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日本よい国、きよい国。 世界に一つの神の国。
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福澤諭吉翁 

本稿は過去に幾度となくエントリーしていますが加筆して再エントリーします。
昨今、隣国シナ、朝鮮との諸問題が噴出しています。
仏漫画祭で見せた韓国のわが国に対する敵国ぶり、最近のシナの反日工作の激化・・・筆者は憤りを隠せません。
両国との問題は、一朝一夕にして起きたことではありません。
両国に対する現代日本人の歴史、民族、文化の認識不足から起きた問題と言っても過言ではないのです。


慶應義塾の創設者であり、専修学校(後の専修大学)、商法講習所(後の一橋大学)、伝染病研究所の創設にも尽力し、他に東京学士会院(現在の日本学士院)初代会長を務め、そうした業績を元に明治六大教育家として列される福澤諭吉翁は遡ること、百二十六年前、明治十八年三月十六日、「時事新報」に記載された、福澤諭吉翁の「脱亜論」は両国の民族性を看破されています。

投稿文字数の関係上以下に、現代語訳を引用します。 


現在、西洋人の地球規模での行動の迅速さには目を見張るものがあるが、ただこれは科学技術革命の結果である蒸気機関を利用しているにすぎず、人間精神において何か急激な進歩が起こったわけではない。したがって、西洋列強の東洋侵略に対してこれを防ごうと思えば、まずは精神的な覚悟を固めるだけで充分である。西洋人も同じ人間なのだ。とはいえ西洋に起こった科学技術革命という現実を忘れてはならない。国家の独立のためには、科学技術革命の波に進んで身を投じ、その利益だけでなく不利益までも受け入れる他はない。これは近代文明社会で生き残るための必須条件である。

近代文明とはインフルエンザのようなものである。インフルエンザを水際で防げるだろうか。私は防げないと断言する。百害あって一利も無いインフルエンザでも、一度生じてしまえば防げないのである。それが、利益と不利益を相伴うものの、常に利益の方が多い近代文明を、どのようにして水際で防げるというのだろう。近代文明の流入を防ごうとするのではなく、むしろその流行感染を促しつつ国民に免疫を与えるのは知識人の義務でさえある。

西洋の科学技術革命について日本人が知ったのはペリーの黒船以来であって、これによって、国民も、次第に、近代文明を受け入れるべきだという認識を持つようになった。ところが、その進歩の前に横たわっていたのが徳川幕府である。徳川幕府がある限り、近代文明を受け入れることは出来なかった。近代文明か、それとも幕府を中心とした旧体制の維持か。この二者択一が迫られた。もしここで旧体制を選んでいたら、日本の独立は危うかっただろう。なぜなら、科学技術を利用しつつ互いに激しく競いながら世界に飛び出した西洋人たちは、東洋の島国が旧体制のなかにひとり眠っていることを許すほどの余裕を持ち合わせてはいなかったからである。

ここに、日本の有志たちは、徳川幕府よりも国家の独立を重んじることを大義として、皇室の権威に依拠することで旧体制を倒し、新政府をうちたてた。かくして日本は、国家・国民規模で、西洋に生じた科学技術と近代文明を受け入れることを決めたのだった。これは全てのアジア諸国に先駆けており、つまり近代文明の受容とは、日本にとって脱アジアという意味でもあったのである。

日本は、国土はアジアにありながら、国民精神においては西洋の近代文明を受け入れた。ところが日本の不幸として立ち現れたのは近隣諸国である。そのひとつはシナであり、もうひとつは朝鮮である。この二国の人々も日本人と同じく漢字文化圏に属し、同じ古典を共有しているのだが、もともと人種的に異なっているのか、それとも教育に差があるのか、シナ・朝鮮二国と日本との精神的隔たりはあまりにも大きい。情報がこれほど速く行き来する時代にあって、近代文明や国際法について知りながら、それでも過去に拘り続けるシナ・朝鮮の精神は千年前と違わない。この近代文明のパワーゲームの時代に、教育といえば儒教を言い、しかもそれは表面だけの知識であって、現実面では科学的真理を軽んじる態度ばかりか、道徳的な退廃をももたらしており、たとえば国際的な紛争の場面でも「悪いのはお前の方だ」と開き直って恥じることもない。

