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日本よい国、きよい国。 世界に一つの神の国。
降り積もる深雪(みゆき)に耐えて色変えぬ 松ぞ雄々しき人もかくあれ

書庫神社のお話

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この鳥居は、福崎町内でもよく見られる明神鳥居形式に属します。総高3m28cm、全長4m96cmの石英粗面岩質の凝灰岩製です。笠木の両端がゆるく反り垂直に切られています。沓石を用いていない点や高さの割合に比べて幅が広く、柱の内転もない点は古調を帯びたつくりです。両柱の正面には銘文が刻まれており、左の柱の銘文から慶長16年(1611)に造られたことがわかり、右の柱の銘文から石工の名前がわかります。また、この鳥居は姫路城主の命により奉献したと伝えられ、石橋や社殿とともに岩尾神社の往時を示す遺品となっています。

  • 左柱(正)
     慶長十六辛亥年十一月十九日 本願
     本願請願成就所 快祐
  • 右柱(正)
     為願主二世安楽也本願快祐
     奉造立鳥居 大公森右衛門
     神東郡妙徳寺

(福崎町HPより引用)

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岩尾神社前の小川にかかる反り橋式の凝灰岩製の石橋です。長さ5m70cm、幅1m76cm、川底から橋上面までの最高は約3m10cmです。角柱の橋脚石2本をほぼ中央にたて、柱上に桁受石をわたし、それに桁石3列をかけ、板石を横に2枚づつ並べて敷きつめています。橋の両側には勾欄を設けたとみえて、親柱を差しこんだ跡が残っています。刻銘は見られませんが、その様式からすると岩尾神社石造鳥居と同時期に造られたものと考えられています。この橋は簡素ではありますが江戸時代初期の神橋形式を知る上でも貴重な資料です。

上記(福崎町HPより引用)

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天八意思慮兼神・大山咋神・大国主命を祭神として、播磨の国造を奉祀しています。正暦2年(991)慶芳上人が神積寺を開基する際に、本神社へ文殊像を合わせまつって鎮守としたと伝えられています。慶長年間に幕命により池田輝政が、不動院快祐に命じて前殿、拝殿、鳥居を修造させ、慶長16年(1611)正月19日に落成し、将軍秀忠は、輝政に代参させたといいます。その後、明暦元年(1655)、寛政9年(1797)、文化2年(1805)などの修理を経て今日に及んでいます。
 小規模な社殿で、軒廻りや縁、浜床に後補の跡が見られますが、その他はよく保存されています。極彩色で桃山時代の余風を伝え細部手法もよくその頃の技風を示している貴重な遺構です。1千年余の間、鎮守として親しまれてきた歴史深い神社です。

鎮座地 兵庫県福崎町東田原1935-1

上記(福崎町HPより引用)



わが国は神の国です。
四季の移りかわりに敏感に反応しながら生活のいとなみを続けてきた私たちの祖先は、農耕民族として太陽や雨などをはじめ、自然の恵みは、何よりも大切にしました。

自然界に起こる様々な現象、天変地異、それを神さまの仕業として畏(おそ)れ敬(うやま)ったことに信仰の始まりがあります。そして自然をつかさどる神々は、私たちの生活のすべてに関わる神として、人々に崇(あが)められるようになったのです。
わが国では約二千年前に稲作が始まりました。森を切り開き耕地整理をし、道路や集落を形成してきました。
私たちの祖先はその際にも、かならずふるさとの木による森を残しました。それが鎮守の森(杜)なのです。
「鎮守」とは、その土地の地霊をなごめ、その地を守護する神さまです。その言葉通り、鎮守の森は地震、台風などの自然災害から、私たちを守ってきました。さらに神社を守ることによって文化。伝統を伝えてきました。
これらは、世界のどの国にも見当たりません。
祖先の英知の結集でもあるのです。
神社は全国津々浦々に存在し、過去、現在、未来も氏子や崇敬者によってそれらは継承されていきます。

天皇彌榮(すめらぎいやさか)

