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元禄五年(1692)『俳林一字幽蘭集』水間沾徳編。(原文は漢文)口語訳
 
 沾徳水子嘗て俳優の旬を好みて、遂にこれを業とす。ちかごろ一字幽蘭集を撰ぎて余に説を求む。夫
 れ幽蘭なるは、まさにこれを離騒に取りて文を除き蘭長ずるの意なり。
 我聞く楚客の三十畝もことに少となさず芳一かんば一せを千歳に余すといえども、未だ梅をわするる
 の怨み無きこと能はず。その集や筆を性の一字に起こして情心・忠孝・仁礼・儀智・姶終・本来等総
 て百字の題を掲げ、以て花木・芳草・鳴禽・吟中四序、当に幽賞すべき風物を伴び載せてこれをわす
 れず。何ぞ怨有らんや。又その集の従て来る所を多づぬるに、前の岩城の城主風虎公撰したまう所の
 「夜ノ錦」「桜川」「信太ノ浮嶋」此の三部の集、世に行なはれざるを愁いてなり。乃ち苹して彼の
 三部の集より若干の句を抜きてこれを副るに、古風いまようすがたの中、その花の視るべきして其の
 実食すべき者の□くこれを拾ひ、これを纂め以てその左に倭歌漢文(やまとうた・からぶみ)を引證
 して風雅の媒と為す。是れ編める者の微意なり。以て愛(めで)つべし。是れにより夜ノ錦、夜の錦
 ならず浮嶋も所を定め、桜川も猶春に逢ふがごとし。然といへども人の心面(おもて)の如くにて一
 ならず。或は自ら是とし他を非なりと誘る説を為す。誰かその眞非眞是を知らん。各是非の間を出で
 ざるのみ。しかのみならず世人多く新古の弁を費やす。これ何の意ぞや。想ふに、夫れ天地の道変
 (うつりかわり)以て常とし、俳の風体も亦これに然り、寒きに附き熱に離(さか)る時の勢ひ、自
 ら然ることを期せずして然る者なり。強いて論ずべからず。沾徳水子その趣きを知る人なり。
 
  これが為に素堂書す    佐々木文山(書家)写し

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