私の見るところ、このままではシナ・朝鮮が独立を維持することは不可能である。もしこの二国に改革の志士が現れて明治維新のような政治改革を達成しつつ上からの近代化を推し進めることが出来れば話は別だが、そうでなければ亡国と国土の分割・分断が待っていることに一点の疑いもない。なぜならインフルエンザのような近代文明の波に洗われながら、それを避けようと一室に閉じこもって空気の流れを絶っていれば、結局は窒息してしまう他はないからである。

『春秋左氏伝』の「輔車唇歯」とは隣国同志が助け合うことを言うが、現在のシナ・朝鮮は日本にとって何の助けにもならないばかりか、この三国が地理的に近い故に欧米人から同一視されかねない危険性をも持っている。すなわちシナ・朝鮮が独裁体制であれば日本もそうかと疑われ、向こうが儒教の国であればこちらも陰陽五行の国かと疑われ、国際法や国際的マナーなど踏みにじって恥じぬ国であればそれを咎める日本も同じ穴の狢かと邪推され、朝鮮で政治犯への弾圧が行われていれば日本もまたそのような国かと疑われ、等々、例を挙げていけばきりがない。これを例えれば、一つの村の村人全員が無法で残忍でトチ狂っておれば、たとえ一人がまともでそれを咎めていたとしても、村の外からはどっちもどっちに見えると言うことだ。実際、アジア外交を評する場面ではこのような見方も散見され、日本にとって一大不幸だと言わざるを得ない。

もはや、この二国が国際的な常識を身につけることを期待してはならない。「東アジア共同体」の一員としてその繁栄に与ってくれるなどという幻想は捨てるべきである。日本は、むしろ大陸や半島との関係を絶ち、先進国と共に進まなければならない。ただ隣国だからという理由だけで特別な感情を持って接してはならないのだ。この二国に対しても、国際的な常識に従い、国際法に則って接すればよい。悪友の悪事を見逃す者は、共に悪名を逃れ得ない。私は気持ちにおいては「東アジア」の悪友と絶交するものである。


引用ここまで



両国は明治十八年当時と現在も何ら変わっていません。
「東アジア」の悪友と絶交することこそ、わが国の国益なのです。
昨今、マスコミの識者、文化人と呼ばれる方々が「隣国だから」「長いつきあい」だからとお題目のように唱えます。
しかし、福澤翁は、
「ただ隣国だからという理由だけで特別な感情を持って接してはならないのだ。この二国に対しても、国際的な常識に従い、国際法に則って接すればよ
い」と、安易な国交を戒めておられます。


脱亜論」はアジア蔑視で、日本の朝鮮侵略の口実をつくったという反日派の説はほんとうでしようか。
 「脱亜論」は、日本・清・朝鮮三国が協力して西洋列強の侵略に対抗しようとの日本の呼びかけに応じなかった清・朝鮮に対する絶望感をあらわすものだったのです。

 一九世紀に入り、西洋列強の東アジア進出は熾烈を極めました。
特に、南下政策をとるロシアは、朝鮮半島に入ろうと機会をうかがっていた。福澤翁は、 「いま西洋が東洋に迫るそのありさまは、火事が燃え広がるのと同じである。この火事から日本という家を守るには、日本の家だけを石造りにすればすむというものではない。近隣に粗末な木造家屋があれば、類焼はまぬがれないからである」と述べられています。

福澤翁は朝鮮の心ある改革派である金玉均や日本に留学した若い朝鮮人達を慶応義塾に受け入れて援けたが、朝鮮はその恩に報いることはなく、逆に改革派を弾圧、殺害したのです。
 そうした妨害に絶望して福澤翁が書いたのが「脱亜論」でした。その後も福澤翁は半ば諦めながらも、朝鮮や清国の覚醒を期待し続けたのです。
そして、これらの真実を知らない、支那・朝鮮の為政者、国民によってわが国は批難され続けているのです。

我が国で初めて文明論を説き、文明という観点から国是・国策を論じられたのも福沢翁です。
維新後、福澤翁が、広範な知識と深い洞察力をもって、これから日本人は何をすべきかを説かれたのが、『学問のすすめ』です。
『学問のすすめ』の第1篇は、明治5年に発表されました。これは日本はじまって以来の大ベストセラーとなりました。
 『学問のすすめ』の冒頭は、周知のとおりです。


