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「お辞儀は日本人のこころの表現なのです」だと筆者は思うのです。昨今はお辞儀をする方々が減りました。お辞儀をしない、しかたをを知らない、お辞儀と謝罪を混同する方々によって人間関係が複雑になり、社会が歪んできているのではと筆者は思うのです。心ひかれる記事がありました。産経新聞、夜明けのエッセー「母の一礼」から引用します。
85歳になる母は、少々ピントがずれたところはあるが、足腰は丈夫なので、思い立ったが吉日、1人でバスに乗って出かけて行く。 何気ない日常の中で投稿者の方はお母さんのお辞儀に感銘を受けられました。素晴らしいことです。
日本のお辞儀は歴史が古く、三世紀には行われていたと言われます。
敬意や感謝の気持ちを表すとされ、場面によって会釈、敬礼、最敬礼の三つのカタチが使い分けられています。 お辞儀の美しさは日本人の心そのものです。・・・・ かってのわが国では学校や会社、おおよそ日本人が暮らしているいたるところで、お辞儀をしている人を見かけたました。 わが国では「お辞儀」は最も一般的な挨拶のひとつであり、欧米人からしてみれば相手に対しへりくだったように見える不思議な光景かもしれない。しかし、わが国においてお辞儀は「挨拶」「感謝」「敬意」の意味合いが込められています。最近はわが国のお辞儀と似ても似つかぬお辞儀が巷に氾濫しています。これではわが国の文化、習俗の継承もあったものではありません。所作の美しさもさることながら、いかに感情の篭もったお辞儀ができるかではないかと筆者は思うのです。 |
日本人の忘れたもの
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東京大空襲後の街並
昨今これが祖国「日本」かと疑いたくなる問題や事件が多発しています。
親殺し、子殺し、などの尊属殺人、ただ人を殺めたかったなどの無差別殺人、破廉恥極まりない性犯罪。世界から尊敬された品性の国「日本」は過去のものとなっています。衰えたとはいえわが国は大国です。その日本をここまで押し上げたのは現在九十二歳以上の大正、明治世代です。
大正世代の方々は公私にわたり、世界最強世代だと筆者は思います。 大正8年から15年までの大正の男たちは4人に一人が戦禍に斃れました。
国力を尽くし、死力を尽くした大東亜戦争にわが国は敗れました。
復員した大正世代の方々を迎える祖国は焦土となり、帰る家はなく、兄弟両親も空襲で亡くなっていた方々もおられました。働く職場もなく、雨露を凌ぐ家のない国民もいました。
戦後賠償責任を抱えたわが国はまさに世界最貧国でした。
世界中の誰もが日本は50年経っても戦前の生活水準に戻すのは不可能だと判断しました。今も昔もわが国に海外に売る資源があるわけなどなく、資源を輸入し、加工して売る、現在と同じ環境でした。
しかし、わが国は僅か20年足らずで戦勝国の英仏を追い越し米国に次ぐ世界第二の経済大国となり、戦後復興を成し遂げたのです。
大東亜戦争を主力として戦った大正世代は昭和20年には20歳から34歳までの働き盛りの世代でした。寝食を惜しまず今の若い世代からは想像もできないくらい働きました。
そして焦土から世界が驚嘆した短い期間で現在の日本を築かれたのです。
最近の日本人は働かない、あるいは長時間働きたくない日本人が増えていると聞きます。
繰り返し申しますが我々の先人、大正生まれの人たちは、現在の我々の世代の人間と違い、他人のために生きた世代です。家族や同胞を守るために戦い、戦後はコツコツと、黙々と働き続けて日本を復興させ、高度経済成長を成し遂げました。そんな先輩方を貶めて、先人が歩んだ歴史を軽んじてきた。その結果、国にも先人にも誇りを抱けず、自分のためだけに生きる人間ばかりになってしまったのが今日のわが国の姿ではないでしょうか?。
しかも、権利ばかりを主張し、安易に癒やしを求める人たちばかりが目立ちます。
