山口素堂の部屋

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素堂46才 貞享四年(1687)『績の原』岡本不卜編。
 
 古き予の友不卜子、十余ふた番の句合を柚にして来て判を
 求む。狂旬久しくいはず、他の旬猶わきがたし。左蟹右触
 争ふ事はかなしや。是風雅のあらそひなればいかがはせん。
 世に是非を解人、我判かゝはらじとすれど人又いはん、無
 判の判も判ならずや。丁卵の冬素堂書.
素堂46才 貞享四年(1687)
 
 『素堂・芭蕉蓑虫の遣り取り』
 
 素堂…隣家の僧行脚に出て久しく帰ざりし頃
 
  みのむしやおもひし程の庇より(貞享二年四月)
 
 素堂…此日予が園にともなひけるに、又竹の小枝にさがりけ
    るを
 
  みの虫にふたゝびあひぬ何の日ぞ
 
 このゝち芭蕉のもとより
 
 芭蕉…草の戸ぼそに住みわびて秋風のかなしげなるタ暮友達
    のかたへ言ひ遣はし侍る
 
 素堂…芭薫翁みの虫の音をきゝにこよとまねかれしころ
 
  みのむしみのむし声のおぼつかなきをあはれむ
  ちゝよちゝよなくは、孝のもっぱらなるものか
  いかに伝へて鬼の子なるらん清女が筆のさがなしや
  よし鬼の子なりとも又瞽叟そうを父として舜あり
  汝はむしの舜ならんか
 
  みのむしみのむし声のおぼつかなくてかつ無能なるをあはれぶ
  松虫は声のうるはしきがために籠中に花をしたひ
  桑子は糸をなすによりからうじて賎の手に死す
 
  みのむしみのむし静かなるをあはれぶ
  胡蝶は花にいそがしく蜂は蜜をいとなむがために往来おだやかならず
  誰がためにこれをあまくするや
 
  みのむしみのむしかたちのすこしきなるをあはれぶ
  わずかに一葉をうれば其の身をうるほす
  竜蛇のいきほひあるもおほくの人のために身をうるほす
  しかじ汝のかたちのすこしきなるに
 
  みのむしみのむし蟷螂のいかりなし
  糸をひけども蜘蛛のたくみなし
  其の糸をたづさへたるありさまは漁翁の雨の江にたてたるに似たり
  漁翁は得たものをはすれす
  渭水の翁すら文王を釣のそしりをまぬがれず
  たれかいふ駟馬の事はむかし一蓑の風流に及ず
 
  みのむしみのむし玉むし故に袖ぬらしらん
  田蓑の鶴の名にかくれずや
  いけるもの誰か此まどひなからん
  遍照の蓑しぼりたまふは古妻を猶わすれざればなり
 
  みのむしみのむし春は柳にすがりそめて桜が塵にまじはり
  秋は萩ふく風にねをそへて紅葉のはやしにかくれ
  やゝ木枯の後はうつせみに身を習ふや
  からも身もともにすつるや
 
   蓑虫蓑虫 適逢園中 従容侵雨 ?然乗風  (?=(票風))
   自露甘口 青苔掩躬 天許作隠 我燐呼翁 
   諌啄野鳥 制払家童 脱蓑衣去 誰知其終
 
    かつしかの隠士素堂
 
 芭蕉…
 
「蓑虫販」草の戸さしこめて、もの・佗びしき折しも、偶蓑
 虫の一句を云ふ。我友素翁はなはだ哀がりて、詩を題し文
 をつらぬ。其文や玉をまろばすがごとし。つらつら見れば、
 離騒のたくみ有に似たり。又蘇新其黄奇あり。はじめに虞
 舜・曽参の孝をいへるは、人におしえをとれとなり。其無
 能不才を感じる事は、ふたたび南花の心を見よとなり。終
 に玉むしのたはれは、色をいさめむとならし。翁にあらず
 ば誰が此むしの心を知らん。静にみれば物皆自得す、とい
 へり。此人によりてこの句をしる。
 むかしより筆をもてあそぶ人の、おほくは花にふけり実を
 そかなひ、みを好みて風流を忘る。此文や、其花を愛すべ
 し。其の実猶くらひつべし。ここになにがし朝湖と云有。
 この事を伝へききて、これを画く。まことに丹青話淡して
 情こまやか也。こころをとどむれば、虫うごくがごとく、
 黄葉落るかとうたがふ。みみたれて是を聴けば、其むし声
 をなして、秋のかぜにそよそよ寒し。猶寒窓に閑を得て、
 両子の幸に預る事、蓑むしのめいぼくあるに似たり。
 
