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日本よい国、きよい国。 世界に一つの神の国。
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ベトナム戦争時にレイプされた生存者が、韓国軍による「戦争犯罪」に対して謝罪と賠償金を要求している動画が世界で話題に


私は60歳。現在ベトナムのザライ省で暮らしている。当時、韓国軍がベトナム戦争でここベトナムにやってきたとき、私はビンディン省に住んでいた。
 
ビンディン省では、ごみ捨て場の近くに住んでいて、私の家族は、小さなお店でココナッツやバナナ、飲み物などを売って生活していた。
 
韓国軍の拠点は、私の家から近く、韓国軍がそのゴミ捨て場にごみを捨てに来るとき、私のお店に飲み物を買いに立ち寄った。
 
韓国軍の拠点はフーカットという場所にあった。現在そこにはフーカット空港がある。韓国軍はフーカットの拠点をトラ事業部というような呼び方をしていた。
 
韓国軍が私のお店にやってきたとき私は14歳とか15歳くらいだった。私は母がその韓国兵士にレイプされるところを見たの。それがキッカケで、母と父の仲は悪くなり、父は結局、母を捨てたわ。
 
母にレイプした韓国兵士も、すでに韓国は帰ってしまってね。1969年に私に弟ができてしまった。そのレイプによってできた赤ちゃんよ。
 
その後、私もレイプをされた。あの頃とても若くて何もわからなかった。いつものように韓国軍の兵士が私のお店にやってきて、そのときちょうど母がどこかに行ってしまっていたの。おそらく市場に買い物に行っていた時だったと思うけれど。
 
私はその兵士に部屋まで連れていかれた。彼は私をレイプして、それ以降私の目の前に現れることはもうなかった
 
あの頃の私はあまりに幼すぎて、どうやって彼を探したらいいのか、どうやって彼を訴えたらいいのか、誰にこの問題に対して相談すればいいのか全く分からなかった。だから、運命だと自分に言い聞かせたの。戦時中のことだったし、真実を受け入れざるを得なかった。
 
だから過去を振り返ったりしないようにしていた。けどね、今になったら、もう怒りという言葉しかでてこない
 
その兵士が私の人生を惨めなものにしたし、私はそれで赤ちゃんまでできてしまった
 
私の赤ちゃんをみて多くの人たちが聞いてきた。アンタ、韓国人と結婚したの?って。もちろん私がレイプされたなんて誰も知らない。ずっと隠してきたから
 
1975年に南北ベトナムが統一された。そして、私の母はその年の8月に死んでしまった。喘息でね。当時、薬を買うお金もなく死んでしまった。しかも、戦時中、薬剤師は逃げてしまっていたし、もちろんそのせいで薬局も営業していなかったの。
 
母が亡くなってから私は、自分の兄弟(母がレイプされたときにできた子ども)と、私と韓国軍の兵士との間にできてしまった息子を育てなければならなかった。だから、すぐに他の男性と結婚した。
 
けど、その男性は、お前の子どもは、俺の子どもじゃない。と言って、私や息子を殴る蹴るなどをしてきた。ってことで、私は子どもたちとザライ省に逃げてきた。
 
息子も、母が生んだ私の弟も連れてね。だって、私がいなかったら彼(母が生んだ弟)はどうやって生きていくっていうの?
 
ザライ省に逃げてきて、当初、住む家もなかった。だから市場に行ってそこで暮らすしかなかったの。10日間くらいはそうやって暮らしていた。ある人が、私たちを彼らの小屋に拾ってくれたの。そこで働くことになった。それこそ、竹でできたような家だったけどね。
 
数十年はそこで暮らしてたわ。ベトナム政府が私たちに土地を供給してくれるまでは。
 
そもそも、ザライ省にきたとき私たちは誰も知り合いがいなかったの。
 
キャッサバや米を収穫している人たちについていったりもした。そうすれば、落ちている米やキャッサバを食べて生きていけると思ったからね。
 
それから10日後くらいに、彼らは私たちの存在に気づいて、雇ってくれた。数カ月後、お金を貯めてフライパンを買って、フライバナナを売ることにしたの。
 
これが私の惨めな人生よ
 
だから、私は謝罪を求めている私の人生を惨めにしたあの出来事に
 
韓国軍は14歳、15歳という何もわからない私の人生を台無しにしたんだから(参照:MULTILINGIRL
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これがライタイハンである。しかも母子とも犯された。その後の人生を見れば悲惨である。人の人生を大きく狂わせたのが”朝鮮人”である。
 