メディアや経済学者は、バブルが崩壊して日本がダメになったといわれるけれど、筆者はそれは違うと思うのです。 終戦のとき20歳だった人は、昭和の終わりには64歳になっていました。つまり大正世代が昭和天皇崩御、昭和の終わりとともに社会の第一線を退いた途端、日本の混迷がはじまったのです。自分のためだけに生きる世代、欲望を満たすだけの世代が社会を動かすようになってしまってからおかしくなりました。このままでは、「失われた20年」は30年、40年、50年でも続くでしょう。この流れを変えて、本来の日本人に戻らなければなりません。
大正世代の方々の多くはなぜか子や孫に戦争体験を語ろうとしませんでした。
大東亜戦争の敗戦で進駐軍、つまりGHQによって日本人の価値観が変えられてしまい、大正生まれの人たちが明治世代の親から受け継いだことを、子供たちに継承させられなかった。大正世代の子どもである団塊の世代は、反権力、反国家、反権威の全共闘世代となり、「親父は古い」と大正世代の生きざまの継承を拒否し、否定しました。団塊の世代の罪は大きいと言わざるをえません。
筆者らが学生時代に放映された「宇宙戦艦ヤマト」原作者の松本零士さんは、次のように語っています。
「今、惰眠を貪っているように見えるこの国が、それでもさほど世界から侮りを受けずに済んでいるのは、戦争末期の非情悲惨な状況下、究極の奮闘死闘を繰り広げて、その”命と死”をもって立ち向かった数多の戦士たち、日本史上最期のサムライの記憶と残像が、辛うじて面目を支えてくれるのだと信じている」と・・・・
筆者は思うのです、偉大なる大正世代の方々が、戦争に敗れた後もひたすら働き続け、20世紀の奇跡といわれる高度経済成長を成し遂げ大国となった。そして今、辞世されようとしている。彼らの生き様、こころを継承すれば、日本はいつでも復活できると信じています。
大正世代の方々がどんな思いで戦地に赴き戦ったか、彼らは何を後世に遺そうとしたのか。日本人は昔も今も、他人のために尽くすことを厭わない民族は何ら変わっていません。我々後世の「やまとなでしこ」は、世代を超えて語り継ぎ、顕彰せねばならない「歴史」があります。
大東亜戦争を戦った大正世代の矜持を継承せねばなりません。
人間だから忘れることもあります。忘れたものは思い出せばすみますが、捨ててしまったものは二度と取り戻せません。取り返しがつかなくなる前に、忘れかけているものをもう一度、引っ張り出してみることが必要ではないかと思います。
去りゆく大正世代の方々へ捧げたい・・
「ありがとうごいざいます。我々も後に続きますと」
去りゆく大正世代の方々は仰せでしょう。
「日本人にかえれ」と・・・ |
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海上自衛隊旗
天皇彌榮(すめらぎいやさか)
拙ブログへお越しくださり感謝もうしあげます。
今日5月27日は海軍記念日です。
海軍記念日は日露戦争において、日本海海戦戦勝を記念して戦前に制定されたものです。
日本海海戦戦勝は当時欧米列強の植民地となっていたアジアの人々に希望を与えました。今日アジア各国が独立を為しえた原点がここにあります。
今日わが国を取巻く環境は日々厳しさをましており、特に支那、北朝鮮の軍拡は留まることを知らず、国防が重視されています。
御国を護る海上自衛隊は、礼式、号令、日課、用語などを帝国海軍から継承しており、その独特の気風から伝統墨守唯我独尊ともいわれ、観閲式における海上自衛官の分列行進や自衛艦の進水、遠洋航海や南極観測への出港などの際には帝国海軍伝統の軍艦行進曲が演奏され、帝国海軍の軍艦旗をそのまま自衛艦旗としております。海上自衛隊で使われる信号喇叭の喇叭譜も一部を除いて旧海軍のものをそのまま使用しており、君が代の喇叭譜が陸海それぞれ別にあるという変則状態となっている。週末に海軍カレーを食べる習慣も帝国海軍の伝統である。なお、陸空では使用されない「士官」の語も「幹部自衛官」のほかに法令上も用いられています。
わが国の大東亜戦争後の平和、安全保障は日米同盟によるところが最も大きいですが、世界を驚嘆させた捨て身の愛国心、日本人の精神の強さです。
今日も陸海空の自衛隊は命を賭して「国」を護っています。
彼らは現役の間は感謝こそされすれど大きな栄誉を与えられることはありません。しかし、多くの国民は彼らに感謝をしております。
彼らの命を賭した至上の愛を。
「事に臨んでは危険を顧みず」
