ここから本文です
日本よい国、きよい国。 世界に一つの神の国。
降り積もる深雪(みゆき)に耐えて色変えぬ 松ぞ雄々しき人もかくあれ

書庫皇室の記事

記事検索
検索
イメージ 1
 
 
今朝の産経新聞に、興味深い記事がありました。
以下、掲載いたします。
 
・・・・・・・・・
高崎経済大学教授・八木秀次 女性宮家創設は荊の道の始まり
(産経新聞 2011.12.6 )
 
 
宮内庁の羽毛田信吾長官は10月5日、野田佳彦首相に直接、「女性宮家」創設により皇族方の減少を食い止めることが喫緊の課題だと伝えたという。これを受けて11月25日、藤村修官房長官は「政府としても今後検討していく必要がある」と発言し、その後、政府内に勉強会が設置された。
 
≪「有識者会議」の焼き直し≫
「女性宮家」の創設が提唱されるのは、現行の皇室典範12条で女性皇族は結婚すれば皇籍を離れなければならないが、結婚後も皇籍に留まるようにすることで、皇族の減少を防ぎ、これによって天皇陛下の公務のご負担を軽減するためだとされる。
しかし、皇族の減少を防いで、天皇陛下の公務のご負担を軽減するためという理由は直ちに、「女性宮家」創設という結論に結び付かないはずである。何よりも、天皇陛下の公務のご負担の軽減は公務自体のあり方を見直し、数を減らせばよいのであって、年々公務を肥大させ、陛下にご負担を強いているのは宮内庁の責任である
また、皇族の減少を防ぐには、後述するように別の方法もあるのであり、「女性宮家」の創設は順序としてそれを検討した後でなければならない。
端的に言えば、この度の「女性宮家」創設の提案は、6年前の「皇室典範に関する有識者会議」の報告書の焼き直しである。
同報告書は主として、(1)女性天皇・女系天皇の容認(2)皇位継承順位の長子優先(3)女性宮家の創設−の3点を提唱した。今回の提案は、6年前に議論が集中した(1)と(2)を避けて、(3)だけを持ち出したものである。しかし、「女性宮家」の創設は、宮内庁や政府関係者が考えているほど簡単なものではない。
 
≪前途に立ちはだかる9の難問≫
第一に、女性宮には皇位継承権があるのかが検討されなければならない。継承権があるとすれば、これは「女性天皇」容認と同じことになる。皇位継承権とは皇位に就く法的権限だからである。逆に継承権がなければ、女性宮は単なる皇室の公務の分担者という位置づけになる。
第二に、皇位継承順位をどうするのかが問題となる。男子優先とするのか、長子優先なのかということである。
第三に、いっそう本質的な問題であるが、「女性宮家」は一代限りなのか、それとも世襲とするかが検討されなければならない。世襲ということになれば、女性宮のお子様は男子であれ女子であれ、「女系」の皇族ということになり、この方々が皇位継承権を持つならば、それはそのまま「女系天皇」容認を意味する。そして、それは神武天皇以来125代にわたって一貫して「男系」で継承されてきた皇位継承原理に、一大変革をもたらすものとなる
第四に、女性宮の配偶者は皇族とするのか、公務に携わるのか、敬称はどうするのかが検討されなければならない。また、「女性宮家」を一代限りとし、配偶者は皇族でないとした場合、配偶者はその氏を名乗り続けるのか、夫婦別姓とならないかも問題となる。
第五に、第三の点とも関連するが、世襲を避けて「女性宮家」を一代限りとした場合に、お子様は皇族とするのか否か、敬称はどうするのか、氏はどうするかも問題となる。
第六に、皇族に支給される皇族費はどなたを対象にするのか。一代限りの場合、配偶者やお子様にも支給されるのか。
 
≪女系天皇に道開く一大変革≫
第七に、女性宮の候補者としてどなたを想定しているのか。例えば、遡及(そきゅう)して天皇陛下のご長女の黒田清子さんも想定しているのか。天皇陛下から見れば、いとこのお子様という関係になる寛仁親王家や高円宮家の女王殿下も対象とするのか。政府内の勉強会では「天皇の子と孫」という案が出ている。
第八に、対象者全員に「女性宮家」創設を強制できるのか。ご自身はそのつもりで育っていない、ということにならないのか。
第九に、強制ではなく、ご本人の意思を尊重するとした場合、逆に恣意(しい)や政治的意思が働かないかといったことが問題となる。
かつて慶応大学教授の笠原英彦氏は女性天皇容認を「荊(いばら)の道の始まり」(『女帝誕生』)と述べたが、「女性宮家」創設にも同じ厄介な問題が続出する。それは「女性宮家」が皇室の歴史にはない全く新しい存在だからである。
 
