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素堂47才 元禄三年(1690)『松の奥』「素堂鬼貫全集」…素堂自著。
 
 俳藷手引書……『松の奥』・『梅の奥』
 
  長袖よく舞ひ、多銭よく商ふ、ぜになしの市立とかや笑はれん、それもへちまの皮財布とかけて出
  たつ市も山わがまだしらぬ、大和ことはなから、俳諮の道芝分けゆく末の一助にもやと寒爐のもと
  に、れいにつたなきを忘れて申に候、また日く松と梅には、かの自愛の木陰なるをとなそらへて髪
  に冠をきせ侍るならし。
   山口信章みつから叙
 
 俳譜濫觴並字義(詳細は別記)
 
  景行帝の御時に、日本尊東夷征伐の御時、甲斐の國酒折の里にして、にひばりつくばのことばより
  ぞ、是を連歌の始と申候。今酒折の天神とあがめ奉る連歌に、筑波問答と、一條禅閤御作筑波集宗
  祇作意のよし也。俳譜にも尚是を源とするなり。其後に及んで、上の句を云かけぬれば、下の句を
  附、下から上をもて附る事さかりにて、五句三句は上下とのみにして、今のことく百句五十句とく
  さるは、遥に中頃の事とぞ。賦物なども、中頃よりの事か。是八雲の趣御抄には、万葉に?いかし
  たるを。家持卿の随ひ給ふを、運歌の根本とのせ給ふ。云々(中略)
  今見ゆる西武「荻の百韻」とてあり。是亦本式の事とぞ。尚門生立圃、貞室、季吟、重頼、各明達
  の俳人、世の知る所、其頃難波の宗因、一流の人にして、檀林の風姿江戸かやりかにして遠き境ま
  でも隅もなし。
 
  ここに独りの世捨人あり、江上の紫扉をもて、静に風月をもて遊ぶ。芭蕉庵桃青、俗名松尾甚七郎、
  都の季吟の門に入、久しく東部に潜り給ふ。俳諮の深き心を学び、正風の俳譜起るの祖となり。予
  叟と共友とし、尚與力すといへども、九ツは是をたすけられ、一つはかれを補ふのみ。殊に古への
  風一時改り、都鄙又芭蕉が風流をしたひ、扉飾る隈もなし。かく次第してつヅける。正木の葉のか
  つら長からむ事になん。云々
 
元禄二年(1689)『素堂十三唱』一「其袋」
 
  ……十三夜遊園中……
 
  ことしや中秋のつきは心よからず。此夕はきりにさはりもなく、遠き山もうしろの園に動き出ルや
  うにてさきの月のうらみもはれぬ。
  
   富士筑波二夜の月を一夜哉       素堂
  
   寄蕎麦
  月に蕎麦を占こと、ふるき文に見えたり。我そばはうらなふによしなし。
 
   月九分あれのの蕎麦よ花一つ      素堂
 
  畠中に霜を待瓜あり、誠に筆をたてて
  
   冬瓜におもふ事かく月み哉       素堂
 
  同隠相求といふ心を
 
   むくの木むく島ならし月        素堂
 
  一水一月干水千月といふ古ごとにすがりて、我身ひとつの月を問う
 
   袖につまに露分衣月幾つ        素堂
 
  こぞのこよひは、彼庵に月をもて遊びて、こしの人あり、つくしの僧あり、あるじ(芭蕉)もさら
  しなの月より帰て、木曾の痩まだなをらぬになど詠じけらし。ことしも又月のためとて庵を出ぬ。
  松しまのきさがたをはじめ、さるべきつきの所々をつきして、隠のおもひ出にせんと成べし。
 
   このたびは月に肥てやかへりなん    素堂
 
2009/6/3(水) 午後 10:06
... 一、素堂主に別書申上候まゝ是もきぬせつ下され、書冩之事被仰越候へば、ちかき内□□(ママ)又々□□(ママ)此通に御座候   朝顔は酒盛知らぬさかり哉  羅月様   はせを     ○ 芭蕉の動向  八月下旬、同行者越人と信州更科を経て江戸に戻る。 ...
2007/7/7(土) 午前 5:35
... 素堂へ内談承るべく候。                  素堂文章、此近き頃のは御座無く候也。                  なつかしく候。 元禄 4年(1692) 50 48 芭蕉曾良宛書簡、素堂の事。 ...
2007/7/6(金) 午前 6:11
... 素堂なつかしく候、重而ひそかに清書、御目に懸くべく候問、素堂へ内   談承るべく候--中略--素堂文章、此近き頃のは御座無く候哉、なつかし   く候。(以下略)とある。  芭蕉は直接素堂に手紙をせず、杉風とか曾良のような口の固い門人が ...
 
 元禄二年(1689)『奥の細道』……芭蕉・曽良、奥の細道への旅立ち……
 
  素堂送別
 
   夏初松島自清幽 雲外杜鶴声未聞 眺望洗心都似水 可隣蒼翠対青眸
 
  送芭蕉翁、西上人のその如月は法けつたれば我願にあらず。
 
   ねがはくば花のかげより松のかげ
 
  はるはいつの春にても我ともなふ時、
 
   松島の松かげにふたり春死なん     素堂
素堂47才 元禄二年(1689)
 
 『さらしな紀行』
 
  誰か華を思はざらむ、たれか市中にありて朝のけしきを見む、我、東四明の麓有て、はなのこころ
  はこれを心とす。はなのこころはこれを心とす。よつて佐川田喜六の、よしの山あさなあさなとい
  へる歌を実になんず。又
 
   麦喰し臓と思へどわかれ哉
 
  この旬尾陽の野水子の作とて、芭蕉翁の傳へしを、なをざりに聞しに、さいつ頃田野の居をうつし
  て、実に此句に感ず。むかしあまた有りける人の中に、虎の物語せしに、とらの追はれるたる人あ
  りて独色を変じたるよし。誠におふべからざる事左のごとし。猿を聞て実に三声のなみだといへる
  も、実の字、老杜のこころなるをや。猶雁の旬をしたひて、
 
   麦わすれ華におぼれし鷹ならし     素堂
 
  この文、人に事づかりて、とどけられしを三人聞き、幾度も吟じて
 
   手をさしかざす峰のかげろふ      野水
   橇の路もしどろに春の来て       荷今
   ものしづかなるおこし米うり      越人
 
 
2007/7/6(金) 午前 6:08
... 共通性を「是皆此道の情(こころ)」と表現し、漢詩・和歌・連歌 ... (解説は後文)  素堂と芭蕉の往復書簡は、今日では殆ど残されて無いと言っても過言ではなかろう。ただ残されている芭蕉の手紙の中に、素堂苑てに手紙をしていると推定できる個所が何点かある。 ...
 

「素堂亭十日菊」

「素堂亭十日菊」
 
 芭蕉…
  蓮池の主翁(素堂のこと)又菊を愛す。きのふは龍山の宴をひらき、けふはその酒のあまりをすす
  めて、狂句のたはふれとなす。名を思ふ、明年誰かすこやかならんことを、
 
   いざよひのいづれか今朝に残る菊   はせを
   残菊はまことの菊の終りかな      路通
   咲事もさのみいそがじ宿の菊      越人
   昨日より朝霧ふかし菊畠        友五
   かくれ家やよめなの中に残る月     嵐雪
   此客を十日の菊の亭主あり       其角
   さかほりのにひはりの菊とうたはばや  素堂
 
  よには九の夜日は十日と、いへる事をふるき連歌師のつたへしを此のあした紙魚を梯ひて申し侍
  る。
   はなれじと昨日の菊を枕かな      素堂

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