白州町の民俗

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白州町年中行事〔田植え節供〕(「白州の民俗」正月行事 昭和52年 東洋大学民俗研究会編)

一月一一日
菅原・鳳来地区のほとんどの家では、お田植え節供・お鍬人れ節供・タウネエ(田畝)節供・作始めと称し、正月に飾った松・オスワリ・オハンネリ・鍬などを持って田に行き、うたいぞめをする。松の数は家によって異なり、三〜一二本など持って行く。
《台ケ原》
台ケ原では、オスワリ・オハンネリ・鍬・門松に使用した松の先端を持って田に行き「コトシモホウネンデアリマスヨウニ」と唱え、サクを立ててから松を一二本さす。そして白米をまき、鍬で畝をうったり、一升桝に入れた白米やオスワリを供えたりする。また、歳神棚に飾った松を一メートル四方にさし、それに縄を張って鍬で田を耕す真似をしたりもする。
《白須下・荒田》
白須下・荒田でも、主人が松を二本立て、それに注連縄を張り「コトンモホウサクデアルヨウニ」
と、言って切り餅や米を供えたり、田を耕す真似をしたりした。
《白須下・竹宇・鳥原》
白須下・竹宇・鳥原では、線香を立てたり、家族の者が一人ずつ鍬で耕す真似をしたりする。
《前沢》
前沢では、苗くらいに切った松を田の上に置き、根太に茶をかけてから土を耕す真似をする。そして荒神さん・恵比須さん・歳神棚に供えたオスワリを細かく砕いて根本にまき、線香を並べる。また、コンブ・田作りをのせた盆を田に置く。
《竹宇》
竹宇では、庭先や田・神棚に供えたオスワリや米を甲州桝・四つ膳などに入れて持って行き、アキの方に置く。そして荒神さんに飾った松をさし、米をまいてから土をかける。砕いたオスワリや魚などをまいたり、御飯を持って行ったりする家もある。また、主人が戸口のそばの地面に田の絵を描き、そこにモミを置いた。これは戦争直後まで行われていた。
《松原》
松原・荒田では、主人や家の者二・三人が早朝に松の先端のオシンメのついている部分を一二本と桝またはザルに歳神棚に供えた餅やコンプ・ハクサイ・ミカン・カキ・クリ・米・お金を入れて田に持って行く。そして東の方を向いてサクをきり、松を四本ずつ三列に並べて砕いた餅・米・ミカンなどをまく。その後拍手を打つ。お金は田に持っておく。稲の切り口に米をまく家もある。これは田の神祭りとも呼ばれ、終戦まで行われていた。
《鳥原》
鳥原では餅・白米の他に塩を持って行き、始めに塩をふり、次にオシンメのついた松七本を三〇セソチくらいの間隔にさし、その間に米や餅を置く。現在行っている家では、松をさすだけである。《下教来石》
下教来石では、鍬がさびついていると縁起が悪いとされ、前の晩に鍬を川につけておく。ニ日の早朝、女の人が神棚に供えたオスワリやカツプシ・コンブ・クリ・コロガキ・洗米などを一升桝に入れて田畑に行き、鍬で耕してから門松に使用した五センチほどの松を五本さし、その根本に一升桝に入れてきた。ものをまく。そして陽の出に向かって「コトシモホウサクデアルヨウニ」と拝む。
《上教来石》
上教来石では、屋敷内で種まきの真似をする。
《山口》
山口では、稲と見立てたものを植え、尾頭付きの魚とオスワリを僕える。
《大武川》
大武川では、早朝桝に入れた米・オスワリ・田作り・コンブ・御神酒を持って行き、一二(閏年には一三)の畝を作り、松をさしてから米をまいて御神酒をかける。この日の朝一番に行った者がその年の作大将になれると言われた。供えた餅などは、多くの家では持ち帰り、焼いたり、雑煮や汁粉に人れたりして食べる。コロガキは歯固めとして茶菓子にして食べる。

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