のある国、日本。
桜が咲くこと、雨が降ること、紅葉が散ること、そして雪が降ること。
しかし、時には大自然が牙を剥き災害になります。それでも災害を恨むことなく神の怒りだと身を律し、自然を崇拝し、ともに生きてきました。

我々日本人は、往古の昔より、その美しい自然の変化を、つい百年前まで、二十四の季節に分けて愛でてきました。

私たの祖先が使ってきた旧暦の中では、二十四の季節に沿った年中行事や風習と共に、風雅な暮らしを楽しむ工夫や知恵があり、現代の日本人にない潤いのある生活を営んでいたように思います。
それと同時に、永遠にめぐる四季のなかで移ろい変わっていくものと、その変化の裏側にある不変のものを感じとり長らく愛したのです。

古いものを捨て、新しいものがあふれていく現在社会のなかで、古くから日本にある伝統を見なおすこと。それは、移ろう季節のなかから不変のものを­みつけだすことと似ています。そしてその不変のものを大事にしなければなりません。時代が変わろうとも日本人の本質は変わってはならないものです。

ますます季節感が失われていくなかで、二十四節気の暦をつうじて、自然の変化を敏感に感じとれる繊細な感性と伝統の素晴らしさと­、それとともにある大切な文化をつたえていきたいものです。

その四季折々の美しさに触れるとき、自然のなかから生まれてくる、この国の美しさを改めて見つめ、「美」と「伝統」にめぐり逢え­る誇りとよころび、祖先・先人が大切にしてきたもの、それらを共有していきたいと筆者は願ってやまないのです。
四季の移りかわりに敏感に反応しながら生活のいとなみを続けてきた私たちの祖先は、農耕民族として太陽や雨などをはじめ、自然の恵みは、何よりも大切にしました。
自然界に起こる様々な現象、天変地異、それを神さまの仕業として畏(おそ)れ敬(うやま)ったことに信仰の始まりがあります。そして自然をつかさどる神々は、私たちの生活のすべてに関わる神として、人々に崇(あが)められるようになったのです。

新暦4月20日〜5月4日頃を「穀雨(こくう)」と言います。
4月8日、畏くも今上陛下におかせられましては、宮城(皇居)生物学研究所脇の苗代に、稲の種もみ約3600粒をまかれあそばされた。日本各地の田畑では稲作の準備が始まります。それに合わせて春の雨が多くなるのがこの季節の特徴でもあります。

立春から数えて八十八日目は、「八十八夜」。
平年なら5月2日、閏年なら5月1日です。
春から夏への季節の境目で、農村では苗代作りや畑作物の種まき、茶摘みを始める重要な­日とされてきました。
「八十八夜の別れ霜」といわれるように、この頃になると降霜がなくなり安定した気候に­なりますが、遅霜で作物が台無しになることもあります。八十八夜は、霜に注意するため­、特別に作られた雑節(日本の暦で、二十四節気以外の季節の移り変わりの目安となる日­)でした。
八十八夜は日本独自の雑節であり、この日に摘んだは上等なものとされ、この日にお茶を飲むと長生きするともいわれています。
八は末広がりで、八十八は「米」という漢字にも通じることから、縁起のいい日としても­親しまれてきたようです。



天皇彌榮(すめらぎいやさか)





明治45年刊行「尋常小学唱歌 第三学年用」に初出、平成19年に「日本の歌百選」に選ばれています。
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宝塚歌劇100周年記念式典で大合唱するタカラジェンヌら=5日午後、兵庫県宝塚市





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「清く、正しく、美しく」をモットーに華やかな舞台で観客を魅了し続けた宝塚歌劇100周年記念式典が5日、兵庫県宝塚市の宝塚大劇場で開かれ、タカラジェンヌOGら約2千人が出席。秋篠宮両殿下もご台覧あそばされた。宝塚歌劇団は、阪急電鉄の創始者、小林一三の発案で発足し、大正3年4月1日に初公演。本拠地の宝塚大劇場は戦争による閉鎖や阪神大震災などの困難を乗り越え、発展を続けています。
宝塚歌劇の伝統を支えた数多くのOGが出席した100周年記念式典。OGたちは、「記念の年に宝塚に戻ってこられて幸せ」と話し、会場となった宝塚大劇場はスターたちの華やかな雰囲気にあふれた。
 100年間の歴史の中で、きら星のようなスターを生んだ宝塚歌劇。故乙羽信子、淡島千景、新珠三千代、八千草薫、寿美花代さんら名優や、大地真央さんと黒木瞳さんら各界で活躍されるOGは列挙すればきりがありません。


