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〔白州の民話・伝説〕白須の松原 白須上
白砂青松の白須の松原は、古くから有名でありました。濃い松の緑から滴る露は、マツダケの生長を促し、風味もすぐれたキノコの産地として、広く知れ渡りました。
明治十三年明治天皇ご巡幸のみぎり、マッタケの話がお耳に達し、その後三年間も待従を差し向け、ご賞み味いただきました。
さすがの松原も、時代の波は防ぎきれず、切り払われ小松原となり、さらには耕地や宅地になりました。今その跡に「白須松林趾」の碑が建てられ、昔をしのぶ縁となっています。
今から六百年も前の吉野朝のころ、足利尊氏が朝廷にそむいたので、後醍醐天皇は、これを征伐しようとしたがならず、御子宗良親王は、征東将軍として遠江におられ、やがて甲斐を経て、信濃に向う道すがら、味方を募ろうと考えていました。そしてしばしはこの松原でお休みになりました。その時お詠みの歌に「かりそめのゆきかいじとは、ききしかど、いざやしらすにまつひとなし」と、ご心中が察せられます。(町誌 内藤末仁)
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