「天ハ人ノ上ニ人ヲ造ラズ人ノ下ニ人ヲ造ラズト云ヘリ」という一節はあまりに有名である。 誤解される事が多いが、この「云ヘリ」は、現代における「云われている」ということで、この一文のみで完結しているわけではなく、しかも、この言葉は福沢翁の言葉ではありません、アメリカ合衆国の独立宣言からの引用文です。

この引用文に対応する下の句とも言える一文は、
「サレドモ今広クコノ人間世界ヲ見渡スニ、カシコキ人アリ、オロカナル人アリ、貧シキモアリ、富メルモアリ、貴人モアリ、下人モアリテ、ソノ有様雲ト泥トノ相違アルニ似タルハ何ゾヤ」
です。即ち、
「天は人の上に人を造らず人の下に人を造らずと言われている__人は生まれながら貴賎上下の差別ない。けれども今広くこの人間世界を見渡すと、賢い人愚かな人貧乏な人金持ちの人身分の高い人低い人とある。その違いは何だろう?。それは甚だ明らかだ。賢人と愚人との別は学ぶと学ばざるとに由ってできるものなのだ。人は生まれながらにして貴賎上下の別はないけれどただ学問を勤めて物事をよく知るものは貴人となり富人となり、無学なる者は貧人となり下人となるのだ。」と・・・

「天は人の上に人を造らず人の下に人を造らずと言えり」。この一句を、人間は平等でなければならないという意味だと思っている人が少なくないようです。確かに福澤翁は、人間は生まれながらに平等だと言っています。しかし、その本来平等たるべき人に違いが生じるのは、ひとえに学問をするか、しないかによると、結論しているのです。機会は平等でも結果は努力によって異なるのです。それが、福澤翁が『学問のすすめ』を書いた理由です。

素晴らしい偉人・福澤翁の教え、戒めがあるにも関わらず、戦後日本は履き違えた平等、人権が独り歩きし、何事も国家に頼る独立心、道徳観なき国民に堕ちています。
バランス感覚に優れていると言われ、賢人とも言われる日本人ですが、易きに付きやすくなっていませんか?。

かってわが国の偉人は、恵まれぬ境遇から偉業をなしとげられました。
衰亡した主家に忠誠を尽くして戦い続け、
御家再興のために「願わくは、我に七難八苦を与えたまえ」と三日月に祈った戦国武将、山中 鹿介の心意気を我々日本人は忘れてはならないでしょう・・

福澤翁は、単なる文明開化論者ではありませんでした。日本の独立維持を訴え、愛国心と尊皇心を持つ日本人でした。その言説には、維新の志士のみならず、当時の日本人の精神が脈打っています。
福澤翁の戒名は「大観院独立自尊居士」といいます。

今の日本人が忘れ去ろうとしている「独立自尊の精神」・・・・
今、福澤翁の精神に学び行動すべき時ではないでしょうか?

「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」と言われていますが、
歴史を学ぶことは、今を知ることであり、未来までをも知ることです。
民族性、お国柄は幾千年経ても変わるものではありません。

両国のお国柄が往古の昔より変わったでしょうか?


ただ隣国だからという理由だけで特別な感情を持って接してはならないのだ。この二国に対しても、国際的な常識に従い、国際法に則って接すればよい。悪友の悪事を見逃す者は、共に悪名を逃れ得ない。私は気持ちにおいては「東アジア」の悪友と絶交するものである。

福澤翁のこの言葉は未来永劫生きているのです。



天皇(すめらぎ)彌榮(いやさか)

答えは「否」です。
答えは「否」です。
ただ隣国だからという理由だけで特別な感情を持って接してはならないのだ。この二国に対しても、国際的な常識に従い、国際法に則って接すればよい。悪友の悪事を見逃す者は、共に悪名を逃れ得ない。私は気持ちにおいては「東アジア」









筆者がいつも悲しく思うことは同じ日本人でありながら本当に同じ日本人なのかと考えさせられる時です。この国に生まれ、この国の恩恵によって生かされ、守られている人生の現実を思う時、先人たちの血と涙と汗によって築かれて来た歴史の重さを感じざるを得ません。どれだけ多くの血と汗の犠牲と苦労の上に私たちは今日があるのでしょう。
ある意図と戦略を持って国民の洗脳に近い操作を行っているマスコミ。本当に同じ日本人なのだろうかと悲観します。
戦後唯物思想教育によって歪んだ人生観を持った人間は間違いなく歪んだ国家観を持つに至るのです。
冒頭のある動画は戦犯問題を支那人が論じたものですが、わが国の近代史に無知な方々も同様な認識しか恐らく持たれていないと筆者は推察します。