海軍記念日にあたり防人となって、御国を護る崇高な精神、自衛隊員に衷心より感謝、敬意を表するものです。 |
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東條元首相
東條英機元首相公的遺書全文
開戦当時の責任者として敗戦のあとをみると、実に断腸の思いがする。今回の刑死は個人的には慰なぐさめられておるが、国内的の自らの責任は死を以もって贖あがなえるものではない。 しかし国際的の犯罪としては無罪を主張した。今も同感である。ただ力の前に屈服した。自分としては国民に対する責任を負って満足して刑場に行く。ただこれにつき同僚に責任を及ぼしたこと、又下級者にまで刑が及んだことは実に残念である。 天皇陛下に対し、又国民に対しても申し訳ないことで深く謝罪する。 元来日本の軍隊は、陛下の仁慈の御志おんこころざしに依より行動すべきものであったが、一部過ちを犯し、世界の誤解を受けたのは遺憾であった。此度このたびの戦争に従事してたおれた人及び此等これらの人々の遺家族に対しては、実に相済まぬと思って居る。心から陳謝する。 今回の裁判の是非に関しては、もとより歴史の批判を待つ。もしこれが永久平和のためということであったら、も少し大きな態度で事に臨のぞまなければならないのではないか。此の裁判は結局は政治的裁判で終わった。勝者の裁判たる性質を脱却せぬ。 天皇陛下の御地位は動かすべからざるものである。天皇存在の形式については敢えて言わぬ。存在そのものが絶対必要なのである。それは私だけではなく多くの者は同感と思う。空気や地面の如ごとく大きな恩めぐみは忘れられぬものである。 東亜の諸民族は今回のことを忘れて、将来相あい協力すべきものである。東亜民族も亦また他の民族と同様に天地に生きる権利を有もつべきものであって、その有色たるを寧むしろ神の恵みとして居る。印度インドの判事には尊敬の念を禁じ得ない。これを以もって東亜諸民族の誇りと感じた。 今回の戦争に因よりて東亜民族の生存の権利が了解せられ始めたのであったら幸いである。列国も排他的の感情を忘れて共栄の心持ちを以て進むべきである。 現在日本の事実上の統治者である米国人に対して一言するが、どうか日本人の米人に対する心持ちを離れしめざるよう願いたい。又日本人が赤化しないように頼む。大東亜民族の誠意を認識して、これと協力して行くようにされねばならぬ。実は東亜の他民族の協力を得ることが出来なかったことが、今回の敗戦の原因であったと考えている。 今後日本は米国の保護の下に生きて行くであろうが、極東の大勢がどうあろうが、終戦後、僅か三年にして、亜細亜大陸赤化の形勢は斯かくの如くである。今後の事を考えれば、実に憂慮にたえぬ。もし日本が赤化の温床ともならば、危険この上もないではないか。 今、日本は米国より食料の供給その他の援助につき感謝している。しかし、一般人がもしも自己に直接なる生活の困難やインフレや食料の不足などが、米軍が日本に在るが為ためなりというような感想をもつようになったならば、それは危険である。依よって米軍が日本人の心を失わぬよう希望する。 今次戦争の指導者たる米英側の指導者は大きな失敗を犯した。第一に日本という赤化の防壁を破壊し去ったことである。第二には満州を赤化の根拠地たらしめた。第三は朝鮮を二分して東亜紛争の因たらしめた。米英の指導者は之を救済する責任を負うて居る。従ってトルーマン大統領が再選せられたことはこの点に関し有り難いと思う。 日本は米軍の指導に基づき武力を全面的に抛棄した。これは賢明であったと思う。しかし世界国家が全面的に武装を排除するならばよい。然しからざれば、盗人が跋扈する形となる。(泥棒がまだ居るのに警察をやめるようなものである) 私は戦争を根絶するためには慾心を人間から取り去らねばと思う。現に世界各国、何いずれも自国の存在や自衛権の確保を主として居る(これはお互い慾心を抛棄しておらぬ証拠である)。国家から慾心を除くということは不可能のことである。されば世界より今後も戦争を無くするということは不可能である。これでは結局は人類の自滅に陥るのであるかも判らぬが、事実は此この通りである。それ故ゆえ、第三次世界大戦は避けることが出来ない。 第三次世界大戦に於おいて主おもなる立場にたつものは米国およびソ連である。