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日本よい国、きよい国。 世界に一つの神の国。
降り積もる深雪(みゆき)に耐えて色変えぬ 松ぞ雄々しき人もかくあれ

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先ごろ私の仲間からこのようなメールが届きました。
私のブログ友たちの中にもこれを記事として取り上げられていますが、
まずはメールをそのまま掲載させて頂きます。
・・・・・
 
私の大きな関心事のエネルギーに関して、とんでもないことが起こりかけています。
貴ブログにて憂国の志を持つ方々に知らしめて頂けないかと思います。

信じられない報道です。
http://www.asahi.com/business/update/1202/TKY201112020700.html
私は最初、偶然にあるサイトの書き込みで知りました。
本日(5日)になって、朝鮮日報も反応しています。
そして元記事が朝日だと知りました。

この構想は問題点だらけです。
ネットでもいろんな懸念があがっていました。

・なぜ貴重な資源の備蓄を外国に、それも反日国に預けるのでしょう。
 虎の子を預けてしまっては日本が不利になるだけです。

・管理料などの名目で常識以上の資金が渡ることになる。
 これは日本のエネルー政策に名を借りた韓国支援だ。

・日本海側で大地震・津波があれば、韓国南東部も無事である筈がない。
 その韓国の備蓄基地からタンカーに積んで、日本海側の港にといっても
 港湾設備がちゃんと機能するかどうか。
 それなら国内の日本海に面していない側から輸送するのが確実。
 まして大地震・津波が太平洋側(この方がリスクが高い)で起こったら、意味がない。

・韓国は軍備で一番困っているのが燃料で、いざとなったら韓国に備蓄している
 日本の燃料をいただくってことになる。 という声もあります。

・韓国の石油会社が、韓国政府の「備蓄油」を使い混んで在庫をゼロにした過去もあります。
 (詳細は下端に)

・将来の成り行き次第では北朝鮮への石油支援に利用されるかも

日本が緊急に行うべきことは、ほとんどの地下備蓄基地の増加、分散化、備蓄量の増加、
災害対応能力の強化であって、このような奇妙な思いつきに乗せられてはなりません。
どうようなことでも、法制化の骨子は早い時期に決まってしまいます。
既に韓国側の了解を非公式に得ているという情報もあります。
ゆっくりはしておれないようです。

でもなぜ朝日の報道なんだろう?
関係者がわざと朝日に持ち込んで(またはリークして)報道させたと思えませんか?
世論工作っぽいと思えませんか?

ネットの報道記事(朝日)は日が経つと消されてしまうので、念のためコピーしました。
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緊急時の石油、韓国で備蓄 経産省が計画

東日本大震災の直後に深刻な石油不足に陥ったことを受け、緊急時用の石油を韓国に備蓄する計画を経済産業省が立てていることが2日分かった。エネルギーの確保は安全保障につながる問題だけに、外国で備蓄するのは異例の試みだ。
11月に経産省資源エネルギー庁が韓国知識経済省に非公式に申し入れ、了承を得た。具体的な方法は、早ければ年内に話し合いを始める。震災では、東北地方で道路網が寸断され、石油製品の供給が途絶えた。この反省から経産省が備蓄のあり方を見直していた。

韓国で備蓄するのは、貯蔵施設が少ない日本海側で災害が起きた際に備えるため。施設の多い太平洋側から山を越えて運ぶより、韓国から船を使った方がスムーズに対応できると判断した。韓国南東部の釜山などが候補地となっている。

災害時には原油ではなく石油製品が必要になるが、現在、国内の備蓄172日分の大部分が原油で、ガソリンや灯油といった石油製品は44日分しかない。このため韓国での備蓄は石油製品を想定している。(古谷祐伸)


こちらは読売の記事、朝日とこんなにも違う!

