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松尾芭蕉の俳諧活動を援助しながら。独特の俳諧観を創り上げた素堂、散文詩にも連なる「蓑虫記」などに代表される。 ... <誤伝 山口素堂> 素堂の家系につながる、山口黒露著述「庵語」 ... 山口素堂は甲斐の生まれではない(妻の生ま...
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元禄六年(1693)『素堂亭菊園の宴』
重陽の宴を神無付きのけふにまうけ侍る事は、その比は花はいまだめぐみもやらず。菊花ひらく時則
重陽のためしなきにしもあらねば、なを秋菊を詠じて人々をすすめられける事になりぬ。
菊の香や庭に切たる履の底 芭蕉
紫桑の隠土無絃の琴を翫しをおもふに、菊の輪の大ならん事をむさぼり、造花もうばふに及ばし。今
その菊をまなびて、をのずからなるを愛すといへ共、家に菊ありて琴なし。かけたるにあらずやと て、人見竹洞老人、素琴を送られそより、是を夕にし是を朝にして、あるは声なきに聴き、あるは風 にしらべあはせて、自ほこりぬ。
漆せぬ琴や作らぬ菊の友 素堂
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元禄六年(1693)『芭蕉書簡』荊口宛。
琶蕉----
ほととぎす声や横たふ水の声
と申し候に又同じ心にて
一声の江に横たふやほととぎす
(中略
水間沾徳といふもの訪ひ来たれるに、かれ物定めの博士なれと、両句評を乞ふ、沽日く、横江の句文
に対して之を考ふる時は句量尤もいみじかるべければ、江の字抜きて水の上とくつろげたる句のにほ
ひよろしき方のおもひ付くべきの条申し出候。
兎角する内、山□素堂・原安適など詩歌のすきもの共入り来たりて、水の上の究めよろしきに定まり
て事やみぬ。…当年は江戸につながれ候
荊口雅老人 はせを
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元禄六年(1693)『杉屈書簡』岸本八郎兵衛宛。
岸本八郎兵衛様 鯉や市兵衛(杉風)
貴報
昨日御貴礼悉致拝見候。先日はゆるゆると得貴意大慶奉存候。然ば短冊五枚被遣候。桃青にも書せ可
申候。乍去頃日持病気之由承候間、少々遅々可仕候へども、其段ハ御持可被下候。機嫌見合せ可被 候。
其角儀は心得申候。其外ハ嵐雪斗存侯。挙白儀ハ宗匠にてハ、無御座候。私共之様成商人にて御座 候。
宗匠にて無者之にも名高き者ハ、素堂と申者にて御塵候。
其外倦成者も無御座候。内々左様に御心得可被遊候。其内貴面に可得御意候。以上
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元禄六年(1693)『芭蕉書簡』許六宛。
御細簡辱く拝見致し、愈々御無事に御座成され侯ひて珍重之の過ぎず存じ奉り侯。先日は早々御入来
侯ひて又悉く、少しの間素堂に罷り有り、御意を得ず、千万御残り多く存じ候。云々
(奈良県宇陀郡榛原町辻村佐平氏所蔵)
先日は早々御入来侯ひて又悉く、少しの闇素堂に罷有り、不得御意千萬御残多存候。年明候而少持病
心に罷有侯は餅のとがめにやと存候。絵色紙、素堂へいまだ今に得遣し不申候間、明日一所に可進之
候。はさミ箱へ御入れ可被成候。云々
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