第二次世界大戦に於いて日本と独乙ドイツというものが取り去られてしまった。それが為、米国とソ連というものが、直接に接触することとなった。米ソ二国の思想上の根本的相違は止むを得ぬ。この見地から見ても、第三次世界大戦は避けることは出来ぬ。 第三次世界大戦に於いては極東、即ち日本と支那、朝鮮が戦場となる。此この時に当たって米国は武力なき日本を守る策を立てねばならぬ。これは当然米国の責任である。日本を属領と考えるのであれば、また何をか言わんや。そうでなしとすれば、米国は何等なんらかの考えがなければならぬ。米国は日本八千万国民の生きて行ける道を考えてくれなければならない。凡およそ生物として自ら生きる生命は神の恵である。産児制限の如ごときは神意に反するもので行うべきでない。 なお言いたき事は、公、教職追放や戦犯容疑者の逮捕の件である。今は既に戦後三年を経過して居るのではないか。従ってこれは速すみやかに止めてほしい。日本国民が正業に安心して就くよう、米国は寛容の気持ちをもってやってもらいたい。 我々の処刑をもって一段落として、戦死傷者、戦災死者の霊は遺族の申し出あらば、これを靖国神社に合祀せられたし。出征地に在る戦死者の墓には保護を与えられたし。戦犯者の家族には保護をあたえられたし。 青少年男女の教育は注意を要する。将来大事な事である。近事、いかがわしき風潮あるは、占領軍の影響から来ているものが少すくなくない。この点については、我が国の古来の美風を保つことが大切である。 今回の処刑を機として、敵、味方、中立国の国民罹災者の一大追悼慰霊祭を行われたし。世界平和の精神的礎石としたいのである。勿論、日本軍人の一部に間違いを犯した者はあろう。此等これらについては衷心謝罪する。 然これと同時に無差別爆撃や原子爆弾の投下による悲惨な結果については、米軍側も大いに同情し憐憫して悔悟あるべきである。 最後に、軍事的問題について一言する。我が国従来の統帥権独立の思想は確に間違っている。あれでは陸海軍一本の行動は採れない。兵役制については、徴兵制によるか、傭雇兵制によるかは考えなければならない。我が国民性に鑑みて再建軍隊の際に考慮すべし。再建軍隊の教育は精神主義を採らねばならぬ。忠君愛国を基礎としなければならぬが、責任観念のないことは淋しさを感じた。この点については、大いに米軍に学ぶべきである。 学校教育は従前の質実剛健のみでは足らぬ。人として完成を図る教育が大切だ。言いかえれば、宗教教育である。欧米の風俗を知らす事も必要である。俘虜のことについては研究して、国際間の俘虜の観念を徹底せしめる必要がある。 辞世 我ゆくもまたこの土地にかへり来ん 国に報ゆることの足らねば さらばなり苔の下にてわれ待たん 大和島根に花薫るとき |
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マハティール・モハマド首相
すめらぎいやさか。
拙ブログへお越しくださり感謝もうしあげます。
マハティール・モハマド氏がマレーシア首相に再登板します。
しかも九十二歳の高齢で激務は死を賭しての就任です。
日本人がマハティール首相について知っておくべきことは、前回首相をつとめた際には「ルック・イースト(日本の経済成長を見習おう)政策」を掲げたほどの親日家であるということです。
マハティール首相は、自国民に日本の素晴らしさを伝えると同時に、日本人に対してもさまざまな形で熱いメッセージを送り続けてきました。
「ルック・イースト政策」というのは昭和56年(1981年)に当時のマハティール首相が提唱した政策で日本型の集団主義と勤労倫理を学び過度の西洋型個人主義を見直すというものでした。そしてマハティール首相は平成2年(1990年)に日本主導のEAEC(東アジア経済会議)構想を打ち出しました。こしかし、れはアメリカの反発を買い、アメリカの顔色をうかがう日本は積極的にはなれませんでした。
平成4年(1992年)10月14 日、香港にて首相が「日本なかりせば」と呼ばれた演説があります。
「東アジア諸国でも立派にやっていけることを証明したのは日本である。そして他の東アジア諸国はあえて挑戦し、自分たちも他の世界各国も驚くような成功を遂げた。東アジア人は、もはや劣等感にさいなまれることはなくなった。いまや日本の、そして自分たちの力を信じているし、実際にそれを証明してみせた。