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災害時、ガソリンなど供給円滑に備蓄法改正へ

政府は3日、東日本大震災の教訓を踏まえ、国内で大災害が起きた場合に被災地でガソリンなどの燃料を円滑に供給できるよう石油備蓄法改正案を来年の通常国会に提出する方針を固めた。
同法改正案には、国が石油元売り大手などの燃料タンクを活用して、管理委託できるようにする規定を盛り込む。政府は、法改正にあわせて、ガソリンや灯油などの燃料について国が備蓄する態勢を整える方針だ。
政府の石油備蓄は、産油国の政情不安などで海外からの供給が絶たれる事態を前提としているため、約95日分の備蓄量の99%は長期間保存しても劣化の少ない原油で行っている。政府は東日本大震災発生の際に約25日分の備蓄を放出したが、被災地の製油所が地震や津波の被害を受け、石油精製能力を失っていたため、深刻なガソリン不足が起きた。
20111240305  読売新聞)

「仕分け」では今よりも備蓄を減らせと
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【国家備蓄石油管理等委託費】有事の際に備えて石油の備蓄を行うための経費で要求額は480億円。仕分け人は「現在の備蓄日数は長すぎる」などとして「見直すべきだ」と判定。日本の備蓄日数は民間委託分も合わせて150日分だが、国際エネルギー機関(IEA)が義務付けているのは90日分。人口減や温暖化対策で石油消費が減ることも考慮すべきだという意見が出た。


韓国の石油会社が韓国備蓄の石油を抜き取って空にしていた事実(朝鮮日報2010915日)
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韓国の石油会社、政府の「備蓄油」を使い放題 、1年近く返さないケースも

韓国の石油会社が、非常事態や石油危機などに備えて貯蔵している政府の「備蓄油」を、自社のもの同然に抜き取って使っていることが明らかになった。

国会予算決算特別委員会の李貞鉉(イ・ジョンヒョン)議員(ハンナラ党)は14日、韓国石油公社から受け取った資料によると、SKGSカルテックス、現代オイルバンクなどの石油会社が、政府の備蓄油を借りたまま、最長1年近く返さなかったことが分かった。


現行の備蓄油の運用基準では、借りた備蓄油は60日以内に返すことになっている。

なお、石油公社は備蓄油を貸すに当たり、賃借料を受け取っており、その収入は昨年199億ウォン(約142600万円)に達した。

SKエナジーは2008108日、軽油1億リットルを借り、356日後の昨年928日に返した。

また、現代オイルバンクも08611日に灯油11万リットルを借り、287日後の昨年324日に返した。

GS
カルテックスは、05年に1591万リットルの軽油を238日間借りた。

04
6月には、SKが京畿道九里市の備蓄油タンクにあった灯油47万リットルを全部借り、在庫がゼロになる事態となった。

SK
145日後にこれを全部返したが、その間備蓄油タンクは空になっていた。

また同年には、備蓄油タンクにあった軽油712万リットルを、石油会社4社が全部借り、このタンクは約8カ月も空になった。これについて李議員は、「非常事態に備えるための備蓄油のタンクが8カ月も空になっていたというのは、常識的に考えて納得できない」と指摘した。
これに対し石油公社側は、「備蓄している石油製品の品質規格に合わせるため、石油会社に古くなった石油を貸し出し、新しい石油を受け取ることもある。石油会社に甘い汁を吸わせているわけではない」と釈明した。
趙義俊(チョ・ウィジュン)記者
・・・・・・
 
 
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転載元転載元: さくらの花びらの「日本人よ、誇りを持とう」

ご来訪いただいています皆様は、野田首相が1日の記者会見で、安定した皇位の継承に向けた「女性宮家」の創設について、「皇室活動の安定性という意味から、緊急性の高い課題と認識している」と表明した。羽毛田信吾宮内庁長官が10月5日に行った首相への説明を受け、政府は創設を視野に入れた検討を始めており、世論や与野党の動向も踏まえながら慎重に進めると表明したのはご存知だと思います。

答えはひとつです。
皇室に関しては国民が関われることではありません。
領憲法そのままの主権者意識で、皇室を云々する民主党政権。
傲慢無礼も甚だしい限りです。
菅政権当時の枝野幸男官房長官は6月6日の参院決算委員会で、
山谷えり子議員(自民)に対する答弁で、現在の今上陛下が第何代なのかについて「知らない」と述べたことは記憶に新しく、枝野氏は今年が皇紀何年(2671年)にあたるかも答えられなかった。
一見皇室を思う発言に見えますが、女性宮家の問題は、国思う皆様におかれましては、この問題が何を意味するかご理解いただけるものと思います。