 素堂…「蓑虫賛」
 
 延喜のみこ兼明親王、小倉におはせしころ、ある人雨に逢
 ふて、蓑かかけられるに、山吹の枝をたをりてあたへ玉ふ、
 
  七重八重花はさけとも山吹の
         みのひとつたになきそかなしき
 
 との御こころはへにて、貸した間はさりしとや。また和泉
 式部、いなり山にて雨にあひ、田夫にみのをかりけるに、
 あをといふものかしてよめるとなん。時雨するいなりの山
 のもみち葉は青かりしよりおもひそめてあをは蓑のたくひ
 なるよし。若汝にみのをからんとき、山吹のこころをとむ
 らや、いなり山のうたによらんや。
 
 
 嵐雪…「蓑虫をき・にゆく辞」あり。
 素堂45才 貞享三年(1686) 秋、「芭蕉素堂に瓢の銘を求む
 
 素堂…
 あるひと芭蕉庵にひさこを送れり、長さ三尺にあまり、め
 ぐり四尺にミつ。天然みかゝすして光あり。うてハあやし
 きひゞきを出す。是をならして謳歌しあるハ竹婦人になぞ
 らへて、納涼のそなへとし、又米いるゝ器となして、うち
 無しなしき時は朋友の許へ投すれハ滞ちて帰りぬ。
 予是に銘していはく
 
 一瓢重泰山
 自笑称箕山
 莫慣首陽山
 這中飯穎山
 
 芭蕉…
 顔公の垣根におへるかたみにもあらず、恵子がつたふ種に
 しもあらで、我ひとつのひさごあり、是をたくみにつけて、
 花入るゝ器にせむとすれば、大にしてのりにあたらず。さ
 ゝえに作りて酒をもらむとすれば、かたちみる所なし。あ
 る人のいはく、草庵いみじき種、入べきものなりと、まこ
 とによもぎのこゝろあるかな。
 隠士素堂にこふて、これが名を得さしむ。そのことばは右
 にしるす。
 
 一瓢重泰山
 自笑称箕山
 莫慣首陽山
 這中飯穎山
 
 其句みな山をもてあてらるゝがゆえに、四山と呼ぶ、中に
 も喰穎山は老杜のすめる地にして、季白淋たはぶれの旬あ
 り。素翁の季白にかはりて我貧をきよくせむとす。かつ、
 むなしきときは塵の器となれ。得る時は、一壷も干金をい
 ただいて、黛山もかろしとせむことしかり。
 
  ものひとつ瓢はかろき我よかな  芭蕉
 
素堂44才 貞享二年(1685)
 
 『一棲賦』跋文 垂虹堂風瀑編
 
 駿文垂虹堂風瀑英子与予有交如之字深耽風雅以達其道心腸
 蘊錦一言敷繍此茲乙丑首夏待客於桜上終日相合倶賦三篇美
 馨澄心善出塵慮起雲疑霞函春秋於筆端端欲野?山籠天地於
 尺素藻彬々殆可謂曲尽其妙而又撰衆子満嚢之佳趣以付其後
 名曰一棲賦鳴乎果茲棲之勝概則恐狭泰山跨四海以逍遥乎無
 窮之外者与
   山逸人書後其後(素堂)
 素堂44才 貞享二年(1685)
 
