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動画は是非、ご覧ください。記事を読む以上にわかり易いです。
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占領協力者、共産主義者、社会主義者と反日日本人を述べてきましたが、今回は、「進歩的文化人」について述べたいと思います。
「進歩的文化人」とは私から言わせれば、所謂同胞を裏切った卑怯者です。
彼らの誕生は、戦後の公職追放へと遡ります。
反日日本人(一)でも述べましたが、占領協力者がGHQとともに行った
昭和21年1月の「公職追放令」に端を発します。
GHQは、戦後初めての総選挙を前にして、突如、公職追放令を出しました。これによって、各界の指導者21万人が職を追われ、生活権を奪われ、「格子なき牢獄」につながれました。政党の立候補者にも多くの追放該当者が出たので、政党・教職者・愛国者は大打撃を受けました。そして、その後任の公職には、占領政策に協力的であり、また極東軍事裁判に肯定的な考えの者が多く就くことになりました。
言い換えれば国の屋台骨を背負っていた方々は、公職追放され、三番手の人材が公職に就いたのです。
大学教授、文化人、有識者たちは、戦犯の汚名や公職追放を恐れて、一斉に宗旨替えし、日本の歴史を歪曲、アメリカの民主主義を礼賛して、占領政策に協力しました。エリートほど首がかかっているので、占領軍に迎合し、極東軍事裁判やGHQ製憲法を賛美・励賛し、戦前の日本を断罪しました。東大では、横田喜三郎、大塚久雄、丸山真男、大内兵衛、坂本義和などの多くの「進歩的」?な学者たちが、教授の椅子を手に入れました。
宗旨替えこそ、日本人への大きな裏切り行為です。
彼ら進歩的文化人の実態は、実は反日日本人であり、また容共的であるのが特徴です。当時の吉田茂首相は彼らを「曲学阿世の徒」と呼びました。
エリート層であった彼ら進歩的文化人に教育された学生たちが、官界、教育界、マスコミに多く送り出されましたので、今日では、彼らの弟子や門下生の人脈が、日本を支配していると言っても過言ではありません。
谷沢永一氏は著書『悪魔の思想』のなかで、進歩的文化人の代表12人の実像を、彼ら自身の発言を引用して、明らかにしています。その12人とは、先ほどの東大教授5名以外に、鶴見俊輔・同志社大教授、安江良介・元『世界』編集長・現岩波書店社長、久野収・『週刊金曜日』編集長、加藤周一・評論家、竹内好・元都立大教授、向坂逸郎・元九大教授・社会党顧問、大江健三郎・作家などを挙げています。
彼らの学説・理論・主張に共通するのは、米国の占領政策を肯定し、極東軍事裁判の追認の上に成立ち、また、祖国日本と日本人を愚かで、遅れており、罪深いものという見方も共通した認識です。それは、米ソ対立構造が生んだ、時代のイデオロギーと、反日的侮日的な自虐感情が混ざり合ったものです。
エリートとして日本的民衆を見下す冷たい視線・感情さえも感じられます。
特に歴史と文化に対する見方については、彼らは西洋欧米の価値観によって、日本の歴史・文化を判断する傾向にあります。それは一見、客観的論理的なようでいて、実は欧米の学問の理論や概念を、日本に当てはめたにすぎないものです。歴史の概念装置について言えば、西洋史の概念である封建時代、帝国主義、ファシズムなどの概念が、日本の歴史に機械的に当てはめられます。そして、欧米と日本との偏差を、遅れや特殊性として理解しようとします。そして、日本の固有の特長を否定し、近代化=民主化=欧米化を進めようとします。日本の伝統は半封建的前近代的と一面的にしか評価されません。世界史の中での明治維新や日露戦争の評価は非常に低く、明治以降の歴史は侵略的好戦的と断じています。
まったく、彼らの論理は破綻しています。
我国の歴史、文化は固有のものであり、世界に類をみない、建国以来の民主主義国家です。 進歩的?文化人の彼らの考えの核心には、資本主義の後に歴史法則の必然として社会主義が実現する、という観念があります。言い換えると社会主義の信奉、或いは社会主義への同調です。彼らは、「戦後民主主義者」を自称していましたが、その民主主義とは、反日的で従米か従ソの容共共和主義という国籍不明の観念でしかなく、彼らに薫陶を受けた現在の日本を担っている政治家・経済界・識者・マスコミが国籍不明の輩が多いのはその影響です。