臣民の我々ができることは、大東亜戦争後に連合国の大きな影響を受けて制定された皇室典範を明治典範に復原し、皇室にお返しすることだけです。

筆者は本ブログでも記事としましたが、
明治皇室典範は、大日本帝国憲法と同時に明治22年(1889年)に制定された法です。
帝国憲法では74条にて
「皇室典範の改正は帝国議会の議を経るを要せず」
という規定があり、憲法と同じく欽定として制定が行われたものなのです。
憲法は国の基本法であるから改正の場合は「勅令を以て帝国議会の議に付す」とされていたのに対し、明治皇室典範は国会の関与を否定しているのです。改正の必要がある時は、皇室会議及び枢密顧問の審議に諮られることになっていました。
これは皇位継承の順序に関わる事項は臣民の関与を許さないという建前であったからです。
典範の内容は皇位継承や皇族の範囲などの「国の掟の部分」の他に皇室経済についてや皇室の家訓のようなものも含まれていました。

新典範は旧典範62条の改正規定によるべきでしたが、それによらず、当時の帝国議会で別途に新法律として制定された。旧典範は新典範の施行された日の前日に廃止されている。
また、明治皇室典範及び帝国憲法の時代には、国務法と宮務法という二元的法体系でしたが、国務法は一般の政治に関することであり、憲法を頂点に法律や勅令などからなり、宮務法は皇室典範を頂点として、皇室令や宮内省令などからなっていました。
したがって明治皇室典範は帝国憲法とは対等であり、その改正や増補には議会の関与は一切ない。
ところが、現典範は、憲法を頂点とする一元的な法体系の下での一法律に過ぎない。したがって、国会の議決により、単純多数決で改正できることになる。

すなわち、新旧皇室典範の一番の差異はやはり占領憲法の下位である法律になってしまったことです。しかも、国会の議決により、皇室の不可侵さえも知らぬ無知な政治家が、単純多数決で改正できる不敬なものなのです。

皇室は我国の國體であらせられます。
そして、建国以来国父として我々の祖先は崇め、共に歩んできました。
現世の我々もそうあるべきです。

皇室のことは皇室がお決めあそばされることで、臣民が論じ、決めるものではありません。








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青天の霹靂のような報道でした。
 
以下に産経ニュースより一部引用します。
 
藤村修官房長官は25日午前の記者会見で、宮内庁の羽毛田信吾長官が10月5日、野田佳彦首相に対し、「今の制度の下では女性皇族の方は婚姻で皇室を離れる制度になっており、女性皇族の方々がご結婚年齢に近い年齢になっている。皇室のご活動という意味で、緊急性の高い課題がある」と伝えていたことを明らかにした。
 記者会見で藤村氏は、皇太子さま、秋篠宮さまの次の世代の皇位継承資格者が悠仁さまだけであることを挙げ、「安定的な皇位継承を確保するという意味では、将来の不安が解消されているわけではない」と述べた。その上で「国家の基本に関わる事項であり、国民各層のさまざまな議論を十分に踏まえて検討していく必要がある」と強調した。
 一方、宮内庁が女性皇族による「女性宮家」創設の検討を野田首相に要請したとする25日付の読売新聞の報道については「具体的な制度創設の検討を要請されたものではない」と否定。羽毛田氏も同日、報道各社の取材に対し「(野田首相に)状況を説明しただけ。具体的な選択肢を言うのは、宮内庁としては出過ぎたことだ」と語り、首相に女性宮家の創設の検討を要請したり、選択肢として示したりしたことはないと否定した
 
宮内庁の羽毛田長官の発言はもっともです。
それに比べ、藤村官房長官の「国家の基本に関わる事項であり、国民各層のさまざまな議論を十分に踏まえて検討していく必要がある」との発言は不敬極まりありません。筆者は之を女系天皇、皇統破壊への一歩であると察知しております。
国民各層が皇室を議論し、検討する?筆者は馬鹿もやすみやすみに言えと断じます。
ご来訪の皆様は、大東亜戦争後の日本国憲法と名乗る占領基本法が米国製であることは、ご存知だと思います。
憲法だけでなく、皇室典範さえもGHQ民政局、経済科学局、民間情報教育局の大きな影響を受けたものなのです。
ここでは、区別するために、新、旧皇室典範と記述しますが、筆者は新皇室典範は皇室を貶める邪悪なものであると思っています。
では、旧皇室典範はどのようなものであったでしょうか?
 