羽毛田長官は野田首相に現在の皇族の範囲の図を示して説明したという。初めに結論あってのことと思われる。だが、皇族の数を増やすに際して歴史的に用いられたのは、神武天皇以来の男系の血を継承した方々に皇籍に戻っていただくという方法である。今日で言えば、戦後まもなく皇籍離脱を余儀なくされた旧11宮家の方々に皇籍に戻っていただくことも検討されてよいが、有識者会議も真面目に検討した形跡はない。
政府は、「女性宮家」創設という「荊の道」ではなく、「男系継承」という歴史的に踏み固められた道を選ぶべきであろう。
 
・・・・・・
 
アメリカの外交官でOSS(戦略情報局)のエマーソンはかつてこう言いました。
(OSSは戦後GHQの日本破壊政策に大きな影響を与えたものです)
「コミンテルンのテーゼは共産主義者の綱領を大前提として天皇制廃止を要求したが、野坂(参三)はこの立場を修正して、もし日本人民が望むならば天皇の存在を認めることにした。
彼は日本人の大部分が天皇に対して簡単に消えない愛情と尊敬を抱いていると考えていた。そこで彼は天皇制打倒という戦前の共産党のスローガンを慎重に避けて、平和回復後の皇室に関する決定については用心深く取り組む道を選んだ。しかし同時に天皇は戦争責任を負って退位すべきであると主張した」
一気に天皇を打倒するのではなく他の改革を以て廃絶させる社会主義革命の二段階論が込められている。(「OSS日本計画」より)
 
戦前、コミンテルンが、そしてその支部であった日本共産党が“天皇制廃止”を掲げていたのを、
日本共産党の野坂参三は、
「最終的には天皇廃止を企むが、日本人は天皇や皇室に対する信仰は相当深いので、これをスローガンとすると大衆から孤立してしまうので、天皇制は存続させ、戦後、一般人民投票によって天皇制の存続を決定すべき」と、戦時中に支那共産党の本拠地であった延安で演説しました。
 
「天皇制」という言葉は日本語の伝統には存在しないものです。
この言葉がモスクワから日本に持ち込まれたのは大正12315日、日本共産党の綱領討議のために開いた拡大執行委員会の席でありました。場所は東京府北豊島郡石神井(しゃくじい)村の料亭豊島館で、いわゆる石神井会議と呼ばれたものであります。
 
1932年、「日本における情勢と日本共産党の任務に関するテーゼ」、いわゆる三二年テーゼがコミンテルンで採択され、同年七月、日本共産党の機関紙赤旗特別号で「天皇制」という共産党用語がおおやけに使われ始めたのです。
この言い方は天皇陛下を否認し、天皇陛下を排斥するために使われ、天皇陛下を貶めるために使われていた言葉でありました。
 
また、「天皇家」という言葉はもともと日本の戦前はなく、戦後、左翼歴史家の禰津正志によって使われ始めた左翼言葉であります。
「制度」にしておけばいつでも廃止できる。「家」にしておけば断絶できる、ということです。
しかし、天皇陛下は神話から繋がる我が日本の「国体」そのものであります。
一般国民の「家」とは違うのです。
 
彼らの後を引き継いだ連中が今も天皇廃絶、皇室解体を企てているからこそ、上の記事のような突拍子もない議論をしたがるのでありましょう。
だからこそ、彼らの目的である天皇廃絶、皇室解体への布石がこの「女性宮家」の議論であると思うのであります。
 
 
・・・・・・・・・
 
                さくらの花びらへの応援お願いします。
                     歴史ブログランキングのクリックをお願い致します。
                          ↓ ↓ ↓ ↓ 
                                     https://blog.with2.net/in.php?1248574
 
 