もし、日本なかりせば、世界はまったく違う様相を呈していたであろう。富める国はますます富み、貧しい南側はますます貧しくなっていたと言っても過言ではない。北側のヨーロッパは、永遠に世界を支配したことだろう。マレーシアのような国は、ゴムを育て、スズを掘り、それを富める工業国の言い値で売り続けていたであろう」
しかし、戦後の復興の第一線で陣頭指揮を執った世代の多くは辞世を迎え、世代交代し、長い年月は日本人の価値観を大きく変えました。「官僚が主導してきた日本型の経済運営システムは、我々のモデルとして適切ではないことが分かった」「日本から学べる点として挙げるのは『先端技術のみ』」という厳しい声も上がっていると報じています。
首相が日本を訪れたのは昭和三十六年(1961年)57年前の家族旅行でのことでした。当時の日本はまだ復興途上で、あちらこちらに爆弾による破壊の跡が残されていました。オリンピックの準備中の東京では、日本橋の上に高速道路が建設されつつあるのを目にしました。
このとき、私は日本と日本人のダイナミズムを体感したのです。人々が国の再建と経済を発展させるために献身的に尽くす光景は、今もまぶたに焼きついています。その後も訪れるたびに発展していく日本の姿を見てきたからこそ、首相になったとき私は日本と日本の人々から学ぼうと思ったのです。 もっとも注目したのは、職業倫理観と職場での規律正しさによって、品質の高い製品をつくりあげるという姿勢でした。 戦前の日本製品は「安かろう悪かろう」の代名詞でした。しかし戦後は品質の高い製品を次々に生産し、日本は国際社会で大きく成功しました。労働者は職業倫理観が優れていて、管理能力も高い。多くの国民が戦争で命を落としましたが、残された者が立ち上がり、新しい産業を興し、日本はすばやく発展していきました。 日本の大企業のシステムは、欧米の会社のシステムとはずいぶん違っていました。会社同士は競争しても、会社は社員の面倒を見る。終身雇用という形態は、西側諸国にはないものでした。社内で従業員による混乱は少なく、労働組合によるデモも就業時間外に行われたため、生産活動には支障を来さなかったのです。 多くの製品が生まれ、輸出され、外貨を稼ぎ、結果として日本は大きく発展しました。私たちが日本からコピーしたかったことは、日本型システムなのです。国を発展させるための政府と民間企業の緊密な関係を、私は「日本株式会社」と呼んでいます。私たちはこの日本から学ぶことで、他の発展途上国に比べて早く発展することができました。そしてマレーシアの国民は現在、自信を持っています。 その一方で、米国型の極端な経済改革を行なおうとしている今の日本では、失業率も高く、国民が自信を失っているようです。最近の日本の若者は、もはやかつての日本人のように献身的ではなくなったと私は聞かされました。確かに、貧しい人はそこから抜け出そうと必死に働きますが、ひとたび豊かになると人生はたやすいと思ってしまう。そして努力することを忘れてしまうのです。
しかし日本を再びいい国にするために、ぜひ頑張っていただきたい。皆さんには勤勉であるという日本人の素質が根づいているのだから、他国の言いなりになるのではなく、自分の考えで行動してほしい。そして自信を取り戻し、日本人であることに誇りを持ってもらいたいと思うのです。 と首相は著書、『立ち上がれ、日本人』で述べられています。
2002年11月には、マレーシアを訪れた東京都立国際高校の修学旅行生に向かって「あなたたちは日本人の勤勉な血が流れているのだから、誇りに思いなさい」と訴えている。
いまの日本人に欠けているのは大国という自負、自信と愛国心であり、ナショナリズムです。日本が『愛国心』という言葉に過激になる理由は、戦後教育、行き過ぎたマスコミの偏向報道による弊害です。
マハティール・モハマド氏の余生を賭しての首相再登板は我々日本人に何かを投げかけているようでなりません。
参考文献、マハティール首相の著書『立ち上がれ、日本人』
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