産経新聞の平成26年1月18日記載の「先人が決着つけた「戦犯」問題」を以下に引用します。

日本人が知っておくべき歴史的事実の一つは、先人たちが戦犯問題に決着をつけたことだろう。

昭和27(1952)年4月28日のサンフランシスコ講和条約発効後、間もなく、「戦犯受刑者の助命、減刑、内地送還」を求める国民運動が巻き起こり、約4千万人の署名が集まった。独立を回復したにもかかわらず、なぜ、敵国に裁かれた同胞たちは釈放されないのか、といった疑問が共有されたからである。

当時、巣鴨、モンテンルパ(比)、マヌス島(豪州)では1千人以上の日本人らが、A級およびB・C級戦犯として服役していた。講和条約第11条は関係国の同意なくして、日本政府は独自に戦争受刑者を釈放してはならないと規定されていたためだ。

これに対し衆参両院はほぼ全会一致の5回にわたる赦免決議を採択した。趣旨説明に立った改進党の山下春江議員は極東国際軍事裁判(東京裁判)をこう批判した。

「戦犯裁判の従来の国際法の諸原則に反して、しかもフランス革命以来人権保障の根本的要件であり、現在文明諸国の基本的刑法原理である罪刑法定主義を無視いたしまして犯罪を事後において規定し、その上、勝者が敗者に対して一方的にこれを裁判したということは、たといそれが公正なる裁判であったとしても、それは文明の逆転であり、法律の権威を失墜せしめた、ぬぐうべからざる文明の汚辱であると申さなければならない」(27年12月9日衆院本会議)

日本社会党の古屋貞雄議員も「敗戦国にのみ戦争犯罪の責任を追究するということは、正義の立場から考えましても、基本人権尊重の立場から考えましても、公平な観点から考えましても、私は断じて承服できない」(同)と訴えた。東京裁判がいかに不当で一方的なものかを論難するのに保革の違いはなかった。

翌28年8月6日、A級、B級、C級を問わず、戦犯を犯罪者と見なすのではなく、公務で亡くなった「公務死」と認定し、困窮を極める戦犯遺族たちに遺族年金、弔慰金を支給する戦傷病者戦没者遺族等援護法の一部改正法が成立した。靖国神社への合祀(ごうし)も手続きに従って進められた。

確認したいのは、一連の戦犯問題の処理に外国から異論は唱えられなかったことだ。これらが独立した戦後日本の原点だった。

昨年12月26日、靖国神社に参拝した安倍晋三首相に対する非難、とりわけ国内からの強い批判にはこうした事実認識がすっぽり抜け落ちていないか。

残念なのは、先人たちの労苦と思いが忘れ去られてしまったことだ。それどころか「勝者の裁き」を受け入れる「東京裁判史観」による発言が平然と出ている。

後藤田正晴官房長官は61年8月、東京裁判の正当性を認める見解を示し、小泉純一郎首相は平成17年6月、「(A級戦犯は)戦争犯罪人という認識をしている」と国会で答弁した。

安倍政権は少しずつ是正している。だが、日本が心を一つにして作り上げた成果を自らの手で無効にしてしまった所業は消えない。これを喜んでいるのは、さて、誰であろうか。

「戦犯」とは戦争犯罪人の略称ですが、大東亜戦争後にアジア・太平洋の各地で開かれた軍事裁判は、戦犯をA項・B項・C項のさ3項に分けました。「A級戦犯」とは、ロンドン協定により開設された極東国際軍事裁判所条例の第五条(イ)項の、(イ)平和ニ対スル罪  に定義により決定された戦時の政治・外交・軍事指導者で、「侵略戦争」を計画・実行したとして起訴または有罪とされた者、「B級戦犯」とは、戦争犯罪類型B項(ロ)「通例の戦争犯罪」、非戦闘員や捕虜の虐待など戦時国際法に違反する行為を行ったとして起訴または有罪とされた者をいい、C項は(ハ)「人道に対する罪」とされました。

