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日本よい国、きよい国。 世界に一つの神の国。
降り積もる深雪(みゆき)に耐えて色変えぬ 松ぞ雄々しき人もかくあれ

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NHK厚生文化事業団はDVD教材『ひきこもりからの回復』(2016年度制作)を第一巻から第三巻まで制作したが、その第三巻のパッケージが上の画像である。
 
これを見た瞬間、違和感を感じないか?
鳥居が破壊されているのだ。こういう発想が日本人にあるか?
 
このDVDはひきこもり支援に携わる団体や医療機関に無償配布するもので、内容もひきこもりに関することだ。
 
にもかかわらず、なぜひきこもりのパッケージが鳥居の破壊なのか。
 
神社にある「鳥居」というのは、そこから先は「神域」、つまり神様の領域であることを示す。
 
だから鳥居の前では必ず「一礼」する。出る時も「一礼」する。日本人としては当然の行いであり、神社に行けば皆さんがやっていることである。
 
これを破壊するというのはどういう神経なのか。
とても日本人の感覚、発想ではない。まさに國體破壊である。
 
これは、神社で油をかけたり、神社の池で小便をしたり、地蔵さんの首を落としたりする朝鮮人の感覚ではないか。
 
NHK厚生文化事業団は「NHK歳末たすけあい」などNHKと連携して放送したりしているが、寄付も募っている。しかしこんな反日事業団に寄付などしたら、反日に手を貸すようなものだ。絶対にしてはいけない。
 
あまりにも神道を冒涜して怒り爆発だ、という方は下のアドレスに抗議しよう。
NHK厚生文化事業団
 
NHKへの抗議は下アドレス


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転載元転載元: さくらの花びらの「日本人よ、誇りを持とう」


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憂国の士で、保守の会顧問でもありました三宅博先生(前衆議院議員)が、424日、午後3時頃、ご逝去されました。
 
謹んで哀悼の意を表しますとともに、本日は三宅先生を偲んで記事を書かせて頂きますことを、どうかお許し下さい。
 
三宅先生と言えば、国会の委員会で、NHKの偏向報道、腐敗、受信料、高額給与などを徹底追求して、最後には「NHKは解体するしかない!」と切れ味鋭い「三宅節」が印象に残る。
 
しかし、実際にお会いすると、特に保守派には、非常にやさしく接して下さり、あの反日左翼に対する闘争心丸出しの三宅先生とは違うものであった。
 
私が初めて三宅先生にお会いしたのは、田母神俊雄先生と西村慎吾先生のある集まりであった。
 
その時、保守の会が日頃ご指導を賜っている元満洲特務機関の門脇朝秀先生(現103歳)を尊敬していた三宅先生と、門脇先生のお話で親しくさせて頂き、以来、保守の会の講演会や保守の会の会報『保守』へのご執筆を頂きました。

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昨年の参院選挙には急遽、維新の会から出馬されましたが、その第一声はNHKの前だった。三宅先生らしい選挙戦スタートだった。また拉致問題にも長く取り組まれてきた三宅先生は朝鮮総連の前でも拉致について演説をされていた。
 
この選挙期間中に三宅先生に連絡をしたら非常に喜んで下さった。
 
最後に連絡したのは今年の331日。三宅先生が沈黙していた中、はじめて「森友問題」について自身のブログに書いた時だった。私はあの一文を読んで、すぐに電話した。
 
その時、三宅先生は声がほとんど出ない中、いろんなことを訴えてくれました。私は「三宅先生、体調が悪そうなので、後日またご連絡します」と言っても、話し続けていた。
 
体調の悪い三宅先生は布団に寝ながらも私に延々と話しを続けた。まるで別人のような三宅先生の声。病魔は相当蝕んでいたのだ。ほとんど聞き取れないような声でしたが、必死で聞いた。
 
三宅先生は「あの森友の文は、松山さんに書いたものです」と言った。驚いた。

森友をブログで書き続けていた私に、三宅先生は訴えてきたのだ。私にとって、あの文は三宅先生の貴重な遺言となってしまった。・・・
 
三宅先生はNHKや拉致問題の他、日教組とも戦ってこられた国士である。
 
三宅先生いわく「議員で文教である教育に関わろうとする人間は非常に少ない。文教はみんなが避ける分野です。なぜならば闇が深く、戦うには相当なエネルギーや嫌がらせがあるのに、お金や票にならないからです。だから私はその分野で戦うのです」
 