旧皇室典範は、大日本帝国憲法と同時に明治22年(1889年)に制定された法です。
帝国憲法では74条にて
「皇室典範の改正は帝国議会の議を経るを要せず」
という規定があり、憲法と同じく欽定として制定が行われたものなのです。
憲法は国の基本法であるから改正の場合は
勅令を以て帝国議会の議に付す」とされていたのに対し、典範は国会の関与を否定しているのです。改正の必要がある時は、皇室会議及び枢密顧問の審議に諮られることになっていました。
これは皇位継承の順序に関わる事項は臣民の関与を許さないという建前であったからです。
典範の内容は皇位継承や皇族の範囲などの「国の掟の部分」の他に皇室経済についてや皇室の家訓のようなものも含まれていました。
 
しかし、GHQ民政部長のホイットニーは、「皇室典範も国会が制定するのでなければ『天皇の地位は主権の存する国民の総意に基づく』という国民主権の精神にそぐわない」と押切られたのです。
新典範は旧典範62条の改正規定によるべきでしたが、それによらず、当時の帝国議会で別途に新法律として制定された。旧典範は新典範の施行された日の前日に廃止されている。
また、旧典範及び旧憲法の時代には、国務法と宮務法という二元的法体系でしたが、国務法は一般の政治に関することであり、憲法を頂点に法律や勅令などからなり、宮務法は皇室典範を頂点として、皇室令や宮内省令などからなっていました。
したがって典範は憲法と対等であり、その改正や増補には議会の関与は一切ない。
 ところが、現典範は、憲法を頂点とする一元的な法体系の下での一法律に過ぎない。したがって、国会の議決により、単純多数決で改正できることになる。

すなわち、新旧皇室典範の一番の差異はやはり占領憲法の下位である法律になってしまったことです。しかも、国会の議決により、単純多数決で改正できるなど不敬なものに・・・
GHQはさまざまな方法で皇室に圧力をかけてきました。
厖大な財産を所有していた皇室を財閥の一種と見なして、そのほとんどを国有財産に編入して、皇室経費のすべてを国会のコントロール下に置くことにし、皇室の経済的基盤を奪ったのです。これは最終的には憲法改正と皇室経済法の制定、さらに宮内省の規模の縮小などによってなされた。
 なお、11宮家の臣籍降下も、この時の経済的圧力の下でなされた異例の措置であったといえます。
 
情報教育局という言論・宗教・教育などを担当した部局が担った精神的側面からの施策ですが、あらゆる手段を講じて国民の天皇崇拝意識の除去を画策しました。国家神道の廃止、神道指令の発出、修身・日本史・地理教育の停止、いわゆる「人間宣言」詔書の発出、御真影の回収、御真影を安置していた奉安殿の撤去、宮城遥拝や「天皇陛下万歳」の禁止、祝祭日の抜本的な改変等々、多方面にわたって実施されました。

戦後66年たち、一部の学者、心ある臣民、憲法論者以外は、日本を堕落させ、固い絆で結ばれていた君民の間を引裂いた、占領憲法、新典範を論じようともしません。
新典範はあいまいな点が多すぎます。
 
※畏くも天皇陛下の国内での地位をあいまいなままにしている。
※畏くも天皇陛下の「国事行為」と象徴としての「公的行為」の整合性の問題。憲法に明文に書かれてあるもの以外は、それと類するものでも国事行為とは見なされない。
※皇室祭祀の法的位置付けの問題。
※伝統に則った皇位継承の安定性の確保
※皇位継承に関する規定の不備
※関係法規の不備
※御公務について、法令には明文で規定されていない。
※皇室典範の改正問題に皇室のご意向を反映できない。