極東国際軍事裁判ではA級戦犯とされた7人の日本人が心ならずも、絞首刑とされたが、これ以外にBC級戦犯とされた人々、1,061名が処刑された。BC級戦犯裁判とは、特定地域で「通例の戦争犯罪」を行った者に対して、連合国各国が行った軍事裁判をいい、連合国は米、英、仏、豪、フィリピン、オランダ、中華民国の7カ国が、49の法廷でこの裁判を実施しました。この他にソ連も裁判を行った。その実態は殆ど知られず、闇の中です。
BC級戦犯裁判のうち、日本国内では、唯一、アメリカが横浜地方裁判所を接収して行いました。これを、BC級横浜裁判といいます。事件総数は327件、起訴人員は合計1,037名で、各地のBC級裁判の中でも最大規模であり、判決では112名ないし123名あるいは124名に絞首刑が言い渡され、うち51名の絞首刑が執行されました。
約千名の人々が、東京・横浜以外の法廷で裁かれ、処刑されたわけです。そのうちの多くは、外国でずさんな形で起訴され、弁護らしい弁護も受けられずに、戦勝国による見せしめ、復讐として処刑されました。

こころある日本人は、戦犯という文字を使うべきではありません。わが国に戦犯は存在しないのですから・・・
日本人なら、日本人を信じるべきです。
そして日本人としての「矜持」を持ってほしいと願ってやまないのです。

大きな災害での規律ある行動を日本人は世界各国で賞賛されていますが、大東亜戦争で戦った先人も同じ日本人であり、我々の祖先なのです。
先人の汚名を雪ぐことなくして、国家の繁栄はありえないのです。



NHK解体を・・

 
 
NHKの偏向報道は醜いものです。。益々親韓反日が増長するNHK・・・・
どこの国の国営放送でしょうか?

新聞、テレビ局は政党に非ず。メディアなのです。メディアの本義はあくまでも「中間にある媒介物」でなければならないはずです。情報を透明に公正に伝える役目こそが原点です。NHK、朝日新聞などは完全にメディアの域を逸脱し、ある意図と戦略を持って国民の洗脳に近い操作を行っています。本当に同じ日本人なのだろうか。戦後唯物思想教育によって歪んだ人生観を持った人間は間違いなく歪んだ国家観を持つに至るのです。
筆者がいつも悲しく思うことは同じ日本人でありながら本当に同じ日本人なのかと考えさせられる時です。この国に生まれ、この国の恩恵によって生かされ、守られている人生の現実を思う時、先人たちの血と涙と汗によって築かれて来た歴史の重さを感じざるを得ません。どれだけ多くの犠牲と苦労の上に私たちは今日があるのでしょう。
わが国、わが民族を貶めるNHK、朝日の解体を・・
 
NHK解体の歌が巷で歌われる時、御国は正しい方向へと向かうでしょう・・
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福澤諭吉翁 


昨今、隣国シナ、朝鮮との諸問題が噴出しています。
しかし、両国との問題は、一朝一夕にして起きたことではありません。
両国に対する現代日本人の歴史、民族、文化の認識不足から起きた問題と言っても過言ではないのです。


慶應義塾の創設者であり、専修学校(後の専修大学)、商法講習所(後の一橋大学)、伝染病研究所の創設にも尽力し、他に東京学士会院(現在の日本学士院)初代会長を務め、そうした業績を元に明治六大教育家として列される福澤諭吉翁は遡ること、百二十六年前、明治十八年三月十六日、「時事新報」に記載された、福澤諭吉翁の「脱亜論」は両国の民族性を看破されています。

投稿文字数の関係上以下に、現代語訳を引用します。 


現在、西洋人の地球規模での行動の迅速さには目を見張るものがあるが、ただこれは科学技術革命の結果である蒸気機関を利用しているにすぎず、人間精神において何か急激な進歩が起こったわけではない。したがって、西洋列強の東洋侵略に対してこれを防ごうと思えば、まずは精神的な覚悟を固めるだけで充分である。西洋人も同じ人間なのだ。とはいえ西洋に起こった科学技術革命という現実を忘れてはならない。国家の独立のためには、科学技術革命の波に進んで身を投じ、その利益だけでなく不利益までも受け入れる他はない。これは近代文明社会で生き残るための必須条件である。