この言葉に日本の教育がよくならない原因、三宅先生の政治姿勢がよく表れている。
 
問題なのは、現状の日本は、日本のために身を捨てて戦う国士が国会議員になれないことにある。

私は今の日本に対して、そこに警鐘を鳴らしたい。
 
三宅先生は、実は昨年、大腸がんを患い、次々と転移し、入退院を繰り返していたそうだ。そのことは絶対に誰にも言うな、ということだった。私もそのことを知ったのは今日である。
 
自分の身体がどんどん蝕まれていく中の昨年の急遽の参院選出馬だった。これが三宅先生の最後の選挙となってしまった。
 
結果は落選だったが、選挙後、少し間をおいて、三宅先生は次のような一文を書かれた。三宅先生が訴えたいことがここに凝縮されているので、最後にそれを一部掲載させて頂き、三宅先生へのお別れとしたい。・・・
 

三宅博と国民による救国の闘いのご案内
今回の参議院選挙におきましてご支援を頂きました全国各地の皆様、本当にありがとうございました。私自身の力不足により議席を獲得することはできませんでしたが、その残念さ以上に国家の命運を前面に掲げて闘い抜いたというさわやかな達成感を感じております。
 
選挙の余韻も静まり国政の状況を眺めるに、果たして今のような国会の現状でこれから迎えるであろう大きな国難を克服できるであろうか大きな危惧を感ずる
 
特に参議院全国区では芸能人やその他の知名度のある候補者か、大きな組織力や財力を背景にした者以外は当選が困難になってきたと思わざるを得ない
 
結果的に今の衆参両院を眺めても、大きな財力を持つパチンコ屋の家族や労働組合に支援された組織内候補及び宗教団体から選出された国会議員など、非常に限定された背景を持つ国会議員が大半を占めるようになってしまったのではなかろうか。

こういった議員諸侯は、自分を議会に送り出してくれる原動力となった企業や組合及び団体の意向を護り、またこれを最優先しなくてはならない立場に身を置いている。
 
しかしながらこれから日本が直面する国難は歴史上もかつてないような姿で押し寄せ、我が国が危機的状況に突入していかざるを得ないのだ
 
果たして今の国会議員諸侯に、身命を賭して闘う覚悟有りや否やと問い糾したい

過去の安定期の政治と全く姿を異にする、文字通り命がけの闘いをする政治家を祖国日本は今求めているのである

それができなければ、歴史上の一時期繁栄しながらもローマの攻撃によって紀元前150年前に滅亡した地中海の商業国家カルタゴと同じ運命を日本も辿ることになる。
 
これは誇大妄想的被害者意識で国民の方々を脅しているのではないのだ。もうすでに残された時間はあまりにも少ない。日本は直ちに覚醒し国家としての生き残りを図らなくてはならない。そして国会に於いては日本の存続を最優先とする議論と政策が実行されねばならない。
 
私は皆様に語り掛けたい。
もし日本を従前同様にこれからも存続させると共に、この平和と美しさと豊かさを護りたいと願うのであれば、私三宅博と救国の闘いを共に戦おうではありませんか。
 
その為に三宅博を皆さんのお力でご支援頂きたいと心からお願いしたいと存じます。

私は身命を賭してこの戦いに一身を投じます。どうか皆様、三宅博と一緒に日本を護ろうではありませんか。 (三宅博)

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転載元転載元: さくらの花びらの「日本人よ、誇りを持とう」


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高知県護国神社の境内にある歩兵第236聯隊(鯨部隊)の戦没者慰霊塔


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ペギー葉山さん死去 83歳
「ドレミの歌」や「南国土佐を後にして」などのヒット曲で知られる歌手のペギー葉山(本名・森シゲ子)さんが412日、肺炎のため死去した。83歳。
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ペギー葉山さんが「南国土佐を後にして」を歌う時のことをこう語っていた。
「南国土佐を後にしてを歌う時、いつも私は、戦火に消えた数多くの皆さまの戦友のご冥福を祈りながら、歌っています」
 