転載元転載元: さくらの花びらの「日本人よ、誇りを持とう」

菊栄親睦会

イメージ 1

イメージ 2
菊栄親睦会  御尊影





君が代



謹んでお伝え致します。

畏きあたりにおかせられましては、2日午前、皇居内の三の丸尚蔵館におかれまして、開催中の展覧会「幻の室内装飾−明治宮殿の再現を試みる」をご覧あそばされた。
 明治宮殿は明治21年に完成し、昭和20年5月に戦災で焼失。会場には明治宮殿を彩った衝立や花瓶などが展示され、畏くも天皇陛下におかせられましては、先帝陛下、香淳皇后陛下の住まいだった奥宮殿の間取り図をご覧あそばせながら「ここの廊下に魚の標本が並べてあってよく見ました」と懐かしまれた。

午後、皇后陛下におかせられましては、宮城・窓明館におかれまして、勤労奉仕団ごあいさつあそばされた。


皇室まめ知識

皇室とは、一口に言えば、「畏くも天皇陛下を中心とするひとつの家」です。
現在は畏くも今上陛下と皇族から成っています。しかし、ここで注意いただきたいのは、皇族には畏くも今上陛下が含まれていないことです。畏くも今上陛下におかせられましては、一人別格のご存在であらせられます。上御一人
(かみごいちにん)とも称します。
皇族は太皇太后陛下、皇太后陛下、皇后陛下、皇太子殿下、皇太子妃殿下、親王殿下、親王妃殿下、内親王殿下、王殿下、王妃殿下、女王殿下から構成されており、皇太后とは先帝の皇后を、太皇太后とは先々帝以前の皇后をいいます。現在の皇族は、合わせて21方であられます。

皆様ご存知のように、皇族には姓がありません。署名なさるときは、お名前だけを書きあそばされます。
ただし、実際には「○宮さま」と呼ばれることが多いのですが、この呼称には2種類あります。ひとつは愛子内親王殿下の「敬宮」(としのみや)という御称号です。この御称号は、いまは皇子、皇女と皇太子の御子様にだけつけることになっており、秋篠宮家の眞子内親王殿下、佳子内親王殿下には御称号はありません。
もうひとつは「秋篠宮」「常陸宮」という宮号です。
これは皇族が結婚されるときに畏くも天皇陛下から下賜されるもので、御称号とは性格が異なるものなのです(宜仁親王殿下は独身ですが、40歳を前に先帝陛下より桂宮号を受けられました)。
職業は、一般国民と違って皇族には職業選択の自由はなく、勤務されるのは公益を目的とする非営利団体に限られ、畏くも今上陛下天皇のご許可が必要です。
その場合でも、ご公務優先のため、一般同様にお勤めすることはできません。
畏くも今上陛下と皇族はご自分の持ち家をお持ちになれません。
戦後、皇室財産が国有化されたことにより、宮内庁が管理する国の施設に住まわれることになりました。
婚姻についても、皇族男子の場合は皇室会議(皇室の重要事項を審議する最高機関・皇室典範第5章)にかけられることになっています。皇族女子の場合は、婚姻は自由ですが、一時金支給のための皇室経済会議(皇室経済について国会の場とは別に皇室経済会議という意思決定機関があり、総理大臣、財務大臣、衆・参両院の正副議長、宮内庁長官、会計検査院長の8人の議員からなる)が開かれます。女子は一般国民と婚姻すると皇族を離れることになり、昭和天皇の内親王方や三笠宮家の内親王方、近くは
紀宮(のりのみや)清子(さやこ)内親王殿下がご結婚により降嫁あそばされ、皇族の身分をお離れになりました。

現在の宮家は秋篠宮家、常陸宮家、三笠宮家、三笠宮寛仁親王家、桂宮家、高円宮家の6宮家ですが、戦前は14の宮家がありました。大東亜戦争後の昭和22年、皇室財産が国有化されました。
『昭和財政史』によれば、終戦前後の皇室の財政規模は約2,500万円と推定されています。うち450万円が政府の一般会計から支出されていた。この450万円という額は明治43年度から昭和22年度まで完全に固定され、その後の財政規模の拡大にともなう差額は山林・有価証券・農地などの皇室独自の財源からまかなわれていた。終戦後には皇室が自らこの差額を調達することは不可能となり、長年固定されていた皇室費を一挙に数倍に増額することは、敗戦直後の極度に逼迫した財政のもとではとうてい合理的な説明がつかなかったのです。
11宮家51名の皇籍離脱は、形式上はGHQより押付けられた現行の皇室典範の第11条第1項「その意思に基き、皇室会議の議により」、第11条第2項「やむを得ない特別の事由があるときは、皇室会議の議により」もしくは第14条「その意思により」または第13条「皇族の身分を離れる親王又は王の妃並びに直系卑属及びその妃は、他の皇族と婚姻した女子及びその直系卑属を除き、同時に皇族の身分を離れる」によってそれぞれ行なわれた。
多くの宮家の維持が困難となり、先帝陛下の弟である秩父宮、高松宮、三笠宮を除く11宮家51人の皇族が、一度に皇籍を離れあそばされて臣籍に降下されることになったのです。

