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元禄六年(1693)『素堂亭菊園の宴』
重陽の宴を神無付きのけふにまうけ侍る事は、その比は花はいまだめぐみもやらず。菊花ひらく時則
重陽のためしなきにしもあらねば、なを秋菊を詠じて人々をすすめられける事になりぬ。
菊の香や庭に切たる履の底 芭蕉
紫桑の隠土無絃の琴を翫しをおもふに、菊の輪の大ならん事をむさぼり、造花もうばふに及ばし。今
その菊をまなびて、をのずからなるを愛すといへ共、家に菊ありて琴なし。かけたるにあらずやと て、人見竹洞老人、素琴を送られそより、是を夕にし是を朝にして、あるは声なきに聴き、あるは風 にしらべあはせて、自ほこりぬ。
漆せぬ琴や作らぬ菊の友 素堂
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