フィリピンでも朝鮮人留学生がフィリピン女性を犯して子供ができている。これがコピノである。子供が生まれたら朝鮮人は逃げていなくなってしまう。

日本人女性も終戦時には朝鮮人に相当数が強姦されている。
 
日本はやっていない慰安婦で謝罪したが、韓国はやったライタイハンで謝罪していない。
 
アメリカ政府がクリントン・ブッシュ両政権下で8年間かけて日本の慰安婦犯罪について大規模調査をした。
 
その結果を米国議会宛に最終報告したが、そこには「日本の慰安婦に関わる戦争犯罪」や「女性の組織的な奴隷化」を裏づける米側政府や軍の文書は一点も発見されなかった

つまりなかったのだ。これを報じたのは産経くらいで、朝日や毎日は無視であった。
 
一方、昨(平成29)年、英国で「ライタイハンのための正義」という団体が設立されて、朝鮮人に犯されたベトナム人女性から聞き取り調査を行っている。
 
その中には「韓国兵は多くのベトナム女性に性的暴行を加えたり、慰安婦として強制的に慰安所で働かせていた」という報告がある。
 
つまり「強制連行」して「姓奴隷」にしていたのは朝鮮人なのである。
 
ライダイハンは35千人いると言われている。当時、朝鮮人に犯されたベトナム人女性は今も生きている。
 
これを徹底的に調査して、朝鮮人の残虐性を世界中に広め、国連人権委員会に報告すべきである。日本が慰安婦の嘘でされたことと同じことをやってやるのだ。
 
しかし悪いことはすべて日本軍のせいにしたい朝日新聞は無視するのだろう。

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今村直樹さんのご厚意で、私も名を連ねさせて頂いた。

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「何年かかっても吉田証言の嘘訴える」 慰安婦碑書き換えの奥茂治氏、出国停止180日 異論拒絶する韓国の壁
朝鮮半島で女性らを強制連行したと偽証した故吉田清治氏の謝罪碑を無断で書き換えたとして、韓国で公用物損傷罪などで在宅起訴された元自衛官、奥茂治被告(69)が出国禁止となってから24日で半年となる。
 
公判で検察は「慰安婦問題を歪曲しようとした」と指弾した。慰安婦問題の根源となった嘘を正そうと書き換えに及んだ奥被告の前には、慰安婦問題で異論を許さない韓国社会の“壁”が立ちはだかった
 
「非常に長かったが、日韓で応援してくれる人も大勢おり、苦にはならなかった」。21日に結審を終えた奥被告は、韓国警察の出頭要請で訪韓し、出国禁止措置が取られてからの約180日間をこう振り返った。
 
特に長く感じたのが9月に在宅起訴を通知されてからの3カ月間だ。高血圧の受診などを理由に一時帰国を申し立てたが、認められず、いつ公判が始まるか見通しもつかない。裁判所に問い合わせたところ、「共犯者がつかまらないから」との説明だった。
 
検察は、碑の撤去を委任した吉田氏の長男の立件にこだわり、日本に滞在したまま教唆罪で在宅起訴するという苦肉の策に出た。奥被告には公判直前の今月10日に正式な起訴状が届いた。「国際的に認定された慰安婦問題を歪曲しようとし、韓日外交に摩擦を生じさせかねない」。検察は論告求刑でこう指摘した。
 
奥被告は「日韓友好の妨げになっている吉田氏の嘘の碑文を消そうとしてやったこと。全く逆にとられている」と吐露した。
 
検察には、朝日新聞が吉田氏の虚偽を認め、記述を取り消した記事などを提出。丁寧に経緯を説明し、理解を得られたとの実感があっただけにやるせなさが募る
 
「父の嘘の証言で不必要な対立を日韓双方に与えた。その懺悔と屈辱の思いは、言葉で表現できるような生易しいものではない」と奥被告に委任した理由を綴った吉田氏の長男の陳述書も提出している。
 
だが、事件後、中部の天安市の国立墓地に建つ碑の横には、管理事務所によって「碑を書き換え、蛮行を隠そうとしても日本がわが民族を強制徴用し、蛮行を犯した行為は変わらない事実だ」と書いた看板まで設置された。
 
奥被告は「韓国の法律にのっとって罪を犯したというのであれば、免れるつもりはない」と強調する。
 
来年1月11日の判決では、有罪、無罪にかかわらず、慰安婦問題の根源に吉田氏の嘘があり、これを取り除くために書き換えを行ったという主張が認定されるかを見て、控訴を含め、次の法的措置を決めるつもりだ。
 