70年安保の時代には、反日左翼の影響で、多数の学生たちが安保廃棄・共産革命の運動に参加しました。その背後には、彼らを扇動する「背後の元凶」がいました。それが進歩的文化人です。大学には、革命教育をする教授連がいました。
しかも、中学・高等学校には、彼らに薫陶を受けた日教組の教師が存在しました。
その教師が民主党幹事長、興石氏であり、70年安保で挫折した反日左翼の学生、菅前総理であり、民主党議員なのです。
進歩的文化人が社会に与えた影響は図り知れません。
赤に染まった政治家を育て、世論を形成し、言論を統制し、保守勢力から政権をも奪取しました。
彼らを背後で操っていたのは、スターリンの亡霊です。正確には、1932年テーゼです。これは、国際共産党=コミンテルンの対日運動指令書です。それは、実は、ソ連の国益のためのものであり、スターリンの日露戦争の敗北に対する復讐心、有色人種への人種差別感情に満ちたものであったのです。
進歩的?文化人とこの記事では?を多用しましたが、早い話、1932年テーゼから進歩のない、思考を停止した、愚者にしかすぎません。
ロシア、北朝鮮の共産主義が破綻し、中共をもが、共産党一党独裁でありながら、捻じれた経済政策をとっている今日、彼ら進歩的?文化人の論理は破綻しており、「国を売る」ことを目的と」している以外に何もありません。
彼らは一切、責任をとることなく、母国「日本」を裏切り続けています。
「己の我欲だけを護る為に」
投稿文字数に制限がありますので、次回は今現在、病める日本の教育に巣食っている日教組について述べたいと思います
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怒ってます
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反日日本人(一)では、GHQの占領協力者について、(二)では共産主義者について述べましたが、今回は社会主義者について述べたいとおもいます。
鳩山元首相・菅前首相による「民主党」の旗揚げに際し、社会民主党は分党方式で参加しました。社会民主党の前身は日本社会党であり、昭和30年の結党以来一貫して日本の左翼の最大多数派を占めた社会主義者の政党であったことを忘れてはならないと思います。
社会主義者・共産主義者でも、愛国的で自国の国益を大切に考えるならば何ら問題はありません。しかし、旧社会党及びその支持者の多くは自国の立場を見失い、国民を誤った方向へと導きました。
旧社会党左派(社会主義協会派)は、自身をマルクス=レーニン主義者と称し、議会制社会民主主義者としては他国にみないほど戦闘的な特性を持っています。70年安保のときには、総選挙によって議会での多数を獲得しようとするとともに、記載しています動画にあるように、議会外では社青同という武闘組織をもって大衆的な革命運動を起こし、日本を社会主義化しようとしました。
社会主義の理論的支柱である向坂逸郎氏は、(月刊『諸君』昭和52年7月号)で、「ソ連人の教養というのは、日本とはくらべものにならない。はるかに高いです。自由もね、日本とはくらべものにならない。自由です。思想の自由も、日本とはくらべものにならないくらいある。それは全然ちがいます」と述べています。
はたして、ソ連という国家は、自由と教養の国だったでしょうか?ソ連崩壊を目のあたりにしてきた私たちは当然、向坂逸郎氏の論を否定しますよね。
こういう人物が旧社会党の顧問をして、実に危険な活動へと誘導していたのです。社会党は、ソ連から指導を受け、多額の活動資金を受けていたからです。これはソ連からの亡命将校レフチェンコによって暴露されたことです。レフチェンコは月刊『文芸春秋』平成5年6月号で、日本社会党はソ連から多額の資金援助を受け、その綱領もKGBの影響下、指導下にあったと証言しました。これに対して、旧社会党から『文芸春秋』への抗議は全くありませんでした。そして、最近、旧ソ連の資料が公開され、ソ連の旧日本社会党への資金援助が、事実として裏付けられました。