近代文明とはインフルエンザのようなものである。インフルエンザを水際で防げるだろうか。私は防げないと断言する。百害あって一利も無いインフルエンザでも、一度生じてしまえば防げないのである。それが、利益と不利益を相伴うものの、常に利益の方が多い近代文明を、どのようにして水際で防げるというのだろう。近代文明の流入を防ごうとするのではなく、むしろその流行感染を促しつつ国民に免疫を与えるのは知識人の義務でさえある。

西洋の科学技術革命について日本人が知ったのはペリーの黒船以来であって、これによって、国民も、次第に、近代文明を受け入れるべきだという認識を持つようになった。ところが、その進歩の前に横たわっていたのが徳川幕府である。徳川幕府がある限り、近代文明を受け入れることは出来なかった。近代文明か、それとも幕府を中心とした旧体制の維持か。この二者択一が迫られた。もしここで旧体制を選んでいたら、日本の独立は危うかっただろう。なぜなら、科学技術を利用しつつ互いに激しく競いながら世界に飛び出した西洋人たちは、東洋の島国が旧体制のなかにひとり眠っていることを許すほどの余裕を持ち合わせてはいなかったからである。

ここに、日本の有志たちは、徳川幕府よりも国家の独立を重んじることを大義として、皇室の権威に依拠することで旧体制を倒し、新政府をうちたてた。かくして日本は、国家・国民規模で、西洋に生じた科学技術と近代文明を受け入れることを決めたのだった。これは全てのアジア諸国に先駆けており、つまり近代文明の受容とは、日本にとって脱アジアという意味でもあったのである。

日本は、国土はアジアにありながら、国民精神においては西洋の近代文明を受け入れた。ところが日本の不幸として立ち現れたのは近隣諸国である。そのひとつはシナであり、もうひとつは朝鮮である。この二国の人々も日本人と同じく漢字文化圏に属し、同じ古典を共有しているのだが、もともと人種的に異なっているのか、それとも教育に差があるのか、シナ・朝鮮二国と日本との精神的隔たりはあまりにも大きい。情報がこれほど速く行き来する時代にあって、近代文明や国際法について知りながら、それでも過去に拘り続けるシナ・朝鮮の精神は千年前と違わない。この近代文明のパワーゲームの時代に、教育といえば儒教を言い、しかもそれは表面だけの知識であって、現実面では科学的真理を軽んじる態度ばかりか、道徳的な退廃をももたらしており、たとえば国際的な紛争の場面でも「悪いのはお前の方だ」と開き直って恥じることもない。

私の見るところ、このままではシナ・朝鮮が独立を維持することは不可能である。もしこの二国に改革の志士が現れて明治維新のような政治改革を達成しつつ上からの近代化を推し進めることが出来れば話は別だが、そうでなければ亡国と国土の分割・分断が待っていることに一点の疑いもない。なぜならインフルエンザのような近代文明の波に洗われながら、それを避けようと一室に閉じこもって空気の流れを絶っていれば、結局は窒息してしまう他はないからである。

『春秋左氏伝』の「輔車唇歯」とは隣国同志が助け合うことを言うが、現在のシナ・朝鮮は日本にとって何の助けにもならないばかりか、この三国が地理的に近い故に欧米人から同一視されかねない危険性をも持っている。すなわちシナ・朝鮮が独裁体制であれば日本もそうかと疑われ、向こうが儒教の国であればこちらも陰陽五行の国かと疑われ、国際法や国際的マナーなど踏みにじって恥じぬ国であればそれを咎める日本も同じ穴の狢かと邪推され、朝鮮で政治犯への弾圧が行われていれば日本もまたそのような国かと疑われ、等々、例を挙げていけばきりがない。これを例えれば、一つの村の村人全員が無法で残忍でトチ狂っておれば、たとえ一人がまともでそれを咎めていたとしても、村の外からはどっちもどっちに見えると言うことだ。実際、アジア外交を評する場面ではこのような見方も散見され、日本にとって一大不幸だと言わざるを得ない。