その宮家とは、閑院宮(かんいんのみや)、東伏見宮(ひがしふしみのみや)、伏見宮(ふしみのみや)、山階宮(やましなのみや)、賀陽宮(かやのみや)、久邇宮(くにのみや)、梨本宮(なしもとのみや)、朝香宮(あさかのみや)、東久邇宮、北白川宮、竹田宮です。
そもそも「宮家」とはどういったご存在なのでしょうか?以下に述べてみたいと思います。

江戸時代は伏見宮、桂宮、有栖川宮、閑院宮の四つの世襲親王家があり、それぞれの当主が天皇と養子縁組をして猶子(ゆうし)となり、親王宣下(せんげ)を受けて親王になるのが通例となっていました。親王宣下とは、皇兄弟・皇子女・皇孫などに、親王の称号を許す宣旨(せんじ)を下すことで、世襲親王家とは、代々親王宣下を受けて親王を出すことができる宮家のことです。
つまり、世襲親王家とは、皇統の存続が危ぶまれる際に皇位を継がれるよう準備された家でした。
事実、第118代後桃園天皇で系統が途絶えたときには、閑院宮家から出られた光格天皇が皇位を継承されています。世襲親王家は、鎌倉時代、亀山天皇の皇子恒明親王を初代として成立し、その後室町時代まで6代にわたって続いた常磐井宮(ときわいのみや)がはじまりです。
幕末になると、これらの世襲親王家に加えて、僧籍にあった伏見宮邦家親王の第一子、晃親王と、第四子、朝彦親王が還俗し、国事に参与すべく、それぞれ、山階宮、中川宮(のちの久邇宮)を創立あそばされた。明治維新後、皇統維持をより安定させるために、華頂宮(かちょうのみや)、梨本宮、北白川宮、小松宮などの新しい宮家が創立されます。また、明治22年、皇室典範の制定により皇位継承が男子に限られ、皇室の血統を守る必要性が強まったため、賀陽宮、東久邇宮、朝香宮、竹田宮、東伏見宮などが設立されました。
宮家のうち、竹田宮、北白川宮、朝香宮、東久邇宮の妃は明治天皇陛下の皇女です。大正に入ると、昭和天皇の弟である秩父宮、高松宮、三笠宮の3直宮家が設立されましたが、一方では嫡子が生まれなかったため、桂宮(現在の桂宮家とは異なる)、小松宮、有栖川宮、華頂宮の各宮家が絶えてしまいました。
皇籍離脱後は、それぞれ宮号から「宮」の字を除いたものを名字として名乗られ、民間人としての生活を始められました。財産税の賦課を受けてほとんどの方々が資産の多くを失い、長く経済的な困窮に苦しまれた方がいる一方、資産の一部を確保して一定の生活レベルを維持できた者、事業を興して成功された方、皇室・旧華族・神道などに関係する職に就いたりして、社会の名士として活動を続けた方もおられ、その後の運命はさまざまです。旧皇族方は世間の注目を避けて静かに生活された方がほとんどでしたが、、最近では賀陽正憲氏、竹田恒治氏など外交官に就かれた方、竹田恒泰のように積極的に著作や講演などで活躍し、マスメディアに登場されている方もおられる。なお、プリンスホテルの社名は、ホテルの建物が旧皇族の手放した土地に立地していることに由来しています。

戦前は「皇族親睦会」と呼ばれていた皇族および旧皇族による組織が昭和天皇の叡慮で、「菊栄親睦会」と改称あそばされ、11宮家51人がそのままメンバーとなっています。冒頭の御尊影にもありますが、今も、その子孫や結婚によって皇籍を離れた元内親王、結婚して皇族妃となられた方がこの菊栄親睦会の会員、その家族、親族が準会員となり、皇室と最も近い親戚筋として交流を持ちながら、皇室を支える役割を担っています。





畏くも天皇陛下、皇后陛下、皇族方におかせられましては、いつまでもお健やかにと願ってやみません。




尊 彌榮 彌榮 彌榮
 
 
日本國民(やまと民族)は皇室と共に・・・・
 
天皇陛下、皇后陛下 萬歳 萬歳 萬歳

開くトラックバック(1)

 
    皇太子徳仁親王殿下ご長女、敬宮愛子内親王殿下 万歳!!
 