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古来より「豊葦原瑞穂國」と称された我が国は、稲をはじめ穀物が実り豊かに実る国として遠く神話の昔より日の神「天照大御神」を崇め、田の神、山の神を崇め、「和」を大切にし、自然に感謝し、自然と共に文化・伝統を育んできました。
 
わが国は神の国です。
四季の移りかわりに敏感に反応しながら生活のいとなみを続けてきた私たちの祖先は、農耕民族として太陽や雨などをはじめ、自然の恵みは、何よりも大切にしました。
自然界に起こる様々な現象、天変地異、それを神さまの仕業として畏(おそ)れ敬(うやま)ったことに信仰の始まりがあります。そして自然をつかさどる神々は、私たちの生活のすべてに関わる神として、人々に崇(あが)められるようになったのです。神社は全国津々浦々に存在し、過去、現在、未来も氏子や崇敬者によってそれらは継承されていきます。

大宮天神社(おおみやてんじんじゃ)は昔、大汝命(おおなむちのみこと)大国主命とともに日本の国造りをされた小比古尼命(すくなひこねのみこと)(別名牛間天神)を祀っていました。
播磨国風土記には品太天皇(ほむだのすめらみこと)(応神天皇)の時代に百済人の子孫たちが川辺里(かはのべさと)で暮らしていたと記されている。

郷社 天満神社
主祭神 菅原道真
合祀祭神 天照皇大神(あまてらすすめおおかみ)、大国主命(おおくにぬしのかみ)、天児屋根命(あめのこやねのかみ)、須佐之男神(すさのおのみこと)葺不合命(ふきあえずのみこと)誉田別命(ほんだわけのみこと)

鎮座地 兵庫県神崎郡市川町(カンザキグン イチカワチョウ)小畑(オバタ)905

天皇彌榮(すめらぎいやさか)


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古来より「豊葦原瑞穂國」と称された我が国は、稲をはじめ穀物が実り豊かに実る国として遠く神話の昔より日の神「天照大御神」を崇め、田の神、山の神を崇め、「和」を大切にし、自然に感謝し、自然と共に文化・伝統を育んできました。
 
わが国は神の国です。
四季の移りかわりに敏感に反応しながら生活のいとなみを続けてきた私たちの祖先は、農耕民族として太陽や雨などをはじめ、自然の恵みは、何よりも大切にしました。
自然界に起こる様々な現象、天変地異、それを神さまの仕業として畏(おそ)れ敬(うやま)ったことに信仰の始まりがあります。そして自然をつかさどる神々は、私たちの生活のすべてに関わる神として、人々に崇(あが)められるようになったのです。神社は全国津々浦々に存在し、過去、現在、未来も氏子や崇敬者によってそれらは継承されていきます。


ご祭神 天照大神

ご由緒 神明神社は永禄九年(1566)三月二十二日、増位山東南の有明山に鎮座する天照大神を遷座したのに始まります。
江戸時代の地誌「播磨鑑」によると犬飼村は昔、澤村といい、人身御供の風習があったそうですが、伊勢の御師が身代わりに宮籠りをし、伴犬と共に大猿(ひひ)に化けていた狸を退治しました。
以来、人身御供はなくなり、伊勢両宮を氏宮として祀り、犬を飼うことから犬飼村というようになりました。

鎮座地 兵庫県姫路市香寺町犬飼591


天皇彌榮(すめらぎいやさか)