戦後間もない頃、支那から高知に引揚げて来た復員兵が歌っていた歌があった。『よさこいと兵隊』とか『南国土佐節』という歌である。
 
この歌は大東亜戦争の最中、支那の北部戦線にいた支那派遣第40師団歩兵第236聯隊、つまり高知県出身者を中心に編成された「鯨部隊」の兵隊達が、故郷の土佐高知を思いながら、自ら作詞と作曲をして、自然と歌われていた歌であった。
 
ある時、酒の席で兵隊帰りの人が歌っていたこの歌を聴いた作曲家の武政英策は、哀愁あるメロディと祖国日本を離れた兵士達の思いが、胸に深く感じた。
 
ただ、歌う人によって少し違うところがあるので、採譜して曲に仕上げた。これが『南国土佐を後にして』である。
 
昭和34年、NHK四国テレビ開局記念番組でペギー葉山が『南国土佐を後にして』を歌うと、大変な評判となり、レコードは大ヒットとなった。
 
武政英策はこの時のことを「発表当時はお褒めの言葉も受けたが、元鯨部隊兵士の方から『戦地じゃあこんな軟弱な歌い方をしなかった』のお叱りもあった」と振り返って言う。
 
ペギー葉山は「本来、ジャズやアメリカンソングの歌手である自分は、やや民謡調のこの歌を歌うのは気が進まなかったが、担当ディレクターにどうしてもと言われて歌ったところ大ヒットして驚いた」と述懐している。
 
原曲の『よさこいと兵隊』の歌詞(下)と『南国土佐を後にして』の歌詞は一部違うところがある。
 
南国土佐を後にして 中支へ来てから幾歳ぞ
思い出します故郷の友が 門出に歌ったよさこい節を
土佐の高知の播磨屋橋で 坊さんかんざし買うを見た
 
月の露営で焚き火を囲み しばしの娯楽のひと時を
自分も自慢の声張り上げて 歌うよ土佐のよさこい節を
みませ見せましょ浦戸をあけて 月の名所は桂浜
 
故郷の父さん室戸の沖で 鯨釣ったという便り
自分も負けずにいくさの後で 歌うよ土佐のよさこい節を
言うたちいかんちやおらんくの池にゃ 潮吹く魚が泳ぎよる
よさこいよさこい
 
「南国土佐を後にして」は今も歌い継がれていますが、この歌が鯨部隊に由来していることは知られていない。
 
お国のために戦った兵士達が、支那で故郷・土佐に思いを込めて歌ったことを忘れないように伝えていきたい・・・。

 
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鯨部隊の方々とペギー葉山さん
 
「素敵なおじいさま達!皆さま90歳を過ぎた方々。この方々が支那で誰ともなしに歌った高知出身の鯨部隊の皆さまなんです。
 
ご存知と思いますが、あの歌は戦いの最中、高知出身の兵隊さんが露営をしながら、誰ともなしに故郷を偲んで歌い始めた歌です。懐かしい故郷に残した家族、兄弟、友達を思いながら歌われた歌なのです。
 
鯨部隊は激戦地で戦い、多くの兵隊さんが戦場に散りました。南国土佐を後にしてを歌う時、いつも私は戦火に消えた数多くの、この写真にいらっしゃる皆さまの戦友のご冥福を祈りながら歌っています」(ペギー葉山)




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転載元転載元: さくらの花びらの「日本人よ、誇りを持とう」


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桜の木の下で制服姿の横田めぐみさんを父、滋さんが撮影した写真=昭和52年4月、新潟市内(提供写真



