白州町の民俗

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白州町年中行事〔年取り〕(「白州の民俗」正月行事 昭和52年 東洋大学民俗研究会編)
一部加筆(カタカナを漢字に、部落は集落に)

12月31日
オモセ・オモッセ・お歳取りと呼び、ほとんどの家では尾頭付きの魚や御飯・年越しソバを食べる。また、女は正月にそこらへ手を出してはいけないとされているため、この日は夜中の2時頃まで正月の準備をした。早く寝れば自髪が生えるとか、オモッセの火を消してはいけないなどと言われ、昔話などをして遅くまで起きていたりもした。
《白須下》
白須下では、この日をオモッセノ節句とも言い、神棚に御飯付きの魚・御飯・御神酒を供える。また、御飯を多く食べないと翌年は計画どおりにいかないと言われる。翌年嫁に来る娘を呼んで、一緒に食べたりもした。
《竹宇》
竹宇では、農具や牛馬も一緒に年を取るとされ、農具をきれいに洗ったり、松や団子などを供える。
《松原》
松原でも、農具にはオスワリを供え、牛馬には主人の使用した茶碗に御飯を盛り、汁をかけてあたえた。この晩は、奇数の具(蒲鉾・人参・アゲなど)を入れた吸い物を食べる。正月準備としては、煮しめ・田作り・おせち料理・煮豆.牛蒡などの煮物を作る。また、近隣の者が集まって囲炉裏を囲み、木の根を燃して遅くまで起きていた。
《荒田》
荒田では、御節のご飯と称し、正月3日分として御飯をたくさん炊いた。3ケ日で食べ尽くすと縁起が良いとされ、現在も行っている家がある。この日は夜の6時頃に御飯を食べ、翌年の早朝3〜4時頃にソバを食べる。馬にも茶碗に御飯を盛ってあたえる。また、人参・牛蒡・大根・アゲ・昆布・竹輪・こんにゃく・豆腐など10種ほど入れたケンチャン(ケンチン)汁を作り、その出汁で正月に雑煮を作る。仏さんにはオミタマモリと言って、ネコワシのオヤ碗に御飯を山盛りに盛って、それに箸を2膳添えて供えた。これを供えれば正月3ケ日は供え物をしなくとも良いとか、一年中食べ物に困らないと言われた。
《鳥原》
鳥原でも、白米の御飯を早めに多く(三臼分)炊き、仏さんに山盛りにして供える。
《下教来石》
下教来石では、五升鍋でケンチン汁を作り、正月には食べる分だけ小出しにして食べる。
《上教来石》
上教来石では、カナマスムシ(茶碗蒸し)も作る。
《山口》
山口では、この晩に家で御飯を食べない者は、翌年の一年間は役にたたないと言われる。
《大武川》
大武川では、歳神さん・疱瘡神さんに重箱に野菜の煮物をのせた御飯を盛り、それを膳にのせて供える。他の神さんには皿で御飯を供える。仏さんには、小さ次黒塗りの覧箱に御飯を山盛りに盛って供える。これを供えれば、七日の朝まで供え物をしなくとも良いと言われる。また、この日は息をしているもの(家畜など)には野菜をたくさん入れ、醤油で味をつけた汁をあたえる。

白州町年中行事〔門松〕(「白州の民俗」正月行事 昭和52年 東洋大学民俗研究会編)