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大同窓会を前に友人らと笑顔を見せる竹林ヨシミさん(左から2人目)=4日、兵庫県宝塚市

OGスターたちが競演する記念公演とともに、元タカラジェンヌが集う大同窓会には、4400人以上の卒業生のうち、約820人が出席。開会宣言した昭和18年入団の竹林ヨシミさん(86)は「大切なことは全て宝塚で学んだ。これからも『清く正しく美しく』の精神を守り続けてほしい」と話された。
鹿児島・知覧の航空隊への慰問は今も忘れない。団長は淡島千景さん。出し物が終わると隊員は敬礼し、真っ白なマフラーをひるがえして飛行機に乗っていった。「幼いながらドキッとした。今思うと、生死に向き合っていたのでしょう」と戦時を回想しのべられました。
参加者の中には、多くの歴代スターたちの姿も。歌を披露した剣幸さんは「これだけ一斉に集うとすごいですね。結束力を感じました」。代表作「エリザベート」の楽曲を歌った一路真輝さんは「人生で一番緊張しましたが、100周年の実感がわきました。現役時代にタイムスリップした気持ち」と語った。
 紺野まひるさんは「この中の一員になれてよかった」。榛名由梨さんは「憧れの先輩にお会いでき、ワクワク。宝塚のほとばしるパワーや美しさは、日本に元気を与える。いつまでも続いてほしい」と話しています。
筆者は残念ながら兵庫県民でありながら、宝塚歌劇を鑑賞したことがありません。筆者の家内の母は熱心なヅカファンでしたが・・・
よいものは愛され、長く続いていきます。
これからも連綿と「宝塚」の歴史を刻まれていくものと筆者はおもいます。
日本人の苦難と、繁栄と共に・・・
拙稿は産経新聞より引用、参考とさせていただきました。

天皇彌榮(すめらぎいやさか)







「京都二十四節気 清明」



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美し国「日本」に春がきました
美し国、四季のある国、日本。
桜が咲くこと、雨が降ること、紅葉が散ること、そして雪が降ること。
しかし、時には大自然が牙を剥き災害になります。それでも災害を恨むことなく神の怒りだと身を律し、自然を崇拝し、ともに生きてきました。

我々日本人は、往古の昔より、その美しい自然の変化を、つい百年前まで、二十四の季節に分けて愛でてきました。

私たの祖先が使ってきた旧暦の中では、二十四の季節に沿った年中行事や風習と共に、風雅な暮らしを楽しむ工夫や知恵がありまし­た。それと同時に、永遠にめぐる四季のなかで移ろい変わっていくものと、その変化の裏側にある不変のものを感じとり長らく愛したのです。

古いものを捨て、新しいものがあふれていく現在社会のなかで、古くから日本にある伝統を見なおすこと。それは、移ろう季節のなかから不変のものを­みつけだすことと似ています。そしてその不変のものを大事にしなければなりません。時代が変わろうとも・・・

ますます季節感が失われていくなかで、二十四節気の暦をつうじて、自然の変化を敏感に感じとれる繊細な感性と伝統の素晴らしさと­、それとともにある大切な文化をつたえていきたいものです。

その四季折々の美しさに触れるとき、自然のなかから生まれてくる、この国の美しさを改めて見つめ、「美」と「伝統」にめぐり逢え­る誇りとよころび、祖先・先人が大切にしてきたもの、それらを共有していきたいと筆者は願ってやまないのです。
四季の移りかわりに敏感に反応しながら生活のいとなみを続けてきた私たちの祖先は、農耕民族として太陽や雨などをはじめ、自然の恵みは、何よりも大切にしました。
自然界に起こる様々な現象、天変地異、それを神さまの仕業として畏(おそ)れ敬(うやま)ったことに信仰の始まりがあります。そして自然をつかさどる神々は、私たちの生活のすべてに関わる神として、人々に崇(あが)められるようになったのです。

万物がすがすがしく明るい美しい頃、新暦4月4日〜19日頃を清明といいます。様々な花が咲き乱れ、一年を通して最も美しい季節になります。
「春爛漫」・・・・・・
いらぬ説明文は不要でしょう・・・


天皇彌榮(すめらぎいやさか)


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