白州町の文化財

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白州町指定文化財 天然記念物 大武川諏訪神社のトチの木
大武川昭和四八・一二・一指定

トチノキは温帯の山地の川沿いに多い落葉高木で、北海道の南西部から九州の北東部にわたって分布する。この地方にも南アルプス国立公園や近くの県立公園に多く成育し、相当の巨樹もあるが、人里近くでこのように成長したのは珍らしい。当杜の境内にはこの木以外にも数本のトチが生えている。
目通り幹囲四、二、根回り五、一、枝張東西ニ八、五、南北一九、〇樹高約二一、○(単位メートル)
《現在は入り口には獣除けのネットがあり、入る場合には一度外して入るが、出るときには元通りにする。中は整備されていて、簡単な駐車場もある。》

白州町指定文化財

白州町指定文化財
史跡
山口関所跡
上教来石山口昭和四八・一二・一指定

甲斐二十四関の一つで小荒間・大井ケ森・笹尾の口留番所とともに信州口に対する関門として重視され、常に番卒を駐在させ、村役下番を使って取り締りを厳重にした所である。山口番所の番人は名取久吉、二宮勘右衛門で、各高弐拾俵弐人扶持であった。名取の役宅は街道西、二宮の役宅は街道東にあり、番小屋は東側にあった。下番人二人は村役である。関所跡には「鳳来山口関趾」の碑が建てられてあり、荒田の伏見家には番所の小道具である「さしまた」「そでがらみ」「六尺棒」などが保存されている。(関所趾写真は口絵写真)

白州町指定文化財 工芸 諏訪神社の鰐口
上教来石昭和四八・一二・一指定

山口諏訪杜で珍蔵する社宝の鰐口は、かって同社拝殿の軒に懸けて参詣の際打ち鳴らしたものである。形態は帰平で、面径は一八、八センチ。胎厚や縁厚とほどよい調和を保つ。側面の両肩に環状の鈎手をつけ、その下に突き出した耳を設け、さらに両耳の問に口があけてある。両面の中央に菊花をかたどった陽鋳の撞座がある。表裏とも座を囲む圏線によって面が分割されている。
形状からきた名称と思われる鰐口は、かって「金鼓」とも呼ばれた。
貞応三年(二一二四)の重要文化財増穂町明王寺鰐口の刻銘に「(前略)中尾権現宮之全願主云々」とある。この「全」は「金鼓」の略称「金」の誤刻である。東日本では鎌倉時代中期ごろから「鰐口」と呼ばれた。
徳治二年(一三〇七)のすぐれた陽鋳銘のある県指定文化財勝沼町大善寺鰐口の銘中に、「奉施入柏尾大善寺鰐一口」とあるのがその好例で、隣町小渕沢北野天神杜の鰐口(応永一九年・一四一二)をはじめ、甲州に現存するものはほとんど鰐口と刻られている。
本杜の所蔵する鰐口は無銘とはいえ、すぐれた鋳技を示す桃山期と推定される貴重な工芸品である。

白州町指定文化財 建造 清泰寺六地蔵幢
昭和四八・一二・一町指定

石幢は供養のための石造建築物で、大陛では古くから行われ、すでに応徳元年(一〇八四)の遺物があるという。わが国では長寛元年(一一六三)ごろからのものが拝される。その分類は形式と内容両面から考慮すべきではあるが、名称その他、従来にならって複制と単制に大別する。
当町に現存するものの多くは、一見石灯籠状の複制幢で、在銘の古いものに横手・安福寺六地蔵瞳(元禄四年・一六九一)及び大武川・福泉寺六地蔵瞳(元禄一四年・一七〇一)が完存する。
無銘では、室町時代中期にあたる清泰寺幢がほぼ当初の姿を留め、残欠ながらこれにつぐものに同期の白須・自元寺幢(幢身以下残存)がある。
この清泰寺六地蔵幢は「甲州型」で、安山岩製現高二、一メートル。基壇(一般には地中にかくれる)上に礎盤状の基礎を置き、上下の端に請花・反花をもつ平面円の幢身を立て、勾欄のついた中台をのせて諸尊を安置する龕部とし、その中央六角柱の六面にそれぞれ厚肉の六地蔵を配刻、これに天蓋にあたる隅木入りで二重棰をもつ六注屋根を載せ、最上部を宝珠(今欠)とする。
これは鎌倉時代、禅宗とともに輪入された大陸の建築文化の宋様手法が石造物にまで採用されたものである。残念たがらこの石瞳では失なわれているが、龕部の花頭曲線など、遥か西方サラセソ文化の影響と考えられる。また、普通は中台の軒裏は桂のないいわゆる板軒であるが、この石幢ではとくに入念に桂が造設されている点にも特色がみられ、無銘とはいえ、まことに貴重な遺構である。

白州町指定文化財 建造 石尊神社本殿並びに拝殿
鳥原昭和四八・一二・一指定

《この社殿は急坂の石垣を登る。現在この石垣がずれたり傾斜角度が前に下がっているために、下りは慎重にゆっくりすることが賢明である。また赤松並木も年々枯れ死が起きていて、その存在が懸念されている》
大山衹命と日本武尊の二神を祀る。当杜の創建は、応永五年(一三九八)と伝えられ、約二百年後の文禄三年(一五九四)に再興されたのが荒廃したので、江戸末期にいたって、信州の宮大工立川流の工匠によって復興されたごとくである。
一間社流造、二軒繁棰で屋根は柿葺である。身舎の正側三面に勾欄付の切目縁を回らし、正面に一間の向拝を付け、昇勾欄付の木階五級を設け、その前方を浜床とする。向拝柱上の頭貫、軒唐破風の兎毛通、身舎との繋虹梁、身舎の側壁、左右の脇障子、その他いたるところにすぐれた彫刻を施すなど、時代精神のにじみでた建築である。
拝殿は桁行八、六メートル、梁間七、九メートル。入母屋造、向拝の付いた妻入の建築である。内部は荘厳のため、花鳥を以って飾られた格天井で、すべて遠近の信者によって寄遊されたものである。当社に対する信心の深さを示す賞料であり、なかには峡北の大家三枝雲岱と関係のある雲渓らが腕をふるって画いたものも含まれている。


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