 
 
 
今日から12月のスタートです。
その最初の日が誠にお目出度く慶ばしい日でありますことは、日本国民にとって、
最高の栄誉にございます。
 
本日、畏れ多くも皇太子徳仁親王殿下のご長女、敬宮愛子内親王殿下が10歳のお誕生日を
お迎えあそばされました。誠におめでとうございます。
臣民の一人として、こころよりお祝い申し上げ奉ります。
 
最近の敬宮愛子内親王殿下におかれましては、学習院へのご登校をお付き添い無しで
お行きになり、給食も教室でお食べあそばされるとの、報道を読ませていただき、
有り難く恐れ多く、感動で胸がいっぱいにございます。
また、クラブ活動や英語の授業も始まったとのことで、更なる飛躍が感じ取られます。
百人一首にも関心がおありのようで、天皇陛下をはじめ、皇族方との触れ合いも
増えておいでになることでしょう。
 
10歳にお成りあそばされた敬宮愛子内親王殿下の、今後益々のご成長を願ってやみません。
 
敬宮愛子内親王殿下 万歳!! 万歳!! 万歳!!
 
 

転載元転載元: 念ずれば 花ひらく

イメージ 1

イメージ 2
秋篠宮文仁親王殿下、悠仁親王殿下 御尊影





秋篠宮文仁親王殿下の46歳のご誕生日を臣民の一人として心よりお祝いし、殿下がお健やかなること、秋篠宮家の彌榮を祈願します。




以下にNHKニュースより引用します。
秋篠宮さまは、30日、46歳の誕生日を迎えられました。記者会見で、東日本大震災の被災地を訪問したことに触れ、「長期的な視野で今後の復興を見守り、末長く被災された方々に心を寄せていきたい」と話されました。

秋篠宮さまは、誕生日を前に紀子さまと記者会見に臨まれました。この中で秋篠宮さまは、東日本大震災の被災地を訪問したことに触れ、「大変な状況のなかにあって人々は、非常に前向きな姿勢で一日一日を過ごしているという印象を持ちました」と述べたうえで、「長期的な視野で今後の復興を見守り、末長く被災された方々に心を寄せていきたい」と話されました。紀子さまも、震災について、「人々の心身の健康や子どもたちの成長を長期にわたって見守る活動などに、関わっていくことができればと思います」と語られました。また、天皇陛下が気管支炎で入院されたことについて秋篠宮さまは、被災地へのお見舞いなど公務が特別に多い1年だったと振り返り、「宮内庁には、これからの行事のあり方を今の状態でずっといいのだという認識ではなくて、常に医師とも連携を取りながら柔軟に対応していくことが必要だ」と述べられました。さらに、天皇陛下の負担軽減のため、ある程度の年齢で公務を減らし国事行為に専念する「定年制」のような制度を設けることについて考えを尋ねられると、「定年制というのはやはり必要で、一つの考えだと思います」と答えられました。そして、年老いていくスピードは人によって変わるとして、「ある年齢で区切るのか、どうするのか、というところも含めて議論しないといけないのではないか」と述べられました。一方、女性皇族の結婚で、将来、皇族の数が大幅に減るおそれがあることについて秋篠宮さまは、国費負担が少ないという点では悪くないとしながらも、「現在の皇室を維持していくためには、ある一定の数というのは当然必要になってくる」と述べ、「今後の皇室のあり方を考えるときには、私、もしくは皇太子殿下の意見を聞いてもらうことがあってよいと思います」と話されました。



畏くも天皇陛下、皇后陛下、皇族方におかせられましては、いつまでもお健やかにと願ってやみません。




尊 彌榮 彌榮 彌榮
 
 
日本國民(やまと民族)は皇室と共に・・・・
 
天皇陛下、皇后陛下 萬歳 萬歳 萬歳

【(花園上皇)誡太子御書・元徳二年二月】

イメージ 1
花園天皇像
 
 
 