上記が曖昧だから、皇室を侮辱する悪意ある不敬な輩が後を絶たない。
筆者は一臣民として、皇室典範は皇室にお返しすべきであると思います。
臣民が論じ、決めるものではないとおもいます
 
勿論、憲法も米国にお返ししましょう・・・
 
 






 



 
 
昨日筆者のブログに、平時よりご指導き、師とも仰いでおります、民族主義者である近野滋之大兄さまから、外国籍の元大統領第三夫人が皇室に対しての動きを教えていただきました。
早速、外国籍の元大統領第三夫人のブログに訪問しその内容を確認致しましたが、文字起しするのにも怖れ多い不敬すぎる内容でしたので、筆者はここでは書けません。下記にアドレスを記載しておきます。
 
 
文面は皇室を敬愛しているような内容に見えますが、神聖可侵、傲慢無礼でしかありません。
しかも、畏くも今上天皇陛下ご不例の時にです。決して許されることではありません。
まず、筆者の考えとして申し上げたいのは、、“そもそも臣民である一国民が、畏れ多くも皇室問題を論じ、署名活動とは何事、何様でしょうか? 不敬極まりないものである!と断じます。
皇室問題を論じる背景にあるものは、米国製占領憲法下における、国民主権が主体であって、「第一条【天皇の地位・国民主権】天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつて、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く」であります。
 筆者は、畏くも天皇陛下の地位が「主権の存する日本国民の総意に基く」ものであることを一切否定します。
昨今の皇室に対する臣民の不敬な言動は目に余るものがあります。
今回の不敬な言動はその極みであります。
建国以来、畏くも天皇陛下は『国の親』であり、国民は『国の子』であります。日本国民は須らく「天皇の赤子」であり、赤子に過ぎない国民が親に対して、行く末は、国父、国母になられる尊いお方に何を物申す事ができましょうや・・・・
 
畏くも皇室のことは、天つ神の御意志・神代以来の肇國以来の傳統に基くべきである。神の御意志・肇国以来の傳統の体現者は、上御一人、畏くも天皇陛下であらせられる。天つ神の地上におけるご代理=現御神であらせられ、神代以来の傳統の繼承者・體現者であらせられる畏くも天皇陛下の大御心に帰一すべきである。これが一番大切であり、いかなる権力者であろうとも、いかなる立場の者であろうとも、臣下が議論して決めるべきではなく、論じることすら臣民の道に外れるものです。
 
一時皇室典範改正が物議を醸しました。

旧『皇室典範』は、明治天皇が裁定され、制定された。即ち勅定であります。議会や政府が定めたのではなく、臣下の真摯な建言は許されるとしても、皇室に関はることは、なべて大御心に俟つべきである。一切は大御心のまにまにが、臣下國民のあるべき姿勢であり、我国の伝統なのです。

神聖不可侵・・・・
そして、米国製占領憲法が如何に我国に災いを成しているか、今一度、熟考願いたい次第です。
 
 
今上天皇陛下のご病気平癒をこころより祈念します。
 
サンフランシスコ講和条約から59年、果たして「大東亜戦争」は終わったのでしょうか?
拙ブログで昨年6月にご紹介させていただいた沖縄戦でこの世を去った兄への思いから、20年以上にわたって戦没者の遺骨収集に携わり、遺産7000万円を靖国神社、遺骨収集団体に寄付され、昨年1月、87歳で亡くなった大阪市阿倍野区の陰山三千代さんを今一度ご紹介したい。
 
 
以下産経新聞より引用します。
沖縄戦でこの世を去った兄への思いから、20年以上にわたって戦没者の遺骨収集に携わり、今年1月、87歳で亡くなった大阪市阿倍野区の陰山三千代さんが生前、「兄たちの慰霊に充ててほしい」と示した遺志で、総額7千万円が遺骨収集の実施団体や寺社などに寄付される。このうち4千万円は、兄の御霊が眠る靖国神社(東京)に贈られるという。沖縄戦終結から23日で65年。関係者は「陰山さんは、私たちが忘れかけている大切なことを教えてくれている」と話す。