http://www.sankeibiz.jp/macro/photos/170409/mca1704091029001-p1.htm

 めぐみちゃん、こんにちは。今年も春がめぐってきました。卒業式、そして入学式の季節です。お父さんは40年前の春、中学校の学生服を着ためぐみちゃんを桜の木の下で撮りました。特別にきれいな桜。体調を崩して入学式を欠席した後でした。ようやく治りかけのめぐみちゃんが「こんな顔じゃ嫌だよ。恥ずかしい」と嫌がるのを連れ出しましたね。私たちにとって大切な写真です。その年の冬、めぐみちゃんはいなくなりました。
 お母さんは寂しさが募り、それを振り払いながら一生懸命、救出運動を頑張っていますよ。めぐみちゃんが拉致され、どれだけ季節がめぐっても、姿がない40年が過ぎようとしています。どうにか希望を持って、闘っています。
 何の前触れもなく姿を消しためぐみちゃんが北朝鮮にいることを知ったのは、20年もたった平成9年でした。「生きていたんだ!」と信じられない気持ちで、皆で大喜びしました。そして同じ年、他の拉致被害者の家族とともに家族会を結成しました。
 「横田めぐみの父、滋」「母、早紀江」というたすきをかけて、新潟で初めて街頭に立って、めぐみちゃん達、拉致被害者の救出を呼びかけました。最初は事実を信じてもらえず「拉致疑惑」という言葉でしか報道されませんでした。
 それでも、国家犯罪によって大切な子供たちが拉致されている事実があることを、皆で必死に訴えました。その思いが伝わり、全国の方が応援してくださるようになりました。
 家族会の呼びかけに1千万人以上が署名をしてくださいました。日本だけでなく、アメリカの大統領や議員にお会いしたり、国連で訴えたり。とてつもない日々でした。「私たちの人生は一体何なのだろう」。そう思うこともあります。めぐみちゃんを取り戻すことだけが願いでした。
 最初は国がすぐにでも立ち上がり、解決してくれると信じていました。でも、これだけの年月を要してなお、めぐみちゃんの姿が見えません。一生懸命やってくださる方たちは確かにいて、色々なことがわかりました。国民の皆さんが怒り、報道も取り上げてくださいます。
 でも結局、私たちは親であり庶民です。普通の日本の父親と母親。それが家族会なんです。日本中、本当に色々なところへ行き、思いを訴えました。多くの国民の皆様の後押しがなければ何もできませんでした。どの方も皆、純粋で有り難い方たちばかりです。
 救出活動を始めてから総理大臣は十数人も変わりました。拉致問題担当大臣も数年ごとに変わります。難しい政治や国際関係はよく分かりません。だから、そのたびに「どうにか解決してください」と必死にお願いしてきました。
 ひとたび、北朝鮮で事が起こり、暴走が始まればすべての日本人が一瞬で消えてしまうかもしれません。
 そのとき、国民を守れるのか。拉致被害者を救えるのか。国家の危機がすぐそこにあるのに、政治は真剣に考えているでしょうか。本当に国を思い、国民を思い、北朝鮮に拉致された子供たちを思っているのでしょうか。
 国会を見ていても、「もっと重要な問題があるのに…」とひどく悲しくなることがあります。重要な問題をあえて議論しないような動きがあるようにも感じます。今、日本にとって本当に大切な事柄を議論してほしいと心から願います。
 最近、政治家の皆さんにこう話します。「拉致された人たちは親兄弟に見捨てられたと思っているかもしれません。日本国にも見捨てられたと思っているのではありませんか」と。
 一つ間違えば殺されてしまう国で「助けて」と声をあげることもできず、黙って救いを待つ子供たちがいる。お父さんとお母さんは、日本の国として一刻も早く、救いの手を差し伸べてほしいと強く思っています。
 悲しい出来事はたくさんありました。めぐみちゃんの事件が初めて実名で報じられたとき。平成14年に北朝鮮が「死亡」と伝えてきたとき。めぐみちゃんの偽の遺骨が来たときもありました。すべて「命」の問題です。北朝鮮は恐ろしい国です。何があってもおかしくない。恐怖で何日も眠れないことが続きました。
 毎日、めぐみちゃんを思い、祈ります。どれだけ離れていても私たちは青い空で繋(つな)がっています。夜、お月様や星を眺めながら、めぐみちゃんも見ているかな、と思います。文字通り、祈るような思いなのですが。家の中を見回しても、道を歩いていても、あちらこちらにめぐみちゃんの足跡を感じます。お花をたくさん摘んできてくれたり、お気に入りの本のことを話してくれたりしました。小さな出来事の一つ一つが思い出され、辛(つら)くなります。
 お母さんはこの間、めぐみちゃんがよくいたずらしていたおひな様を出して、お花と一緒に飾りました。とてもすてきで、全てが懐かしく思い出されます。
 お父さんは84歳。お母さんは81歳になってしまいました。よく今日まで生きてこれたと思います。どうか諦めないで。元気で頑張って。めぐみちゃん、必ず日本に帰って、新しい写真をたくさん撮ろうね。
 国民の皆様、横田めぐみの父、滋と母、早紀江です。いつもご支援ありがとうございます。私たち拉致被害者の家族はだんだん年を取り、体力も弱りました。講演など救出活動の最前線に立つのは難しくなりました。それでもあらゆる方法で被害者救出を訴えたいと願っています。今回、私たちは娘への思いを手紙にしたためることにしました。すべての拉致被害者が家族の元へ帰ることを信じて最後まで闘って参ります。今後も応援していただけますようお願いします。