終戦間際に日ソ不可侵条約を破棄し、我国固有の領土を不法占拠している国に資金援助を受けたこと自体が、日本国民への裏切りであります。
旧社会党は、安保廃棄・自衛隊違憲・非武装中立を主張してきた政党です。それは単なる人道的な反戦平和主義ではなく、日本社会主義化の戦略に基づくものでした。今日の社民党も何ら変わってはいません。
人権、平和、護憲の美名を語る、邪悪な革命者にしか過ぎないのです。
その戦略は、
日米安保の廃棄→米軍の撤兵→自衛隊の違憲・解体→ソ連軍の進駐
→ソ連の衛星的社会主義国に・・・
事実、石橋政嗣元委員長は、「ソ連が侵攻してきたら、降伏したほうがよい」と「非武装中立論」で降伏の勧めを公言していました。
戦後、日本を武装解除したGHQは、その後日本を再武装化しましたが、ここで日本再武装の必要性を力説した人物にマッカーサーの腹心・アイケルバーガー中将がいます。・アイケルバーガー中将は、昭和23年7月に『リーダーズダイジェスト』誌代表に対し「ソ連のやり方は、日本人の”赤”連中に内乱を起こさせ、自分たちを日本に引き入れさせる方法を取るはずだ。だから、米軍が日本から撤退すれば日本は赤化する」と主張していました。(児島襄著『日本占領』文春文庫)
今日の社民党、民主党が米軍を日本国内から追い出そうとしているのは、この理論です。
また現在、菅前首相の北朝鮮関連団体への献金問題の闇が、捜査されていますが、旧社会党は北朝鮮に対する異常なほどの思い入れを持ち、おぞましいほどにその体制を理想化し、金日成を偉大な領袖と賛美していました。これは単なる国際親善・日朝国交正常化のためではありません。昭和40年代、日本が左翼革命運動で騒然としていた時代には、ソ連軍とともに北朝鮮軍が、日本を侵攻する可能性があったのです。安保廃棄で米軍が日本から撤兵し、我国が丸腰となり、力のバランスが逆転したならば、日本国内の左翼と呼応して侵攻し、朝鮮と日本の社会主義化を実現するという筋書きです。これらのスパイ養成に多くの同胞が拉致されました。
北朝鮮には、朝鮮戦争において、米軍の削減で防衛が手薄になった韓国を突如侵略したという前例がありますから、当時の社会党がいかに恐るべき国際謀略に加担し、国家転覆を図っていたのかをお解りいただけましょう。
しかも、韓国の民主化運動で逮捕された在日韓国人政治犯29名の釈放を求め、同胞の拉致事件に関わった北朝鮮スパイの辛光洙の釈放の要望書を日本社会党、公明党、社会民主連合、無所属の議員有志133名の署名とともに提出しています。
平和・護憲・人権を党是としてきた旧日本社会党には、日本の国益よりも、旧ソ連や北朝鮮の国家目標に協力・奉仕するという反日的な体質があり、その体質が現在の社民党にそのまま受け継がれ、さらに民主党にも流れ込み政権を担い総理すらその工作を行っています。
55年体制の終焉後、政治家の集合離散が繰り返されてきた。いくつもの新党が現れては消えた後に、反自民で寄り集まった最大の集団が、民主党です。民主党に様々な政治団体が参入したのは、鳩山氏の「友愛」の理念をよしとして、結集したのではなく、政権奪取、冷戦の終結により、共産主義・社会主義が世界的に大きく後退し、わが国では社会党が四分五裂して、左翼が弱体化した結果なのです。
民主党は、巨大化の過程で、傘下に労働組合や各種の左翼団体を抱えるようになった。そして、こうした集団は組織的な集票力がある。それだけ、政党の指導層に影響力を持つ。そのため、民主党は「第2社会党」的な政党に変わってきた。民主党という名称は、保守的・中道的な感じを与える。ソフトで明るくやさしい感じを与える。その看板のもとに、旧社会党系の諸団体が鳩合し、巨大な政治勢力としてよみがえっているのである。