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義人を祀る置塩神社

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姫路駅から北西方向に行ったところに塩田温泉郷があります。
夢前川に沿って県道67号線が南北に走っており、塩田温泉郷の一角に置塩神社が鎮座しています。
神社は昭和二十九年の創建と新しい。寛延年間、姫路藩内で起こった大一揆の首謀者として極刑に処された古知之庄の住人、滑甚兵衛命・田利兵衛命、又坂与次右衛門命の三柱を祭神として祀る。
この当時、松平家は何度も国替えがあった結果、窮乏し、白河から姫路へ移る際も、引越し費用がなく、江戸の商人から引越し費用を借金する有様だった。寛延元年、九代将軍家重の就任祝いとして朝鮮国から使節が来朝し、姫路領の室津に寄港することとなったため、 幕府はその接待を姫路領主・松平明矩に命じた。藩財政に苦しんでいた姫路藩は、領内から金二万両の御用金を徴収し、領民たちを苦しめていた。
 その年の九月、猛台風が播州一帯を襲い、農作物は甚大な被害を被った。さらに十一月には領主松平明矩が急逝し、代わる藩主は幼いため所替は必定となり移封費用の捻出が必要となった。
 このような状態で十一月末の年貢の納期には厳しい取り立てが行われ、領内各地で一揆が発生。二か月にわたって約一万人の百姓が蜂起した。 大坂町奉行が一揆の鎮圧にのりだし、総計三百四十五人の領民が捕えられ、一年半余りの取調べの後、二人が磔、二人が獄門、三人が死罪となり、磔獄門の四名のうち三名が古知之庄近辺の百姓であった。
 極刑に処せられた滑甚兵衛と塩田利兵衛は、死後何年も墓が作られなかったが、村人たちは三十三回忌にあたる安永十年(1781)、経塚を作って霊を慰めた。 その百七十年後の昭和二十四年、滑甚兵衛と塩田利兵衛の二百年祭が行われたのを機に、
置塩神社が建設された。

名称  置塩神社
ご祭神 滑甚兵衛命・田利兵衛命、又坂与次右衛門命の三
鎮座地 兵庫県姫路市夢前町古知之庄



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鳥居には神社の名称ではなく、寛延義民社とあります。



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農民一揆の指導者たちの名前、刑罰、享年などが紹介されている顕彰碑





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福岡県知事・奥田八二による灯籠。








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厚生大臣の戸井田三郎によるもの。
戸井田は戦時中に衛生兵として学徒出陣で満州に渡り、そこで終戦を迎えた人物で、終戦後も1950年代まで帰国できなかった。
帰国後、この地区から出馬して衆議院議員となり、当選7回、1990年代には海部内閣のもとで厚生大臣。8期目の選挙中に急死。




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坂与次右衛門




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滑甚兵衛命





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田利兵衛命





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お米、塩、酒、玉串が捧げられていました。





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古来より「豊葦原瑞穂國」と称された我が国は、稲をはじめ穀物が実り豊かに実る国として遠く神話の昔より日の神「天照大御神」を崇め、田の神、山の神を崇め、「和」を大切にし、自然に感謝し、自然と共に文化・伝統を育んできました。
 
わが国は神の国です。
四季の移りかわりに敏感に反応しながら生活のいとなみを続けてきた私たちの祖先は、農耕民族として太陽や雨などをはじめ、自然の恵みは、何よりも大切にしました。
自然界に起こる様々な現象、天変地異、それを神さまの仕業として畏(おそ)れ敬(うやま)ったことに信仰の始まりがあります。そして自然をつかさどる神々は、私たちの生活のすべてに関わる神として、人々に崇(あが)められるようになったのです。神社は全国津々浦々に存在し、過去、現在、未来も氏子や崇敬者によってそれらは継承されていきます。
冒頭の画像は筆者の生家から近い岩戸神社の画像です。
兵庫県神崎郡市川町上牛尾(別称 岩戸地区)に鎮座されています。

ご祭神 

伊邪那岐神 (イザナギノカミ)天地開闢(てんちかいびゃく)における神世七代の最後の神、『伊邪那美神』とともに生まれ、『伊邪那神』の夫であり、最初の夫婦神。

伊邪那美神(イザナミノカミ)伊邪那岐神の妻、最初の夫婦神。母として多くの子を成した事から「万物を生み出す神」「創造神」「海の神」と信仰され、 また黄泉国の主宰神でもあり黄泉津大神とも。

手力雄命(タジカラオノミコト)天照大神が天岩屋戸の中にお隠れになった時、八百万神が集い神謀りに謀り、それぞれ役割りをもうけられた。 この神は、天岩屋戸の扉を開く係を受け持った。手の力が強い大力の神名が与えられた神。


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