松尾芭蕉の先生山口素堂覚書き

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素堂53才 元禄七年(1694)『枯尾花』其角編。「芭蕉追善興行」旅の旅ついに宗祇の時雨哉 素堂

深草の翁、宗祇法師を讃していはずや、友風月家旅泊と芭蕉翁の趣に似たり。

  旅の旅ついに宗祇の時雨哉     素堂

素堂53才 元禄七年(1694)『素堂一曽良宛書簡』……芭蕉、大阪にて死去(十月十二日)

御無事二御務稜成侯畿、其後便も不承候、野子儀妻二離申候而、当月ハ忌中二而引籠罷有候。

一、桃青大阪二て死去の事、定而御聞可被成候、御同然ニ残念ニ存事ニ御座候。嵐雪、桃隣二十五日二上り申され候、尤も二
  奉存候。
二、元来冬至の前の年忘れ素堂より始まると名立ち候。内々ノミのむしみ忌明侯ハバ其日相たため可申候其内も人の命ははか
りがたく候へ共、……云々
  例の年忘れ、去年ハ嵐雪をかき、今年は翁をかき申候、明年又たそや。

      曽良雅丈         素堂

素堂53才 元禄七年(1694)『芭蕉書簡』曽良宛。尚々宗波老へ預置申侯素堂書物早々かへされ侯

(前文・後文略)尚々宗波老へ預置申侯素堂書物早々かへされ侯様に待ち奉り侯に頼申よし御申候。浄久へも御伝被成侯。

素堂53才 元禄七年(1694)『依水書簡』曽良宛。素堂子御誘ひなされ候ひて

来ル十八日(三月)に翁(芭蕉)も参られ候筈に御座候。一席催し候間、素堂子御誘ひなされ候ひて、御出下され候に待ち奉り候。

素堂52才 元禄六年(1693)『素堂亭菊園の宴』

重陽の宴を神無付きのけふにまうけ侍る事は、その比は花はいまだめぐみもやらず。菊花ひらく時則重陽のためしなきにしもあらねば、なを秋菊を詠じて人々をすすめられける事になりぬ。

   菊の香や庭に切たる履の底          芭蕉
  
紫桑の隠土無絃の琴を翫しをおもふに、菊の輪の大ならん事をむさぼり、造花もうばふに及ばし。今その菊をまなびて、をのずからなるを愛すといへ共、家に菊ありて琴なし。かけたるにあらずやとて、人見竹洞老人、素琴を送られそより、是を夕にし是を朝にして、あるは声なきに聴き、あるは風にしらべあはせて、自ほこりぬ。
   
   漆せぬ琴や作らぬ菊の友           素堂


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