転載元転載元: レックの色々日記


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教育勅語活用に野党反発=「国会決議違反」と抗議
教育勅語の教材活用を否定しないとした政府答弁書に対し、野党各党は反発を強めている。
 
民進党は4日の衆院議院運営委員会理事会で、教育勅語の「排除」や「失効」を確認した1948年の衆参両院決議に「大きく反する」と抗議した。
 
民進党の大串博志政調会長は4日の記者会見で、「戦前回帰の安倍政権の動きを如実に表すものだ」と述べ、国会審議を通じて追及していく考えを表明。答弁書が示した「憲法や教育基本法などに反しないような形で」との条件に関し、「一体どういう意味なのか。曖昧なままだと、なし崩し的に教育勅語が教育現場によみがえることになりかねない」と指摘した。
 
社民党の又市征治幹事長も同日の会見で「安倍政権の好戦的、国家統制的なところが出ている。時代錯誤の動きを厳しく批判しなければならない」と述べた。
共産党の小池晃書記局長も3日に「異常な決定だ。そもそも教育勅語は憲法と教育基本法に反する」との見解を示している。(2017.4.4 時事通信)
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当初、森友学園の件で応援し合った一色正春氏の言う通り、自分達の左の価値観を押し付けるな野党ども、ということだ。
 
民進党は「教育勅語の排除や失効を確認した1948年の衆参両院決議に大きく反する」と抗議したというが、詔勅は詔勅によってでしか排除できないのだ。
 
ただ、当時の日本は占領下にあり、しかも日本はポツダム宣言受諾の条件に「國體護持」を最優先させたため、バーンズ国務長官の「バーンズ回答」を受入れるかたちで「天皇陛下及び日本政府は連合国最高司令官の下に置かれる」ことで終戦を迎えたのだ。
 
つまり占領下では、畏れ多くも天皇陛下はマッカーサーの下に置かれていたのだ。その日本が主権のない占領時にGHQの指示で「教育勅語」が廃止させられたというのが事実である。日本人が進んで廃止したのではないのだ。
 
これは昭和213月に、日本の事を何も知らない27人の米国の教育使節団が日本各地を回り3週間で作った「教育使節団報告書」にあった。
 
これをもとに「教育基本法」が出来るが、この「教育基本法」も南原繁の「教育刷新委員会」で日本人が自主的に作ったようにしたが、実際は米国教育使節団の報告書を基礎にしてGHQの指示で作られたのだ。
 
米国の教育使節団の提言で、「教育勅語」廃止、「修身」廃止、「国定教科書」廃止、教員養成は「師範学校」から「大学」になり、「教育委員会」や「PTA」や「日教組」がつくられた。
 
これらは今では当たり前のようになっているが、実はこのようにしたのが戦後GHQの命令で戦後日本の教育が変えられてしまったのだ。このことはほとんど知られていないし、教えない。
 
民進党の大串博志は「なし崩し的に教育勅語が教育現場によみがえることになりかねない」と言っているが、大体、教育勅語を読んだことがあるのか?暗誦するほど読まなければ本当の意味は分からないと教育勅語を書いた井上毅は言っている。
 
社民党の又市征治は「安倍政権の好戦的、国家統制的なところが出ている。時代錯誤の動きを厳しく批判しなければならない」とあるが、教育勅語のどこが好戦的なのか?天皇陛下のお言葉のどこが国家統制なのか?
 
教育勅語に書かれていることは時代に関係なく人類普遍の道徳であり、だからこそアメリカでも教育勅語を書いた『ブック・オブ・バーチュー』が聖書の次に読まれているのではないか。
 
共産党の小池晃も「異常な決定だ。そもそも教育勅語は憲法と教育基本法に反する」と言っているが、所詮は破防法調査団体の共産党だ。國體破壊と国家転覆の政党が理解できるわけがないし、そんな政党が存在していることが異常である。
 
いずれにせよ、野党が反対しているということは「教育勅語」は日本にとって正しいということだ。

どんどん教えていこう!

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転載元転載元: さくらの花びらの「日本人よ、誇りを持とう」

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