白州町の民俗

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〔初山〕(「白州の民俗」正月行事 昭和52年 東洋大学民俗研究会編)
一部加筆(カタカナを漢字に、部落は集落に)

一月二日
《前沢》
前沢では、山仕事に従事する者が薪にするための木を切って来た。また、炭焼きの窯にフタをしたりもした。
《荒田》
荒田では、六日に何の木でも良いから切りに山に入った。
《下教来石》
下教来石では、四日に燃し木を伐りに行った。

白州町年中行事〔寺年頭〕(「白州の民俗」正月行事 昭和52年 東洋大学民俗研究会編)
一部加筆(カタカナを漢字に、部落は集落に)

一月二日・四日
寺の住職が檀家各戸をあいさつして回る。
《前沢》
前沢では、自元寺の住職が檀家各戸を訪問し、お札と割り箸二膳を配った。現在はお札と暦を配る。
《松原》
松原では、清泰寺の住職が年始回りをし、お札やシャモジを配った。
《鳥原》
鳥原では、二日の朝福昌寺の住職がマッチや恵比須さんのお札をシャモジの上にのせて渡す。檀家では特に接待はしないが、昼食は檀家総代の家でとる。
《下教来石》
下教来石では、四日に寺僧が縁側から年頭のあいさつをする。その後大般若の券札を渡す。

〔年始〕(「白州の民俗」正月行事 昭和52年 東洋大学民俗研究会編)
一部加筆(カタカナを漢字に、部落は集落に)

一月一日
ほとんどの集落では、氏神さんに参った後、その足で村中に顔を出し「おねでとうございます」と言って新年のあいさつを交わす。
《台ヶ原》
台ヶ原では、子分が親分宅へ、分家の者が本家へ御神酒を持って年始に行った。
《白須上》
白須上では、戦前行っていた。
《前沢》
前沢では、2年参りの帰りに村中の家を回り、新年のあいさつを交わす。応対する家では、玄関にゴザを敷いて迎えた。菓子を出したり、それを紙に包んで渡したりした。回り終った後は長光寺で解散した。10年くらい前までこのことを行っていたが、現在は正八幡神社に集まってあいさつを交わすだけである。
《竹宇》
竹宇では、特に日は決まってないが結婚後2〜3年は、石けんなどを持って親分宅や仲人宅にあいさつに行く。相手側は、品相応の御神酒や御飯などをふるまう。本家の者が分家の者に対する場合も、祝儀に応じて酒・吸い物などを御馳走する。
《荒田》
荒田では、新屋の者が年賀として手拭い・海苔などを持って本家に年始に行った。大正元年頃まで行っていたが、現在は1月2・3日に各戸の主人が弘法さんに集まり、年頭の申し合わせをしてから御神酒を飲む。
《下教来石》
下教来石では、ワラジばきで村中を回り、応対する家では茶を出した。
《大武川》
大武川では、年始回りは正月三ケ日のうちに行えば良いとされた。

白州町年中行事〔元日参り〕(「白州の民俗」正月行事 昭和52年 東洋大学民俗研究会編)
一部加筆(カタカナを漢字に、部落は集落に)

一月一日
ほとんどの集落では、賽銭やオ半練り(米をちり紙で包んだもの)を持って氏神さんに参る。《前沢・竹宇・松原・鳥原・山口・大武川》
前沢・竹宇・松原・鳥原・山口・大武川では、2年参りと称して年取りの晩に氏神さんに出かけ、除夜の鐘の前後に手を打って拝み、2年分のお参りをして帰る。
《台ケ原》
台ケ原では、氏神さんへ集まり、拝賀式をして新年のあいさつをする。白須下では、民子総代が御神酒.ニボシなどの供え物の用意をする。
《前沢》
前沢では、朝六時までに正八幡神社に参り、仕官の御祓いを受けた後、新年のあいさつをする。そして御神酒を飲み、万歳をして帰る。
《竹宇》
竹宇では、オスワリを持って行ったりもする。また、二年参りを二日参りとも言う。
《松原》
松原では、初参りと称して一二時を過ぎてから石尊神社に参る。神社では、以前は御神酒をふるまった。また、近隣の者が年取りの晩から囲炉裏を囲んで集まり、巾着に洗米を入れて参りに出かける。祠に洗米を供えた後、石尊神社に参る家もある。
《荒田》
荒田では、年取りの晩にカイマイリと称して家族一同でお参りに行く。途中の神さんにも賽銭や米を供える。また、早い家では早朝2〜3時に石尊神社に参り、その後往大神にも参る。
《山口》
山口では、家神(イエジン)にも参る。
《大武川》
大武川では、各戸で諏訪神社にオスワリを持って行き供える。また、家同士でオスワリを交換したりもする。主に年寄りが参りに出かける。

白州町年中行事〔若水汲み〕(「白州の民俗」正月行事 昭和52年 東洋大学民俗研究会編)

一月一日
ほとんどの集落では、この日の早朝(早くて一時、遅くとも五時頃)に主に女の人が桶や柄杓を持って川・井戸へ行き水を汲んでくる。その水で茶を沸かしたり、雑煮を作ったりした。現在は水道がひかれているので、行う家は少ない。
《台ケ原》
台ケ原では、女の人が裏の用水に水を汲みに行った。40年くらい前まで行っていた。
《前沢》
前沢では、若主人が行う家もある。
《竹宇》
竹宇では、嫁が用水に行き、バケツで水を汲んでくる。以前は朝日が昇らないうちに若水を汲んだ方が良いと言われ、水で顔を拭いてから朝日に向かい「日本六十余州の神様、今年もよろしくお願いします」と唱えた。また、主人が堰で水を汲み、神棚に供えたりもした。
《松原》
松原では、20年くらい前まで行っていた。
《荒田》
荒田では、主人が鉄瓶を持って川に行き、流れに沿って水を汲んだ。その水で茶を沸かして神棚に供え、余った水は捨てた。井戸のある家では、まず顔を洗い、それから水を汲んだ。この水は初水とも言われ、湯のみに入れて歳神棚に供えたりもする。また、アキの方に向かって水を汲むと、その年はアンに暮らせると言われた。
《鳥原》
鳥原では、現在は主人がコップで井戸水を汲み、塩を盛った小皿と一緒に供える。
《下教来石》
下教来石では、以前は前日に若木を伐っておき、それを小さく切って燃やして茶を沸かし、神棚に供えた。
《大武川》
大武川では、1日〜3日までの毎朝、家の前の小川から水を汲み、茶を沸かして神棚に供える。また、一升桝に米を入れて水を汲む家もある。

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