12月28日・30日
《菅原・鳳来地区》
菅原・鳳来地区のほとんどの家では、個人山・松林・川などから松を伐ってくる。29日に取る松をクンチマツ・31日に取る松を一夜松と言って避ける。
松は三階松や、金が生ると言って松笠の多くついているものが好まれる。オシノメをつけた一番大きな松は玄関・神棚の両側に、その他の小さな松はイエジン・歳神棚三宝荒神さん・秋葉さん・カワバタ・井戸・蔵・風呂場・便所・蚕室などに飾る。1月7日・20日に取り去る。現在は、門松の絵を印刷した札を入り口に貼って済ます案もある。
《台ケ原》
台ケ原では、12月24日・27日・29日に松を飾ってはいけないと言われる。松は仏壇・大黒さん・水神さんにも一本ずつ飾る。
《白須下》
白須下では、松の下の方の皮を5〜6センチほど剥ぎ、歳紳棚の四ツ角に飾る。
《前沢・荒田》
前沢・荒田では、以前は庭に門松を飾った。前沢では、松林から太さ4セソチ・長さ1メートルほどの松を根本から伐ってきて枝を削り、棒にして庭の真ん中に立て、注連縄を張った。
《竹宇》
竹宇では、門松の根本に薪を置いたりもする。また、火の神さんに飾った松は一年中飾っておき、翌年取り替える。
《松原》
松原では、長さ1メートルほどの一番大きな松は、先端にオシンメをつけて玄関に一対飾り、70〜80センチほどの松は、同じようにオシンメをつけて歳神棚・仏壇・蔵・井戸・火の神さん・屋敷神などに飾る。また、門松の根本はカマで皮を剥ぐ。このことをアシアライと言う。
《荒田》
荒田でも、門松の根太を剥いで飾る。また、軒から1間離れたところに長さ3尺ほどの松を杭にさし、5尺ほど間隔をおいて2本立てる。それにオシンメを12(閏年には13)さげた注連縄を張った。明治40年頃まで行っていた。また、米俵を4斗積み、それに松をさし、コクヤサン(穀屋)が買いに来るまで飾っておいた。

白州町年中行事〔トシオソナエ・年お供え〕(「白州の民俗」正月行事 昭和52年 東洋大学民俗研究会編)
一部加筆(カタカナを漢字に、部落は集落に)

一二月二八日・三〇日
《白須上・竹宇・荒田・下教来石》
餅搗きのとき、白須上・竹宇・荒田・下教来石では、家族の人数分のオスワリを作り、神棚に供える。下教来石では、このオスワリをその年の干支の人だけが食べて良いとされた。
《白須下・白須上・前沢・竹宇・松原》
また、白須下・白須上・前沢・竹宇・松原では、一二のオスワリ(閏年には一三)を作り歳神棚に供える。
《竹宇》
竹宇では、このオスワリをジュウニゼンサンと呼ぶ。
《松原》
松原では、歳供え・十二膳さんと呼び、歳神棚の大きなオスワリの横に並べて供える。
《荒田》
荒田では、月のお供えと呼び一二ケ月滞リなく過ごせるようにと、12のオスワリと家族の人数分のオスワリを笹を敷いた広蓋(赤い漆の塗リ物)の盆にのせ、ツルシガキ(吊るし柿)を添える。柿は良き事をかきとるという意味で飾る。
《大武川》
大武川では、低い膳に重ねてないオスワリをのせ、その周囲に12の小さなオスワリを飾る。これは、お太陽様の数であると言う。

白州町年中行事〔スス払い〕(「白州の民俗」正月行事 昭和52年 東洋大学民俗研究会編)
一部加筆(カタカナを漢字に、部落は集落に)

12月28日・30日
菅原・鳳来地区のほとんどの家では、この日にスス払いを行う。25日までに済ます家もある。笹竹を伐ってきて、それを1〜3メートルほどの竿につけ、笹箒にして軒・天井などを掃除する。
煤や箒は、庭や畑で燃したり、川に流したりした。
《前沢》
前沢では、男の人は笹箒で天井・神棚・煙突の煤を、主婦は台所・かまど・戸棚などの煤を払う。煤は山、または堆肥の中に捨てる。箒はとっておき、昭和の初期までは蚕室の掃除に使用した。
《竹宇》
竹宇では、正月の支度として障子張りや煤払いを行い、使用した笹は牛馬に食わせた。
《松原》
松原では、主婦が初めに神棚にはたきをかけ、棚・仏壇の位牌の拭き掃除を行い、次に天井・電気の笠・電球などの掃除をする。煤は畑に捨て肥料とする。箒はとっておき、庭掃きに使用する。
《鳥原》
烏原では、笹の箒を鈴竹と呼び、これを使用して家族全員で奥座敷から掃除を始める。使用した箒は家の隅に立てかけておく。これは煤払いの終了を示し、立てかけてない場合は、検査に回って来た駐在さんに注意された。

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白州町にはさまざまな蔵がある
家主不在で朽ちていくもの
後継者が修繕して保持しているもの
新たな蔵

白州町には山梨県でも貴重な
赤松板壁の蔵もある。(後報)

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