陰山さんの1歳違いの兄、文吉さんは昭和20年6月に24歳で戦死した。当時、陰山さんは看護師として働いていたが、終戦後に勤務した京都府舞鶴市の引き揚げ者の収容施設では、旧満州で旧ソ連兵に性的暴行を受けて妊娠した女性の中絶手術に携わるというつらい経験もした。
独身だった陰山さんは、看護師を定年退職後の昭和62年ごろから毎年、兄が亡くなった沖縄を訪問し、戦没者の遺骨収集をした。小柄な体で高齢にもかかわらず、ヘルメット姿で壕などに入り、懸命に作業に励んだ。陰山さんの体はがんにむしばまれていたが、昨年1月にも病をおして沖縄を訪れたという。
「先生に相談がある」。元大阪弁護士会会長の小寺一矢さん(68)が、陰山さんに突然電話で呼び出されたのは2年前。陰山さんは医師をしていた小寺さんの父の部下で、40年来の親交があった。陰山さんはすでに病床の身だったが、兄の戦死や遺骨収集について初めて打ち明け、遺産の寄付の相談を持ちかけた。
「明るくさっぱりした性格の陰山さんが、まさかそんな思いで生きてきたとは思いもしなかった」。小寺さんは思いの強さを感じ、遺言執行者を務めることを承諾した。
今年1月初旬、舞鶴時代の話を涙しながら聞いた際、陰山さんは「先生、舞鶴に行きたい」とつぶやいた。陰山さんには中絶された子供たちの供養をしたいという意志もあり、小寺さんは「春になって暖かくなったら行こう」と話したが、陰山さんは1月23日に息を引き取り、約束は果たせないままとなった。
陰山さんの死後、遺品を整理した小寺さんは、カレンダーの裏を利用した手作りのアルバムを見つけた。写真の一つ一つに、びっしりと説明や感想などが書き込まれていた。
「糸満市山城にて。私が頭蓋骨一部と上顎骨を発見した場所」「兄の戦死場所と同じ」…。昭和62年2月の訪問時の記述。参加者が収骨現場で手を合わせている写真には「どんなに苦しい思いで追いつめられ、ここにて最期になられたのだろうかと、胸の痛み、悲しみ…」と言葉が添えられていた。
遺品にふれ、小寺さんは「どの遺骨も兄さんやと思ってなでるんや」と語っていた表情を改めて思い浮かべた。遺産は大阪や京都の寺院や神社、遺骨収集団体に寄付し、残りは全額靖国神社に贈る。小寺さんは今夏の終戦記念日までに終える予定で準備を進めており、「陰山さんは、潔くいちずな人生だったと思う」としみじみ語った。
 
お亡くなりなった陰山さんは、病をおしてでも遺骨収集に従事されました。
全戦没者240万柱に対して114万柱の遺骨収集がまだなのです。
病をおしてでも遺骨収集された陰山さんをそうさせたのは何だったのでしょうか?
後世の我々の為に、たった一つしかない命を捧げられ、生き残られた方々は国の復興に一身を擲って働かれ、英霊の為に鎮魂され、自らの使命を果たされたの如くの一生を終えられる。
我々戦後世代がどんなに頑張ろうが、到底真似すらできません。
「日本人としての矜持」ではなかったでしょうか?
その矜持をもっている世代の方々に石を投げるような行為。
日本国民としての誇りを捨て、先人の残した遺産さえも食い散らしていく「餓鬼」のような現世の日本人。
 
私たちの先人、先祖は素晴らしい日本人でした。
山岡荘八氏の著よりご紹介します。
 
 
この土のつらなる果てに母ありて明日の壮挙の成るを祈らん

西田高光 命
大分県、海軍中尉、大分師範、予学13。
第五筑波隊員。
二十年五月十一日山岡荘八氏に見送られ沖縄に特攻戦死。二十三歳。
 
西田中尉の辞世です。
戦争当時、海軍報道班員であった山岡荘八氏は海軍の鹿屋基地に配属された。そこで山岡氏は特攻隊員の「闊達さと自由さに時に傍若無人にさえ見えて、その実、接近するほど離れがたい別の美しさ」を感じていた。この底抜けの明るさがなぜ隊員達にあるのかという疑問をいつか解きたいと考えていた。