「出国禁止さえ解かれれば、何年かかってでも、法廷で吉田氏の嘘について訴えていきたい」(平成291224日 産経新聞)
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事の経緯を簡単に書く。
 
日本共産党の吉田清治が著書で「奴隷のように女性を強制連行した」と嘘を書き、朝日新聞から「勇気ある告白」と絶賛された。昭和58年にこの著書の印税で韓国の天安市に強制連行を謝罪する石碑を建てた。
 
その後、吉田清治は平成8529日付『週刊新潮』で「証言は捏造した」と認め、その後、「人権屋に騙された自分が悪かった」と白状した。
 
しかし韓国には嘘の碑が残ったままで、吉田清治が嘘と認めたことは韓国では知られていなかった。「日本人が言うのだから本当だ」という認識である。
 
今年3月、吉田清治の長男の委任で奥茂治氏が韓国に行き、この嘘の碑の上に別の石板を貼り付けて「慰霊碑」に書き換えた。
 
これが「公用物損壊罪」などで在宅起訴となり、韓国から出国禁止となった。その初公判が1221日に行われ、懲役1年を求刑された。
 
そして1223日、東京都内で「奥茂治氏を励ます会 国士奥茂治を救おう!」が行われ、奥茂治氏は韓国からメッセージを発した(動画)。

 
この時、吉田清治の長男のメッセージが伝えられた。
「この度は父の虚偽がもとで日本の皆様方に多大なるご迷惑をおかけし大変申し訳ございませんでした。
せめてもの償いに私が決意したことが父の謝罪碑を撤去することでした。その願いを実現してくださったのが奥茂治さんだったのです。
私の人生に奇跡を起こしてくださった奥茂治さんには言葉で表現できないほど感謝しております。今はただ一刻もはやく奥茂治さんが無事に帰国されることを願っております」(産経新聞より)
 
国の名誉のために、民間人である奥茂治氏が、吉田松陰の如く「やむにやまれぬ大和魂」で単身自腹で朝鮮に行き、嘘の碑を正そうとした。
 
これはまさしく日本の名誉のために行ったことであり”国士”である。
 
本来は朝鮮に慰安婦の嘘を広めた朝日新聞の社長が行ってやるべきである。
 
あるいは日本政府がやるべきことである。政府は公人である。日本の名誉のために公人がやるのが当然ではないか。
 
しかし、嘘を広めた張本人が動かず、さらには公人たる国が動かずに義憤を感じ、一私人である奥茂治氏が行動した。

それが出国禁止と懲役1年である。これは何のための出国禁止と懲役であるのか。 日本の名誉のためにやったからである。
 
日本に戻ったら国民栄誉賞を与えてもいいくらい、国の名誉のために命を懸けて尽くした。
 
日本国はこういう国士を大切にしなければならない。

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「とにかく安倍をたたけ」の大号令
いま、社内は安倍を叩くためなら、どんなことでもするという空気になっている」。作家の門田隆将さんは最近、知り合いの毎日新聞記者からこう聞いたと、26日発売の月刊誌『Hanada』(10月号)で明かしている。朝日新聞記者にも同様のことを言われたという。
 
学校法人「加計学園」の獣医学部新設問題をめぐり、内閣支持率が下落した安倍内閣をこの機に打倒しようと盛り上がっているということか。門田さんは7月23日付小紙朝刊の新聞批評欄で、そうした新聞を「倒閣運動のビラ」と呼んでいた。
 
そういえば、民進党を離党した長島昭久元防衛副大臣も5月に、自身のツイッターに記していた。「昨日たまたま話した朝日新聞のある幹部の表情には、社運を賭けて安倍政権に対し総力戦を挑むような鬼気迫るものがありました」。
 
実は小欄もかつて知人の東京新聞記者から、こんな打ち明け話を聞いたことがある。「上司に『安倍なんか取材しなくていいから、とにかく叩け』と号令された」。同僚記者も、別の東京新聞記者から同趣旨のことを聞いている。
 
悲しいかな、これらのエピソードは新聞業界の「不都合な真実」を示す。事実をありのままに伝えることよりも、自分たちの主義・主張や好みを広めることに熱心な習性があるのは否めない。「権力の監視」を隠れみのにしつつ、時に暴走を始める
 
自制心と自浄作用を失ったマスコミ権力は誰が監視するのか。国民の常識と良識が働き、一定の歯止めとなることを期待するしかない。
2017.8.26 産経新聞)
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戦後日本を正せない元凶は「マスコミ」「教育」「司法」にある。
 