花園天皇が、甥である皇太子(光巌天皇)を訓戒されるために記されました。
 
 
余聞く、天は蒸民(じょうみん)を生じ、之れに君を樹(た)てゝ司牧(しぼく)するは、人物を利する所以(ゆえん) なり。下民の暗愚なる、之れを導くに仁義を以ってし、凡俗の無知なる、之れを馭(ギョ)するに政術を以ってす。苛(いやし)くも其の才無くんば、其の位に処(お)るべからず、人民の一官も、之れを失はゞ猶ほ天事を乱ると謂ふ。鬼瞰(きかん)遁るゝこと無し、何(いか)に況や君子の大宝をや。慎まざるべからず。懼れざるべからざる者か。 


以上文字数の関係上 冒頭のみ以下に全文大意。
 
 
私はこう聞いている、天が民を生みだし、その上に君主を立てて統治をさせるのは、人の役に立つようにするためである。
愚かな(迷いやすい)民衆を道徳に則って指導し、(目先の得失にとらわれて)先を見通すことができない人々を政治の技術で制御する
君主に相応しい能力がないのならば、君主になってはいけない。ただの役人であろうとも、相応しくない人物が役職に就くと天下が乱れるという。神様の目から逃れることはできない。ましてや君主という重大な役職にいい加減な人物が就任して世の中が乱れないということがあろうか。
しかし、太子はお付きの人に育てられて民の苦しみを知らない。いつでもきらびやかな服を着て、服を縫う人の苦労を知らない。毎日ご馳走を飽きるほど食べて、働いてお金を稼ぐことの大変さを知らない。太子はまだ国家に対してなんの貢献もしていないし、民に全く恩恵を及ぼしたりしてはいない。ただ単に祖先から受け継いだ位だからというだけで、国の全てを司る重大なる職に就任したいと願っている。人徳もないのに諸侯の助けが得られると思いこみ、功労もないというのに庶民の上に立つ、全く恥ずかしいことだとは思はないのか。
秦の政王(始皇帝)は強かったが滅ぼされた。隋の煬帝も唐に滅ぼされた。しかるに、我が国は大丈夫といっている者がいるが、それは間違っている。今の王家は累卵や崖の上で馬に乗るくらいに危険な状態にある。たとえ異姓(皇族以外の人間)が皇位を奪おうと望まなくても、自壊する危険性すらある。


冒頭は、君主のために国家人民があるのではなく、国家人民に尽くすのが君主の役目であると宣言されています。ただし、近代の民主制のように無条件で民衆が正しいなどと無責任なことはいわれません。正しい政治技術の必要にも触れられています。しかし仁義の精神でそれを使いわけよと述べられています。
即ち、「皇胤一統(万世一系)」の我が国では革命など生じないという思い込みは、甚だしい間違いである、賢聖の主(天皇)がいなければ、國が乱れ内乱が起きるおそれがある、次代を担う皇太子は学問に精励すべきであり、「宗廟の祀(祖先祭祀)」の継承こそ最も重要であると訓誡しておられます。
 
また文中にもありますが、ただの役人であろうとも、相応しくない人物が役職に就くと天下が乱れるとの臣民への戒めもあります。
戦後國が乱れているのは、相応しくない人物が為政者、教職者などの役職に就いているからです。
 
 
現在の皇太子徳仁親王殿下も学習院大学ご卒業の折に「花園天皇は・・・・徳を積むためには学問をしなければならないと説いておられ・・・その言葉に深い感銘を覚えます」と語られた。
代々の皇室に伝わる帝王学ともいえましょう。
 
 
 
 

開くトラックバック(1)

アメブロにタイトル同じで移行。
アメブロにタイトル同じで移行。
男性 / A型
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

Yahoo!からのお知らせ

友だち(51)
  • so-kei♪
  • 大企業Grや富豪の脱税情報募集
  • メリオ
  • JJ太郎
  • 近野滋之
友だち一覧

よしもとブログランキング

もっと見る
本文はここまでですこのページの先頭へ

[PR]お得情報

話題の新商品が今だけもらえる!
ジュレームアミノ シュープリーム
プレゼントキャンペーン
ふるさと納税サイト『さとふる』
11/30まで5周年記念キャンペーン中!
Amazonギフト券1000円分当たる!

その他のキャンペーン

みんなの更新記事