彼はこの質問をすることの出来そうな相手を見つけた。それが西田高光中尉であった。西田中尉は入隊以前、昭和17年4月4日から18年9月まで、19歳の若い教師として郷里の国民学校に奉職。68名の教え子に兄と慕われた。そして、その師弟間の文通は飛行科予備学生として海軍入隊後も続いた。20年5月、古畳の上で胡座して、教え子に最後の返事を書いていた西田中尉に、「この戦を果たして勝ち抜けると思っているのか?負けても悔いはないのか?今日の心境になるまでにどのような心理の波があったかなど・・・・・」と質問した。

西田中尉は、重い口調で、現在ここに来る人々は皆自分から進んで志願した者であることと、もはや動揺期は克服していることを話した。そして最後に

「学鷲は一応インテリです。そう簡単に勝てるなどとは思っていません。しかし負けたとしても、そのあとはどうなるのです・・・・・・・おわかりでしょう。われわれの生命は講和の条件にも、その後の日本人の運命にもつながっていますよ。そう、民族の誇りに・・・・・・・」

と言われたそうである。

西田中尉の出撃の2日前、死装束となる新しい飛行靴が配給された。すると、彼はすぐに部下の片桐一飛曹を呼び出し、「そら、貴様にこれをやる。貴様と俺の足は同じ大きさだ」と言った。いかにも町のアンチャンという感じの片桐一飛曹は顔色を変えて拒んだ。「頂けません。隊長のくつは底がパクパクであります。隊長は出撃される・・・いりません。」すると「遠慮するな。貴様が新しいマフラーと新しいくつで闊歩してみたいのをよく知っているぞ」「命令だ。受取れ。おれはな、くつで戦うのでは無いッ」
彼がパクパクとつまさきの破れた飛行ぐつをはいて、500キロ爆弾と共に大空へ飛び立っていったとき、山岡氏は見送りの列を離れ声をあげて泣いたそうである。
 
西田中尉出撃の2日後、中尉の母と兄嫁が基地にたずねてきた。 真実を話せなかった山岡氏は、中尉は前線の島に転勤したと告げ休息所に案内したが、そこには「西田高光中尉の霊」が祀られ香華がそなえてあった。あわてた山岡の耳元に兄嫁が「母は字が読めません」とささやく。その場を取りつくろったつもりで2人を控室に伴い、お茶が出された時だった。「ありがとうございました。息子がお役に立ったとわかって、安心して帰れます」山岡氏はいきなりこん棒でなぐられた気がした。文字は読めなくても母親の勘ですべてを悟った中尉の母は、丁寧に挨拶し、兄嫁を励ましながら涙一滴見せずに立ち去った。
他にも特攻に志願する夫に後顧の憂いを抱かせんと、「私たちがいたのでは後顧の憂いになり、思う存分の活躍ができないでしょうから、一足お先に逝って待っています」と遺書を残され、幼い子供を道連れに、入水自殺をされた藤井一中尉(特攻戦死後少佐に特進)の妻君。
 
筆者は戦争を美化しているものではありません。悲劇といえましょう。
しかし、先人、先輩をそうさせたのは、「日本人の矜持」といえましょう。
戦後、坂道を転がる石のように落ちていく日本人の魂。
自分を生み、慈しみ育てていただいた親すらも、自分の都合で老後をも観ようとしない現世の日本人の勝手さ、英霊の遺骨収集すら放置していることなど、「根っこ」は同じです。
占領国から押し付けられた、まがいものの憲法、教育、神道指令、何ひとつ占領は終わっていません。
今回のTPP問題然りです。
戦前の日本人を知る、外国の方々が嘆き悲しむ、諸外国の要人。
 
「大東亜戦争」未だ終わらず・・・・
 そう思うのは筆者だけでしょうか?
 
 
 
 
 
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