その一角を占める「マスコミ」の反日ぶり、露骨な倒閣闘争は、もはや公平・公正も政治的中立もクソくらえというほど放送法など全く無視して、ただただ日本を弱体化して、邪魔な安倍総理を叩き潰して、敵国に都合のよい日本にしたいのがありありと見える。
 
問題はマスコミに多数いる在日の存在だ。特にTBSサンモニで在日朝鮮人がコメンテーターとして日本の安全保障や国防、さらには憲法9条を守れという発言することには、日本人にはもの凄い違和感があるはずだ。
 
少なくとも日本人は在日の言う通りの国になる必要はない。日本の国防より自分の国の国防を心配しろ。
 

東京新聞はこう書いている。

「ミサイル防衛はそもそも能力的に疑問視されている上、仮に迎撃できたとしても、日本の『軍事的行動』が北朝鮮による日本直接攻撃の引き金を引きかねない。日本を守るための防衛力整備が日本自身を攻撃にさらすきっかけとなっては本末転倒だ。敵基地攻撃能力の保有も同様である」2017.8.25 東京新聞)
 
日本は「迎撃」はもちろん、「敵基地攻撃能力」も持ってはいけないと書く東京新聞。そんなことしたら「北朝鮮に攻撃される」という。
 
また日刊スポーツはこう書いている。
「北朝鮮がグアム沖に弾道ミサイルを4発発射すると予告して上を下への大騒ぎ。修学旅行は中止になり、Jアラートの訓練を始めればトラブル続き。1基800億円のイージス・アショアの購入も決まった。危機をあおって森友・加計疑惑から目をそらし」2017.8.27 日刊スポーツ)
 
まるで「日本は騒ぎ過ぎだ」と書く日刊スポーツ。朝鮮への修学旅行は中止にする必要もないし、森友・加計疑惑こそまだまだやるべきだという。
 
狂っているとしか思えないこのピントの外れ方。一昔前、ネットのない時代はこんなマスコミに騙されていたのだ、日本人は。
 
「マスコミ権力は誰が監視するのか」
マスコミは国民の意見は聞く耳持たず、法律も守らず、嘘も平気で流して国民を誘導し、政府の停波発言には番組を私物化して猛反論、都合の悪いことは一切報じず、しかも安い電波料でぼろ儲けして、新規参入を阻止して既得権益を守る一方、他の業界には自由化と競争をしないと叩く身勝手さ。

テレビ局こそ自由化と競争にさらして、NHKもスクランブルにさらして、国民の判断で潰されるようにしていかなければいけない。
 
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ネットでは誰も書いていないので書き残しておきたい。それは「莞達嶺事件」(かんたつれい事件)である。
 
満州の莞達嶺は黒竜江省東北部にある。中山茂子氏は大正12年生まれで、満洲饒河県(じょうがけん)で警察官をしていた千坂幸雄の夫人として、この事件に巻き込まれる。
 
日本の終戦を知りながらソ連軍は満洲の国境を破って侵入し、手当たり次第、日本婦女子に一斉に機銃射撃を浴びせていた。
 
満洲饒河県から脱出した県長の新井は千坂幸雄夫妻と宝清県四合屯に到着した時、ソ連軍の攻撃を受けた。
 
「もはや、これまで」と思った県長は自ら家族を手にかけて自決。同じく千坂夫妻も自決寸前までいったが、宝清の郊外まで逃げた。
 
しかしソ連軍の手先であった白系ロシア人に捕らわれて、千坂夫妻はソ連軍の手に落ちた。
 
捕まった男子はソ連に送り、夫人は苦力小屋のような場所に収容され、ソ連兵の鬼畜の性欲の前に晒された。この性的襲撃はソ連兵が撤退する昭和21年春まで続いた。
 
筆舌に尽くし難いその一部を書く。中山茂子著『莞達嶺の挽歌』にはこのように書かれている。
 
「私のそばに美しい母娘がいた。母娘は逃げたが捕まった。よく彼らの標的にされた。それをかばう母親の姿が哀れだった。気が狂ったように反抗するが及ばない。娘はとうとう「助けて、助けて」との声を残して引きずられて行く。その助けての声と同時に300名の悲鳴は物凄かった。


この世の出来事とは思えぬほどの残虐極まりない暴虐が繰り広げられた。最悪の事態に明日の命さえ知れない婦女子の群れに襲い掛かるソ連兵。反抗すれば上へ向けた銃で威嚇する。尚も反抗すればモンペの両側を下まで切り裂く。

