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元禄五年(1692)『三日月日記』
我が友芭蕉の翁、月にふけりて、いつともわかぬものから、ことに秋をわたりて、求なし。あるとき
は敦賀の津にありて、越の海にさまよひ、其のさきの秋は、石山の高根にしはし庵をむすひて、琵琶
湖の月を詠し、二とせ三とせをへたてて、此郷の秋と共にあふなるへし。文月のはしめは、蚊にふさ
きも静ならす、玉祭頃はこれにかかつらひ、在明のころの下絃のころも、雨のさはりのみにして、初
秋は暮れぬ。なかの秋にいたりて、はつ月のはつかなる日より、夜毎に文月のおもひなし、くもりみ
はれみ、扇をおほふことまれ也。我庵をちかきわたりなれは、月にふたり隠者の市なさんと、みつか
ら申つることくさも古めきて、入くる人々にも句をすすむることになりぬ。むかしより隠の実あり て、名の世にあらはるること、月のこころなるへし。我身くもれと、すてられし西行たに、かくれは てす、人のよふにまかせて、僧正とあふかれたまふも、なお風流のためしならずや。此翁のかくれ家 もかならず隣ありと、名もまたよふにまかせらるへし。
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山口素堂の部屋
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元禄五年(1692)『素堂母喜寿の賀』
素堂の母、七十あまり七としの秋七月七日にことぶきす、万葉の七種をもて題とす。これにつらなる
七人この結縁にふれて各また七望のよはひにならはむ。
七株の萩の千本や星の秋 芭蕉
織姫に老の花ある尾花かな 嵐蘭
市に煮て余りをさかふ葛の花 沾徳
動きなき岩撫子や星の床 曽良
けふ星の賀にあふ花や女郎花 杉風
蘭の香にはなひ侍らん星の妻 其角
むかし此日家隆卿、七そじなゾのと詠じ給ふは、みづから祝ふなるべし。今我母のよはひのあひにあ
ふ事をことぶきて、猶九そじあまり九つの重陽をも、かさねまほしくおもふ事しかなり。
めでたさや星の一夜も朝顔も 素堂
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素堂51才元禄五年(1692)『芭蕉書簡』本屋嘉右衛門宛。
二日にもぬかりはせぬそ花の雲
はまくりにけふは費かつ若葉哉
右之両句申進候。其外に二三句斗も有之侯へ共あまりおもしろからす候故御めにかけ申すまし□□ち
かき内に素堂可参候閲御聞可被早々申入候。以上
十九日 桃青本
屋嘉右衛門様
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元禄四年(1691)『俳諧六歌仙』鋤立編。
きさらきの夜の頃、鋤立子草庵をたたきて入ぬ。寒音語をましへ、既に六歌仙のことに及ぶ。是を
破題としてむつの巻のあらましあれは成り。そも花山の僧正は、貫之もはじめに沙汰せられつれば、
今なご是に随はるべし。君きかずや、京極黄門ある人にこたへられしことを、其まことなくなきこ
そ、他の及ばざる所なれと。又聞きかずや、ふるき法語の仲に釈迦たるまうそつけはこそ佛なれ誠
をいはば凡夫なるへし。此心狂句の骨髄なりとそ、次に左五中将のこと葉は心をつくさずと、又い
はずや、天物いはず、萬の物は心を心として、心あるものや、常に心あまれりや。心あるものや、
其つよからぬも、身におもはぬも、猶弁あらんかし、其花に休む山人のさま其雲にあへる暁の月、
他の時をまちて今はいはず、其いふところを素堂書ぬ。
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素堂50才 元禄四年(1691)『嵐蘭書簡』
芭蕉宛嵐嵐…
ことし去来丈とおむろの花にまかりておもひよりけれども、御なをしのたねにも成可申かと先申上
候。素堂はおもしろきと被申候。如何。
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