 『甲子吟行』・『野ざらし紀行』《波静本》
 
 我友へせを老人ふるさとのふるきをたづねむついでに、行脚の心つきて、それの秋、江上の庵を出、またの年のさ月待ころにかえりぬ。見れば先頭陀のふくろをたゝく。たゝけばひとつのたま物を得たり。 そも野ざらしの風ハ、出たつあしもとに千里のおもひをいだくや、きくひとさへぞ、そゞろ寒げ也、 次に不二を見ぬ日ぞ面白きと詠じけるハ、見るに猶風興まされるものをや。富士川の捨子ハ側隠の心を見えける。かゝるはやき瀬を枕としてすて置けん、さすがに流よとハおもハざらまし。身のかふる物ぞなかりき。みどり子はやらむかたなくかなしけれどもと、むかしの人のすて心までおもひよせてあはれならずや。又さよの中山の馬上の吟、茶の姻の朝げしき、禁に夢をおびて、葉の落る時驚きけん詩人の心をうつせるや。 桑名の海辺にて白魚の白きの吟ハ、水を切て梨花となすいさきよきに似たり。天然二寸の魚といひけんも此魚にやあらむ。ゆきゆきて、山田が原の神杉をいだき、また上もなきおもひをのべ、何事のおはしますとハしらぬ身すらすらもなみだ下りぬ。同じく西行谷のほとりに、いも洗ふ女にことよせけるに、江口の君ならねバ、答えもあらぬぞ口をしき。それより古郷に至りて、はらからの守袋より、たらちねの白髪を出して拝ませけるハ、まことにあはれさハ身にせまりて、他にいはゞあさかるべし。しばらくして故園にとゞまりて、大和廻りすとて、わたゆみを琵琶のなぐさみ、竹四五本の嵐かなと隠家によせける。此両句をとりわけ世人もてはやしけるとなり。しかれ共、山路きてのすみれ、道ばたのむ<げこそ、此吟行の秀逸なるべかれ。それよりみよしのゝおくにわけいり、南帝の御廟にしのぶ章の・生たるに、このよの花やかなるを忍び、またとくとくの水にのぞみて、洗にちりもなからましを、こゝろにすゝぎけん。此翁年ごろ山家集をしたひて、をのずから粉骨のさも似たるをもって、とりわけ心とまりぬ。おもふに伯牙の琴の音、こゝろざし高山にあれば、峨々ときこへ、こゝろざし流水にあるときハ流るゝごとしとかや。我に鐘子期がみゝなしといへども、翁のとくとくの句をきけば、眼前岩間を伝ふした・りを見るがごとし。同じく.ふもとの坊にやどりて坊が妻に砧をこのミけん。むかし、濤陽の江のほとりにて楽天をなかしむるハ、あき人の妻のしらべならずや。坊が妻の砧は、いかに打て翁をなぐさめしぞや。ともにきかまほしけれ。それハ江のほとり、これハふもとの坊、地をかふるとも又しからん。いつれの浦にてか笠着てぞうりはきながらの歳暮のととぐさ、これなん皆人うきよの旅なることをしりがほにして、しらざるを調したるにや。洛陽に至り、三井氏秋風子の梅林をたづね、きのふや霧をぬすまれしと、西湖にすむ人の雨鶴を子とし、梅を妻とせしことをおもひよせしこそ、董・むくげの句のしもにたゝんことかたかるべし。美濃や、尾張や、大津のや、から崎の松、ふし見の桃、狂旬こがらしの竹斎、よく鼓うつて人のこゝろをまなバしむ。こと葉皆蘭とかうばしく。やまぶきと清し、静かなるおもひ、ふきハ秋しべの花に似たり。その牡丹ならざるハ、隠士の句なれば也。風のはせを、霜の荷葉、やぶれに近し。しばらくもあとにとゞまるものゝ、形見草にも、よしなし草にも、ならバなるべきのミ、のミにして書ぬ。
 
          かつしかの隠士 素堂
 
『甲子吟行』・『野ざらし紀行』《濁子本》
 
 こがねは人の求めなれど、求むれバ心静ならず。色は人のこのむ物から、、このめば身をあやまつ。たゞ、心の友とかたりなぐさむたのしきハなし。こゝに隠士あり、其名を芭蕉と呼ぶ。ばせをのはおのれをしるの友にして、十暑市中に風月をかたり、三霜江上の幽居を訪ふ。いにし秋のころ、ふるさとのふるきをたづねんと草庵を出ぬ。したしきかぎりハ、これを送り、猶葎をとふ人もありけり。
 
  何もなく芝ふく風も哀なり  杉風
 
 他ハもらしつ、、此旬秋なるや冬なるや。作者もしらず、唯おもふ事のふかきならん。予も又朝がほのあした、タ露のゆふべまたずしもあらず。霜結び雪とくれて、年もうつりぬ。いつか茶の羽織見ん、閑人の市なさん物を、林間の小車久してきたらずと温度公の心をおもひ出し、やゝ五月待ころに帰りぬ。かへれば先吟行のふくろをたゝく。たゝけば一つのたまものを得たり。そも野ざらしの風は一歩百里のおもひをいだくや。富士川の捨子ハ其親にあらじして天をなくや。なく子ハ独りなるを往来いくばく人の仁の端をかみる。猿えお聞人に一等の悲しミをくはへて今猶三声のなミだヅりぬ。次にさよの中山の夢は千歳の杜牧(松枝)とゞまれる哉。西行の命こゝろざし流水にあれば、其曲流るゝごとしと、我に鐘期が耳なしといへども、翁の心、とくとくの水をうつせば、句もまた、とくとくとしたゝる。翁の心きぬたにあれば、うたぬ砧ひゞきを伝ふ。昔自氏をなかせしは茶売が妻のしらべならずや。坊が妻の砧ハ、いかに打てなぐさめしぞや。それは江のほとり、これはふもとの坊、地をかゆともまたしからん。美濃や尾張やいせのや、狂旬木桔らの竹斎、よく鼓うつて人の心を舞しむ。其吟を聞て其さかひに坐するに同じ。詞皆蘭とかうばし。山吹と清し。しかなる趣は秋しべの花に似たり。其牡丹ならざるハ、隠士の旬なれば也。風の芭蕉、我荷葉ともにやぶれ近し、しばらくもとヅまるものゝ形見草にも、そしな草にも、ならばなりぬべきのミにして書ぬ。
 
 

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