今日、民主党の最大支持基盤は、労働組合です。最大の支持団体は連合(日本労働組合総連合会)であり、また日教組・部落解放同盟を支持団体に持ち、民主党は在日外国人も党員になれる政党であり、在日韓国人による民団との関係も深く、朝鮮総連との繋がりも露呈しています。民主党の政策は、リベラルの政策をベースにしながら、連合、日教組、部落解放同盟、在日コリアン・朝鮮総連その他団体等の主張・要望が混合されたものとなっており、東日本大震災の事よりも朝鮮学校無償化、外国人参政権、などの政策に熱心なのはすべて体制転覆の為であります。 21年9月、民主党は社民党・国民新党と連立を組み、鳩山内閣が成立した。しかし、その後一年と持たず鳩山内閣は崩壊、菅前内閣も一年少しで崩壊しました。
民主党は、日本を崩壊に導く危険性を持った政党です。その危険性が政権発足後、明らかになってきている。野田内閣の閣僚をみても、そう大きな変化もなく、もし民主党政権が長期化すると、わが国は後々回復が困難なほど深刻な打撃を受けるでしょう。
投稿文字数に制限がありますので、次回は進歩的文化人について述べたいと思います。
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反日日本人(一)では、GHQの占領協力者について述べましたが、今回は共産主義者について述べたいとおもいます。
反日日本人は、戦後より増え続け今日では溢れかえるほど存在します。
日本共産党員、40万人、「しんぶん赤旗」の発行部数は約164万部(党第25回大会、2010年1月)、職場・地域・学園に約2万4000(2005年現在)の支部を置くなど、発達した資本主義国の共産主義政党としては、最大の規模。
民主党員・サポーター、 約34万人 社民党員 約4万人
驚くほどの数字になっています。
明治43.44年の明治天皇陛下暗殺を企てた幸徳事件、大正12年皇太子裕仁親王殿下(昭和天皇陛下)を難波大助が虎ノ門で狙撃した虎ノ門事件、皇太子裕仁親王殿下の御成婚の儀の際に、大正天皇陛下と皇太子裕仁親王殿下を襲撃を企てた朴烈事件、昭和7年大韓民国臨時政府が組織した抗日武装組織韓人愛国団によって派遣された刺客・李奉昌昭和天皇陛下が乗車した馬車が桜田門外を進行中に、沿道から手榴弾が投げつけた桜田門事件などのテロ行為がありました。
戦前では、ソ連が作った国際共産党(コミンテルン)の指導下にあった日本共産党員が暗躍しました。日本共産党はコミンテルンの日本支部として作られたもので、日本の政党ではありません。彼らは、スターリンの指令に従って、「天皇制の打倒」による共産主義暴力革命を目指していました。
リヒャルト・ゾルゲを頂点とするソ連のスパイ組織が日本国内で諜報活動および謀略活動を行っていたとして、昭和16年9月から昭和17年4月にかけて、その構成員が逮捕されたゾルゲ事件などで暗躍しました、。この組織の中には、近衛内閣のブレーンとして支那事変を推進した元朝日新聞記者の尾崎秀実もいました。
彼らが信奉した国際共産主義とは、実はソ連本位の社会帝国主義・赤色ファシズムと呼ぶべきものです。戦前の日共の活動は、日本をソ連の従属国・衛星国におとしめる道でしかなかったことは、東欧諸国の戦後の運命を見れば明らかです。
終戦間際にソ連は突如不可侵条約を破って、背後から袈裟懸けに、満州・樺太・千島を侵略しました。こういう国の手先となって国内で転覆を起こそうと活動していたのですから、当時の日共がいかに反日的であったかがわかります。
戦前の日本は、世界で最も強い団結力を持った国でした。同一民族、同一言語の国としての愛国心をもって、国民がまとまっていました。
勿論、共産主義に毒された政治犯を取締まっていました。
戦後の日本に反日共産主義者が激増したのは、GHQが共産主義者の政治犯を解放し、共産主義活動を公認したことによります。解放された日本共産党員は、GHQの前で「解放軍万歳!!」と唱えたそうです。
GHQには、ニューディーラーと呼ばれる共産主義に毒された人間が多くいました。
GHQは日本を弱体化させるため、反日的な共産主義者を使って、日本人の団結心を打ち砕き、国内を分裂させようとしたのです。但し、共産主義革命をさせない程度に利用するのが目的でした。日本弱体化政策には、ニューディーラーを通じて共産主義者の意図が入り込んでいたのです。
戦後、心ならずもソ連や中国に抑留された日本人は、そこで共産主義教育を施されました。また、国外の日本共産党員が工作活動をしていました。それらによって洗脳された一部の人々は、反日的で、共産的あるいは容共的となり、ソ連や中国のエージェントや同調者となりました。日本軍の「非道悪虐」を証言している人には、こういう人たちが多いのです。
