白州の民話

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〔白州の民話・伝説〕白須の松原 白須上

白砂青松の白須の松原は、古くから有名でありました。濃い松の緑から滴る露は、マツダケの生長を促し、風味もすぐれたキノコの産地として、広く知れ渡りました。
明治十三年明治天皇ご巡幸のみぎり、マッタケの話がお耳に達し、その後三年間も待従を差し向け、ご賞み味いただきました。
さすがの松原も、時代の波は防ぎきれず、切り払われ小松原となり、さらには耕地や宅地になりました。今その跡に「白須松林趾」の碑が建てられ、昔をしのぶ縁となっています。
今から六百年も前の吉野朝のころ、足利尊氏が朝廷にそむいたので、後醍醐天皇は、これを征伐しようとしたがならず、御子宗良親王は、征東将軍として遠江におられ、やがて甲斐を経て、信濃に向う道すがら、味方を募ろうと考えていました。そしてしばしはこの松原でお休みになりました。その時お詠みの歌に「かりそめのゆきかいじとは、ききしかど、いざやしらすにまつひとなし」と、ご心中が察せられます。(町誌 内藤末仁)

〔白州の民話・伝説〕あずき豆そぎ

昔、細切れ沢近くに、大きな竹やぶがあって、うす気味」の悪いところでした。夜ここを通ると、やぶの中からザク・ザクと小豆をそぐような音が聞えて来るといい、そこを通る人はなかったそうです。また、茶釜ころがしなども、方々に出て、ゴァン・ゴァンと音を発して、近よってくると、大ていこわくなって逃げたものだ、と伝えております。(古老談)

〔白州の民話・伝説〕デーラーボッチ(だいだら法師)

昔デーラーボッチといって、とてつもない大男がいました。雪の降ったときの足跡は、一足が一反歩もあったそうです。
なんでも大坊から教来石の池の平まで、歩いた跡があるといわれ、その跡はたいてい水たまりになって、どんな旱魃にも、水がかれたことはないということです。(古老談)

〔白州の民話・伝説〕蛇の話 その一

暑い夏のこと、山仕事をしていたある婦人は、木の下で昼休みをしていたところ、涼しい風が吹いてきて、心地よく眠ってしまいました。
その時頭上の木に巻きついた青大将(蛇の種類)は、針のような舌を出して、ほっぺの血をチュツ・チュツと吸っていました。幸い通りかかった村人が見つけ、その蛇を退治したので、大事に至らず済みました。その人は多量の血を蛇に吸い取られたので、それだけの血を補うには、長くかかったようで、見る目も気の毒のように青ざめたということです。

〔白州の民話・伝説〕蛇の話 その二

ある人が夕方、散歩していました。すると畑中の石に、きれいな娘がニコニコしながら、その人を招きました。はてなとは思ったが、近づき肩を並べて、よも山の話に興じました。やがて夕闇迫る元の道を、家に帰りましたが、お尻に敷いた手拭を忘れたので、急いで最前の石の所へ戻って見ると、なんたること蛇が手拭を枕にして寝ていました。その人は「ウヘエー、こわい、こわい」と一目散に逃げ帰ったということです。(古老談)

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