|
〔清水素外〕白州の俳諧の歴史(「白州町誌」)
白須の俳人で藍六、培之に俳諸を学ぶ。村長、郡会議長などを歴任した。
・柳見て机の塵を払いけり素外
|
白州町を知る
[ リスト | 詳細 ]
|
〔嶋口悠哉〕白州の俳諧の歴史(「白州町誌」)
明治初期の白須の俳人で、通称喜太郎、俳諸を墨雨、素向に学んだ。
・虫飼うて無限の寂を聴く夜哉悠哉
|
|
〔北原台眠〕白州の俳諧の歴史(「白州町誌」)
台ヶ原の北原家(七賢)数代前の人で、伊兵衛延辰と称し、嵐外について俳諸を学び交友が深かつた。文政十一年四十一歳で没し、数句が遺っているのみである。(この記載は間違い)
・山里や包むもの無き冬の月台眠
|
|
〔山田玉斉〕白州の俳諧の歴史(「白州町誌」)
玉斉の句碑が国道二十号線沿いの前沢公民館前に建てられている。玉斉はいまの山田家五代前の人で俳諸にすぐれ、書は行草に通じ地域に俳風を弘めた。子息の玉簾もまた父の道を継いでこの道に専念した。
・槍持のおくれて通る日永哉 玉斉
|
|
〔河西素柳〕白州の俳諧の歴史(「白州町誌」)
下教来石出身で、嵐外の酒落を慕い各地の文士と交遊したが、嘉永二年三十四歳で早世した。
・曙の動き初めや梅の花 素柳
|