占領政策は、日本に共産主義革命を策す者たちにとって絶好の機会でしたが、昭和22年の2・1ゼネストにおいては、徳田球一、野坂参三らの日共指導層は、占領軍を「解放軍」と位置づけて、権力の奪取をめざしましたが、脅威を感じたマッカーサー元帥によって、中止を命じられました。
昭和24年の総選挙で日本共産党が大量当選すると、GHQは反共政策を取りました。25年6月、北朝鮮軍の侵攻で始まった朝鮮戦争においては、日本共産党は北鮮・ソ連・中共軍と呼応して、武装闘争による共産革命を策しました。これに対し、GHQは米軍の朝鮮出動によって生じた治安の空白をうめるため、8月に警察予備隊(自衛隊)を設置、9月に日本共産党幹部の追放を指令しました。
占領下のGHQによって破壊された、日本の治安と防衛の体制は、GHQによって回復されました。こうして、日本共産党による暴力革命は鎮圧されましたが、日本共産党は、GHQの日本弱体化政策による民主主義体制の継続が、革命に有利と考え、東京裁判史観とGHQ製憲法の護憲を国民に吹き込んできました。彼らが護憲を唱えるのは、この当時からで、これらは今日も続いています。
日本共産党は、戦前のスターリン=コミンテルンによる1932年テーゼに基づき、日本は半封建的前近代的な資本主義であると認識し、それゆえ日本における共産主義革命は、第1段階として民主主義革命となる、という段階論を唱えていました。つまり、共産主義革命のための民主化です。彼らは戦前の日本の歴史をおとしめ、日本文化を破壊することを、共産革命への前進としてとらえました。そして、米国の民主化政策に便乗し、日本の民主化を革命の手段として、推し進めたのです。
日本共産党は、愛国革新と自主独立を唱えてきましたが、愛国といっても共産革命のための手段にすぎず、本当に日本の伝統を守り、日本の精神文化を育てようというものではありません。「愛国の美名の下の反日」というのが、実態です。その一つの証拠として、彼らは東京裁判による日本断罪の自虐史観を、宣伝・教育しています。
国を混乱させた、安保をめぐって、日本の共産主義運動は、反日共の諸党派を生み出し、分裂と対立の道を歩んできました。その潮流には反スターリニズム、トロツキズム、毛沢東主義、反日爆弾闘争主義などがあります。また、マルクスの文献研究によって、非ロシア的なマルクス主義もあらわれました。そして、革共同、共産同などが、革命の正統争いを続けながら四分五裂してきたのですが、そこに通底するのは、日本的情念と反日感情との相矛盾した力です。
我国以外の国では、多くの共産主義者は愛国者であり、愛国者だから共産主義者になった人々も多いようですが、しかし、日本においては、共産主義者は本質的に反日的であるという特異な現象を現しています。その淵源は、スターリン=コミンテルンによる1932年テーゼにあるのであり、スターリンによるマインドコントロールに呪縛され続けているのです。
投稿文字数に制限がありますので、次回は今現在、病める日本を巣食っている民主党に多くいる社会主義者について述べたいと思います。
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今年の石原都知事の靖国参拝の時の動画です。
私は、日本人でありながら、自虐的な歴史観をもって、自分の国と国民を侮辱し、自国の国益に反することをする人を、反日日本人と呼ぶこととします。恐らく世界広しといえど、自分自身が生を受け、育んでくれた国を、こともあろうか、体制転覆を願い、国を売り渡そうとしている政党・政治家が跋扈うしているのは、我国だけでしょう。
他国であれば、「スパイ」「人民の敵」「売国奴」などとして厳しい制裁を受けるでしょう。
しかし、我国だけは、反日日本人のパラダイスとなっています。
しかも、反日日本人を集めた寄り合い所帯の政党が政権を担っている有様です。政権交代後の民主党内閣は2代続けて、政権担当能力のなさを露呈しました。今月初めに発足した新内閣も、一定の支持を得てはいますが、与党の執行部、新閣僚の布陣を見るに前内閣とさほど変わりはなく、いつまで我国の政治の迷走は続くのか、不安であります。