もはや、この二国が国際的な常識を身につけることを期待してはならない。「東アジア共同体」の一員としてその繁栄に与ってくれるなどという幻想は捨てるべきである。日本は、むしろ大陸や半島との関係を絶ち、先進国と共に進まなければならない。ただ隣国だからという理由だけで特別な感情を持って接してはならないのだ。この二国に対しても、国際的な常識に従い、国際法に則って接すればよい。悪友の悪事を見逃す者は、共に悪名を逃れ得ない。私は気持ちにおいては「東アジア」の悪友と絶交するものである。


引用ここまで



両国は明治十八年当時と現在も何ら変わっていません。
「東アジア」の悪友と絶交することこそ、わが国の国益なのです。
昨今、マスコミの識者、文化人と呼ばれる方々が「隣国だから」「長いつきあい」だからとお題目のように唱えます。
しかし、福澤翁は、
「ただ隣国だからという理由だけで特別な感情を持って接してはならないのだ。この二国に対しても、国際的な常識に従い、国際法に則って接すればよい」と、安易な国交を戒めておられます。


脱亜論」はアジア蔑視で、日本の朝鮮侵略の口実をつくったという反日派の説はほんとうでしようか。
 「脱亜論」は、日本・清・朝鮮三国が協力して西洋列強の侵略に対抗しようとの日本の呼びかけに応じなかった清・朝鮮に対する絶望感をあらわすものだったのです。

 一九世紀に入り、西洋列強の東アジア進出は熾烈を極めました。
特に、南下政策をとるロシアは、朝鮮半島に入ろうと機会をうかがっていた。福澤翁は、 「いま西洋が東洋に迫るそのありさまは、火事が燃え広がるのと同じである。この火事から日本という家を守るには、日本の家だけを石造りにすればすむというものではない。近隣に粗末な木造家屋があれば、類焼はまぬがれないからである」と述べられています。

福澤翁は朝鮮の心ある改革派である金玉均や日本に留学した若い朝鮮人達を慶応義塾に受け入れて援けたが、朝鮮はその恩に報いることはなく、逆に改革派を弾圧、殺害したのです。
 そうした妨害に絶望して福澤翁が書いたのが「脱亜論」でした。その後も福澤翁は半ば諦めながらも、朝鮮や清国の覚醒を期待し続けたのです。
そして、これらの真実を知らない、支那・朝鮮の為政者、国民によってわが国は批難され続けているのです。

我が国で初めて文明論を説き、文明という観点から国是・国策を論じられたのも福沢翁です。
維新後、福澤翁が、広範な知識と深い洞察力をもって、これから日本人は何をすべきかを説かれたのが、『学問のすすめ』です。
『学問のすすめ』の第1篇は、明治5年に発表されました。これは日本はじまって以来の大ベストセラーとなりました。
 『学問のすすめ』の冒頭は、周知のとおりです。


「天ハ人ノ上ニ人ヲ造ラズ人ノ下ニ人ヲ造ラズト云ヘリ」という一節はあまりに有名である。 誤解される事が多いが、この「云ヘリ」は、現代における「云われている」ということで、この一文のみで完結しているわけではなく、しかも、この言葉は福沢翁の言葉ではありません、アメリカ合衆国の独立宣言からの引用文です。

この引用文に対応する下の句とも言える一文は、
「サレドモ今広クコノ人間世界ヲ見渡スニ、カシコキ人アリ、オロカナル人アリ、貧シキモアリ、富メルモアリ、貴人モアリ、下人モアリテ、ソノ有様雲ト泥トノ相違アルニ似タルハ何ゾヤ」
です。即ち、
「天は人の上に人を造らず人の下に人を造らずと言われている__人は生まれながら貴賎上下の差別ない。けれども今広くこの人間世界を見渡すと、賢い人愚かな人貧乏な人金持ちの人身分の高い人低い人とある。その違いは何だろう?。それは甚だ明らかだ。賢人と愚人との別は学ぶと学ばざるとに由ってできるものなのだ。人は生まれながらにして貴賎上下の別はないけれどただ学問を勤めて物事をよく知るものは貴人となり富人となり、無学なる者は貧人となり下人となるのだ。」と・・・

「天は人の上に人を造らず人の下に人を造らずと言えり」。この一句を、人間は平等でなければならないという意味だと思っている人が少なくないようです。確かに福澤翁は、人間は生まれながらに平等だと言っています。しかし、その本来平等たるべき人に違いが生じるのは、ひとえに学問をするか、しないかによると、結論しているのです。機会は平等でも結果は努力によって異なるのです。それが、福澤翁が『学問のすすめ』を書いた理由です。