悔しさに睨めつければ、そこには十人もの兵が順番待ちに立ち並んでいる。耐えかねて自決した女性が宝清には多かった。あの母娘も空しく宝清の地で自決したと聞く」・・・。
 
この事実こそ直視してほしい。
終戦直後から日本人女性は「強制連行」されて「姓奴隷」にされていたのだ。
 
にもかかわらず、ついこの間まで日本国は国家として朝鮮人慰安婦に「姓奴隷」「強制連行」と言われて謝罪と賠償をした。しかしこれは嘘であることがバレた。

「強制連行」「姓奴隷」された国が自国民の被害者女性には触れずに、「強制連行」「姓奴隷」されていない国に謝罪と賠償をするとは、いかれているとしか思えない。
 
ここに今も継承している「日本政府の公式見解」を書いておく。
 
従軍慰安婦として多数の女性の名誉と尊厳を深く傷つけたすべての方々に対し心からお詫びと反省の気持ちを申し上げる。
我々はこのような歴史の真実を歴史の教訓として直視して、歴史研究や歴史教育を通じて永く記憶にとどめ、同じ過ちを決して繰り返さない固い決意を改めて表明する。
 
真実の歴史を知ると、この“談話”が如何に頓珍漢であるかがよくわかる。
歴史を知らないということは、こういうことなのだ。

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6年後にオリンピックを控えた昭和33年、東京で第三回アジア競技大会が開催されようとしていた。
 

この競技会はプレオリンピックと言うべきもので、東京オリンピックの成功を占う重要な大会であった。大会のセレモニーの主役は「聖火台」である。

 
当初、「聖火台」の制作は国が大手に指示していたが、つくれる職人がいなかったため、国は「鋳物の町」である埼玉県川口市に依頼すると川口市長はこれを引き受けた。
 
しかし、さすがの川口市でもそれをつくる職人はいなかったが、川口市は鋳物師の名人であった鈴木万之助とその息子・文吾に相談した。
 
納期が3か月ということで「うちでは出来ません」と断っていたが、68歳の父・万之助が「何を断っているんだ。これは私の最後の仕事としてやります」と受けてしまった。
 
他の鋳物屋は「そんなのできるわけない」と言っていた。
 
仕事に取り掛かって2ヶ月、最後の工程に入った。鋳型に溶かした鉄を流す「湯入れ」である。しかし溶けた鉄が鋳型から吹き出して作業は失敗。

作業は一からやり直さなければならなくなった。期限はあと1カ月。万之助は呆然と立ち尽くし、老齢で限界も来ていた。万之助はついに倒れてしまい、その一週間後に亡くなった。
 
文吾は悲しみの涙をぬぐいながらも、一心不乱に手を休めることなく作業し続けた。
 

そして二度目の「湯入れ」が行われた。今度は見事に成功した。「聖火台」は納期に間に合い、工場の人と市長もバンザイした。

 
文吾は「親父、できたよ」って言うと、涙がどっと流れた。・・・
 
小さな町工場に、国の威信と未来をかけた親子の壮絶な姿。国家の未来を背負う日本人としての誇りをかけた仕事であった。
 
昭和39年、東京オリンピックで聖火台に火がつけられると文吾は、またも涙涙だった。
 
オリンピックが終わって、文吾が聖火台を見に行くと焼けて傷んでいた。文吾は競技場に「これじゃ聖火台がかわいそうだ」と言って、聖火台を磨いた。
 
その後も毎年1010日頃になるとごま油とバケツを持って旧国立競技場に出かけ、奥さんと二人で聖火台を磨き続けた。鋳物の維持にはごま油で磨くのが最適だという。

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文吾は50年間続けてきたが、平成20年に86歳で他界した。しかしその後も弟・昭重氏が遺志を継いで聖火台を磨き続けた。
 

それを知った室伏広治選手が「私にも磨かせて下さい」と名乗りを上げてきた。それから室伏選手も毎年秋になると聖火台を磨きに来るようになった。

 
「新しい競技場ができるのはもちろん楽しみだが、東京五輪のレガシー(遺産)は守っていきたい。日本人はモノを大切にする国民性なので、その精神を大切にし、未来に引き継いでいきたい。鈴木さん親子の思いと五輪の精神が凝縮された聖火台を、ぜひ新しい競技場に残して使ってほしい」(室伏広治)


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室伏広治選手と被災地の子供達

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