一体この人たちは、どのようにして誕生したのでしょうか。私は、主に四つの淵源があると考えています。
1.占領政策の協力者
2.社会・共産主義者
3.進歩的文化人
4.日教組
1.占領政策の協力者
遡ること60年以上も前、我国を占領した占領軍は、優秀で、勇敢な我国が二度と刃向わないように、占領政策を行いました。
しかも、日本人の中から占領政策に協力する、反日的な日本人を生み出しました。余り日本国民の中では知られていませんが、その一部は、民間検閲の中から生まれ、占領時代、連合国総司令部の民間検閲支隊(CCD)は、日本の言論活動を厳しく検閲しました。検閲のためには、日本語に堪能な者が多数必要ですが、米国内にはほとんどいませんでした。そこで、占領後の日本で、日本人でありながら、日本人を検閲する協力者を募りました。彼らなくしては、世界史に類のない巧妙な検閲体制はあり得ませんでした。
、「検閲員に応募してCCD入りした人々の当初の動機は、ほとんどが経済的なものであったにちがいない。当時の日本人はまず飢えをしのがねばならず、そのためには自己の能力を最大限に利用しなければならなかったからである」。と江藤淳氏は語っています。
戦後、世界的に食糧事情が悪化し、昭和21年5月9日、社会主義者らの扇動により、宮城(皇居)前で飯米獲得人民大会が開かれ、25万人が参加したと伝えられているほど、食糧がなかったのです。
しかし、食糧が不足したのは、全国民同じであったはずです。
占領軍の手先となって日本人を検閲する日本人となったのは、滞米経験者、大学教授、外交官の古手、英語に自信のある男女の学生などであり、エリートでありました。これらの人々に対してCCDは高給を提供しました。しかし、、給金は日本政府によって国民の税金から支払われました。連合国軍は、日本国民に言論統制や検閲の存在を隠し、新聞、雑誌、映画等の検閲が行われていることを知られないようにしました。そのため、検閲者となった日本人は報酬を手にしたときから、被検閲者である他の日本人の眼に触れない「闇の世界」に属する者となり先人、同胞を裏切ったのです。
当時、CCDに勤務した者は5千人余り、翻訳通訳機関で勤務した者も合わせると1万人以上にのぼるとみられています。
勿論、彼らの手によって、20万人以上の愛国者が公職追放されたのは言うまでもありません。
CCDに勤務した人々が、後に地方自治体の首長、会社役員、大学教授、著名な著名なジャーナリスト、マスコミ関係者になったことは、公然の秘密になっていますが、誰一人として経歴にCCDの勤務の事実を記載している人はいません。
我身可愛さから、国を売り、多くの同胞を裏切ったのですから・・
投稿文字数に制限がありますので、次回は2.社会・共産主義者について述べたいと思います。 |
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台風12号の豪雨で自宅2階に取り残されていた女性(73)が自衛隊により救出された=5日午前、和歌山県那智勝浦町井関
産経ニュースより引用
台風12号がもたらした豪雨で多くの死者や行方不明者を出すなど、甚大な被害を受けた和歌山県那智勝浦町。陸上自衛隊や警察、消防による行方不明者の捜索活動が本格的に始まった5日、町内を取材した。あちこちで家屋が倒壊し、汚泥にまみれて転がる車や倒木などが積み上がる。「那智の滝」や「熊野那智大社」などでも知られる風光明媚(めいび)な景勝地には、猛威を振るった天災のいたましい爪痕がくっきりと残っていた。(永原慎吾) この度も、人命を救助し、行方不明者の懸命なる捜索を続けておられます。
本当にありがとうございます。
政権政党である民主党の中にも、自衛隊を「暴力装置」と呼んだ馬鹿者がいます。
政権担当能力のなさをカバーしているのは、ほかならぬ自衛隊でしょう。
サヨクは自衛隊に土下座して、非礼を詫びよ!
私は日本の自衛隊を誇りに思います。
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