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水の文化としての稲作文化
生命の源としての水 日本人と水のかかわり
(『歴史読本』日本人シリーズ「事典日本人と水」)
稲作は目本人の生活の主体日本人の性格に影響を与えてきたことのもっとも大きい要素は、生活が稲作農耕を基盤としてきたことである。
もちろん、米をつくっている国はほかにもある。農業国も規模の大きい国があろう。でも、米というものにこれほど強い執着心をもっている民族は日本だけではないだろうか。
日本の歴史をひもといてみると、米によって動かされていたともいえる。大部分の日本人は近代まで、米をつくり続けることが仕事であった。米は世界でも、もっとも多収穫性をもつ穀物である米と小麦を同じ面積から収穫したとすると、米は小麦の二倍にあたる澱粉がとれる。白米は一年たつとその栄養価が半減してしまうが、モミ穀をつけたまま保存すれば、労養価が半減するまで一〇年かかるから、数十年の間、食用できるという。こういう利点があるから、米は財産となり、貨幣の役目を果たすことができたのである。
米持ちは経済的地位の高さを得るだけでなく、その経済力を基盤として支配者としての権力を握ることになる。こうして、同じ村落に支配者と被支配者の差が出てきた。これが国家の成り立つ過程である。
西洋では、農耕が始まってから国家が成立するまでに約一〇〇〇年かかっている。日本では、紀元前三〇〇年に稲の栽培技術が渡来する。『漢書鐵や『後漢書』に、漢の頃一二〇〇〇年前一、日本からの使者が「わが国は百余国から三十国に減った」と報告したことが記されている。これは、小さな村落国家がちらばっていたのが、地方国家へと統一されていった過程を示している。
三世紀には集権国家の原型である耶馬台国ができる。農耕が起こってから、五、六〇〇年で原始国家が誕生しているのである。これも、稲という収穫性の高い生産物の富を集めやすい特質が招いた必然的なものであろう。
日本人は、さらに米の価値を高めていく。品種改良である。日本の最初の農法書といわれるのは、足利時代後期に伊予の国(現在の愛媛県)の土居清良という人物淋著した『新民鑑月集』(『清良記』ともいう)の第七巻である。
その本の米について書かれたところを読むと、当時すでに九六種の米の品種があったことが書かれている。品種改良の目的は、高カロリーを得るためと、「山地につくる米」「寒地につくる米」「低温地につくる米」といった各地の風土に適した米ができるようにするためである。
こうして米自体の価値は重くなり、米は貨幣の役目を負って、給料として支払われ、税として徴収され、世の中に流通していく。
江戸時代に三〇〇年も鎖国を続けられたのは、貨幣ではなく米を経済のものさしにしてきたためである。かつて日本で皇朝十二銭を鋳造したのち、中国銭を使わなければ貨幣の流通がやっていけなかった時期がある。自国の慶長通宝ができるまでの約一〇〇〇年もの間、中国の銅銭を使用していた。そのため、取引上において大きな損害となる。金貨一両判といっても、金の含有量は八○%くらいなものである。一両判がすべて金だったら、鋳つぶされて別の用途に使用されてしまう。中国から銅銭を買うため、中国へ日本の銅を輸出するのは日本の不利となるのである。
また、開国後、日本の金銀が外国へ多量に流れたことでわかるように、貨幣経済の遅れている日本は、外国相手の貿易で不利になる。幕府はそのことをよく知っていたので、日本を鎖国して金銀の輸出を止めてしまったのであろう。そして白国で自給自足できる米を経済の主流としたのである。これで、日本はますます経済の遅れた前近代的方向に進んだようだが、おかげでヨーロッパ経済の波にのまれることなく、ゆうゆうと三〇〇年もの鎖国ができた。これも米の力によるものである。鎖国が崩れていく過程は、米経済の土台が弱体化し、貨幣経済が発達していったためともいえる。
ともあれ、米は日本の政治、経済、宗教の要だった。天皇のまつりごと行なう重要な政といえば、米の豊作を祈願する祈年祭や米の収穫を喜ぶ新嘗祭である。豊葦原瑞穂国(生命が満ちた葦原の、たくさんの実りをもたらす、み
ずみずしい稲穂の国)の思想がそこにはあった。
中世の田植歌に、次の歌がみえる。
御しろ田の林田は、高天原の宜所、
高い田や、安い田や、うゆる賓の楽しさ、
大明神の、御としろは、中の田のよい所で、
大明神の、御手坪に、おろす豊の千たる穂、
そよと入レや、そよといれ、
竹の永枝の、そよといれ、
しなひたや、しなひたや、秋のたり穂の、八束穂に

おそらく、神供される稲をつくり、その実り多きことを願う歌であろう。
米は神に、そして権力者に捧げるものであり、徴収されるものであった。
日本の米を支えてきたのは農耕民である。というより、稲作は国民としての義務だった。つくっている農民自身が三食の白米を食べられるようになったのは最近のことだが、長い歴史の中で日本人の生活の主体が稲作だったのである。


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