素晴らしい偉人・福澤翁の教え、戒めがあるにも関わらず、戦後日本は履き違えた平等、人権が独り歩きし、何事も国家に頼る独立心、道徳観なき国民に堕ちています。
バランス感覚に優れていると言われ、賢人とも言われる日本人ですが、易きに付きやすくなっていませんか?。

かってわが国の偉人は、恵まれぬ境遇から偉業をなしとげられました。
衰亡した主家に忠誠を尽くして戦い続け、
御家再興のために「願わくは、我に七難八苦を与えたまえ」と三日月に祈った戦国武将、山中 鹿介の心意気を我々日本人は忘れてはならないでしょう・・

福澤翁は、単なる文明開化論者ではありませんでした。日本の独立維持を訴え、愛国心と尊皇心を持つ日本人でした。その言説には、維新の志士のみならず、当時の日本人の精神が脈打っています。
福澤翁の戒名は「大観院独立自尊居士」といいます。

今の日本人が忘れ去ろうとしている「独立自尊の精神」・・・・
今、福澤翁の精神に学び行動すべき時ではないでしょうか?


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週刊新潮「生前退位」報道 内閣官房と宮内庁が抗議

2013.6.13 19:21 産経ニュース
内閣官房と宮内庁は13日、同庁の風岡典之長官が、天皇の生前退位や皇位継承の辞退を可能にする皇室典範改正を安倍晋三首相に要請したとする週刊新潮6月20日号の記事について「このような事実は一切なく、この記事はまったく事実無根」と、同誌編集部に対し文書で抗議し、訂正を申し入れた。風岡長官本人も同日の定例記者会見で、「事実無根」と否定した。
 記事では、風岡長官が今年2月1日、安倍首相に皇室典範の改正を提案したとしている。将来、皇太子さまが天皇に即位した後、早い段階で退位され、悠仁さまが皇位を継承されるという考えを宮内庁側が示し、そのために秋篠宮さまに皇位辞退の権利を認めるとしている。
 また、「すべて天皇、皇后両陛下の思(おぼ)し召(め)し。すでに天皇・皇太子・秋篠宮の三者による頂上会談でも話し合われ、納得されている」と宮内庁幹部が解説したとしている。

 内閣官房と宮内庁の文書では、こうした内容を全面否定している。同庁によると、事前に同誌から文書による取材があり、こうした事実がないと回答したが、記事は、その回答について触れなかった。同誌編集部は「記事は機密性の高い水面下の動きに言及したもの。内容には自信を持っている」とコメントした。





拙稿をご覧いただいている皆様におかれましては、宮内庁は戦前の宮内省を連想されるでしょうが、まったく違うものです。
宮内省は、皇室が内閣総理大臣に制約されないようにするため内閣から独立、長官として宮内大臣が置かれ皇室をお護りする組織でした。
現在の宮内庁は、皇室をお護りする組織ではなく、単なる事務屋にしかすぎないのです。
忠良なる事務屋ならまだしも皇室にとって、御国にとっても害を為す存在でしかありません。
「宮外庁」「宮害庁」「宮無い庁」「サヨクの組織」と言うほうが適切な組織に成り下がってしまったのです。一刻も早く宮城(皇居)のお濠から出て解体、再編すべきです。
筆者が文字に起こすのもおこがましい、「生前退位」は「女性宮家」「大喪の簡略化」などと根っこは同じで、皇室の権威、御稜威を貶めるものです。

マスコミの報道も然り、
週刊新潮も国家の大事を軽々しく記事にするのは不敬の極みであります。
畏くも陛下以外の皇族に対し、尊称すら使わず、○○さまなどと軽々しく呼び、日本人にあるまじきことです。
戦後、68年近くの歳月が過ぎ、皇室をお護りせねばならない組織まで反日勢力の手が及んでいることに多くの日本国民に知っていただきたいものです。

わが国に万世一系の皇統が途絶える時、日本が日本で無くなり、まったく別の国家になってしまうということを努努忘れてはなりません。
そして一度失うと二度とは戻ってこないものです。

それほど「皇統」「國體」は大事なものなのです。
アメブロにタイトル同じで移行。
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